月刊トップブロガー、9月のお題は「心に残る本」。読書の秋というわけですね。
いちおう本が好きで文学部を出たので、若かりし頃や人生の岐路に立たされたときに、影響を受けた本というのはたくさんあります。
ここ2〜3年は週に一度必ず図書館に行き、短時間でぐぐっと入り込めて気分転換できるような時代小説をよく読んでいます。(葉室麟も宇江佐真理も、杉本章子も、はまり始めてからみんな亡くなってしまいました・・。まだまだ若いのに。寂しいです)
現代小説は、普段から結構こちらに投稿しているのですが、新刊が出たらすぐに買うくらい好きな作家が幾人かいて、それ以外にはあまり手を出しません。少し気になる人ができたら、まずは図書館で相性を確かめて、よかったら数冊読んでみたり。
新刊を買うところまでいきつくことは、かなり稀です。少ないですがそういうパターンもあります・・畠中恵なんかがそうで、しゃばけは全て集めました。(いつか息子が手に取ってくれることを期待して!)
さて。せっかく今の自分が選んで感想を投稿するのだから・・最近読んだ中で、若い頃なら手に取らなかっただろうなと思うような本を、今回は選びました。
今年、上半期に図書館で借りて読んだ中で、これは絶対に買って手元に置こうと思うくらい心動かされた一冊です。
深沢潮の「海を抱いて月に眠る」。文藝春秋刊です。
帯にある通り(好みはあるかもしれませんが・・)間違いなく傑作だと思いました。
主人公は、文梨愛(ぶんりえ)という在日二世の女性。1976年生まれなので、私より4歳年上ということになります(今のLEE世代よりは一回りほど上と考えたら、時代感覚がより鮮明になるかも)。
少し話がややこしいのですが、彼女の境遇について・・お付き合いください。まず、彼女の両親はふたりとも韓国人で、通称名の「文山(ふみやま)」姓を名乗っています。父親は在日一世(本人が日本に渡ってきた)、母親は在日二世(親が日本に渡り家庭を作り、日本で生まれた)です。物語の始まる5年前に、すでに母親が亡くなっています。
彼女はフルタイムで働くシングルマザーで、8歳になる娘がいます。元夫もやはり韓国人で、留学で日本に来た人だったのですが、韓国の家族は在日の梨愛を韓国人とは認めず(平たく言うと、だいぶイビられたわけです)、馴染めないままに離婚したという経緯があります。
梨愛にはお兄さんが一人いますが、親の反対を押し切って日本人と結婚し、日本国籍を取り息子もできて、家族全員が日本名を名乗っています。韓国名を使っている妹とは距離を置きたい様子で、あまり付き合いはありません。
梨愛が、一見して在日であるとわかる「文」の姓をあえて名乗っている動機には、父や兄への反発心があるようです。
父親は口うるさい人で、韓国の食べ物やしきたりに強いこだわりがあり、梨愛にはそれを厳しく強要してきたのですが、兄にはなぜかそれをしなかった。兄と違って自分は、父親の望む人間であるよう努力してきたにもかかわらず、それに対する評価がないことにも強い憤りを感じています。
そして、韓国人であることを忘れるなと言いつつ、普段はそれとわからない名前を名乗って暮らしている父に対して、根深い怒りがあるのです。・・・相当気の強い感じの主人公なのです。
父親もかなり偏屈な人のようで、生前の母との夫婦仲もあまり良いとは言えず、梨愛は母親の愚痴ばかり聞いて育ちました。時々使い道のわからないお金があったり、どうやら女の人に会いに行っている様子だったり。親戚(母の実家)とも諍いがあり、そのことを生前の母が憎々しげに語る様子を何度も目にしてきたわけです。
もちろん兄と父の関係も悪く、母の死後はほぼほったらかし状態。ひとりで娘を育てている梨愛の方は、嫌々ながらもそんな父と交流しているような感じです。
たまに行事などで兄の家族と集まっても、兄の息子に高圧的に物を言ったり、その反応が気に入らないと激昂して、ものすごい剣幕で怒り、その場の雰囲気を壊してしまう。父は、親族のほぼ全員に疎まれていました。唯一、梨愛の娘のはなだけは、おじいちゃんに懐いています。
・・・と、長々と主人公の境遇や家族について説明しましたが。
1ページ目の1行目で、そんな父が突然亡くなります。そこから、長い長いこの物語が始まるわけです。
韓国の伝統的な餅菓子を喉につまらせる、という事故であっけなく命を落とした父。生前がそういう感じだったので、お通夜に弔問に来る親戚や友人はほぼおらず、あまり誰も悲しんでいません。
なんとも寂しい通夜なのですが、そんな中、焼香の列に並んだひとりの美しい中年女性。・・もしかしたらあの人が、生前の父と最後に電話で話した人かもしれない。
父の携帯電話の着信履歴には、金美栄という名前がたくさん並んでいました。もしそうであれば、特別に親しい間柄であったはずだと梨愛は気づきます。
見つめているうちに、驚いたことに彼女は、肩を震わせて泣きはじめました。
あの誰も彼もに疎まれていた父の死を、こんなに悼んでくれる人がいたなんて・・と訝しく思う梨愛。いったい何者?父との関係は??
尋ねようとした時には、もう彼女は帰ってしまっていました。
そのあと、今度はひとりの老人が姿を見せます。棺にすがりついて、人目もはばからずに大声で泣き出し、何かを韓国語でわめき散らしています。眉をひそめる兄と兄嫁。他の弔問客も当惑しています。
面倒に巻き込まれるのは億劫だなと戸惑いつつ、まだ小さな娘を寝かせてあげたいのを理由に、その場を兄に任せて梨愛は葬儀場をあとにします。
翌日、告別式を終えて骨壷と遺影を抱え、父が独り住まいしていたマンションに戻った兄と梨愛。あの人たちは一体なんだったんだろう・・と話し、遺品整理も兼ねて父の部屋で手がかりを探すことにしました。
そこで2人は、引き出しに残された古びたノートを見つけます。
果たして、父の真実の姿とは? いったい誰に何を言い残したくて、このような長い手記を書いたのか?
そこには、家族も全く知らなかった、父の驚くべき半生がしたためられていたのです。
ここまでがだいたい、20ページくらいです。全310ページにわたる長編の、ほんのさわりの部分ですが。実はこの最初のつかみのところって、本にとって相当大事ですよね。ややこしそうだな、自分には波長が合わないなと思ったら棚に戻すだろうし、興味の湧く人は続きを知りたくて手に取ってみようと思うだろうし。
いろんな書評でも、この先の父の秘密について少しは書かれているので・・それについて、ちょっとだけ触れたいと思います。(ネタバレだと思う方は読まないでください!でもAmazonのレビューにもめっちゃ書いてあるけど!)
実は父は、生家の父親と折り合いが悪くて家出し、16歳で同郷の友たちとともに韓国から日本をめざして、玄界灘を小舟で渡ろうとしたのです。とちゅう転覆し、溺れて死にそうになったんですが、九死に一生を得ました。戦後のどさくさに紛れて別人の戸籍を手に入れ、そのあと名前も歳も偽って生きてきたのです。
つまり、不法入国の密航者だったのですが。息子も娘も、妻さえもそのことを一切知らなかったのでした。
そういう経緯があり、日本に渡ってからも様々な苦労をしてきました。その身に受けた理不尽な差別や、政治運動に身を投じた過去。苦しい中、ともに支えあってきた2人の親友の存在。物理的距離よりも遥かに遠く隔てられてしまった、海の向こうの故郷への思い。家族との愛別離苦の情。
若い頃の父がどんなだったかを紐解くにつれ、驚くようなことばかり。
手記には、だいたい戦後間もなくから、娘の梨愛が生まれた1976年までの父のことが時系列順に記されていました。
ごく私的な、感想らしきものも少し。
この物語の登場人物のほぼ全員が、韓国に関係のある人です。でも、それぞれ形が違い、考え方も様々です。日本で生まれた人、韓国で生まれて日本に渡った人、留学で来た人。日本人と結婚した人、韓国人と家庭を持った人、韓国人と日本人の間に生まれた人。帰りたい人、帰る気のない人。伝統を守りたい人、縛られない人。自らのルーツに誇りのある人、そうでもない人。
立場が少し違えば、価値観が全く違って相容れないということもあるわけで・・それは簡単にひとくくりにできないほど、とても複雑です。国籍がこうというだけで、安直な先入観を持たないようにしたいものです。
息子が赤ちゃんの頃仲良くしていたママ友に、在日韓国人と台湾人の間に生まれ、日本人男性と結婚した人がいたんですが。やはり様々な価値観の中で、自分の考え方をしっかり持って子育てしていたことを思い出しました。
それから・・私は恥ずかしながら、高校生の時に日本史選択だったこともあり、その時代の韓国のことをあまりよく知らず、また興味を持つことも今までなかった。だから、その動乱の歴史について、ほぼ無知の状態でこの本を手に取りました。
大河ドラマや歴史小説などもそうですが、身近でないテーマを持った作品に触れると、どんな風に教科書で説明されるより、その事柄についてがよくわかることってあります。40を目前にしてひとつ、物の見方が変わったなと思いました。
そういう意味で、読んでおいてよかった。
そういう諸々のこととは全く別に、この本を読み終えて最初に強く思ったことがあります。
それは、幼いこどもというのは母親が主観に基づいて発した言葉すべてを、事実として捉えてしまうんだなということでした。
さらに、そうしてつくられた先入観は、その後こどもが成長して大人になってからも、一生にわたって影響することもある。言い方はちょっと悪いけど、洗脳に近いものがあるなと。
梨愛の母が父について零していた愚痴には、事実と違うこともたくさんありました。
もちろん、それは父が最後まで自分の来し方について口をつぐんでいたゆえであるわけだし、母の苦労も相当だったと思うので、同じ女性として同情する気持ちもあります。
おそらく、悪意に基づいてしたことではないでしょう。(明らかに自分の親族にとって都合の悪いことを伏せ、父だけを悪者にしている箇所が、一点だけあるのですが・・そこは目をつぶるとして。)
しかしこの物語の父のように、家族に対して一切の説明をせず、その言い分を放棄して生きなければならない事情がある場合、こどもはその愛情や、表面に出てこない深い思いについて、汲み取ることはむずかしいでしょう。目の前の、身近な物が世界の全てだから。
その日家庭内で起きた事柄について、母親の言い分しかなかったら、それがすべてです。(もちろん、父の横暴とも取れる言動がそれを裏付ける結果になっちゃったのがいけないんですが。)
ひとりの親として、そのことにじゅうぶん気をつけていこうと思いました。
父にだって、父になる前から続く一個の人生がある。人として譲れない信念があり、一人の女性(母)と出会い、子をなし、いろんな折り合いをつけながら生きた。(この辺は、夏前に読んだジェーン・スーさんの著作とかぶるテーマでもありますね。)
父はたしかに偏屈な人だったし、一方的に物を言ったりすることもあったけど、その言動のひとつひとつにちゃんと意味があったのです。
長年、父に認めて欲しいのに認められず、愛を乞うことの裏返しでずっと反発してきた自分が、本当はどれだけ愛されて生まれてきたか、大切にされてきたのか。父がそのために、どれほど大きな犠牲を払ったのか。
終盤、それらがすべて明らかになる時、胸に込み上げてくるものがありました。
・・・・・・・・
とてもいい作品だったと思うので、いつかぜひ映像化して欲しいです!若かりし頃の父は、松田優作にやってほしかった・・・(無理)。
もっといろんな人に知ってもらいたい作品だと思ったので、今回の一冊にはこれを選ばせてもらいました!
いつもここに買った本の紹介や感想を書く時、(こんな長文誰が読むんだろう・・)と内心思いつつアップしているんですが。けっこうクリップしてくれる人がいるので、じつはとっても嬉しいのです。
この本、図書館で借りて読んだのは梅雨の頃で、その後すぐに書店で買ったのですが、時間をかけて感想を書きたいな〜と思っているうちに、かなり時間が経ってしまいました。
タイミングを逃し、うっかりお蔵入りするところでした。。そんな時にちょうどよく9月のお題のお知らせが来たので、陽の目を見ることができました!よかった!
そういうわけで今回、月刊TBのテーマに本を選んでくれたLEE編集部にも感謝します♡
yuki*
39歳/夫・息子(11歳)/手づくり部、料理部/横浜在住、大阪出身。港が見えそうで見えない丘の上の古い一軒家で、息子と年上の旦那さんと猫のリサと一緒に、楽しく暮らしています。本とラジオと美しい布が好き。がま口のお店をやっています。一度しかない美しい日々を、あたたかく綴りたいと思います。Instagram:@yukiiphone
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