私のウェルネスを探して/高妍さんインタビュー前編
『隙間』高妍さんが「自分にしか描けない漫画を描きたい」を実現できる理由【このマンガがすごい!2026 オンナ編第2位】
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LEE編集部
2025.12.27

今回のゲストは漫画家でイラストレーターの高妍(ガオ・イェン)さんです。高さんは台湾出身で芸術大学に入学した後、沖縄の芸術大学に留学。2021年に日本の漫画雑誌『月刊コミックビーム』(KADOKAWA)に『緑の歌-収集群風-』を連載し、コミック版が2022年に日本と台湾で同時出版されました。『緑の歌-収集群風-』は日本人アーティスト細野晴臣さんに憧れる台湾人大学生の恋愛を描き、細やかな心理描写と美しい絵が作り出すみずみずしい物語が話題になりました。2025年には台湾と沖縄を舞台にした『隙間』(全4巻、23年に『月刊コミックビーム』に連載)が出版され、歴史と人、その土地が織りなす深い物語が多くの人を魅了し、『このマンガがすごい!2026』(宝島社)オンナ編2位にランクインしました。
前半では、高さんが漫画を描き始めるきっかけになった日本人漫画家や細野晴臣さんとの出会い、ドキュメンタリーのような漫画が生まれる背景、漫画を描き続ける理由について話を聞きます。(この記事は全2回の第1回目です)
22歳で近藤ようこさんの漫画を読み、生まれて初めて「嫉妬」する
高さんが初めて本作りを体験したのは大学生の頃。「本が好き」「自分の手で作ってみたい」と自分でイラストを描き、編集・デザインを行い、自費出版でイラスト集を作ったのが最初でした。

「高校では絵画を学び、大学ではグラフィックデザインを専攻していました。元々本を読むのが好きで絵を描くのが好きだったのですが、将来的にイラストの仕事ができない時も本関連のデザインの仕事ができたらいいなと本作りに挑戦しました。その時はまだ漫画のことを考えておらず、台湾にはイラストレーションが学べる学校や専攻がなかったので、一番近いグラフィックデザインを選んだのもあります」
イラストの作品集を毎年1冊ずつ作り、日本で言うコミティアのようなイベント(自主制作した作品を発表・販売する即売会)やオンラインで販売するようになりました。SNSアカウントを立ち上げ、日本語でも発信するようになると日本からイラストの依頼が増え、注目されるように。漫画を描き始めたきっかけは、沖縄の芸術大学に留学した際に出会った日本人漫画家の作品でした。

「漫画家の近藤ようこさんです。2018年に『見晴らしガ丘にて』を初めて読み、とても感動して、いつかこんな漫画を描けたらいいなと思いました。近藤さんの漫画を読んだ時、今まで感じたことのない感情が生まれました。初めての嫉妬というか、今まで“こういう人になりたい”とかなかったのですが、作品が素晴らしすぎて心の底から憧れました。あとがきを読むと、その漫画を描いたのが近藤さんが20代の時で、私がその時22歳でした。それもあって“今始めないとダメだ!”と思い、漫画に真剣にチャレンジしようと思いました」
運命を変えた、細野晴臣さんの音楽との出会い
もう一つの大きなきっかけが、細野晴臣さんの音楽との出会いです。
「2017年にはっぴいえんどのアルバムを買うために初めて日本に行き、細野さんのことをもっと深く知りました。ちょうどその時、細野さんが日本各地でコンサートを開催すると知り、また日本に行きたいと思いましたが、現実的には学校の授業があったりお金もなくて日本には行けない。そんな中、細野さんが初めて台湾でコンサートするニュースが流れてきて衝撃を受けました。当時のエピソードや気持ちをどうしても漫画で残したい、描きたいと思いました」

そこでできたのが『緑の歌-収集群風-』の元になる、28ページの小冊子サイズの漫画でした。それが偶然にも松本隆さん(細野晴臣さんのバンド『はっぴいえんど』のドラマーで作詞家)の手元に渡り、細野さんが目にすることに。さらに本人に会って、細野さんのドキュメンタリー映画にも出演するという奇跡的な展開を迎えます。
「細野さんに初めてお会いしたのは、2019年の2度目の台北公演の時。ちょうど公演の様子をドキュメンタリー映画『NO SMOKING』用に撮影していた時で、映画の制作会社から“細野さんに影響を受けて作品を作る若手クリエイターを記録したい”と連絡を受け、お会いできることになりました。ちょうど公演の日の昼頃だったと思います。公演後に挨拶をさせてもらって、“信じられない!”“意味が分からない!”と夢のような時間でした」
『緑の歌-収集群風-』はコロナ禍に台湾・日本間オンラインで制作
その頃にはイラストの仕事を受けることも増えていましたが「どこかで漫画を描きたい」という思いは変わりませんでした。出版社に持ち込む、新人賞に応募する、読み切りの短編を描くなど考えていましたが、そんな時に現在の編集担当者から連絡をもらい、一緒に漫画を作ることになります。

「『緑の歌』を長編にして描き直したいと思っていた時でもありました。ちょうどコロナで日本に入国できず、オンラインでの打ち合わせが中心でした。恥ずかしいのですが、私は自分なりの企画書を作って編集担当者さんに送ったんです。初めて商業誌で漫画を描くこともあり、連載も初めてだったので、不安が多くて。だけど自分の真剣な気持ちを伝えたいし、母国語じゃない日本語でどうやって伝えられるんだろうと。それを文章、日本語で書いて一冊の本のようにした企画書をEMS(国際郵便)で送ったんです。その本は世界に2冊しかありません、私の手元に1冊と編集さんの手元にある1冊です」
『緑の歌-収集群風-』は、大学生の林緑(リンリュ)が細野晴臣さんの音楽をきっかけに青年・南峻(ナンジュン)と出会い、新しい世界や感情と出会う物語です。高さんの実体験をもとにしていますが“実体験7割、残り3割はフィクション”だと言います。

「物語は、私がふだん記録しているメモや日記をもとに作っています。それらは断片的だったり点みたいなものだったりするのですが、それを私なりにピックアップしてつなげていく。“これが合うかもしれない”“これが合うと物語になる”。そこが漫画を創作する上で一番大切なところで、私の場合はフィクションとノンフィクションの両方が存在してできています。たとえば今、部屋の中に差し込んでいる日差しや木の下を歩いている時の木漏れ日が綺麗だなと思った瞬間から物語は始まります」
実体験とフィクションが織り交ぜられた『隙間』
今年コミック版が出版された漫画『隙間』も高さんの実体験とフィクションが織り交ぜられています。『隙間』は台湾人大学生・楊洋(ヤンヤン)が、亡き祖母への思いを胸に抱えながら沖縄に留学し、そこで出会った人や仲間、沖縄と台湾の歴史を感じながら、恋人、家族に思いを寄せながら自分を取り戻していく物語です。

物語では台湾の社会運動や二・二八事件、同性婚、沖縄の歴史が、楊洋自身の体験や視点から描かれています。台湾の独立運動を進めた鄭南榕(テイ・ナンヨウ)の生き様、沖縄戦を経験した人々の声。それらがリアリティのある言葉や表現で描かれており、日本人としても知らなかったことが多く驚かされます。
「それらのエピソードは、私が漫画を描くために資料や論文をたくさん読んで学んだことが元になっています。そういったエピソードを“主人公が本を読んで知った”だけよりも、行動や言葉を交わしたことで知ったという設定の方が共感しやすいだろうと考え、どういう形で読者にこの情報を見せると伝わりやすいのかを考えて作りました。『隙間』を書くにあたり、私もたくさん勉強しましたし、常に“こんなに知らないことがたくさんあったんだ”と感じながら作った作品です」
「自分にしか描けない漫画を描きたい」を実現できる理由
『隙間』で主人公の洋がいじめられていたエピソードは、ネームに行き詰まり映画を見ている時に思い浮かんだアイデアだと言います。



「台湾のことをよく知らない人に台湾のことを分かりやすく一言で伝えるにはどうしたらいいか。台湾がWHOなどの国際機関から除外されていることをきっかけに、世界は大きなクラスのようだと感じました。たとえば、みんなから好かれる人気者もいれば、周りをいじめる自分勝手な人もいて、それにもちろん立場の弱いいじめられっ子もいる。登場人物の経験と台湾の社会に置かれた状況をリンクさせることで、分かりやすく国際的な立場、社会の構図が見えるようになると思いました。私たちは過去の経験に縛られて、互いの傷や思いを理解できなくなってしまう。日本の読者も日本人としての経験や歴史があるので、“あれと同じ”“似ているかも知れない”という感覚で台湾を知ると理解しやすいはず。そう思ってそのエピソードを入れました」
高さんの漫画から感じるのは、主人公自身の体験から新しい感情や違和感が生まれ、それを理解し受け入れ変化していくこと。高さんが漫画を描く理由に挙げている「自分にしか描けない漫画を描きたい」を実現できるのは、自分が経験したことだから、という点にも重なります。

「『隙間』を作る時に感じたのは、それぞれの国それぞれの場所で複雑な思いがたくさんあったということです。教科書を読んで知っていた台湾の歴史、沖縄の歴史を勉強している時、なぜこの言葉、この表現を選んだのかと疑問に思ったんです。例えば“琉球処分”“集団自決”、琉球は誰のものだったのか、自決はそれぞれが決めたことなのかということです。当時起こったことをすべて知ることはできないのですが、ひとつの言葉で伝えてしまっていいんだろうかと。教科書にそう書いてあるから終わり、ではなく読んだときに感じた違和感や“変だな”という気持ちを無視しないで向き合って欲しいと思います」
青春って忘れたくないし、残しておきたい。だから忘れないうちに漫画を描いておきたい
『緑の歌-収集群風-』と『隙間』。それぞれテーマや内容が大きく違い、どちらかが高さんらしいのか、好きなテーマなのか聞いてみるとこう答えてくれました。

「『緑の歌-収集群風-』で私がカルチャー好き、『隙間』で社会運動に熱心だったと知って読者の方に驚かれたんですよね。でもそれが私が描きたかったものなんです。私が体験したこと関心を持っていたこと、大学時代に細野晴臣さんが好きで社会運動に参加してNPOのボランティアに参加したこと。それぞれどちらも私の人生で、実際に経験した青春なんです。青春に存在しているものって、人それぞれ違うんですよ。私にとってはそれが細野さん、台湾や沖縄の歴史だったんです。音楽、スポーツ、恋愛、全世界の人それぞれの青春があるんです。誰もが経験した青春があるはずで、私の漫画を読んで忘れかけていた青春を思い出してもらいたい。青春って忘れたくないし、残しておきたい。だから忘れないうちに漫画を描いておきたいんです」
(後編につづく)
My wellness journey
私のウェルネスを探して
高妍さんの年表
1996
台湾・台北生まれ
2014
台湾芸術大学視覚伝達デザイン学系に入学
2018
沖縄県立芸術大学絵画専攻に短期留学。ZINE『緑の歌』を出版
2020
『猫を棄てる 父親について語るとき』(村上春樹著/文藝春秋)の装・挿画を担当する
2021
『月刊コミックビーム』(KADOKAWA)に『緑の歌-収集群風-』を連載
2022
『緑の歌-収集群風-』上下巻(KADOKAWA)を出版
2023
『月刊コミックビーム』(KADOKAWA)に『隙間』を連載
2025
『隙間』1巻~4巻(KADOKAWA)を出版、『このマンガがすごい!2026』オンナ編2位にランクイン。『四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて』(村上春樹著/新潮社)の装・挿画を担当する

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