愛した楽園と黒髪の女たちとの知られざる悲劇 映画『ゴーギャン タヒチ、楽園への旅』で堪能!
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折田千鶴子
2018.01.23
贅沢なお楽しみが満載の“画家映画”
昨年は、例年にも増して画家を主人公にした映画を、本当によく観ました。ざっと思いつくだけでも、『エゴン・シーレ 死と乙女』『ロダン カミーユと永遠のアトリエ』『セザンヌと過ごした時間』『ゴッホ 最期の手紙』、これにドキュメンタリーを加えると相当な数ですよね!
余談ですが、その中で特に驚嘆したおススメ作品は『ゴッホ 最期の手紙』。全編がまさにゴッホの筆致(を真似た)の油絵のみでアニメーション仕立てにした、それはもう、「こんな贅沢許されるの?」という眼福の一作でした。そのゴッホと一緒に暮らしていたエピソードが有名なゴーギャンの映画が登場します!
一連の作品で私たちは、「あの絵(作品)って、こんな風に描かれたのか!」とか「こんな制作秘話があったのか!」と驚嘆したり、腑に落ちるように深く納得したり……というのが一番のお楽しみだったりしますよね。
この『ゴーギャン タヒチ、楽園への旅』は、そんなお楽しみも勿論ですが、ゴーギャンがタヒチに向かった経緯、そのタヒチでの生活、愛と葛藤の日々が綴られ、またもたくさんの驚きと発見を与えてくれます!
注目のイケメン監督に直撃!
さて、公開にあたりエドゥアルド・デルック監督とスカイプで繋がりました! イケメン監督だけに直接お会いしたいところでもありましたが、スカイプって監督の自宅の様子が同時に観られたりすることもあるので(今回がまさにそう!)、意外と楽しかったりもします。
そしてデルック監督は……とっても気さくで楽しい、そしてフランス人ですもの当たり前ですが、居心地が良さそうな、お洒落~なお部屋に暮らしていらっしゃいましたよ!!
――ゴーギャンと言うと、タヒチで描いた絵の “原色をふんだんに使った大胆な筆致の画家”というイメージですが、彼の映画を撮ろうとした監督にとっては、どのような存在の画家だったのですか?
「僕も以前はヴィンセント・ミネリ監督の『炎の人ゴッホ』(‘56)を観てゴッホとの関係を知っていた程度の、アイコン的な要素を知っているくらいでした。彼がタヒチでの生活を記した「ノア・ノア」という紀行エッセイを読んで、彼について、また彼のタヒチに関する絵画の裏に隠されていたエピソードについて詳しく知り、今回の映画を撮ることになったのです」
――本作を監督することにより、ゴーギャンに対するイメージは変わりましたか?
「彼はかなり複雑な人なので、相当な時間をかけてリサーチしました。その中で、音楽を奏でるに似たアプローチで絵を描くことも知りました。セオリーから入るのではなく、もっと生々しいというか、どこかへ行き、誰かと会い、感じたままを絵に描くというアプローチ。明確に何がやりたいかビジョンを持って描いているな、と分かって来ました」
絵画に描き込まれたマオリ文化の終焉
――本作では、ヴァンサン・カッセルがゴーギャンを演じていますね。
「ヴァンサンには早い段階で企画に入ってもらいました。今回の作品におけるゴーギャン像は、ゴーギャン本人が(紀行エッセイの中で)語っていたゴーギャン像、ヴァンサン・カッセルが演じるゴーギャン像、そして僕の考えるゴーギャン像と、色んなものが交じり合い、色んな人の力が加わって出来上がっています。映画のコアはゴーギャンとタヒチの出会い、それが彼の生き方にどんな影響を与え、反映されているか、同時に彼の芸術や作品にどのように反映されるようになったか、ということです。本作を作ることにより、僕はタヒチについてもかなり詳しく知るようになりました」
――詳しく知ることにより、ゴーギャンの絵画に対する見方そのものも変わりましたか?
「僕は、単にゴーギャンがどう生きたか、彼の才能がどのように開花していったか、ということだけではなく、タヒチのマオリ文化(ニュージーランドの先住民を起源とするポリネシアの文化)の終焉というものも同時に描きたかったのです。というのも彼がタヒチに到着したのは、まさにマオリの王が亡くなるという象徴的な出来事が起きた週でした。つまりゴーギャンは、2500年も続いたマオリ文化が終焉を迎える、その大きな転換期に居合わせ、どんどん変わりゆく歴史を、絵画に描き込んでいった、ドキュメンタリー的な要素もあるからです。それは、単なるメランコリー以上の悲劇的なものでした。僕は彼の絵の中に、そうした要素をも強く感じるようになりました」
絵画66点が生まれた瞬間を目撃できる⁉
―― 絵が生まれる瞬間を目撃できるのも、とてもスリリングな体験でした。そういう場面を撮る際には、どのような点にこだわりましたか?
「彼が最初にタヒチに滞在した1891年から数年の作品をもとに、想像を膨らませました。絵をそのまま映し出すような教育的なことではなく、その瞬間の真実を描きたいと思いました。つまりゴーギャンとテフラの関係性――彼女の表情や互いに交わし合う視線がどう絵画に反映されているか。同時に、テフラの表情はタヒチの歴史そのものを反映してもいる。一方で、ゴーギャン自身も自分について理解を深め、人類について色々考えさせられるようになっていた。加えて原始的な文化が終焉し、人々がいかに文明化に向かっていくか、そういうすべての瞬間が絵画に描き込まれているので、映画でも、とにかくその“瞬間の真実”を描こうと心を砕きました」
――無知な私には、有名な絵画の何点かしか「あ!」と分かるものはなかったのですが、実際に監督は何作品くらいの“絵画”を本作の中に入れ込んだのですか?
「一度目のタヒチ滞在で、ゴーギャンはトータル66作品くらい、平均すると月に4、5作品描きました。その66作品を見れば、彼がいつどこでどういう人々に出逢い、どういう場所や環境に暮らしたかということが分かってくるので、映画でも、ほぼ66点の絵画を感じさせる要素や瞬間を入れ込みました。どの瞬間から爆発的に色が鮮やかになったか、あるいはモデルとなった女性たちとの出会いにより、どのように絵が進化していったか、なども分かりますよ」
監督が“三角関係”を通して描きたかったもの
――ゴーギャンがテフラと陥る三角関係はフィクションだそうですが、映画の見どころでもあると思います。監督は、そうしたロマンスを通して、何を照射したかったのですか?
「実際にゴーギャンの隣にはヨテファという若者が住んでいて、一緒に森へ木を拾いに行ってヨテファに彫刻を教えたり、2人には強い関係性がありました。実際に何があったかはわかりませんが、ヨテファはとてもハンサムで、当時13歳だったテフラとも同い年。そんな若者が隣に住んでいたら、テフラと何も起こらないなんてあり得ない、不自然だと僕は想像しました(笑)。だって、ゴーギャンは年老いた、貧乏で病気持ちの白人ですから」
「そして、彼らの関係は非常に象徴的でもあるんです。というのもゴーギャンは、ヨーロッパの絵画界の色んな決まり事や型にはまることを打破し、文明を否定して野生の自分として野蛮になり、それを認めて欲しいという一心でした。でも結局、テフラがヨテファになびいてしまうのは、ゴーギャンがどんなに頑張っても、結局はよそ者でしかなく、彼がなりたいと思うワイルドな人間にはなれない。受け入れてもらえず、いつまでたっても異質な存在でしかなかったのです」
「また、ゴーギャンがテフラを家に閉じ込めてしまうのは、野蛮だけれども決して文明化されずに汚れなきピュアさを保ち続けて欲しい、という気持ちを表した象徴的な行動でした。ところがゴーギャンが何を望もうと、パペエテ(タヒチの玄関口)に着くとテフラも文明化されてしまうし、自分も結局は入植者にしか過ぎないわけです。つまり現地の人にとっては毒みたいなものであり、決して相いれないものである、ということを彼らの愛の形を通して描きたかったのです」
なるほど……。ゴーギャンを身勝手だと思う一方で、テフラに「私を自由にして」と言われてしまう場面では、思わず胸がギュギューと痛みます……。
原色使いのパワフルな絵を描く画家、という印象しか持っていなかった私ですが、それらを描いたゴーギャンには、理想が手から零れ落ちてしまうような色んな葛藤や哀しみや苦しみがあったなんて、想像もしていませんでした。
ゴーギャンが捉えた“美の神秘”の瞬間を捉えた映像に驚嘆し、喜びを覚えると共に、画家が噛み締めた辛酸や切なさをも存分に味わえる、興味の尽きない映画になっています。
そんな映画『ゴーギャン タヒチ、楽園への旅』は、1月27日よりBunkamuraル・シネマほかにて全国順次ロードショーされます!
ぜひ映画館で、新しい発見をする歓びと、名画に隠された悲劇に心を震わせてください!
http://gauguin-film.com/
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折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。