地域で生きる人たちの「ことば」や「考え」でつくる演劇
世田谷パブリックシアターで20年にわたって取り組まれている「地域の物語」という演劇プロジェクトがあります。
年代や職業、演技経験、戸籍上の性別や性自認、障害の有無を問わず、募集によって集まった地域の方々、約3カ月間のワークショップやグループ作業を通じて発見した自身のことばや経験を演劇の形にとりまとめ、最終的に一般の観客に向けた「発表会」を行うものです。
「地域の物語2018」の大きなテーマは『生と性をめぐるささやかな冒険』。
参加者は「生と性」にまつわる3つの「部活」
●「セックスをめぐる冒険」部
●「男と子育てをめぐる冒険」部
●「女らしさ男らしさをめぐる冒険」部
のいずれかから関心が高いものを選び、それぞれの「部活」の中で、ほかの参加者とともに自分の考えを深めていきます。発表会も3つの「部活」によって構成されています。
「地域の人が集まって演劇をつくる」と聞いて、私の頭に最初に浮かんだのは、プロの脚本家が書いた台本を、演出家が中心となって形にしていく。そんないわゆる「演劇をつくる」イメージ。
ところが「地域の物語」のアプローチは全く違っていました!
「地域の物語」にはプロが書いた「台本」もなければ、作品づくりの中心になる「演出家」もいません。いるのは参加者に伴走する「進行役」。演出家や俳優、振付家として普段から演劇に携わっている進行役が、参加者が「部活」に関する「ことば」を生み出すサポートを行い、集められた「ことば」や創り上げられた「シーン」を演劇として成立する形に構成していきます。
つまり、舞台上で語られる「セリフ」や演じられる「シーン」は参加者の誰かが実際に経験したことや、感じたことがベースになっているということ。今、同じ社会で生きている「誰か」であり「私」のことばや考えそのものなんです。
今までのどんな観劇体験とも違う新鮮な喜びを与えてくれた「地域の物語2018『生と性をめぐるささやかな冒険』の演劇発表会」をレポートします。
子育て当事者でない男性が考える「男と子育て」とは
観る前から私が気になっていたのが、「男と子育てをめぐる冒険」部。
「子育ては女性のもの」という固定概念が少しずつ変化してきて、「男性の子育て参加」が広がりつつある現代、「男と子育て」について参加者はどんな問題意識や経験を持っているのか、子育て当事者のひとりとして興味をひかれます。
蓋を開けてみると、2名の進行役を含めた7名の部員のうち、親として子育て経験があるのはわずか2名だったとか!
男性パートナーを持つ方が養子について考えた経験や、子育てにまつわるお金の問題など、子育て当事者ではない方々の視点による「子育て」の捉え方を知ることができました。
特に私に刺さったのが、戸籍上の親子関係にない子どもの成長を見守る「社会的子育て」にまつわるシーン。
「趣味を通じて出会った高校生の成長を見守った経験がとても楽しかった」という参加者の体験談が語られます。それは親子ではないからこそできた関わり方だったことが伝えられ、「誰もが子どもを身近に感じることが、今の日本では、とても大事になっていると思います」と締めくくられました。
子育てをしていると「保育園はうるさいから迷惑」と嫌がられ、一方で子育て当事者でない人が子どもに挨拶すれば「不審者だ!」と通報されるような世の中です。
子育て当事者とそうでない人たちが断絶されているからこそ、双方が辛い思いをするのかも。社会に「誰もが子どもを身近に感じ」られるようなしくみがあったら、コミュニティが形成されたら、子育て当事者である親の負担軽減にもつながり、子育て当事者以外の人にも「子どもを育てる」楽しさを知ってもらえるかもしれない。
私のライフテーマ「地域での子育て」とステージ上で語られたことがピタッとリンクするのを感じました。
舞台上の登場人物に「わかるわかる」と感情移入するのとはまた違う感情の昂ぶりが。
参加者の「ことば」に共感の拍手も
「セックスをめぐる冒険」部や「女らしさ男らしさをめぐる冒険」部の発表でも、共感できるエピソードや考えがたくさんありました。
「女らしさ男らしさをめぐる冒険」部の中でラップとして紹介された
「輝く女性 輝く母性 女を勝手に発光体にするんじゃネーヨ」という言葉は、客席から「おー!」という歓声と拍手が起きたほど。
演劇以外にも本、漫画、映画など「自分ではない誰かの人生を身近に感じる」ことができる表現方法はたくさんあります。
その中でも演劇は、演じる内容がフィクションだとしても、目の前で生身の人間が動き、声を発し、「伝える」力強さがあると常々感じています。
今回の「地域の物語」は完全なフィクションではなく、すべてが参加者の語った「ことば」で構成されているもの。「伝わる」力強さはなおのことでしょう。
トランスジェンダーの方が経験してきた「らしさ」の押し付け、ゲイの方が考える「男らしさ」など、自分ではすることがない経験や感覚をよりリアルに受け止めることができたと感じます。
参加者の「自分ごと」が観客の「自分ごと」にも
発表会終了後には、参加者と観客とのトークセッションが行われました。
長年「地域の物語」にかかわってきた世田谷パブリックシアターのスタッフの方によれば「観たものについて話し合う時間がとても大事」なのだとか。
上演作品について脚本家や演出家、役者の想いを聞くアフタートークは参加したことがありますが、観客も一緒になってのセッションは初体験。ですが、実際に経験してみて、観たものについて「話し合うこと」がどれほど大事なのかを実感しました。
それぞれの部活、シーンについて振り返り、観客席に向けて「伝えたいこと」を募ると、どんどん手が挙がります。
私も思わず挙手して「男と子育てをめぐる冒険」部での「社会的子育て」についての感想を伝えてしまったほど。心によぎったことを「シェアしたい!」衝動がありました。これもやはり舞台上で伝えられたすべてのことが誰かの「自分ごと」だったことが大きいのではないでしょうか。
「私も同じ経験がある」という告白も、「もう少し違う内容を期待していた」という感想も、どこかで「自分ごと」だと感じたからこそ出てきた「ことば」なのではと。
「男と子育て」「セックス」「女らしさ男らしさ」。どれも友達どうしで顔をつきあわせて語り合うのはなかなか難しいテーマです。まして初対面どうしで「どう思う?」と話すのはもっと難しい。
どんな話題よりもその人の深い部分がうかがえるテーマについて、これだけ多くの人の考えやことばを聞き、交換しあえる機会はとても貴重でした。
進行役の方がまとめとして、この発表会をフィナーレのシーンになぞらえて「何十人分もの人生がここにある」と表現されていました。同じ社会に生きる多様な人たちの「人生」をこれだけ一気に目の当たりにできることも、そうそうあることではありません。
そして、この試みを20年も続けてきたという世田谷パブリックシアターの偉大さも実感。
一般の人が「演劇」を経験できるこんなプロジェクト、そうそうできることではありません。
次回の「地域の物語2019」も、またぜひ足を運びたいと思いました。
地域にこんな劇場があるって、とても素敵! 世田谷区の方がうらやましいです。
世田谷パブリックシアター
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古川はる香 Haruka Furukawa
ライター
1976年、大阪府生まれ。雑誌・Web等でライフスタイル、カルチャー、インタビュー記事を執筆。現在のライフテーマは保活と子どもの学び、地域のネットワークづくり。家族は夫と6歳の娘。