LIFE

CULTURE NAVI「BOOKS」

犬と山を愛する著者ならではの描写に魅了され、生きることのシンプルな幸せを感じられる一冊、他3編

2018.10.03

この記事をクリップする

犬とともにいる人生の幸せが伝わる、すがすがしい成長物語

『雨降る森の犬』馳 星周 ¥1650/集英社

タイトルからわかるように、犬がモチーフの物語である。犬が好きな人はもちろん、そうでない人も、ぜひ読んでみてほしい。犬とともに生きることの幸せを、あふれるように感じずにはいられないだろう。そしてその幸せは、人が生きていくために、きっと必要なものなのだ。

主人公の雨音は中学3年生。父が亡くなった後、母は新しくできた恋人を追ってニューヨークに渡ってしまった。そんな母に反発する雨音は、信州の山麓に住む伯父・道夫とともに暮らすことを選ぶ。独身の道夫は愛犬・ワルテルと一緒に住んでいるが、雨音は初対面のワルテルから手厳しい挨拶を受け、深く傷つく。日がたつにつれ、少しずつワルテルと信頼関係を結べるようになりつつあったある日、隣家の別荘に年上の美少年・正樹がやってきた。人をいら立たせる正樹の行動に腹を立てる雨音だったが、正樹もまた複雑な家庭環境に悩み、行き場のない想いを抱えていた。やがて、ふたりは、山岳写真家である道夫に導かれながら、山の自然に親しんでいく。

自分勝手で強引な母との関係、将来の進路のこと、荒れる正樹への心配……雨音が不安に押しつぶされそうになるたび、ワルテルは雨音をさりげなく気遣うかのようにそばに寄り添い、そのぬくもりを伝える。言葉などなくても、ただそれだけのことが、雨音の心を慰め、困難に向き合う勇気を与えてくれるのだ。そんなふうに誰かを愛せるのは、「純粋に生き、純粋に仲間を愛する」犬だからこそできることなのかもしれない。人間はつい見返りを求め、自分にとって何が得かを考えてしまう生き物だ。だから、まっすぐな犬の生き方に憧れずにはいられなくなる。

犬と山を愛する著者ならではの描写に魅了され、道夫の大人としての厳しくも包容力のあるたたずまいにしびれ、折々に登場する料理のレシピにもそそられる。若い雨音や正樹とともに、生きることのシンプルな幸せをかみしめたくなる、すがすがしい一冊だ。

RECOMMEND


『ブルーハワイ』
青山七恵 ¥1550 河出書房新社
「わたしたちみたいな、りっぱじゃない、気の小さい人間ばかりいる、秘密の花園みたいなところがあったらいいのにね」……深い孤独と不思議な明るさのコントラストが鮮やかな表題作など、5つの物語を収めた芥川賞作家の短編集。読めば心にさざなみが立ち、小説の中に息づく世界へと惹き込まれずにはいられない。忘れられない読後感が心に刻まれる一冊。


『さしすせその女たち』
椰月美智子 ¥1400 角川書店
5歳と4歳の子どもを保育園に預け、仕事でも責任ある立場を任されている39歳の多香実。きりきり舞いの毎日だが、夫の秀介は「仕事が忙しい」と、家事育児のわずかな分担にも渋い顔をする。疲労困憊の多香実は、ある日、幸福な家庭を営む友人から「さしすせそ」の魔法を教わるが……。リアル満載のワーキングママの心情が痛いほど突き刺さる小説だ。


『「ふつうのおんなの子」のちから
子どもの本から学んだこと

中村桂子 ¥1500 集英社
生き物と本を読むことが大好きな生命誌研究者の自伝的エッセイ。著者が大切と考える「ふつうの人がふつうに生きることができる世の中」とは? 『あしながおじさん』や『長くつ下のピッピ』など、さまざまな「ふつうのおんなの子」が登場する児童文学を通して21世紀を生きる力について考える。


取材・原文/加藤裕子

この記事へのコメント( 0 )

※ コメントにはメンバー登録が必要です。

LEE公式SNSをフォローする

閉じる

閉じる