西島秀俊さん×グイ・ルンメイさん『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』公開記念対談
【西島秀俊さん×グイ・ルンメイさん】『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』で“壊れかけの夫婦”を演じた「ヘトヘトだけど感動的」なNY撮影を振り返る
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折田千鶴子
2025.09.12

『ディストラクション・ベイビーズ』(16)の真利子哲也監督作
主演映画の公開が続々と控える日台の人気俳優2人、西島秀俊さんとグイ・ルンメイさんが『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』で“夫婦役”で共演しました。お2人とも、国際的に高く評価されていることも共通しています。
LEE読者の中にはグイ・ルンメイさんのデビュー作で、いまだ“お気に入り作品”に挙げる人も多い珠玉の青春映画『藍色夏恋』(02)をご存知の方もいるのでは? あの少女が、こんな知的で素敵な女性になっているなんて!! さて、『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』では、とんでもない事態に巻き込まれた“壊れかけの夫婦”を演じた西島さんとグイさんに、多忙を縫ってご登場いただきました!

いつも柔らかくダンディな
西島秀俊
Hidetoshi Nishijima
俳優
1971年3月29日生まれ、東京都出身。92年に俳優デビュー。21年公開の映画『ドライブ・マイ・カー』では、第45回日本アカデミー賞 最優秀主演男優賞、第56回全米映画批評家協会賞 主演男優賞などを受賞。ドラマ『きのう何食べた?』シリーズや、映画『首』(23)、『スオミの話をしよう』(24)、Apple TV+『Sunny』(24)など、国内外の映画・ドラマに出演。公開待機作にPrime Video『人間標本』(25)、『存在のすべてを』(27)ほか。

知的な美しさが際立つ
グイ・ルンメイ(桂綸鎂)
Gwei Lun-mei
俳優
台湾・フランス合作映画『藍色夏恋』(02)でデビュー。『GF*BF』(12)で金馬奨・最優秀主演女優賞を受賞。以後も同主演女優賞に3度ノミネート。その他の代表作に、『薄氷の殺人』(14/ベルリン国際映画祭最優秀作品賞受賞)、『鵞鳥湖の夜』(19)ほか。リュック・ベッソンが製作・脚本を務める『ドライブ・クレイジー:タイペイ・ミッション』(24)が10月24日に公開予定。海外の作品にも精力的に出演する。
『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』ってこんな映画
ニューヨークの大学で助教授として働く賢治(西島秀俊)は廃墟の研究を、アジア系アメリカ人の妻ジェーン(グイ・ルンメイ)は人形劇団のアートディレクターを務めている。ともに仕事や家事、育児、ジェーンの親の介護に追われ、余裕のない慌ただしい日々を送っている。そんなある日、幼い息子が誘拐され、殺人事件へと発展してしまう。予期せぬ悲劇と騒動に翻弄されながら、それまで口に出さなかった互いに対する本音や秘密が露呈。夫婦間の溝が深まっていく──。
異国で暮らす賢治もジェーンも余裕がなく、どこか苦しそうですね。
西島 賢治は大学で助教授をしていますが、もう少し研究が評価されれば教授になれる。ただ、それにはタイムリミットがあり、この1年が勝負だろう、という状況です。
グイ ジェーンは中学生くらいの時に両親がニューヨークに移住して、両親は小さなお店をやっていて、それ以降はニューヨークで育った女性です。今は両親が老いたので、両親のお店を手伝ったりもしています。
2人は結婚して幼い息子もいて、近くにはジェーンの両親も住んでいるけれど、孤独を背負っている感じがあります。もちろん映画を観ていくと、賢治の過去も少しだけ見えてきますが……。
西島 賢治は自分のキャリア的なことでタイムリミットも抱えているし、震災で彼自身の両親や家族を喪ったという喪失感も抱えています。ジェーンと出会い結婚して、もちろん愛で結ばれてはいますが、文化や言語の違いから、ちょっとしたすれ違いも感じており、フラストレーションを溜めながら、異国である意味孤独を感じつつ生きています。

グイ 実際に若い頃に渡米してそこで育った友人たちに、どんな風に感じていたのかを聞いてみました。そうしたら、やっぱりみんな家族が一緒にいても、言葉の問題もあるし、それだけでなく何らかの差別も感じていて、孤独を抱えていたと教えてくれました。ジェーンはそういう環境で育ったので、いろんな問題や困難があっても、“負けてはいられない!”と常に自分の力で乗り越えて未来に向かって闘おうとする性格が形成されていったのではないか、と理解して演じました。
息子を誘拐された夫婦は――
夫婦のあり方や愛の形、または自分は何者なのかというアイデンティティの模索など、大きなテーマがいくつも投げ込まれています。お2人に最も響いたのは、どんなテーマでしたか?
西島 賢治は「自分は父親として家族のために頑張っている」と思い込んでいましたが、息子を誘拐されるという事態になって、「自分は父親になり切れていなかった」ということに気づかされる。そこから彼が本当の父親になるまでの物語が描かれています。その「一人の人間が、どうやって本当の父親になるのか」というところに惹かれました。
グイ 脚本を読んで私が感じたのは、賢治もジェーンも互いに「自分が1番」だということ。自分のやり方で相手を愛してはいるけれど、それは相手が求めているものとは違うということに、2人は気付いていないんです。もちろん言葉の問題がコミュニケーションに障害をもたらしている側面もありますが、それよりも1番問題なのは、それぞれが自分の視点だけで、自己中心的な考え方で物事に接していることなんです。子どもが誘拐されて、それに初めて気付いたわけです。何が1番大事なのか、自分はどういう人間なのか、と彼らは考える。脚本を読みながら、そういうところに惹かれました。

奇しくも誘拐が起きて気づいたわけですが、もし何も起きなかったら、賢治は本当の父親になっていくことはなかったと思いますか? 何も気づかずに、あのままの状態で家族が破綻していったのか、それとも……。その辺りはどう感じましたか?
西島 他人同士が一緒に暮らすと、多かれ少なかれ互いに敢えて触れなかったり、見ないようにしていたりすることは必ずありますよね。ただ、いつかはそういうものが表に出て、向き合わざるを得なくなると思います。たとえ誘拐のような特殊なことが起きなくても、いずれ賢治には向き合わざるを得ない瞬間が訪れたのではないでしょうか。家庭内で見ないようにしてきた問題は、きっといつかは露呈する。そのままでは終わり得ないと、僕は思いました。この家族に起きたことや状況は少し特殊なことかもしれませんが、実は僕たちと地続きで繋がっている話ではないかと思います。

グイ ジェーンは、性格的には東洋の女性的なイメージが非常に強いと思うんです。感情をストレートに表さず、どちらかというと抑圧されている。本音もあまり言いたくないタイプだし、喧嘩も好きじゃない。でも本音を言わなくなると、コミュニケーションを図ろうとしなくもなり、夫婦の間の距離がどんどん開いていってしまう。この2人は、そうして来たのだと感じました。
西島 賢治のジェーンに対する「もう少し(部屋を)片付けてくれないかな?」のような、日常のほんの些細な発言から、もっと重要なことまで――例えば自分は生きていく上でとても大切にしていることだけれど、相手からすると「好きでやっていることでしょう?」程度の理解に留まってしまうというような状況が描かれています。しかし、そういうことは、一緒に暮らす中で多々起きることだと思います。
そうして互いに苛々し、喧嘩に至ったり諍いをしたり、2人の間が緊迫するシーンも少なくないですね。夫婦の距離感も重要です。
グイ 2人の距離感については、私たちそれぞれが、この役をどう理解しているのかにも関わってくる問題です。現場でリハーサルをする時は抑え気味に演じるのですが、その際に監督が必ず私たちに「台本を一度、読んで聞かせてくれ」と言うんです。監督はとても耳が良いので、私たちが言うトーンや声調を聞いて「ここは、こうしてみたらどうか」などと調整を入れます。それを経て私たちは、本番で感情を爆発させるわけです。
西島 そうでしたね。

グイ そういう時、西島さんのセリフの処理の仕方が素晴らしいな、といつも思っていました。常に静かな口調や語調なんですが、そこに力が満ちているんです。静かな言葉を通して、情感がすごく浸透してくる。そういう西島さんから放たれたエネルギーをもらって初めて、私は自分の中から演技が引き出されていくのを感じました。今でも思い出してはゾッとするシーンがあるんですよ。子どもが誘拐された後、私がパソコンで子どもの写真を見ているシーンで、賢治が私の後ろのソファーに歩いてきて座って「アイム・ソーリー」と言うんです。そのセリフの力は、本当に凄かったです。今でも思い出すたびに心が痛くなってしまうんです。
西島 僕は終盤の、2人でバーで話した後に、僕がバーを出て行ったのをジェーンが追いかけてくるシーンが強く印象に残っています。あのシーンは、本作のクライマックスの1つと言えると思うのですが、本当に素晴らしかったです。しかも通りでの撮影だったので、エキストラ以外の方が映り込むとNGになってしまったりして何度も撮り直す必要があるなど、厳しい撮影状況でした。そんな中でも毎回、ルンメイさんが素晴らしい演技をしていたことにもとても感動していました。
廃墟の研究者と人形師
賢治とジェーンは2人とも、職業や仕事が象徴的ですよね。2人の職業自体が人物描写や物語に効いています。
西島 賢治には震災を経験したというバックボーンから、生き残ってしまったという“罪悪感”がありますが、一方でそれが自分自身の研究対象の「廃墟」に繋がっていて、原動力にもなっている。日本語で言う「廃虚」と英語で言う「Ruins」は意味合いが違うと賢治が説明するシーンがありますが、「Ruins」は「生きている(崩壊していく、という動的なイメージ)」である、と言っています。賢治にとって「廃墟」はインスピレーションを与える場所でもあり、消え去っていって欲しくないものでもある、ということだと思うんです。僕自身も過去のネガティブな体験がトラウマになると同時にそれが自分の原動力になっていることもあります。欠けているからこそ、原動力になっていく。でも、そのことに囚われているだけとも取れる。そういう人の不思議な部分、自分でもどうしたらよいのか分からないような部分が、賢治における「廃墟」なのではないか、と僕は理解しました。

グイ 私も脚本を読んだ時、職業、つまり人形劇の部分がとても重要な役割を果たすことになると思いました。ジェーンは自分の心の中の気持ち――いわゆる後ろ向きな気持ちを話そうともしないし、言いたくもない人です。でも人形があるからこそ、言えないことや言いたくないこと、本心を人形を通して表明・表現することができる。劇中、人形が登場する2つの重要な場面があり、そこで人形はジェーンのもう1つの魂として現れます。演じながら、ジェーンは本当の気持ちや心の内を全て人形を通して語ることができた、と感じました。
素敵なシーンでしたが、それにしても、あの人形劇のシーンは本当に大変だったのでは?
グイ (劇中に登場する)大きな人形を見ると、複雑な気持ちになります。この人形と一緒に働く時は、力尽きて本当にヘトヘトになってしまうのですが、気持ち的にはホッとしたような状態になるんです。自分の心や気持ちを、全て表現できるので。ただ今回、人形劇を演じることは大変だったというよりも、すごく幸運だなと思いました。本作で人形劇という新しい出会いをして、私自身すっかり人形劇ファンになり、夢中になってしまったくらい。精神的に辛くなるような撮影も、人形や人形劇に助けられた部分がとても大きかったです。劇団でみんなと一緒に人形劇をやるシーンの撮影は、本当に楽しくて仕方なかったですね。オフの日もニューヨークで人形劇を見て回ったくらいです。

西島 確かに撮影は、精神的に楽ではなかったですよね。賢治とジェーンが互いにぶつかり追い詰められていくので、劇中のこととはいえ大変でした。とはいえ僕は、撮影が休みの日に食事にでかけたりして、ニューヨークを楽しむこともありましたが(笑)。
子育てで大変な人にも観て欲しい
賢治もジェーンも子育てと仕事の両立、家族と仕事のバランスなどに苦労しています。そういう意味でも、LEE読者に刺さる作品だと思うのですが……。
グイ 子どもが生まれたばかりの新米お母さんって、本当に大変だと思います。だって、それまでは自分の時間がたっぷりあって、やりたいことは何でも出来た。でも子どもが生まれると、関心も時間の使い方も生活の重点も、すべて子どもの方に移っていって段々と自分を失ってしまうような不安に駆られる人は多いと思うんです。自分の存在はどうなってしまうのか、と。でも実は子どもって、自分の未来に希望をもたらしてくれるもの。だから心配せずに、迎えた新しい生命に前向きに取り組んで欲しいなと思います。だからこそ、そういう不安を持つ人にも共感してもらえると思います。
西島 僕はジェーンに共感を覚えています。僕の仕事にも似たような面がありますから。自分自身にとってはかけがえのないものだけれど、他の人にとってはあまり意味のないことに見えるかもしれません。それでも生きていく上で、自分にとって本当に必要で大事にしているというものや、そのための時間があると思います。しかし生活に追われていると、周りの無理解に押し流されることもあり、次第になくなっていってしてしまう。どうやってそういう困難を乗り越えていくか、どう正面から向き合うかを描いているのが本作です。LEEの読者の方に、そんな面からも観ていただければと思います。

異国の地で「幼い息子が誘拐される」なんて事態に見舞われ、それまで何事もないフリをしてきた“秘密”が露わに……。大きなヒビが入ってしまったこの家族は、一体どうなってしまうのでしょうか!? 少しでも“いい人生や生活”を送るために、あるいは思い描いた愛や夢を手に入れるために、そして手に入れた何かを逃すまいと、実は誰もが必死にもがいている――のかもしれません。それだけに2人の姿はとても他人事とは思えず、観ている間中ずっと心臓がドクンドクンと大きく打ち続けます。
でもやっぱり何より、西島さんとグイ・ルンメイさんの素敵なこと! 実はグイ・ルンメイさんのデビュー作『藍色夏恋』が映画祭に出品された当時、来日したルンメイさんを取材していたのです! あの元気でボーイッシュな溌溂とした少女が、こんな素敵な大人の女性になって……と、それもある意味、感無量でした。もちろん、みんな大好き西島さんのステキさは言うまでもありません。
そんな2人が苦悩しながら手を伸ばした先…がどうなるのか、ぜひ劇場でハラハラを味わってください!
『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』
2025年/138分/日本・台湾・アメリカ合作/配給:東映

監督・脚本:真利子哲也
出演:西島秀俊、グイ・ルンメイ
2025年9月12日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
Staff Credit
撮影/菅原有希子 スタイリング(西島秀俊さん)/オクトシヒロ スタイリング(グイ・ルンメイさん)/Fang Chi Lun、Quenti Lu ヘアメイク(西島秀俊さん)/亀田 雅 ヘア(グイ・ルンメイさん)/Nelson Kuo メイク(グイ・ルンメイさん)/YAO CHUNMEI 【衣装】CHANEL(グイ・ルンメイさん)
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折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。
















