新連載
吉田恵里香
私が代わりに言っておくね
Vol.1
「私は何も両立できない」

講演や取材のとき、高確率で聞かれる質問がある。
「普段、どうやって仕事と〇〇を両立されているんですか?」
〇〇には家庭とか主婦業とか子育てとかプライベートとかそういった仕事と天秤にかけられがちなものが入る。三十八年も年を重ねてきているので、求められている答えは当然わかりつつも、私はいつも明るく元気よく、こう言うようにしている。
「何ひとつ両立できていません〜!」
そして、まだしゃべることができる状況ならば、更にこう言葉を重ねる。
「仕事か〇〇どちらか、もしくは両方いっぱいいっぱい! 誰かの力を借りまくって生きています! 誰かだけに負担がかかるんじゃなくてみんなが寄りかかり合える社会になってほしいですよね!!」と、なるべく!マーク多めを意識して答えている。
なんて無責任な!とか、そんなんじゃ周りに迷惑がかかるでしょ!と思われる方もいるだろう。でも、決して無責任なわけでもふざけているわけでもない。恐らく質問の意図である【仕事と何かの両立で悩む人の参考になったり、心が軽くなったりすることは何か?】に、真摯に向き合い、考えた末の答えなのだ。
念のために言っておくが、現時点で仕事と家庭のバランスを自分自身で決めて日々実行しているあなたは素晴らしいし最高に強い人だ。
両立しようと日々悩んでいるあなたも誠実で最高だ。
両立できていない人のフォローさせられるこっちの身にもなってみろよと思っているあなたは、その怒りはごもっとも。きっと優しくて頼りにされているのだろうけれど、個人に押し付けて帳尻合わせをしようとしてくる会社や組織がよろしくない。
まさに両立したいけど全然できなくて周りに迷惑をかけて日々メチャクチャというあなた、私も同じだ。部屋はぐちゃぐちゃだし、締め切りが大変なときに限って家族の誰かの体調は崩れる。母の手助けなしでは生活は回らない。昔思い描いていた母親像とは程遠いし、仕事で落ち込むことも多い。そのほか、いろんな人のいろんな言い分もわかっている。
でも何が一番問題なのかと言えば、先程の質問が子どもを育てる女性にしか尋ねられないってことだと、私は思っている。これも念のために言うが、講演や取材で質問をしてくれた方に明確な悪意があったわけではない。それもこれも、この社会が、子育て中の働く女性は何かを上手に両立していなければならないという前提で成り立ちすぎているせいなのだ。
私は、押し付けとも思える前提条件を、どうにかして「そんなの無理に決まってるじゃん。それでもどうにかこうにか頑張って、なんとかやってんだよ!」という前提に変えなければいけないと感じている。せめてもの一歩として「何も両立できていない」と答えている。それが結果的に、両立で悩む人たちの心を軽くできると信じている。
体力も時間も多少の個体差があって有限だ。抱えているものすべてに手を抜きたくない、全力でやりたいと願う人ほど、両立なんてできるはずがない。でも、うまくいかないからって何かをどんどん切り捨てる人生よりも、欲しいものはなるべく多く抱え込んで、優先するものをその都度選んで、時には手を抜いて、目を背けていく人生のほうが、私は好みだ。そういう人生をすべての人に強いるわけじゃないが、そういう選択肢をすべての人が選べる世の中であることが理想だと思う。
そもそも子どもを育てる男性だって、子どもを育てていない人だって、一人で生きている人だって、大切なものや生きるために必要なものが何個もある。家庭、友情、介護、趣味、資格の勉強などすべてを抱えて生きている。何かを両立することが暗黙の了解で私たちの日々は成り立っているとも言える。何かひとつに全力で向き合っている人は、その分多くの何かを犠牲にしているか、その全力を支える他者からのケアが必ずある。それはつまり物事を両立できていないってことで、もっと言えば一人だけの力で何かを両立するなんて不可能だってことだ。それなのに「両立できているの?」「そのコツは?」なんて子どもを育てる女性だけが、そのことを意識して完璧さを求められるなんて、なんだかヘンテコだ。だから私はこれからも言い続ける。私は仕事、子育て、家族、友情、趣味、すべて何も両立していないと。
Staff Credit
イラストレーション/佐藤紀子
こちらは2026年LEE6月号(5/7発売)「吉田恵里香 私が代わりに言っておくね」に掲載の記事です。
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