子育ての一瞬の出来事・想いを「スケッチ」のようにつづった一冊
絵本作家、漫画家のおーなり由子さんが、自身の子育てにまつわる思い出を絵と文でつづった『こどもスケッチ』。
絵本や子ども向け番組などでおーなりさんのお名前を知っている方も多いと思いますが、私にとっておーなりさんとの出会いは『りぼん』。『LEE』と同じ集英社の少女漫画雑誌です。漫画家としては10代でデビューされたというおーなりさん。当時『りぼん』で描かれていたまさに絵本のような漫画を読んでいた私にとって、時を経てこうしておーなりさんから育児についてのお話をうかがうとは!と、感動です。
やさしいタッチの絵も、読みながら「あるある!」と大きくうなづいてしてしまうエッセイも、まさに「スケッチ」のように子育て中の親の目に映る瞬間や、心によぎる想いをとらえたものばかり。おーなりさんのお子さんが赤ちゃんの頃の思い出から始まり、やがて幼児の頃、小学生入学後と成長していきます。実際には、お子さんが6歳の頃から雑誌の連載として描き始められたもの知ってびっくり!
私が今まさに6歳の子を持つ親ですが、赤ちゃん時代の一瞬一瞬をこんなに鮮やかに覚えている自信はまったくなく……。
「メモを取るのが習性で(笑)。子どもが産まれてからも、枕元にノートが置いてあって、昼寝中にメモしたり。でも、連載中、書いているうちに、だんだん思い出してくることも多くて。赤ちゃんを育てている最中よりも、少し遠くなっているから冷静に書けることもありました」
「ちくわをストローにする」わが子の感性に感心!
子育てをしていると、子どものまっさらな感性にハッとさせられることがたびたびあります。時として、その感性に困らせられることもありますが(笑)、おーなりさんの場合、ご自身がものをつくる方だからなのか、瑞々しい感性の発露をしっかり受け止めようとする姿勢が感じられます。
「小さいとき、特に10歳くらいまではほんとうにおもしろかったです。たいした被害じゃないことだったら楽しめます(笑)。本にも書きましたけど、ちくわをストローにしてお茶を飲めることを発見して大喜びしてたこととか、“へえー”と感心したり笑ったりすることがいっぱいで(笑)。名刺を机に置いていたら、いつのまにか縁にぐるっとハサミで切りこみを入れられてフリンジみたいになってたり(笑)。親の知らない時間にひとりで思いついてやってることって、個性を感じて、おもしろいなあって思いますね」
人によっては、それを見て「おもしろい!」とはならず、「大事な名刺に何やってるの!?」「勝手にハサミ使って危ないでしょ!?」と怒ってしまうかも……(私も怒ってしまうかも……)。『こどもスケッチ』を読むと全編に漂うおーなりさんの子育てに対するおおらかさは尊敬するものが。そのおおらかさは、どこから来るものなのでしょう?
「子育ての神様はいない」という言葉に救われる
「自分では、おおらかなんて思ったことないです(笑)。しょっちゅうおろおろしているし、いつも、いきあたりばったりで。本の中でも書きましたけど、 “子育ての神様はいない”という名言があって。どこかで偶然耳にしたものだったんですけど、誰も責めない言葉に、救われるなあ、と思いました。どの子にも合う答えなんか、ほんとうはどこにもないんですよね」
“子育ての神様はいない”という言葉について、『こどもスケッチ』の中では
親子の組み合わせも感受性も環境も、千差万別。その子がどう育つかなんて、複雑すぎて誰にもわからないのだ。正解を知っている神様なんていない。
と書かれています。
本当にその通りで、ついつい雑誌や書籍、WEBなどで子育て情報を探しているうちに、どこかに絶対に間違いのない「正解」があるような気がしてしまうもの。でも、ある親子にとって「正解」だったことが、自分たち親子にも「正解」とは限らないのが子育ての難しいところ!
「 “正解”なんて“ない”もの、と思った方が楽(笑)。あたりまえだけど家族の正解も、子どもの正解も、お母さんの正解もなくて。雑誌なんかでは、お手本のような家族が紹介されて、そういう人たちがいっぱいいるように感じさせられるけど、それぞれの家のなかのバランスは、どんな人も手さぐりで、ものすごく色々なんじゃないかと思う。情けないこと、役に立たないこと、どうでもいいことだらけで出来ている日常が本当のところで、そんな日常が、あったかくて気楽です」
子育てする自分とキャベツ農家を重ね合わせる
出産をきっかけに、自分のキャリアと育児のバランスについて考え、悩み、もがくのは誰しもが通る道ではないでしょうか。10代の頃から漫画家としてのキャリアをスタートしたおーなりさんも、出産後、育児と仕事との両立について悩みは尽きなかったと言います。
「もともと器用なほうではないので、仕事と子育てを両立するのは無理かなあと薄々感じてたんですが(笑)。でも、出産前から続く仕事があって、だましだましやっていたら、〆切前に思ったように時間がとれないときに、追い詰められてしんどかった(笑)。2歳までは、地域のファミリーサポートの人に時々お世話になりながら家で、そのあと保育園、幼稚園とどちらも経験しました。今になると、あともう1年くらい家でみてもよかったかなあ。と思うけど、それで良かったことも多いから、わからないです。子育てってそんな感じで過ぎていくもののような気もします(笑)」
何が正解かもわからないし、いつ何が起きるかもわからない。何ひとつ予定どおりに、思ったとおりに行かないのが子育てのおもしろいところであり、しんどいところであるのかもしれません。そんな「ままならなさ」について、おーなりさんは、キャベツ農家さんに共感を覚えたと本の中で書いています。
「夕方泣きにぐったりしている時、ニュースでキャベツ農家の人が、悪天候でキャベツがダメになったと話しているのを聞いて、“わたしとおんなじ!”と思ってしまった(笑)。子どもはお天気とおんなじ。自分の力ではどうにもならないことを受け入れて生きていくのはふつうのこと。自然も人の気持ちも、時間も、思えば世の中のほとんどが自分の力ではどうにもならないことなのに、わたしは大人になっていくうちにそんなことも忘れてアホになっていた、と思いました。 そういえば。“あきらめる”はもともと“明らかに見る”という言葉なのだそうですよ」
子どもの体調管理も、泣き止ませるのも、新しいことを教えるのも、「親(特に母親)なんだからできて当たり前」という周囲からの無言のメッセージなどもあり、「自分の努力次第でどうにかなるもの、どうにかするもの」と思ってしまうことが。そこをもう一度立ち返って「もともと無理なことなんだ」と“あきらめる”ことで、親もぐっとラクになれるのではないでしょうか。きっとそれは子どもにとってもプラスになるはず。
”わからない”の中に神様が宿っている
「もともと無理なこと」については、子育てと仕事の両立でも言えるのかもしれません。本の中に登場する、おーなりさんのお友達の「子育てと仕事の両立なんか、できたと思ったことないです!」という言葉には、私もずっと心のどこかで引っかかりながら、表現せずにいた(ともすれば言わないようにしてきた)思いを具現化してもらったように感じました。
「 “こうしたら両立できるよ”“こうしたら大丈夫”って話の方が多いから、そうやってがんばらないといけないのかなと思ってしまうけれど、後ろ向きな意味ではなく、“できないもんだよ”と言われた方が、いったん心がスッとして、自分なりにやっていこう、という気持ちになるから不思議です」
そう話すおーなりさんのやさしい笑顔にこちらもほっとさせられます。『こどもスケッチ』には、そんなおーなりさんの“ほっとさせられる”エッセンスがちりばめられています。人から称賛される子に育てられなくてもいい、自分も母親として完璧でなくていい、無理をして「両立できる」ふりをしなくてもいい。「ままならなさ」を受け入れていけばいいんだ。そんなふうに思えると肩の力が抜けて、子育てや仕事を楽しめるような気がします。
「親も、わからないことだらけ、いたらないことだらけ。だけど、そういうものなんだと思う。きっとほとんどの親が色々わからないまんま、過ぎて、終わって。でも、いつか、色々楽しかったこととか、かわいかったこととか泣いたこととかが、光るように思い出されて宝物になって。親ができることって、きっともう、本当に、ほんの少しだけなんだろうなと思う。あとは、その子自身の中にある“わからない”何かが、育ててくれるような気がする。“わからない”の中に神様が宿っている気もします。わかることといえば……とにかく、子どもが毎日楽しそうにしてくれてたら、親は幸せですね」
『こどもスケッチ』 おーなり由子 ¥1500 白泉社
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古川はる香 Haruka Furukawa
ライター
1976年、大阪府生まれ。雑誌・Web等でライフスタイル、カルチャー、インタビュー記事を執筆。現在のライフテーマは保活と子どもの学び、地域のネットワークづくり。家族は夫と6歳の娘。