【渡辺 優さんインタビュー】『女王様の電話番』「冒頭の一文に、恋愛至上主義への疑問やモヤモヤを込めました」

渡辺 優さん

恋人は欲しいし、相手を「好きだ」と思う感情はあるものの、肉体の接触にはためらいがある。そんな自分のセクシャリティを「アセクシャルかも？」と悩む女性を主人公にした小説を発表した渡辺さん。冒頭で主人公の志川が感じる「この世界はスーパーセックスワールドだ」という一文には、強いパンチがある。どんな経緯で生まれたのだろう？

「恋愛や結婚の中で、漠然と共有されるルールみたいなものってありますよね。誰かを好きになり、気持ちが通じ合ったらセックスするのが恋愛。関係がさらに深まった場合は結婚に進むというような。ほかにも大人の男女が親しくしていたら、友情かもしれないのに、周りからは『二人って付き合ってるの？』と思われやすいなど、人付き合いが色恋主軸で語られがちな社会って、モヤモヤするなあ、と。それが主人公が向き合っていくことになる、セクシャリティの問題とつながって。最初の一文も彼女の心の声としてすっと出てきました」

性のあり方に戸惑う志川が働くのは、男性用SMのデリバリーサービスの電話受付。実は渡辺さん、志川と同じような電話スタッフの仕事をした経験があるとか。

「ごく普通の事務バイトで募集をしていたんです。入ってみたら……という展開でした。結局、私は1日で辞めてしまったものの、自分が風俗産業の中に参加した自覚もなく、でもその1日は確実に業界で働いていたわけで。不思議でしたね。今回の小説を書くにあたり、特に取材などはしていませんが、“いつの間にか性産業の中にいた”感覚は、志川にも反映させています」

女王様、客、同僚、女友達など、志川を取り巻く多くのキャラクターたちも、その存在に説得力がある。

「自分のセクシャリティに疑問を持たない人もいる。志川の悩みを受け止めてくれる人もいれば、逆に知識として受け入れても、感情では理解しきれないキャラもいて。世の中にはさまざまなものの見方があります。そしてどの立場の人も、悩んだり思うことはあるのだと、単純に善悪をつけないように意識しました」

多様化するセクシャリティを背景に、物語にはミステリーの要素も絡んでいき、志川を中心とした人物たちの関係性や言動に「わかる！」と、親近感を覚える箇所もいっぱい。他者への観察眼の鋭さが渡辺さんの作品の魅力だが、日々、意識していることはあるのだろうか？

「観察というか、いろんなことを妄想してしまうほうかも。日々のニュースや、人が話していることを何気なく覚えておき、『自分だったらどうするかなあ？』『もしこの話題が、社会的な問題になったらどうするだろう？』とか。一人で妄想を膨らませすぎて、勝手に心配になったりしてしまうタイプです（笑）」

今年でデビュー10年。最初は会社員との兼業だったが、現在は執筆活動に専念。息抜きはしていますか？

「座っている時間が長いので、最近、キックボクシングを始めたんです。ウォーミングアップに縄跳びをしたら、最初は30秒も続かなくて、己の筋力の低下っぷりにびっくり（笑）。諦めず続けていたら、1分、2分と跳べるようになってきました。週1回の短い時間ですが、トレーナーさんと言葉を交わし、体を動かすと、『私、ヘルシーな生活をしている！』と、うれしくなりますね」

PROFILE

1987年生まれ、宮城県出身。もともとは翻訳家を志望していたが、次第に小説を書くおもしろさに惹かれるように。2015年に『ラメルノエリキサ』で第28回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。『アイドル 地下にうごめく星』『アヤとあや』『カラスは言った』『月蝕島の信者たち』など著作多数。
X：watanabe_yu_wat

『女王様の電話番』

不動産会社を退職後、SMの女王様をデリバリーするお店で、電話番のバイトを始めた志川。密かに「自分は普通の恋愛ができないのではないか」と悩んでいる。そんな志川は女王様・美織さんへ憧れを抱くように。プライベートで会う約束を交わしたものの、美織さんは音信不通に――。恋愛、結婚、セクシャリティなど、現代社会の「普通」に疑問を与える物語。￥1980　集英社