ずっと観ていたくなるホッコリ映画『モリのいる場所』 円熟した夫婦が醸す空気に、笑いながら癒される
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折田千鶴子
2018.05.16
沖田修一監督の新作がまたとんでもなくユニーク!
私、さして美術に詳しいわけではないのですが、本コーナーでなぜか“画家・美術映画”を紹介する機会が多い不思議……。と言っても今回の作品は、少し型破り? 飛びぬけてユニークな映画の登場です。
皆さんは熊谷守一さんという画家をご存知ですか? この『モリのいる場所』という映画は、知る人ぞ知る伝説の画家・熊谷守一さんの、“晩年のある一日”を描いた作品です。“ある一日”ということからして、他作品とは一線を画していますよね。LEE本誌6月号でも紹介しましたが、何とも言えず後を引く、ユーモラスでずっと観ていたくなるような映画なんです。
監督は、なるほどね、と思わず納得の沖田修一監督。沖田監督と言えば、『横道世之介』しかり『滝を見に行く』しかり、 “ユーモラスでほっこり”する映画を多く撮られる人気の監督さん。LEE読者の皆さんも、きっと『南極料理人』あたり、大好きな方が多いのではないでしょうか?
そんな愛すべき作品を撮り続ける沖田監督に、またも大のお気に入り映画となった『モリのいる場所』について、お話をうかがってきました!!
山﨑努さんと樹木希林さんが居るだけで絵になるんです
通称“モリ”こと熊谷守一さん、御年94歳(1880~1977/つまり本作の舞台は昭和49年)。30年間、ほぼ外出することなく、日本家屋に暮らし、庭の草木や生きものを見つめ、それらの絵を描き続けています。冒頭、昭和天皇がモリの絵を見て、「これは、何歳の子どもの描いた絵ですか?」と尋ねるシーンが挿入されますが、そこだけで思わず噴き出してしまいます! 相変わらず絶妙な“間”を掬い取るのが上手い!!
「それ、実話なんです。ここで描く1日とは少し時代がズレる逸話ですが、ちょっと遊びたくて無理矢理、組み込んでみました。中盤に登場する、文化勲章を電話で断ってしまう逸話も実話です。本当に「袴が履きたくないから」と断ったらしくて(笑)」
“ハイハイ、あぁそうですか、いりませんか”とモリの言葉を聞いて、“いらないそうです”と電話で伝える妻・秀子さんにも大爆笑です!
モリを演じるのは、山﨑努さん。76歳の妻の秀子さんに樹木希林さん。そして姪の美恵さん(アラフォー!?)を池谷のぶえさんが演じています。沖田監督が“モリ”を知ったのは、『キツツキと雨』の現場で、山崎努さんから“僕のアイドル”と紹介されたことによるそうです。
「ですから本作は、そもそも山﨑努さんの“モリ”をスクリーンで見たい、という僕の思いから始まった映画。当然ながら実在の人物であり、史実もありますが、本作はドキュメンタリー映画でもないし、堅苦しい伝記映画にもしたくなかったんです」
「現場では、そこに山﨑さんと樹木さんが並ばれるだけで、もう何も言うことがないくらい絵になるんですよ。しかもお2人とも脚本をとても気に入って下さって、こうした方がいいんじゃないかとか、色々と現場で一緒に作って下さいました。加えて池谷のぶえさん(現在、ドラマ「半分、青い」「執事 西園寺の名推理」に出演中の、要注目の名バイプレイヤー)も非常に勘のいい方で、3人であの空気を作ってくれました」
名優2人が大いに気に入ってくれた面白い脚本が、現場でさらに膨らんでいくのを、監督も実感されたそうです。
長年連れ添った夫婦の空気を、飄々と絶妙に醸し出す山﨑努さん×樹木希林さんが、本当にイイ味! もう、それだけでも観る価値十二分の映画なんです。
食べる姿にはリラックスした素が出てくる
まずは朝ご飯から、モリの一日が始まります。その食卓のシーンがまた最高です!! 秀子さんと美恵さんと卓を囲み、モリがモリモリ食べ始めるのですが……。どうやら歯が弱くて噛み切れないらしく、ウィンナーを何かで挟んで潰して食べようとするのですが、その瞬間、プシューっと汁が……、それを秀子さんと美恵さんがサッと手拭いで避けつつ、何事もなかったかのように食べ続ける姿に、またも思わず噴き出してしまいました。
「実は取材をしていく中で、1本も歯のないモリがキャンバス鋏で潰して食べる、という話を聞いたんです。うわ、面白いな、と(笑)。そこから家族が当たり前のように飛んでくる汁をかわし、普通に食べ続けていたのではとか、色々と想像しながら作っていきました。どんな食べ物の汁が一番飛ぶか、スタッフと色々と実験した上で、やっぱりウィンナーだ、と採用しました(笑)」
沖田監督と言えば『南極料理人』(09)をはじめ、お料理や食べるシーンを撮るのがとてもうまい監督、というイメージもあります。
「みんながご飯を食べている姿を撮るのが、好きなんです。座って喋っているだけより絵になりますし。といってもグルメに撮りたい気持ちは全くなく、むしろ綺麗じゃない感じを出したいんです。人間が出す生々しい音などを捉えたいというか。例えばモリは、歯がなくともズルズル汁を吸ってでも食べたい。それが“生きること、生きたい欲”のように見えたらいいな、と。食べるシーンが、“生きたい”というテーマと繋がっていることは、意識して撮りました」
「それに食事のシーンって、リラックスした状態というか、素が出てしまうシーンでもあると思うんです。飾るにも飾れないというか、所帯じみたものや生活感を見せたい場合、食べているシーンは、もってこいなんですよ(笑)!」
昼ご飯はカレーうどん。そのシーンも何気なく気づくと爆笑が潜んでいるので、ぜひ目を皿にして観てください!!
目指したのは、『ロード・オブ・ザ・リング』!?
それからモリは「じゃ、行ってくる」と秀子さんにことわり、ゆっくり歩きだします。行き先は、お家の庭。歩き、眺め、昨日よりも伸びた草木に気づき、トカゲや蝶や葉陰の虫たちを観察し、陽光を振り仰ぎ、植木鉢に腰を掛けて一休み……。
「冒頭、庭を探索するだけのシーンが10分以上続く(笑)。それがやりたかったので、冒頭のシーンにはかなりこだわりました。この、“庭の冒険”がモリの生活のすべて、と見えないといけないな、と。もちろん観客にモリと同じ視点を経験して欲しかったのもありますが、同時にちょっとした違和感も味わって欲しかったんです」
「極端な話、一連のシーンが『ロード・オブ・ザ・リング』みたいになったらいいな、と思ったりして(笑)。旅のように色んなものを見ながら、猫に出逢い、小石を拾い、池を目指すという。そういう小さなものが、モリにとってすごく大事だと思えるようなシークエンスにしたかったんです」
期せずして、現代を皮肉るテーマになりました
モリの一日は静かにゆっくり流れていくように見え、家には多くの人々が集ってきます。その“わさわさ感”も、何だかとっても楽しいのです!
「普通の映画は、主人公が色んなことをしたり経験して変わっていくことが多いですが、主人公が94歳の本作は逆というか。毎日、生き物を眺め、ご飯を食べ、絵を描いている、変わらないモリという生き物が真ん中にドンと居て、周りの人たちだけが色んな影響を受けて変わっていく、というイメージを抱きました」
なかでも加瀬亮さんが演じたカメラマンの、その助手が象徴的な存在です。この2人が出てくると、また違った面白さが漂います。
「加瀬さんと吉村(界人)くんのコンビが、山﨑さんと樹木さんの間でフッと息を抜くような、いいアクセントになっているのが、すごく良かったですね。モリのことを何も知らなかったような吉村くん演じる若者が、また明日もここに来たいと言い出すという、モリにいつの間にか影響を受けた人々の代表的な存在ですよね」
そう語りながら、「実際の吉村君もすごくユニークで、オーディションでも“何となくちょっと変わっている”感じがしたんです(笑)。それが役と重なって、吉村君にお願いしました」と裏話を一つ教えてくれました。
さて、52年連れ添った熊谷夫婦のゆったりした関係、小さな日本家屋と生きものにあふれた庭で幸せを感じる生活など、むしろ今、私たちが映画を観ると「なんて豊かなんだろう」と憧れを感じてしまいます。
「庭と家だけですべて事足りているなんて、そんないいことはないよな、って僕も思います。他には何もいらない、というのがこのお2人の素敵なところですよね」
「正直、自分ではあまり考えていなかったテーマが勝手に浮き彫りになっちゃって(笑)……。頼めば明日には商品が届くの?え、今日届いちゃうの?なんていう、色んな便利や豊かさが急速に広がる今の世の中にあって、携帯なんかなくてもこんなに豊かに暮らしていられた、いいなぁ、という。僕自身も、こんな便利な世界からもう戻れないとは思いますが、意図せず、ちょっと皮肉な映画に見えてしまって(笑)」
う~ん。業界内にファンが多いのも、沖田監督作に出たがる役者が多いのも、大いに納得です。そんな沖田監督だからこそ撮り得たユーモラスな『モリのいる場所』。
長年連れ添った守一さんと秀子さん、そのものにしか見えないと同時に、だからこそ山﨑さんと樹木さんの、「うわ。本当にすごいな」という存在感に痺れてしまう本作は、映画好きなら思わず至福を味わえる映画になっています!
ぜひ、映画館で『ロード・オブ・ザ・リング』にも負けぬ、ステキな冒険を味わってください!
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折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。