LIFE

滝沢カレンさん初の私小説『でかまりなちゃん』に込めた願い、大切にしたい家族の思い出

2025.10.21

この記事をクリップする

モデルの滝沢カレンさん初の私小説『でかまりなちゃん』が出版されます。滝沢さんといえば、初の料理本『カレンの台所』(サンクチュアリ出版)の独創的な文章と今までにない表現のレシピが人気を集め、大ベストセラーに。『馴染み知らずの物語』(ハヤカワ書房)は、古今東西の名作のタイトルをヒントに滝沢さんが新しい物語を描き話題になりました。

私小説『でかまりなちゃん』では、幼少期の家族との思い出を29のエピソードにのせてつづります。滝沢カレンさんにインタビューし、執筆秘話やタイトルに込めた思い、次の世代に受け継ぎたい思い出について話を聞きました。

滝沢カレンさん「でかまりなちゃん」集英社刊  著者

著者PROFILE


滝沢カレン(たきざわ・かれん)1992年、東京都生まれ。2008年、雑誌「Seventeen」(集英社)の専属モデルオーディションでグランプリに選ばれモデルデビュー。自身初の料理本『カレンの台所』(サンクチュアリ出版)で2021年「料理レシピ本大賞 ㏌ Japan」大賞(料理部門)を受賞。


幼い頃の家族4人の思い出を綴った、文字のアルバム

滝沢カレンさん著書「でかまりなちゃん」(集英社刊)、滝沢さんが書籍を読んでいるところ

幼い頃の滝沢家にお邪魔するような気持ちで著書を拝読しました。厳しいけれど愛情たっぷりでおしゃれな“かっか”(祖母)、優しくて涙もろい“ちっち”(祖父)、仕事をしながら優しく滝沢さんを見守るママ(母)。家族4人のあたたかでユーモアたっぷりのエピソードにとても幸せな気持ちになりました。

「ありがとうございます。書いていた時期は1カ月ほどでしたが、最初から“今月で書き上げるぞ”という思いでコツコツ書き上げました。毎日書くというより、書ける日は2つエピソードを書いたり、書かない日もあったり。記憶がないと思っていたことも書いているうちに思い出せて書けたことに一番びっくりしました。
私は未来や想像することに脳を使いたいと考えているので、過去で脳を埋めるのはもったいないと思っていましたが、“頭の中の記憶にこんなにもしがみついてくれていたんだ”と安心しました
一方で、もっと思い出せたのではないかと思う瞬間もあります。結局はこれがすべてで、私の脳をひっくり返して全洗い出したものがこの1冊に詰まっています」

エピソードそれぞれがディテールまで書かれていて、すごく記憶力が良いなと感じました。色や温度、匂い、当時の空気感がじんわりと伝わってきて、描写の細やかさと表現力の豊かさに驚きました

「どうせ書くなら忘れたくない、なるべく間違えたくないと思って記憶を丁寧に文字にしました。自分にとっての文字のアルバムのような感じですね。例えば80歳、90歳になった時に読んだ時も“こうだったなあ”と思い出せるように細かく書いています。誰かに読んでもらいたいという気持ちもありますが、どちらかといえば自分の心の中・記憶を残したいから書いた本ともいえます。家族は私にたくさんの写真を残してくれたけど、私は家族に何も残せなかった。家族のためにやっとひとつ残せたかなと思います

滝沢カレンさん「でかまりなちゃん」(集英社刊)著者ポートレート写真

執筆の苦労や、書きながら改めて気づいたことはありますか。

「いつもエピソードのタイトルから書き始めるのですが、思い出してから書くよりも、書いてから思い出していくほうが広がっていくことに気づきました。奥行き、広さというか。自分の想像ではこれくらいかなと思ったものが、どんどんこっちだよと呼ばれるように広がり、その日のことが頭いっぱいに広がっていく。そして最後まで書き上げられるんです。この時どんな気持ちだったか、どんな髪型だったか、どんな服を着ていたか。どんどん思い出せるんです。これは書いてみないと出会えない記憶だったんじゃないかと思って。逆にいえば、いつか思い出せばいいと思っていたら、一生思い出せなかったかもしれない。こんなに思い出せるなら、もっと早く思い出せば良かったと思いました」

滝沢カレン著書「でかまりなちゃん」(集英社)2025年10月刊の表紙

『でかまりなちゃん』


滝沢カレンさんによる初の「私小説」。瑞々しい表現力で、不思議な懐かしさを感じさせる、幼い頃の記憶をたどって綴られた、家族との29のエピソード。(集英社)
【目次】ちっちとかっか、そしてママ/ちっち/床/マーシャとの出会い/家庭訪問/運動会のお弁当/千疋屋のフルーツサンド/家族旅行/増築されたサンルーム/夏の生卵サイダー/夏休みの下駄/雨の日のカエル/オペラ大好きなかっか/我が家のカレー/ドライヤーへの憧れ/ラスベガスの旅/かっかと猫/庭でみかん狩り/ピンクのブローチ/ママのお風呂屋さん好き/馬油とハッカスプレー/和食に洋食器/テレビへの制限/ダースベーダー/ラ・ポワール/クリスマスプレゼント/越後湯沢の別荘/お正月/ママの焼くクレープ


『でかまりなちゃん』が生まれたきっかけとタイトル秘話

滝沢カレンさん「でかまりなちゃん」(集英社刊)著者近影

本を執筆するきっかけは、以前から「家族の話が面白いから書いたらいいんじゃない?」とアドバイスをもらっていたからだそうですね。

「そうなんです。私がよくバラエティ番組で家族の話をしていたら、マネージャーさんから“そんな面白い家族はいないから、文字にして残したらいいんじゃない”と数年前から言われていたんです。書くことが好きなのでいつかやりたいと思っていましたが、私は書くまでに時間がかかるタイプなので仕事をしながら書くのは難しい。ずっと避けてきた、逃げてきたことだったんです。
どうせ思い出せても5エピソードくらいかもしれないと自分の中で諦めていたこともありました。その頃から、出てもいないその本を『でかまりなちゃん』と呼んでいたんです。こういうあだ名があると話しやすいじゃないですか。その後、まさかタイトルになるとは思いませんでした」

執筆する前からタイトルが決まっていたのですね。ちなみにそれ以外の候補はありましたか。

「『ちらし寿司』『水色日和』も候補にありました。それぞれすてきなタイトルではありますが、どこかまとまりきれていないものを感じたのと“これだ!”とピンとくるものがありませんでした。
新しくタイトルを決めたら、これまで呼んでいた名前『でかまりなちゃん』がいなくなってしまうと考えた時に、『でかまりなちゃん』と呼ばれていた時の思い出や執筆のお誘いを受けた時の自分も含めて“でかまりなちゃん”なのだから、この気持ちや思い出を忘れたくない!と思いました。そして何より私が大尊敬しているさくらももこ先生の代表作といえば『ちびまる子ちゃん』。私の家族も大好きで毎週テレビを楽しみにしていました。だからご縁がある名前なんじゃないかと思ってこのタイトルにしたのもあります」

子どもの頃は大人ぶって、親と2、3歳違いくらいの感覚だった

滝沢カレンさん「でかまりなちゃん」(集英社刊)著者近影

著書では「テレビへの制限」というタイトルで『ちびまる子ちゃん』が触れられていましたね。家族と自分が同じ温度で好きなテレビ番組を目標に「早めに夕飯を食べよう」と決め、みんなでテレビを見る。滝沢家のみんながさくら家に親近感を抱きながら日曜日をとても楽しみにしている様子が伝わってきました。ちなみに滝沢さんはどんなお子さんだったのでしょうか。『ちびまる子ちゃん』のまる子ちゃんに似ていたんでしょうか。

「ひとりっ子で私以外に子どもがいなかったこともあり、自分は大人だと勘違いしていたと思います。子どもだから大人に頼らないと生きていけないのですが、カッコよく頼りたいと思っていたところもありました。少しでも大人に近づきたいとも思っていましたね。
親たちも私が子どもだからといって子ども目線で話したり会話を合わせたりもせず、それぞれが自分の目線から話してくれました。それもあってか大人ぶっていて、自分の中では親たちと2、3歳くらいしか離れていない感覚で生きていたと思います(笑)。毎日背伸びして、ちっち(祖父)やかっか(祖母)、ママの言うことも全部わかると思っていましたね



大人はなぜ働かなくちゃいけないんだろう?と思っていた子ども時代

子どもの頃、滝沢さんのお母さんは仕事をしていました。なかなか一緒に過ごせない母との時間を大切にし、少しでも長い時間を過ごそうとするかわいい気遣いも描いていました。

「私が小学生の頃は、働いているママってまだ周りには少なかったんです。周りには帰ったらママが家にいる家庭が多かったので、“なんでうちのママは家にいないんだろう”と思っていました。ただ、かっか(祖母)がいつも帰りにいてくれたのでさびしい思いをしたことはなく、感謝しています。
その時は“働いているママはかっこいい”と思っていなくて、“なぜ大人は働かないといけないんだろう”“ちっち(祖父)も働いているのになぜママも働かないといけないんだろう”と思っていました。
当時は食べるもの以外の生活、税金や家にお金がかかるなんて知りませんでしたから。家がそこにあって当たり前、一生住めると思っていました」

子どもはみんなそうですよね。働くことへの意識が変わったのはいつ頃ですか。

「仕事をしていてかっこいいと思えたのは高校になってから、自分がモデルとして働き始めてからです。ママが仕事をして帰ってきて、例えば体操服を直してくれたりするのがどれだけ大変かなんて気付けませんでした。だから当時は、“ママが働いていることに、大賛成”、“頑張ってね”なんて表向きは言っていたかもしれませんが、心では“なんで働いているの”“なんで遅いんだろう”とかばかり考えていたのが本音です」

滝沢家のルールや思い出の「貝柱」と「生卵サイダー」

滝沢カレンさん「でかまりなちゃん」(集英社刊)著者近影

滝沢さんが家族と過ごした時間で譲り受けたもので次の世代に伝えたいこと、受け継ぎたいものはありますか。

「私たちの家族らしさって、いい意味でそれぞれが“好きを貫く”家庭だったところだと思います。かっか(祖母)やママから譲り受けたものを引き継ぐことも大切かもしれませんが、かっかならきっと“あんたが生きてきた中で新しいルールを自分で探しなさい”と言うんじゃないかと思います。
もちろんかっかの言葉は大切にしていますが、それを守り続けるよりも自分が成長していくこと、自分で生きなさいよ、と願っているんじゃないかと思います。例えるならロケット鉛筆みたいに、かっかの芯もあるけれど自分の芯もどんどん入れていく。それで自分の人生を切り開いていってほしいと思うんじゃないかな。うちの家族は誰かに言われたからやるのを嫌がる家だったので、自分でルールを作り、自分でマナーを身につけていった方が、次もしみんなに会えたら喜ぶんじゃないかと思っています」

おやつは貝柱、お風呂上がりの生卵サイダーなど滝沢家ならではの食文化が印象的でしたが、今も食べていますか。

「貝柱は大人になってからは一切食べなくなりましたね(笑)。本を書きながら思い出したのですが、煮干しも良く食べていました。今や煮干しは犬のおやつとしてもあげていますが。
生卵サイダーもかっか(祖母)と暮らさなくなってからは飲んでいません。口にしなくなったとはいえ、今でも大切な思い出です」

滝沢さんの文章力が育まれるきっかけになった愛読書は?

滝沢カレンさん「でかまりなちゃん」(集英社刊)著者インタビュー写真

ありがとうございます。最後に、滝沢さんの文章力が育まれたきっかけになるような幼少期に好きだった本や愛読書を教えてください。

「小学生の頃に大好きだったのは、『さいごのまほう』シリーズ(金の星社)です。おばあちゃんになってしまった魔法使いが最後の魔法を使う話なんですが、最後にベンチになって魔法使い生活を終えるのですが、泣けるんですよね。『霧のむこうのふしぎな町』(講談社)も大好きでした。魔法や冒険物が大好きだったので、よく読んでいました。
ただ、今回の本を書く上で一番意識していたのは、さくらももこ先生のエッセイです。小学生の頃よりもう少し後に出会いましたが、さくら先生のエッセイってなんでこんなに笑っちゃうんだろうというくらい面白いんです。電車の中で読んで爆笑して止まらなかった大変な思い出があります。
『ちびまる子ちゃん』やさくら先生のエッセイが頭に残っていて、“いつかこんな本が書きたい”というのがありました。『ちびまる子ちゃん』やさくら先生のエッセイと同じように、私の本が誰かにとってのそんな存在に少しでもなれば嬉しいです」

滝沢カレンさん「でかまりなちゃん」(集英社刊)著者が書籍を持っているところ

ジャケット¥319000・パンツ¥124300/スタッフ インターナショナル ジャパン クライアントサービス(ディースクエアード)
ピアス¥16500/TEN.
リング(右手中指)¥28600/ヴァーミリオン
ダブルリング(左手中指・薬指)¥37400/プラス ヴァンドーム

【お問い合わせ先】
●スタッフ インターナショナル ジャパン クライアントサービス(ディースクエアード) 0120・106・067
●TEN.  092・409・0373
●ヴァーミリオン https://vermillion-jewelry.com/
●プラス ヴァンドーム https://vendome.jp/plus_vendome

Staff Credit

撮影/松尾のの ヘア&メイク/上野祐実 スタイリスト/道端亜未 取材・文/武田由紀子

この記事へのコメント( 0 )

※ コメントにはメンバー登録が必要です。

LEE公式SNSをフォローする

閉じる

閉じる