私のウェルネスを探して/牟田都子さんインタビュー前編
牟田都子さんが「校正は防災」「野生の校正はしない」と考えるコミュニケーションのポイント
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LEE編集部
2025.11.15

今回のゲストは校正者の牟田都子(むたさとこ)さんです。牟田さんは2008年から大手出版社の校閲部に勤務、10年間勤めた後、個人で仕事を始めます。2018年には共著『本を贈る』(三輪舎)、2022年には初の著書『文にあたる』(亜紀書房)を刊行しました。
前半では、牟田さんが校正者になるまでの職歴や両親が校正者である中で同じ道を進むことの葛藤、校正をする上で気をつけていることを聞きました。“校正は防災”、“野生の校正はしない”と考えるコミュニケーションのポイントについても掘り下げます。(この記事は全2回の第1回目です)
両親と同じ校正者という仕事を選ぶのに、抵抗と迷いがあった
校正者とは、本や雑誌、新聞などが出版される前に試し刷り(ゲラ)を読み、誤りや補足すべき箇所を指摘したり提案したりする仕事です。ゲラを3度読み、1度目は素読みして言葉や文字を見る、2度目は固有名詞や数字、事実関係に間違いがないか調べる、3度目に通し読みとして全体を読みます。それを初校(1回目)、再校(2回目)と繰り返します。本1冊を校正するのにかかる時間は2〜4週間ほど、集中力や細かさ、正確性などが必要とされる専門的な仕事です。

牟田さんは校正の仕事に就くまで、図書館員、石けん会社が営むライフスタイルブランドの販売員など、いくつかの仕事を経験しました。図書館員は「大学生の時に行った図書館実習がきっかけで」、石けんブランドの販売員は「自分の好きなものを売るのは嘘がなくていい」という理由で始めました。30歳を目前にした頃、販売の仕事が向いていないことや体力的なきつさを感じ、転職を考えるようになります。
「親に相談すると“腕のいい校正者は、どの出版社も常に探している”と言われました。両親は校正者だったので“本気で校正の仕事をしたいのであれば紹介することはできる”と言われましたが、親と同じ道に進むことに抵抗がありとても迷いました。最終的には、校正者なら図書館員の経験も活かせるのではないか、また長く続けられる仕事がしたかったこともあり、校正の仕事を選びました」

著書の出版をきっかけにメディアへの露出が増えると、両親が校正者という境遇から、牟田さんを“サラブレッド”“なるべくしてなった人”と言う人もいたそうです。しかし牟田さんの実感は少し違っているようです。
「家を出て一人暮らしで自分の力で食べていかないといけない、生活のために仕事をしなければならない。そんな中でこれまでの経験が活かせる、長く続けられる仕事として選んだのが校正でした。“家系だから”“才能があるから”ということではなく、もしそうであれば、こんなに苦労していないと思います(笑)。小さい頃から両親の仕事をそばで見ていたので、こういう仕事があるとすんなり受け入れられていたところはあります。校正者は露出が少ないので珍しい職業のように感じる人もいるかもしれませんが、私にとっては一般的な会社員と変わりません」
校正は「常に失敗している仕事」「100点が普通で減点方式の仕事」
校正の仕事を“常に失敗している仕事”“100点が普通で減点方式の仕事”と表現する牟田さん。『文にあたる』では、言葉との向き合い方や本の読み方、校正の苦労について書いています。言葉ひとつ表現ひとつにも丁寧に向き合う様子、どう指摘をすべきか著者に心を寄せて悩む様子に驚かされます。ただの指摘や疑問出しだけではない、ゲラを介したコミュニケーションに近いものだと感じました。

「校正者は言葉の行き違い、すれ違いを見続けています。ゲラを読んでいて疑問や気になった箇所には指摘を書き入れますが、その疑問が校正者の考えていたように受け取られず、傷ついたり感情が波立ったりしてしまう著者もいます。それが作品にマイナスの影響を与えてはならないので、私たちはどう伝えるべきかを常に考えています。できるだけ誤解やストレスがないように、間違いや分かりにくい箇所がない状態にするためにはどうすべきか。本作りのゴールは読者に読んでもらえるところですから、それに向かってやっています」
牟田都子さんが使っている校正に欠かせない道具

- 見台(ゲラを置いて読むための台)
- 蛍光ペン(ゲラに添付する資料の参照箇所に色をつける)
- えんぴつ(指摘や疑問点はえんぴつで書く)
- 赤えんぴつ(修正指示に使用する)
- 青えんぴつ(字形の説明などに使用する)
- ルーペ(漢字の細部やルビを見るために使用。フレームにアーチがあり、えんぴつを入れながら見られる)
- えんぴつ削り(赤えんぴつと青えんぴつ用)
- ナイフ(えんぴつ用)
- シャープペンシル(小さな字のゲラに使う)
- 付箋(後で調べる箇所の目印に)
- 指サック(ゲラをめくるのに)
- 小型国語辞典(辞書アプリも使うが、紙の辞書も一冊必ず手元に置いている)
- 消しゴム
- パソコン(辞書アプリやデータベースでの調べものに使う)
校正者として指摘はするけど、ふだんの生活の中ではしない理由
著書『文にあたる』の中で印象的だったのが“校正は防災”という一文です。「本は安心して読めるもの」「本の信頼を損なわないように」「誰かにとってはかけがえのない一冊である」「本は人間より長く生きる」。だからこそきちんと手をかけて信頼を失わないようにしたい、本を守りたいという願いが校正に込められています。

昨今、SNSやメディアでの発信が炎上したり、メールやLINEでのやり取りが思わぬ方向に伝わってしまったりと、発信や伝え方の難しさを感じることが多くあります。発信や発言の前に調べたり、ふさわしい言葉かどうかを考えることも校正と似ています。牟田さんは仕事では校正者として指摘はしますが、ふだんの生活の中ではしないように心がけていると言います。
「人から指摘をされたり尋ねられたりすると、恥ずかしいと感じる、そこから怒りに転じてしまう方もいます。だからこそ伝え方には気をつけますし、相手の気持ちを考えて言葉を選びます。仕事で問うことはあっても、ふだんのメールやSNSのやり取りでは、多少の違和感があっても指摘はしないようにしています。SNSで見ず知らずの相手に指摘をする人を見かけることがありますが、私からすると、求められたわけでもないのに誤りだと断言する様子は“野生の校正”のように見えて、“なぜそんな怖いことができるんだろう”と(笑)。例えば“駅まで徒歩10分”とあっても、歩くスピードは人によって違いますから、幅があるのは当然ですよね。そういったすれ違い、行き違いが特にSNSでは可視化されていると感じます」

調べものはAIではなく、信頼できる辞書やデータベースを活用する
不幸なすれ違いや行き違いを防ぐために大切なことは、伝え方に気をつけることと調べる癖をつけること。指摘する場合は根拠となるデータや資料を添えること。調べる時はAIに聞くのではなく、信頼できる辞書やデータベースを活用すること。牟田さんは、本に加えてスマホの辞書アプリ、有料のオンラインデータベースを併用して調べものをするそうですが、一般の人にもおすすめの調べかたを教えてくれました。
「オンラインデータベース『ジャパンナレッジ』は、紙の辞書や百科事典をベースにしているため信頼度も高く、複数の辞書・事典をいちどきに検索することができるのが便利です。『ジャパンナレッジ』は有料ですが、同じくオンラインデータベースの『コトバンク』は誰でも無料で使えます。

最近だと“AIに聞いた”という人もいますが、AIは間違った情報や知識を伝えてくることも多く、信頼性が不十分で、調べたとは言いにくいと思います。よく“AIは活用していますか?”と聞かれますが、必要な情報源のリサーチに補助的に使う程度です。そもそもゲラというのは社外秘の書類と同じで、まだ世に出ていないものですから、それをAIに読ませるのは倫理的にためらわれます。作家の中にはAIに原稿を読まれたくないという人もいるのではないでしょうか。私自身は自分が書いた原稿はAIには読ませてほしくないと思っています」
校正者歴18年、担当した本は200冊以上。それでもなかなか安心して仕事はできない
校正者として仕事を始めて18年、これまでに校正を担当した本は200冊以上。校正の仕事で楽しいこと、辛いことを聞きました。

「担当した本がすごく読まれて重版になった時は嬉しいです。ただ、本の売れ行きと校正には関連がないので、私たちがどれほど力を入れて仕事をしても、本が売れるとは限らない。辛いのは、読んでも読んでもゲラに指摘が入らない時です。いつも何か見落としているんじゃないかと思って読んでいますが、指摘や疑問がまったくないと、やっぱり何か見落としてるんじゃないかと不安がどんどん大きくなります。逆にあれもこれもと書き込みが多くなると、陰でもっと大きな見落としをしているかもしれないとこれまた不安になる。なかなか安心して仕事はしにくいですね。校正という仕事自体がそういう性質なのだと思います」
(後編につづく)
My wellness journey
私のウェルネスを探して
牟田都子さんの年表
1977
東京都生まれ
2000
大学卒業
2001
学生時代からアルバイトしていた図書館の嘱託職員に
2007
石けん会社が営むライフスタイルブランドの販売員として働く
2008
大手出版社の校閲部に業務委託契約で勤務
2018
契約を終了、個人で校正の仕事を始める。『本を贈る』(共著、三輪舎)を出版
2020
『あんぱん ジャムパン クリームパン 女三人モヤモヤ日記』(共著、亜紀書房)を出版
2020
『文にあたる』(亜紀書房)を出版
2024
『校正・校閲11の現場 こんなふうに読んでいる』(アノニマ・スタジオ)を出版
2025
『贈り物の本』(編著、亜紀書房)を出版

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