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死んだ夫は別人だった? 生きること、愛することへシリアスに斬り込んだ話題の長編

2019.01.20

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愛に過去は必要? 人を愛し直せる? 夫婦愛に斬り込む衝撃作

『ある男』 平野啓一郎 ¥1600/文藝春秋

「もしも別の人になって人生をやり直せたら」。誰だってほんのささいな瞬間に、こんな空想を膨らませたことがあるかもしれない。しかし実際にそんなことは可能なのだろうか? もしも可能だとしたら、人は別の人生をどう“生き直す”のだろうか? 前作『マチネの終わりに』で大人の恋愛模様を描き、大きな話題を呼んだ著者の最新刊は、生きること、愛することへシリアスに斬り込んだ話題の長編だ。

九州の小さな街で実母と再婚した夫、子ども二人と暮らしていたヒロインの谷口里枝。ところが夫の大祐は突然の事故で亡くなってしまう。大祐の一周忌ののち、里枝の元へやってきた義兄の口からこぼれたのは「男は自分の弟、谷口大祐ではない」という衝撃の事実だった。

混乱する里枝から真相解決の相談を受けたのが、かつて彼女の離婚裁判を担当した、弁護士の城戸だ。彼は里枝が再婚していた相手(作中では“X”と仮名が与えられる)が、なぜ「谷口大祐」になったのかを探る行為にのめり込んでいく。そしてXの足跡をたどるうちに、城戸もまた、自分と妻の間に横たわっていた心の溝に直面することになる。経済的にも一児にも恵まれている彼ですら「もしも別の人生を生きていたら?」と、思う部分が心の奥底にあったのだ――。

“Xが谷口大祐になるまで”の過程は、思わぬ展開の連続。だがそれ以上に注目したいのが、城戸の心の揺れ動き方だ。結婚して月日がたつうちに、妻にさめた気持ちを持ち始めていた城戸が、Xの生き方をなぞっていくうちに、愛に対する理解を深めていくところが、LEE世代的には最大の読みどころともいえるだろう。そして「別の人生を生き直したかったX」が、夫・大祐としてヒロインの里枝や家族に込めた思いへ触れた瞬間に、自身を生きる大切さと、他者との関係をつくっていくことへの希望がわき、なんとも言えない感動が胸を打つ。タイトル『ある男』も意味深く、自分やパートナーとの愛情をいま一度見つめ直してみるのきっかけとなる一冊になりそう。

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  • 『リトルガールズ』
    錦見映理子 ¥1500/筑摩書房

    新任の男性教師からモデルを依頼されて戸惑う50代の家庭科教師。女友達への気持ちが、恋か友情なのかわからず戸惑う女子中学生。そして彼女の母親は、夫へ愛情を持てないまま年月を重ねて――。ある中学校に出入りする人たちの、それぞれの事情を描く中編小説。彼女たちのみずみずしい感情を追ううちに、読み手も爽やかな気持ちに。第34回太宰治賞受賞作。

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    福島県いわき市にある「いわき回廊美術館」。現在も敷地内で桜の植樹が続けられている美術プロジェクトは、地元の事業家・志賀忠重氏と、世界的な現代美術家・蔡國強氏との絆から生まれた。30年以上に及ぶ二人の交流と、共に成し遂げた功績を丹念に描いた一冊。友情と、人間が持つ無限のパワーに魅せられる。第16回開高健ノンフィクション賞受賞作。

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    モデル・エッセイスト・ナレーターなど、幅広く活躍するはなさん。一見敷居が高く感じられる「茶道」に出会い、稽古を始めた彼女が、その魅力を新鮮な目線で切り取ります。作法やお菓子、漆器など、茶道を構成するさまざまな分野のプロフェッショナルとの対談や、自身でお茶会を催すまでを綴ったエッセイなどで構成。1月中旬発売予定。


取材・原文/石井絵里 本誌編集部

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