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LIFE

映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

逃れられない孤独の中、ゆるやかに結ばれる交流が   優しく心に染みるドイツ映画『希望の灯り』

2019.04.03

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よく見ると美形(笑)なトーマス・ステューバー監督が来日!

観終えた直後より劇場を後にして歩いているうちに何となく、あるいはフとした拍子に何気なく脳裏に蘇って考えてしまうような、後からジワジワくる映画ってありますよね。暫くしてから「あ、なんか、すごく良かったなぁ」としみじみ嘆息するような。そんな映画に久ぶりに出会ってしまいました。それがドイツ映画『希望の灯り』です。

 

『希望の灯り』
© 2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH
2018年/ドイツ/ドイツ語/125分/配給:彩プロ 宣伝:Lem
公式サイト:kibou-akari.ayapro.ne.jp
監督:トーマス・ステューバー
原作・脚本:クレメンス・マイヤー(「通路にて」新潮クレスト・ブックス『夜と灯りと』所収<品切>)
出演:フランツ・ロゴフスキ、ザンドラ・ヒュラー、ペーター・クルト
4月5日(金)Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー

 

こんな心に染みる映画を撮られた監督が来日したと聞き、お会いしに行ったら……うわ、若いスキンヘッドの、一見強面のお兄さんやん~っ。と一瞬驚いてしまいましたが、快活で率直な好人物でありました!! しかも、38歳(本作の撮影時は37歳)のトーマス・ステューバー監督、よく見ると青い目をした美青年でもあり……。

好きな映画監督にアキ・カウリスマキの名前を挙げるステューバー監督ですが、本作が長編2作目であるという以外、あまり詳細なプロフィールがないので、ちょっとだけ監督の生い立ちを聞いてみましょう。

――本作は、ベルリンの壁崩壊後の、東西が統一されたドイツ社会で時代に置き去りにされた東ドイツ側の人々の日常を描いています。壁が崩壊したのは監督が7歳の頃ですが、どのような記憶が残っていますか?

「う~ん、もちろん僕は(崩壊の行事的なものに)参加していないし……。テレビを見ていた母から、“これからは、どこにでも行けるようになったわよ”と言われたことくらいしか覚えていないな……」

監督・脚本:トーマス・ステューバー
1981年、旧東ドイツのライプツィヒ生まれ。これまでの監督作に、中編『犬と馬のこと』(12)、長編『ヘビー級の心』(15)、『希望の灯り』(17)。
写真:細谷悠美

――どんな映画体験をされてきたのでしょう? 何歳くらいから映画監督を目指したのですか?

「ジャンルを問うことなく、とにかく色んな映画を観て育ったことは確かだよ。12、13歳くらいから映画監督になりたいという願いは抱いていて、その頃からホームムービー的なショートフィルムを既に撮っていた。その後、他にやりたいことも出来ることもなかったから、映画学校に入って映画作りについて学んだんだ。

「学校では、映画の技術的なことを学ぶと同時に、芝居も学び、その後、役者をしていた時期もあったよ。監督作品としてちゃんとした形を成したのは24,25歳くらい。28歳のときに、ベルリン国際映画祭に出品された作品を撮った(在学中に撮った「Teenage Angst」(08)のこと)んだけど、あんまり僕は計画的に作るタイプじゃないんだよね。何か自分の心に響く物語に出会ったときに、論理立てて考えず、作り始めるというやり方を昔からしているんだ」

自身のことについては、あまり積極的に語るタイプの方ではないようですが、海外のサイトで調べたところによると、卒業制作として撮った中編『犬と馬のこと』(12)が、ドイツ短編映画賞、及び学生アカデミー賞で銀賞を受賞している模様です。なるほど、その頃から既に頭角を現していたのですね!

さて、『希望の灯』は、こんな物語です。

主人公は、体にタトゥーをたくさん入れた無口な27歳の青年、クリスティアン。旧東ドイツのライプツィヒ近郊の巨大スーパーマーケットで、在庫管理係として働き始めます。仕事を教えてくれる初老のブルーノは、「口数が少ないんだな……」と驚きつつ、静かに見守ってくれます。ほどなくクリスティアンは、お菓子係の年上の女性マリオンに想いを寄せるようになりますが、彼女は人妻。しかも夫はヒドい奴だという噂を聞き、クリスティアンは思いを募らせます。しかもマリオンも、物静かで純情そうなクリスティアンを憎からず思っているようなのですが……。

2人の恋話を含め、監督から面白いお話をたくさん聞けましたよ!

 

 

逆転した関係性の方がラブストーリーとして面白い

本作は、監督がこれまでも映画化したことのある、監督と同じく旧東ドイツ出身の作家クレメンス・マイヤーによる、短編小説「通路にて」の映画化です。

――主人公のクリスティアンが非常に内気で無口である、ということも大きな要因だと思われますが、非常に静かな作品という印象を持ちました。同時に、だからこそ「G線上のアリア」などの音楽も心に残ります。静寂と音作りにおいて、こだわった点は?

「実は原作におけるクリスティアンは、もう少し口数の多い男だったけど、どんどん台詞を削っていって寡黙にしていった。何か喋りたいことがある時にだけ口をきく、という感じにしたかったんだよね。その方が、ラブストーリーとしても面白くなるんじゃないか、色々なことが効くな、と思って。多くの映画の逆パターンというか、シャイな男の子に女の子の方がちょっと強いというか、微妙に押してくるんだけど、彼女もまた秘密を抱えていて……という」

「マリオンを演じたザンドラ・ヒュラーは、『ありがとう、トニ・エルドマン』(16)でも強烈な印象を残しているように、非常に力強さのある女優だけど、マリオンはキャラクターとしても強さも持っている。コーヒーマシンの前で彼女がアプローチをしてくる時、10秒くらいぎこちない間があるでしょ。あのシーンのあの感じが、すごく好きなんだよね」

――その微妙な“間”にユーモアが漂っていて、いいですよね!

「僕は元々アキ・カウリスマキが大好きなんだけど、彼もまた僕と同じように非常にメランコリックな面を持つ作家だと思うんだ。彼の作品から学んだこと、教えられたことはすごく大きいよ。その一つが、台詞ですべてを明かす必要はない、ということ。キャラクターについても、ストーリーについても、秘密をすべて明かす必要はない。逆に、秘密があることによって、それが花咲くように観客に届くこともあるでしょ。僕は、具体的な行動でもって説明されるような映画を観ると、逆に眠くなっちゃうタイプの人間なんだ(笑)」

 

人と人との距離感、思いやりの寡黙さ

――登場人物たちはみな、相手に対して何かを飲み込んでいるというか、何も語らないことを肯定してくれる優しい空気が流れています。みんな、どこかしら痛みを抱えているからこその優しさ、心の持ちようなのでしょうか。

「もちろん、絶対にそうだよね! 人って痛みを抱えているときには声高にはならないものだよね。そんなことするのって、典型的なハリウッド映画くらいだよ。同時に僕は敵がいない、いわゆる悪役がいない、というのもこの物語で気に入っている点なんだ。唯一、マリオンの夫がそう言えなくもないけれど、それも噂に過ぎないわけで」

 

「みな一人一人、孤独を抱えているからこそ、痛みも抱えている。寡黙だけれど、だから思いやりを持てているのかもしれないよね。それがまた、カウリスマキ的なところでもあるかな、とも思っていて」

「クリスティアンとブルーノのが煙草を吸いながら、“子供、いるの?” みたいな立ち話をするシーン、覚えているかな? “いや、いない”とブルーノが答えた後、間があって、“ごめん、立ち入ったことを聞いて”と言うシーンがあるんだけれど、そういう瞬間がすごく好きで。何気ないシーンだけれども、小説に換算すると50ページくらいに匹敵する描写じゃないかな、と思っているんだ」

クリスティアンの恋に対しても、ブルーノをはじめ心配しながらも皆、静かに見守ってくれたり、時に慰めてくれたり。そんなブルーノが抱える孤独が明らかになる後半、どうしようもできない焦燥で胸が……。

 

 



巨大スーパーになぜ詩情が漂う!?

――倉庫みたいな場所は普通、寒々しく殺風景で、いわゆる“詩情”とは程遠い場所である印象です。それなのに、なぜにこの作品では、こんなにも心惹かれるのか。飽きずに眺めていたくなる、そんな映像を生み出すには、相当な苦労がありましたよね?

「思うような映像を撮る、収めるに至るまでは、本当に長い旅路だったよ!! まず長回しが多いので、それに伴う工夫が必要だった。編集で繋ぐのではなく、撮影段階のカメラですべてを納めたくて。撮影監督とどう撮っていくか、とことん話し合った」

「画面のサイズにもこだわったよ。今、誰もが撮りたがるワイドサイズでは面白くないと思った。幅の狭いサイズにすると、小説の原題でもある「通路」が強調されるし、同時に高さも強調することが出来る。キャラクターが小さく映るから、上の空間を高く撮ることにもこだわった。今回はフォークリフトが上下に動くから、左右の動きに加え、縦の動きの広がりを大いに取り入れたんだ」

 

「ロケーションにも苦労したよ。50くらい回って一時は諦めかけたよ。今のスーパーって電気がこうこうと付き過ぎていたり、色使いが多過ぎる。だからと言ってドキュメンタリータッチで撮るとか、ダルデンヌ兄弟の『ロゼッタ』における手持ちカメラみたいな撮り方もしたくはなかった」

「最終的に東ドイツのチェーンのスーパーを2軒見つけることができて、それを組み合わせてロケ撮影したんだ。卸のスーパーって窓が全くないから、どの照明を使うか決めたり、多少は映画用に照明機材は持ち込んだり。とにかく製作費がないから営業を中断してもらうこともできなくて、実際の従業員が帰った後の夜の9時くらいから朝、みなが出勤してくるまで、何週間も夜間撮影をさせてもらって仕上げたんだよ」

 

僕はストーリーを語り続けたい

確かに、壁崩壊は日本でも興奮気味に報道されましたし、当時、東西ドイツ統一は祝福ムードで盛り上がりました。経済的には大変なことになっていると聞いても、そこで生きる人々の暮らしに思い至った人は本当に少ないと思います。

だから今、改めて、祖国を失った彼らの喪失感に思い至らされ、なるほどなぁ……と深いため息が漏れてしまいます。みんな孤独や悲しみ、人生のままならなさを飲み込んで、毎日を生きているのだなぁ、と。

ちなみにクリスティアンを演じるのは、『未来を乗り換えた男』(18)でも主演を張った、人気俳優フランツ・ロゴフスキさんです。

さて最後に、ステューバー監督は、今後どんな映画を撮られていくのでしょうか。

「文学とは全く違う重要な点に、映画は一人で作るものではなくチームで作るということがある。僕はずっとカメラマンも美術も編集も一緒に、チームとしてやってきているんだ。映画って、もう既にほとんどのことがやり尽くされていて、21世紀に入ったからと言って何か新しいことが出来るわけじゃない。でも、それでも僕たちはキャラクターやストーリーを僕たちなりにユニークに描ける、何らかの形を見つけて来たわけだから、今後も僕たちなりのそれを押し進めていきたい。僕が興味あるのは、物語を語ること、それに尽きる。既にこのチームで、新しいプロジェクトに入っているんだよ!」

また一人、動向をチェックしていかなければな、と思わせる監督が増えました! それはとっても楽しみで嬉しいことなので、ちょっとワクワクしてしまったインタビューでした。

本気でお勧めしたいこの映画、ぜひ、ジワジワ胸に広がる表現しがたい仄かな温もりを、みなさんも感じてください!!

 

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