クジラ/イルカ漁をめぐる今の真実――。 映画『おクジラさま ふたつの正義の物語』の佐々木芽生監督に直撃!
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折田千鶴子
2017.09.06
当事国なのに、私たち日本人があまり知らない“捕鯨問題”
みなさんも、日本がクジラ漁をめぐって世界から非難されていることは、きっとご存知ですよね!? でも、あまり詳しいことは知らず、“なんかやたら責められているなぁ…”と感じたり、“捕鯨は昔から日本の文化って言うし…”止まりで、自分の考えを持つに至らない方も多いのではないでしょうか。
かくいう私もそんな一人なのですが、「う~む、そういうことか!!」と初めて知り、驚き、唸らされたのが、映画『おクジラさま ふたつの正義の物語』です。興味深いことこの上ないのですが、その激論を巻き起こしかねないテーマに敢えて踏み込み、メガホンを握ったのは、なんとNY在住の佐々木芽生監督です。
彼女こそ、日本でも大ヒットしたあの愛すべき『ハーブ&ドロシー』(08&13)シリーズの監督さんなのです!!
原動力になったのは、あのアカデミー受賞作への不快感!
元々ジャーナリストであった監督は、自身の胸の内に、捕鯨問題に関する色んな思いを10年以上、抱えていたそうです。
「番組の取材のために“捕鯨問題”をリサーチしたことがあり、“何かイヤだなぁ”という思いが残り続けていました。そんな中、09年の夏に映画『ザ・コーヴ』(09)を観て、“もうダメ、我慢できない!! ”と本作に着手しました」
そう、当事国なのに問題をよく知ろうとしなかった私たち日本人に冷や水を浴びせたのが、『ザ・コーヴ』(09)でした。その年の米アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した作品で、すこぶる面白い、まるでスパイ映画のようなエンターテインメント映画です。
「明らかに何かの目的を持ち、活動のツールになる映画。エンターテインメント性も非常にあるけれど、その危うさを強く覚えました。事実誤認もある上、誰かの悪事を暴く姿勢で太地の漁師さんたちを描き、血で染まった海の赤を映像で見せる。その映像のインパクトがあまりに強く、観た直後は「イルカを殺しちゃダメ」という心境にさせてしまう。でも段々と、少しおかしいぞ、と不快感が膨らんで」
そう聞いて思い出すのは、傑作ドキュメンタリーを撮り続けるマイケル・ムーア。『ボウリング・フォー・コロンバイン』(02)しかり、『華氏911』(04)しかり。最新作の『マイケル・ムーアノ世界侵略のススメ』(15)に至るまで一貫して、攻撃的に取材対象にマイクやカメラを向けていますが……。
「マイケル・ムーアの場合は、向ける先が常に権力者や営利目的で動いている産業界。我々一般人が知らされていないことを、既存のメディアがやらないので彼が敢えて暴露した。ところが『ザ・コーヴ』は、数億の予算を持つハリウッドの製作陣が小さな町に乗り込み、町の漁師を糾弾した。その力関係は、単なるイジメではないか、と」
胸がスッとするくらいに納得。漠然とした疑問が解消されました!!
さて、『おクジラさま』は、クジラ/イルカ漁をめぐる“目の前で行われる現実”を私たちに提示してくれます。
双方の意見に真剣に耳を傾け、理解しようとします
監督が10年以上抱き続けて来た捕鯨問題に対する思いの元を、こう解説してくれました。
「どんな問題でも普通は、賛否の意見が双方からたくさん出るもの。特にアメリカはそういう国です。ところがこの捕鯨問題に限っては、おそらく世論の100%近くが反対と、完全に一方向しかない。なぜなら捕鯨産業は何十年も前に終わった産業だから。捕っちゃいけないと言われて、困る人が一人もいないんですよ」
だからこそ監督は、双方向の主張/正義に耳を傾けます。
舞台は、すっかり色んな活動団体の攻撃の的になってしまった和歌山県太地町。ドクロマーク入りの黒Tシャツで太地町にやってきたシーシェパードのメンバーたち、淡々と生活や仕事を続ける漁師さんたち、太地町に移り住んで町の人々や状況を理解しようとするアメリカ人ジャーナリスト……。
「取材姿勢としては、どちら側にも肩入れしないのではなく、逆に、ひたすら肩入れする。両方に肩入れするということでいい、と私は思っています。後でバランスを取ればいい。とにかく彼らの話に真剣に耳を傾け、なぜ彼らがそういうことをするのか、そういう考えを持っているのかを聞いて理解しようとするのです」
対話できないことを確認するための対話!?
映画の中で、シーシェパードのメンバーたちが、太地町の漁師さんたちを“これがモンスターたちだ!!”と罵倒に近い言葉でネットに刻々と動画をアップしていくシーンに、今さらながら非常にショックを受けてしまいます。
それに対して漁師さんたちは、手をこまねいていることしかできません。その対比が面白いやら、同じ日本人として歯がゆいやら……。
「あのシーンは、思わず笑いながらも複雑な気持ちにさせられますよね。漁師さんたちは、お父さん、お祖父ちゃん、ひいお爺ちゃんから漁師を継いで、魚を獲っているのが仕事。ネットで情報発信できないし、ピンと来ていない。そういう人たちに対して、世界を上げて攻撃の波が襲ってくることへの悲劇というか……。また、世界の水族館などに売るためのイルカを、傷をつけずに捕獲する非常に高い特殊な技術を持っていて、それゆえに攻撃されてしまうわけです」
水族館の是非は、私たちも真剣に考えなければならない問題ですよね。時々複雑な気分になりますが、基本、私も水族館や動物園を訪れるのが大好き。でも世界の流れは今、動物に芸をさせることや野生動物を閉じ込めておくことは動物虐待にあたると、いう考えになってきています。
一方、捕獲反対派と、太地町が対話の場を設けるという、実に印象深いシーンも出てきます。あまりの嚙み合わなさに、あちゃ~っ、という気分……。
「なんちゃって対話シーンですね(笑)。対話できないことを確認するための対話と言うか。でも世界捕鯨委員会という大きな国際会議場で行われる会議も、あの小さな公民館で開かれたものと、同じ光景が繰り広げられる。それがすごく面白いな、と思いましたね」
シナリオは書かない。現場で何が撮れるか。
6年がかりで本作を完成された佐々木監督ですが、世界情勢は刻々と変わっていくもの。どのような作品の見取り図や構図、シナリオや心づもりで現場に入るのでしょうか。
「私の場合は、まったくシナリオはなしで現場に入ります。書いてしまうと、シナリオに合う絵を撮って貼っていく作業になってしまうので。結論を出さずにただカメラを向けて行って何が撮れるか。本作も着手した2010年は、情熱で撮り始めましたが、11年に震災が起きてしまったので中断することになってしまって……」
何が起きるか分からないからこそ、スリリングで面白いものが撮れるのでしょうね。同時に本作のカメラマンさんが“胃が痛い”と訴える場面に思わず吹き出してしまいますが、現場は大変です!!
「“もう、嫌です、僕”と言ってましたね(笑)。私ももちろんドキドキしましたが、そういう感情に完全に蓋をし続けました。そんなコト言ってる場合じゃないぞ、と」
妥協をせずに面白い作品、興味深い作品を作るというのは、本当に生半可な覚悟ではできないものだなぁ、と実感しました。
さて監督は、太地という小さな町で起きている紛争を見て、戦争とはこうして始まるのだと思ったそうです。本作で描きたかったのも捕鯨問題の是非ではなく、自分と相容れない考えの人たちとどう「共存」していくか、の大切さ。「排除」するのではなく、どうしたら「共存」できるか、だったそうです。
観終えた後、自分の考えがまとまらず、もう一度見たくなる。本当に色んなことを考えて、自分の中で矛盾が出て、また見てみよう、そんな気にさせる作品です。ぜひ、みなさんも色んなことを見て感じ、考えて欲しい作品です!!
さてNY在住という、何だか憧れてしまうステキ女性の監督ですが、もちろん生まれも育ちも日本です。大学卒業後に就職した会社を、体調を崩して辞め、インドへ放浪の旅に出たそうです。その後に訪れたニューヨークで、縁あって暮らし始めたそうですが……。
「私の場合は、みんなに合わせないと変な目で見られる日本に窒息しそうになって飛び出しちゃっただけですが」と笑います。
「この映画を作ると言ったとき、せっかくあんなに愛される『ハーブ&ドロシー』を撮ったのに、なぜ世界から嫌われるかもしれない映画を撮るの?と周りから言われました(笑)。失敗するかもしれないし、叩かれるかもしれない。でも撮らずに諦めたら、絶対に死ぬまで後悔するだろうな、と思ったんですよ。何か大きなことを決断するときは、常に私は、それを基準にしてきました」
「だって、失敗のない人生や仕事なんて、あり得ないもの! 失敗なんてプロセスの一部。それによって気づくことがたくさんある、失敗はいわば先生みたいなもの」
人生の達人!! 思わず勇気づけられますよね。そして最後に、こんな素敵なメッセージを!!
「色んな国の人と仕事をしてきましたが、日本の女性は本当に優れていると思います。だから、こんなに活躍の場が限られている日本にこだわるのは、もったいない! 日本女性はモテるし(笑)、30代なんてこれから何でもできる。どんどん世界に飛び出していって欲しいですね!」
まずは『おクジラさま』をより多くの人に見ていただきたいのが一番ですが、佐々木監督の次なる作品も早く観たい。今度は、何をテーマにされるのか、とっても楽しみですよね!!
映画は今週末9日より、渋谷のユーロスペースほかにて全国順次公開予定です。
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折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。