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映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

ロカルノ国際映画祭で「日本映画の最高峰」と讃えられた『旅と日々』ついに公開!

シム・ウンギョンさん、主演映画『旅と日々』を流暢な日本語でユーモア満載に語る「やっぱり旅って、自分探しだと思います」

  • 折田千鶴子

2025.11.05

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シム・ウンギョンさん

世界が熱視線!『夜明けのすべて』の三宅唱監督作

これまで3作――『きみの鳥はうたえる』(18)、『ケイコ 目を澄ませて』(22)、『夜明けのすべて』(24)がベルリン国際映画祭に出品されるなど世界から熱視線を注がれ、現代日本の映画界を牽引している三宅唱監督。ロカルノ国際映画祭インターナショナル・コンペティション部門に出品された『旅と日々』は見事、最高賞(金豹賞)を受賞し、「日本映画の最高峰」と讃えられました。そんな三宅監督と初タッグを組んだシム・ウンギョンさんにお話をうかがいました。

上に挙げた3作ともまた少し異なり、クスクス笑えるようなトボけたユーモアを湛えながら、詩的な世界に誘い込んでくれる『旅と日々』。その味わいは、もちろんシムさんに拠るものでもあるでしょう。シムさんが現場でどんなことを感じていたか、色々と聞きました。

シム・ウンギョンさん

可愛い役もカッコいい役も硬軟自在

シム・ウンギョン

Shim Eun-kyung

1994年5月31日生まれ。映画『サニー 永遠の仲間たち』(11)に出演して注目を集める。『怪しい彼女』(14)で百想芸術大賞・最優秀主演女優賞ほか数々の賞を受賞。日本でも活躍し始め、映画『新聞記者』(19)で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞ほかを受賞。他に『ブルーアワーにぶっ飛ばす』(19)、『椿の庭』(21)、ドラマ『群青領域』(21)、ドラマ&映画『七人の秘書』シリーズ(20~22)などに出演。近年も主演した韓国映画『The Killers』(24)が釜山国際映画祭Korean Cinema Today Panorama部門に出品されるなど、日韓で活躍中。

三宅監督といつかご一緒したいと思われていたそうですが、特に好きな作品はありますか?

シム・ウンギョン(以下、シム) 監督の作品すべてを拝見していて、すべて大好きですが、特に『ケイコ 目を澄ませて』を観て以来、お会いしたい気持ちが強くなりました。主人公のケイコが、まさに今のこの世の中を生きていることを強く感じさせてくれて、そういう映画を作られていることに、とても感動したんです。映画ファンとして一度お会いしたいな、いつかご一緒できたらいいなと思っていたので、その夢がこんなに早く叶って驚いています。今の段階で、こんなチャンスが巡って来るとは全く思っていなかったので、とても嬉しいです。

シム・ウンギョンさん

脚本家の李さんを演じるにあたって、「すごく自然体で演じることを心掛けた」と資料にあります。頭の中のものを文字で表現する脚本家と、その書かれたものを身体で表現する俳優は別の表現力を必要としますが、生みの苦しみという点は重なりますよね。

シム 脚本家という職業は、自分が一緒に仕事をしている人たちなので近く感じますが、よく考えたらやっぱりよくは知らないなと思いました。だから撮影前に、テイストは全く違いますが、Netflixで『Mank/マンク』という映画を観たりしました。『市民ケーン』の脚本を担当したハーマン・J・マンキーウィッツという方の伝記なんですが、脚本家って一体どういう職業なのか、どういう悩みを持っているのかを少し感じたくて。直接の影響はないですが、そういう映画を通して観察したりしました。

旅と日々』ってこんな作品

真夏の浜辺で夏男(髙田万作)は、どこか影のある渚(河合優実)と知り合う。翌日も浜辺で会った2人は、台風が接近して荒れた海を泳ぐ――。その映画を、大学の講義で学生たちと一緒に観ていた当該作品の脚本を書いた李(シム・ウンギョン)は、学生からの質問に「自分には才能がないと思った」と答える。何を書くべきか思い悩む李は、旅に出ることに。雪国のおんぼろ宿にたどり着くが、宿の主人・べん造(堤真一)はヤル気がなく、暖房も食事も極めて質素。そんなある晩、べん造は李を夜の雪野原へと連れ出す。つげ義春の短編マンガ「海辺の叙景」「ほんやら洞のべんさん」を原作に、監督の三宅唱が脚本を手掛けた。

シムさんは脚本家の李さんを演じていますが、シムさん自身がこの『旅と日々』の脚本を読んだときと、完成した映画を観たときの印象はどうでしたか?

シム 脚本を読む自分の想像力が圧倒的に足りないなと思うくらい、完成した映画はとても豊かだと思いました。「こんな展開になるんだ!?」とか、「こんな風に映っているんだ、こんな画になるんだ」とたくさんの驚きがありました。

ところが李さんは自分が脚本を書いた映画の感想を求められ、「(自分には)あんまり才能がないなと思った」と答えるシーンがあります。なぜか、つい噴き出してしまいました(笑)。

シム 「官能的な映画ですね」とお世話になっている教授に言われ、意図していなかった捉え方をされたことに対してワケが分からなくなっている心境です。あのシーンは、三宅監督と“李さんが今どんな心境か”を、お互いに話し合いながら撮りました。

そこから一転、李さんが冬の雪国へ旅に出る後半へ入りますが、まず、ボーイッシュな冬の装いがユーモラスで可愛かったです。コートにマフラー、丸い山高帽で。 

シム 実はあの格好は、バスター・キートンやチャールズ・チャップリンなど、無声映画の主人公たちをイメージしたと監督がおっしゃっていましたよ。可愛いですよね。

旅と日々 シム・ウンギョンさん
© 2025『旅と日々』製作委員会

なるほど! そんな狙いが……。また夏の海から冬の雪国へという、映画の転換としても面白くて効果的でした。

シム 李さんが「何をやっても上手くいかないや……」と思っていた時、件の教授が「旅にでも行ったら」とおっしゃっていたことをフと思い出したんです。同時に、教授の弟さんがくれたカメラのビュー・ファインダーを覗いた時に、実際に(自分が)見る世界とカメラを通して見る世界って、こんなに違うんだなと思ったのではないかと監督がヒントをくれました。

だからカメラをいただいた場面では、そういう微妙な変化を表現したかったんです。「なるほど、目で見る世界とは違うのか。じゃ、旅に出てみよう」と、ほんの一瞬ですが心境の変化を表情で表現できたらいいな、と思って臨みました。実は、そのシーンが初日の撮影だったので、まだ表現方法や加減が自分の中で定まっていない状態でもあって、「これで大丈夫かな?」と思いつつ、監督を信じて臨んだことを覚えています。



いざ雪国へ。白銀の庄内地方へ!

電車からトンネルをくぐったら雪国が広がっていました。実際に庄内地方に撮影に行かれたんですよね?

シム 初めて日本の雪国へ行きました。有名な川端康成の小説「雪国」で読んだとおりの雪景色が広がっていました。また、岩井俊二監督の『Love Letter』で観ていた雪国の景色が広がっていて、まさに自分が今その雪国で撮影をしているんだなという感慨と、不思議さを強く感じました。とにかく本当に一面の雪で真っ白で、ほかには何も見えないような状態にまず圧倒されました。感覚が麻痺したようでもあって、なんだか夢を見ているようで、現実なのか幻なのか分からなくなってしまう不思議な体験が面白かったです。

雪景色が嬉しいけれど、撮影は大変でしたね。

シム それが意外とお天気が良くて、どんどん暖かくなっていっちゃったんです(笑)。みんなで「もう春ですね。桜は咲いてるのかな」なんて撮影の間に話しながら撮っていました。一面の雪景色が広がってはいましたが、実際は暖かくて思ったより楽しく撮影は進みましたよ。もちろん寒い日はとっても寒く、特にあの宿は陽が当たらないので、すごい寒さでした(笑)。でも、あの宿のシーンが最も大切なところでもありますからね……。

その宿での、べん造さんと李さんとの掛け合いや、クスクス笑えるような遣り取りが、とても面白かったです。べん造さん役の堤真一さんとは、何か撮影前に交流があったり、リハーサルを入念にされたりしましたか?

シム・ウンギョンさん

シム そういうことはほぼないまま、現場に入って段取り(動線や位置など基本的なことを確認)をして調整しながら、「じゃ、すぐ(本番に)行きましょう」という感じでした。多分、監督の意図や狙いだったのではないかと思います。李さんとべん造さんの関係と同じように、堤さんと私がまだお互いに知り合っていない他人同士という関係性の中で、どんなものが生まれるのかを見たかったんじゃないのかな、と。

それで、面白いものが生まれたんですね。あのテンポ感やら掛け合いやら。

シム 段取りの最中に、台本にはないセリフをアドリブで言ってみたりしました。例えば、李さんがべん造さんに「左様でございますか」と言いますが、台本には書かれていませんでした。べん造さんがちょっと嫌なことを言うなと思ったので、そんな気持ちを表したくなってフと言ってみた。そうしたら監督がとても気に入ってくれて(笑)。ただ同時に監督は全体的なバランスを考えて、“笑い過ぎ”までいくとバランスが崩れると悩まれていました。でもダメなら編集で削るから、それで撮ってみようということになり、その結果、完成版でも残されていました(笑)。

堤真一さんとの掛け合いの妙!

あの面白さは、2人のお芝居から生まれる掛け合いの妙ですが、テイクは結構、重ねましたか?

シム 2人の会話シーンが多いだけでなく、一つ一つがかなり長いので、まるで舞台の上でお芝居をしているような感覚でした。1つのテイクに大抵5~10分くらい掛かるので、さほどテイクは重ねていません。と言っても大体4テイクくらいは撮ったかな。監督の決断が速いので、撮影自体はテンポよく進んでいった印象です。

旅と日々 堤真一さん シム・ウンギョンさん
© 2025『旅と日々』製作委員会

べん造さんの方言が面白くて、あのリズムや言い方に思わず噴き出してしまいましたが、シムさん自身は、あの方言のおかしさまでは分からないですよね?

シム 分からないから面白くなったと思います。「どういうこと?」という状態の李さんの姿が、どことなくユーモラスに感じられるというか。意識してコメディにするのではなく、分からないからこそ自然に生まれる面白さが確かにあって、そんな状態にある2人の会話の“間”から可笑しさが生まれたと思います。「え、今、何ておっしゃった?」という自然なユーモアですよね。逆に日本人の観客の方は方言が分かっているから、クスクス笑っちゃうと思います。例えば「おらいどこかけば(俺のこと書けば)」と言われても、どういう意味なのかサッパリ分からない(笑)。「おらいどこ」って何って(笑)。

私も「おらいどこ」は分からないですが(笑)、流れで何となく理解できるから可笑しくなってくるんですよね。

シム でも李さんの場合は本当に分からないから、あれが本当に素の反応なんです。私自身も本当に真剣に撮っていました。というのも李さんは脚本家で、「このままでいいのか」という悩みがあって旅に出た人物なので、それをちゃんと表現しようと真面目に演じていたんです。それが、きっとクスクス笑いに繋がったんじゃないかなと思います。それって、チャップリンの映画がそうであるのと近いと思うんですよね。「人生は近くから見ると悲劇だが、遠くから見ると喜劇だ」という。そのチャップリンの言葉がとても響いた瞬間があり、本作の笑いを通してとても良く分かった気がしました。

三宅唱監督ってどんな人?

ところで、三宅唱監督はイメージしていた通りでしたか? それとも……?

シム 監督は、とてもユーモアが大好きな方です。私は物真似をするのが好きなんですが、現場で監督と親しくなれたので、よく監督の真似もしていました。すると監督が爆笑しながら、「次は誰々の物真似をしてみてよ」とおっしゃって。監督は大柄な方なので、最初は怖いかも……と感じる方もいるかもしれませんが、実際にお会いして話をすると、ユーモアと映画が大好きな少年みたいな方でした。

シム・ウンギョンさん

ちなみに監督の物真似って、どんな感じですか?

シム こう(眉間にしわを寄せて考える顔。ちょっと怖い)します(笑)! これは、監督が公式インタビューなどで質問をされて考え込んでいる時の顔なんですが、現場でも考え込む時にこの表情をするんです。そういう時に私が、「監督、今こんな顔していますよ。怖そうに見えますよ」って物真似をして。周りのスタッフの方も喜んでくれました(笑)。

三宅唱監督というと、本作も含めて鋭い感性を感じさせる作品を撮っていらっしゃるだけに、繊細で近寄りがたいイメージがありました。

シム 実際には本当に優しい方なんですよ。撮影前にスタッフやキャストみんなにお手紙を下さったんです。「この作品の監督として僕が前に出てはいますが、この作品は皆さんで作る作品です。だからそれぞれ責任感を持って映画を作りましょう。現場は安全第一、健康第一です。どこか具合が良くないときはすぐに教えてください」という内容でした。そんな風に常に現場やそこで働く人々の安全と健康のことを考える、とっても温かな人だと実感しました。だからこそ、こんな風にみんなの力で作り上げた素晴らしい作品ができたと思っております!

絵本に吸い込まれそうな感覚になる映像

また“画”が素晴らしいんですよね。正方形に近いスクリーンサイズの中を、べん造さんと李さんが一面の雪の中を歩いてく遠景が、とても素敵で、でもどこか面白くて。

シム その撮影時、いつものように寄りカットもきっとあるだろうと思っていたら、遠くの方にカメラを設置して遠くから撮って、「今日はもう終わり」と言われて驚きました(笑)。2回くらい雪の中を歩いたら、その日の撮影は終わりだ、と。むしろ私の方が「え!?」となっていたら、「きっといい“画”になると思います。遠くから2人が歩いていく様子を観るの、面白くない?」と監督に言われて(笑)。本当にシンプルに撮っていました。

シム・ウンギョンさん

それを映画で観てどう思われましたか?

シム 本当に素晴らしかったですね! スクリーンでしか感じられないことがあるのだと、よく分かりました。監督はそういう狙いがあったのか、なるほどな、と。むしろ寄りのカットがあったら、ちょっと邪魔になったかもしれないと映像を観て感動しました。

迷える李さんは旅に出て、べん造さんとの出会があり、ちょっとした冒険をしたことで、どんな変化が訪れたのでしょう? シムさん自身も旅に出ると気分が変わることって、ないですか?

シム 私自身が旅に出ると、見てすぐに感動するわけではないので、旅の効能はすぐには何とも言えないのですが……。でも、ふとした拍子に頭に浮かぶことがありますよね。それこそが意味あるものだと思うんです。後になって思い出すというのは、旅が自分の経験となり、色んなことと重なって本当に自分のものになれる、というか。やっぱり旅って、自分探しだと思います。

李さんがべん造さんと出会ったことも、すぐには自分の糧になったかどうか分からないと思いますが、きっと後々にふと思い出すことがあると思うんです。人にはそれぞれ歴史があり、それぞれの苦しみもあり、でも不器用なままでいいんだな、ときっと思うんじゃないかな。だから自分も「このままで大丈夫」だと思えるのではないでしょうか。

エンディングは、李さんが雪道をちょっと変な歩き方で歩いていくシーンですが、そのシーンで色んなことが伝わると思います。例えば、自分らしく生きていくって、どんなに美しいことだろう、とか。李さんもきっと、これからの人生で分かるのだろうなと思いました。

シム・ウンギョンさん

これまで何度かシムさんに取材して来ましたが、今回あまりの流暢な日本語に驚きました。確かに『新聞記者』の頃から通訳さんを挟まずに取材を受けられていて、その言語能力に当時もビックリしましたが、今やボキャブラリーや表現力の豊かさに加えて、こんなにもユーモラスで面白い人だったのかと、シムさんの人柄や空気感に思い切り魅了されました。堤真一さんとの掛け合いも必見です!

対照的に前半の「夏の海編」(勝手に命名)も、一度に2粒楽しめる贅沢な別種の味わい。さて、日常から少しだけ離れた「旅」のドキドキ感、予期せぬ出会いや相手が知らないからこそ生まれる会話、そこから見知らぬ自分も顔を出したり。どこか懐かしくて、自分の中にある何かに触れるような心地にもなるロードムービーを、是非、劇場で大いに味わってください。

『旅と日々』

11月7日(金)TOHOシネマズ シャンテ、テアトル新宿ほか全国ロードショー

旅と日々

2025/日本/配給:ビターズ・エンド
監督・脚本:三宅唱
原作:つげ義春「海辺の叙景」「ほんやら洞のべんさん」
出演:シム・ウンギョン 堤真一 河合優実 髙田万作 佐野史郎
 © 2025『旅と日々』製作委員会


Staff Credit

撮影/菅原有希子 ヘアメイク/新宮利彦(VRAI) スタイリスト/島津由行 衣装協力:PS Paul Smith/PS ポール・スミス 問い合わせ先:Paul Smith Limited/ポール・スミス リミテッド TEL:03-3478-5600 

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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