スペイン社会を変えちゃった映画が遂に登場!! 『だれもが愛しいチャンピオン』監督に直撃
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折田千鶴子
2019.12.25
とんでもなくポジティブにさせてくれる映画
来年の東京オリンピックはもちろんのこと、それに負けないくらい東京パラリンピックを盛り上げるためにも、是非観ていただきたい映画があります。いえ、普通に“なにか感動できる映画を観たいな”という方にも間違いなくお勧めしたい映画、それが『だれもが愛しいチャンピオン』です。
18年のスペイン映画年間興収第一位を獲得したほか、米アカデミー賞外国語映画賞のスペイン代表に選ばれ、ゴヤ賞(スペインのアカデミー賞)では作品賞ほか3部門受賞(11部門ノミネート)の他、数々の映画祭で賞を受賞しました。
どんなに素晴らしい感動かと言うと……作品内容にかぶるところは全くありませんが、『リトル・ミス・サンシャイン』のラストの、驚嘆するほどの感動に近いくらいの“驚き&感動”、と言えば何とな~く伝わるでしょうか。
そして数々の賞以上に素晴らしいのが、な、なんとこの映画、スペインの社会を変えてしまったというスゴさなのです。その変化、日本でもぜひ起きて欲しい、という願いもこめて一人でも多くの人に観ていただきたい!! さてハビエル・フェセル監督が来日しました。どんな風にスペインが変わったのか、お聞きしました!!
『だれもが愛しいチャンピオン』はこんな映画
スペインのプロ・バスケットボールのサブコーチを務めるマルコは、短気から問題を起こし、チームを解雇されてしまいます。その上、飲酒事故を起こして社会奉仕活動を命じられ、知的障がい者たちのバスケットボールチーム“アミーゴス”の指導をすることに。自由過ぎるメンバーたちにマルコは頭を抱えますが、次第に彼らの純真さと情熱に突き動かされ、マルコ自身も変わり始めます。そしてチームは、まさかの快進撃をはじめるのですが――。
――“アミーゴス”のメンバー10人は、演技未経験の実際の知的障がいを持つ方々だそうですね。3ヶ月も掛けたというキャスティングでは、主にどんな点を重視して10人を選んだのですか?
「本当に選ぶのは大変でした。というのも、どの10人を選ぶかで全く違う映画が出来てしまうからです。つまり組み合わせを重視し、全く違う個性と性格を持つ10人を最終的に残しました。キャスティング期間中は、参加してくれた全ての人が、僕たちに毎日贈り物をしてくれていると感じました。彼らの経験、話し方、眼差しなど、僕たちでは書けないような描写や情報を、詳細に教えてくれたのです。キャスティング後、彼らが教えてくれたものを入れ込みながら脚本を書き直しました」
素晴らしい演技を引き出す秘策はあった!?
――実際に知的障がいを持つ方たちの中には、作中でも描かれているように見知らぬ人と接するのが苦手な人も少なくないと思います。オーディションでは、別の作品と同じように演技などもしてもらったのですか?
「完璧、完全にやりました。バスケットボールがどれくらいできるかも含め、即興演技もしてもらいましたし、台詞を渡して会話してもらうこともしました。その人の持つ個性で、映画にどれくらい貢献してもらえるかを見たかったのです。映画づくりに深い情熱を感じられるかが重要でした」
――キャスティング後に脚本を書き直したとおっしゃいましたが、大筋のプロットは変えていないのですか?
「そこは元々のプロット通りです。勝ちに固執するマルコが、最初は変な人の中に放り出される悲劇で始まり、でも最終的に真の幸せを感じられるようになる、という。言うなれば、マルコがエイリアンの前に連れて来られたと思ったけれど、実は自分がエイリアンだった、という物語です」
――アミーゴスの面々の、リアルで感情があふれ出すようなお芝居が見事で驚きました!
「彼らにとっては、目の前で起きていること全てが本当のことであり、本気でリアクションしてくれている、という感じでした。演じてもらうというより、自分たちであり続けてくれるようにした、というか。監督としては、彼らがカメラを恐れず、自由に自分を出せる環境、いちばん心地よい環境を作ることが重要でした。それさえクリアできれば、非常にやりやすかったです」
「というのも、彼らには自分をよく見せたいエゴが全くなく、常に自然だからです。人より自分が前に出ようとせず、興味のある目の前のことに情熱的かつ寛大で。ゲームのように映画を作るという目標に向かって、楽しんでくれていました。障がい者かどうかは関係なく、プロの俳優でない人間にとって極めて高いレベルの要求をしましたが、それにちゃんと応えてくれた、ということです」
彼らが羨ましいと思ったよ
――マルコの頭を抱きしめるシーンなど、好きでたまらない気持ちが伝わって来て、思わず微笑んでしまいます。
「ハグ好きのフアンマを演じた熊みたいな彼が(笑)、元々とてもハグをするのが好きな人なんです。彼にとっては小さなことも全てお祝いだから、お祝いのハグをしたいわけです。ほんの小さな悦びや幸せを見つけて、お祝いだ~、と感じられる彼らのことが本当に素晴らしいなぁと思ったし、実際に羨ましく思いました」
――チームの紅一点、コジャンテスのキャラも最高でした。口が悪くて、笑っちゃいました。
「そうそうコジャンテスの“私をなめるなよ”って口癖が面白いでしょ(笑)。演じた彼女と初めて会った日に、ずっとプロデューサーを見つめていて、“すごいハンサムだから見てるの”って言ったそうなんです。だから彼が“ありがとう、君も可愛いよ”と言ったら、いきなり“私を君と呼ぶなっ!!”って言ったんだ(笑)。すごく責任感の強い子で、すべてを自分でやろうとするんです。“遠征のときに泊まるホテルのレセプションに、スキー板を持って現れる”という設定を話したら、“どこにスキー板を買いに行けばいいのか?”と聞いてきて。現場でも色々と楽しいエピソードがありました」
資金調達は困難でも結果、大成功!
――いくつか胸に差し込んで来る台詞がありましたが、特にメンバーの一人がマルコに“僕みたいな子供は欲しくないでしょ? 僕らも僕らみたいな子供は欲しくないよ。でもマルコみたいなお父さんは欲しいな”と言う台詞には、思わず胸を突かれました。
「あのセリフは、彼らと一緒に映画を撮っていく中で生まれたものです。一般的に健常者といわれる人間は、知的障がい者の子供を持つことを恐れる人が多い。でも彼ら自身、周りがそう思っていることを認識しているし、自分達も障がいを持ちたくなかったと思っているのです」
「ただ彼らの寛大さや心の大きさは、知性や才能は大小で測るものではなく、違うからこそみんなで協力し合う、という発想があるからこそなんです。そして今回、知的障がいを持つお子さんたちの親御さんたちの中に、生まれた瞬間はこれ以上ない悲劇に見舞われたと思ったけれども、育てていくうちに神からの贈り物だと思うように変わった、と言われる方が多かったんです。そういうことを知り、経験し、言えた台詞でした」
――劇中にもありますが、撮影時、周囲からの無理解や不寛容によって、嫌な思いをすることはありましたか?
「それが全くなかったんです。みな協力的で撮影はスムーズでしたが、準備段階ではたくさんの偏見に遭いました。まずは書き上げた時、ユーモアがあるし、絶対に観客に受けるぞ、と簡単に資金調達できると思いましたが、全くもって上手く行かなくて。みんな何かを恐れている感じでした。“アミーゴス”のメンバーが本当に主役になり得るのか懐疑的であり、観客が彼らを嫌うんじゃないかと怖さもあったようです。かなり出し渋られましたが、ここまで大成功したので、ね(笑)」
この映画が社会を動かした、その奇蹟!!
――その大成功により、社会的な変化を何か感じることができましたか?
「それが、公開から現在までの1年半の間に、非常に大きな変化がありました。まず、スペイン語で“知的障がい者”に対する呼称は“知的能力がない人”という意味の言い方でしたが、最終的に“違う能力を持つ人”という言い方が、正式な呼称として法的に定められました。ネガティブな表現からポジティブな呼び名に変わったんです。同時に巷では彼らのことを、この映画から“チャンピオン”と呼ぶようになりました」
――スゴイですね!! まさにもう、監督冥利に尽きますね!
「本当に。これまで知的障がい者やそれに携わる人たちが、長い間、社会参加を叫び活動してきましたが、なかなか社会全体に響かず状況が動きませんでした。ところがこの映画が火付け役となり、知的障がいを持つ人たちの政治参加、選挙権も勝ち取ったのです! 社会が大きく動いたな、という実感がありました。こんなにも映画は、世界をよりよいものに変えることができるんだ、とこれほど感じたことはありませんでした。本当に幸運で嬉しかったし、これぞ神からの贈り物だな、と思いました」
――最後に一つだけ。あの驚きのラストシーンは、最初から脚本にあったのでしょうか。素晴らしい思い付きに驚いてしまって。意表を突かれ、ドッと涙が溢れたシーンでした。
「最初の脚本にはありませんでした。実は、マドリードに障がい者バスケのリーグがあるのですが、それを観戦していた時に出くわし、何が最も大切なことかを教えられました。それを入れ込んで、あのエンディングにしました」
「彼らには本当に多くのことを教えられました。実は僕はサッカー下手で、小学校で誰も僕にボールを回してくれなかったという経験があるのですが(笑)、彼らは、“こいつにボール回したら100%落とすぞ”と分かっていても、必ず回す(笑)。しかもずっと回し続けるんですよね。それも、本当に大事な姿勢だな、と教えられました」
今回、ちょっと力が入り過ぎて長くなりましたが……。
一年を大感動で締めくくる上でも、新年を最高の気分で始める上でも、この映画はとっておきの“最高の気分”をプレゼントしてくれます。
ぜひ映画館で、至福の瞬間を味わってください!!
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折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。