今日のお買い物

生きるとか死ぬとか父親とか

  • yuki*

2018.07.19

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最近読んで良かった本を、何冊か紹介したいと思います。

まずは、ジェーン・スーさんの「生きるとか死ぬとか父親とか」。webで連載時に毎月楽しみに読んでいたので、単行本化される時に予約して発売日に手に入れました。その後、現在どうやらベストセラーになっているようで。

ジェーン・スーさんは、もともとはエッセイストの方で、今はTBSラジオで「ジェーン・スー 生活は踊る」という、月〜金曜のお昼の帯番組を担当されているラジオパーソナリティーでもあります。

番組タイトルの通り、季節にちなんだ生活情報をいろいろと取り入れた内容なのです。旬の野菜を使った料理だとか、おいしい果物の選び方だとか。夏の手土産、効率的な水周りの掃除方法、どのスーパーが素晴らしいとか。

人生相談のコーナーもあって、面白い相談の時は耳が釘付けになってしまうことも!スーさんの軽いトークのおかげで、決して重たくはならない、明るく楽しく、聴き終わった時に少し元気になっている、とっても良い番組なのです。選曲もとってもおしゃれでステキ。

中でも特に私が大好きなのは、オープニングに必ずある、スーさんのリスナーへの呼びかけ。
「お仕事中の方、お休み中の方。家事、子育て、病気療養中の方、介護中の方・・・」って言うんですよ。スーさんは優しい。だれも置いてけぼりにしないんです。

大げさかもしれないけど、自分がいち社会生活者であることを、ときどき確認したくなる時があるんです。「専業主婦」=「働いていない人」では決してない、ということを、わかっていて呼びかけてくれる人がいるんだなあってことに、単純に安心するのです。
ちょっとぐったりして心が僻んでいるような日は、「働くママ」という言葉をどこかで目にしたり耳にすると、自分のことを働いていない、怠け者のように思ってしまう時があるから。誰も彼もにそう思われているんじゃないかと。こんなに疲れているのに・・と。

明るいからりとした声で、昼間っから存在を肯定してくれる人がいる。彼女は私の、お昼の女神様なのです!(笑)

スーさんのエッセイを既刊の何冊か持っていますが、どれも軽妙で面白いです。しかし今回の新刊は、ちょっとだけ今までとトーンが違うようで。

 

 

生きるとか、死ぬとか、父親とか。これは、親子の本です。

 

 

スーさんは42歳、お父様は77歳(たぶん連載開始時の年齢です)。お母様は約20年前、スーさんがまだ20代半ばのころに鬼籍に入られています。そのお墓まいりに二人で出かけるところから始まります。

このお父さん、相当個性的な人なんです。とにかく、女によくモテる。そして、スーさんが子どもの頃は、都心のいいところに一軒家を建てて住む資産家だったそうな。儲けてやろう、一発当ててやろうという意欲に満ちていて、怒りっぽかったり、考え方が独特だったりして。
が、途中いろいろあって事業がうまくいかなくなり、それを豪快にスッカラカンにしたという。。。

そんな破天荒タイプのお父さんを、いつもさりげなく支えてカバーしてきたお母さん。スーさんがお母さんにお願いしていたことはたった一つ、「お父さんより先に死なないで」ということだったそうです。でも、その願いはかなえられなかった。

お母さんが亡くなった後、お父さんは無茶をして人に騙されたり失敗して、文無しになってしまいます。破産後に家を出ていかねばならなくなったことや、お父さんの周りにいつもチラつくよその女性の影。ものすごく父娘の折り合いが悪くなったこともあったようです。

話が後半に進むにつれ、けっこう重たいエピソードもでてくるんですが、前半から一貫して続く淡々としてウィットに富んだ語り口のおかげか、そんなに重くは聞こえないのです。
何より、お父さん自身が不思議と憎めない、「愛嬌のあるじじい」なのです。どこへ一緒に行っても「お父さん、かっこいいわね」と女性をメロメロさせてしまう。

(作中、スーさんがお父さんの誕生日に、ミッドタウンの帽子屋でプレゼントを買ってあげるというシーンがあるんですが。その歳で、ヘレンカミンスキーのパナマハットが似合うんですよ!そんなじじいは、そうそういませんよね)

お父さんの周りの女たちは皆、嬉々として彼の世話を焼くのです。それを今となっては感謝しながらも、なんとなく苦く思う。両方がないまぜになった複雑な気持ちのスーさんもまた、この本を書いたのはスッカラカンの父に家賃や生活費を出してあげるためだという。どんだけいい男なんだ・・・。

 

さて。どんな人でも、いろんな顔を持っています。母の顔、妻の顔、仕事をしている時の顔。ここで隊員をやっている人には、ブロガーやインスタグラマーとしての顔もあるのかも。
過去にさかのぼると、庇護され守られていた娘の顔、学生だった時の顔や、違う仕事をしていた時の顔。女友達と気のおけない話をしている時の顔、誰かと恋愛をしていた時の顔。それぞれに明確な差がある人、ない人、差があるとすれば意識的にやっている人、そうでない人。いろいろいます。

私が見ている誰かの顔は、その一部分でしかない。息子ですら、外に出たらきっと、微妙に違う顔をしているでしょう。でも、息子のほうは基本的に、私の「母親」の顔しか知りません。その場に同席する人によっては「妻」や「姉」や「娘」や「友人」の顔をしている時もあるでしょうが、それは普段息子に見せているのと地続きのもののはずです。

子供が親の違う顔をうっかり見てしまったり、親も予期せず見せたくない顔を見られてしまったりすると、双方ともある程度動揺するものなんじゃないでしょうか。

 

 

でも、子どもが一人前に近づくと、親だって一人の人間であるということに思い至ります。自分と同じように個人としての背景や、視点や、心の動き・・親となる前からつづく、一個の人生があるのだということに(本当の意味で)気づく日がくるのです。

自分の親がまだ親になる前、どんな人間だったのか。親になってからも、その人生において、人としてどんな葛藤を抱えていたのだろう。
親のそれを知りたい人も、知りたくない人もいると思います。でも、語られる前に本人が亡くなってしまったら、もう選択肢はない。それらは永遠に箱の中です。
周囲の人から聞いたり、遺した物から想像することはできるかもしれない。けれど、それには思い出を美化しようとする力や、こうであってほしいという願望、私だったらきっとこう思うはず、などというバイアスがかかっているもの。

そんなの知りたくないし気持ち悪い、私の前では親の顔だけしていてほしい、と思う人もいるかもしれません。たしかに、あまりに落差があるとショックですが・・・。
大人になっていても、生き辛くなるようなことがあってまだ子どもでいたい時に、親が親の顔をしてくれなかった時は、求めていた愛や甘えの反動で憎しみを覚えて、大げんかに発展してしまうこともあるかもしれません。

精神的に親から自立して大人になるということは、親も一人の人であるということを受け入れ、尊重した上で、関係を構築していくということなのかもしれません。この本を読んで、そんなふうに感じました。

30代も終盤に差し掛かり、子であり親である身としては、いろいろ思うことがあります。もし私と同じようにいろいろ思っている人がいたら、一度ぜひ手に取ってみてください。
自分も、親も、もちろん子どもも、それぞれが一個の人間なんだなーということに、やさしく気づかせてくれる本です。(お子さんがいらっしゃる方は、夏休みの宿題や読書を傍で見張りつつ、一緒に読んでみては!笑)

それから、出てくる食べ物がみんな美味しそう!(笑)話の本筋とは関係なさそうですが、実はそんなこともありません。
東京生まれ東京育ちのスーさんから語られる、少し昔の東京の風景。そこに(かつて)存在し、長年ご両親が愛してきた、いろんな美味しいものや、素敵なお店や、使い勝手の良い物たち。幼い頃、日常生活の中にあったそれらの記憶って、ひとつひとつが小さな宝物のようだなと。

母が亡くなり、2人になった父と娘の20年。愛憎の赴くままに大げんかしたりべったりしたりせず、求めず突き放さず、お父さんとちょうど良い距離感で暮らしている現在のスーさんなのだな・・としみじみしました。

人はひとりひとり、いろんなお面を付け替えて、毎日をなんとか生きている。そのことをわかっているスーさんだからこそ、彼女のトークはみんなの心にすんなりと届くんだな〜。
そんな風に思いながら、今日もお昼のラジオに耳を傾けるのでした。

yuki*

39歳/夫・息子(11歳)/手づくり部、料理部/横浜在住、大阪出身。港が見えそうで見えない丘の上の古い一軒家で、息子と年上の旦那さんと猫のリサと一緒に、楽しく暮らしています。本とラジオと美しい布が好き。がま口のお店をやっています。一度しかない美しい日々を、あたたかく綴りたいと思います。Instagram:@yukiiphone

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