私のウェルネスを探して/永井玲衣さんインタビュー後編
【永井玲衣さん】当事者でなくても「戦争」を語ってもいいし、「戦争反対」を唱えてもいい
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LEE編集部
2025.08.14

引き続き、永井玲衣さんに話を聞きます。取材後の撮影は、永井さんがよく訪れる恵比寿周辺で行われました。実は渋谷区生まれという永井さん。「小さい頃は渋谷の書店をめぐるのが好きでした」と本好きのエピソードを聞きながら、趣味である“念入りな散歩”にも同行させてもらいました。歩くスピードは速く、気になるものを見つけたら立ち止まって念入りに観察する。散歩といっても、のんびりゆったり歩く散歩とは違うようです。
後半では、小さい頃のエピソードや哲学との出会い、趣味の散歩や好きな時間について聞きます。また2022年から続けている「せんそうってプロジェクト」についても詳しく聞きます。戦争を経験していない私たちができる、戦争に抗うための対話とは。(この記事は全2回の第2回目です。第1回を読む)
将来が一切思い描けない中17歳で哲学と出会い、藁にもすがる思いで飛びついた
永井さんは東京の渋谷区生まれ。小さい頃は「“なぜ”“どうして”という問いに取りつかれていた。だけど誰にも聞けず、自分の言葉も見つけられずイライラしていました」と明かします。学校が終わると渋谷の書店を巡るのが好きで、疲れたら道端の植え込みに座ってぼんやりしていたそうです。
「東横のれん街は以前東急百貨店東横店内にあったのですが、そのそばのベンチや植え込みによく座っていましたね。いつも行く書店が5店舗ほどあったのですが、そこを回るのを“パトロール”と呼んで、毎日回っていました」

好きだったことは読書。本に教わり本に育てられ「本が親みたいな存在だった」と言います。
「本を読んで社会の構造や人はなぜ怒るのか泣くのかを知りました。日々問いだらけで困りすぎた子どもで、名作全集の“あ”から順に読んでいくので“安部公房”から読むみたいな。とはいえ全然読破はしておらず、気に入らなかったらさっと読んで返して次にいきました」
小学生の時の夢は「手品師」。デビット・カッパーフィールドが活躍していた時代だったから憧れたそうですが、それ以降は特に夢がなく「進路アンケート用紙を白紙で提出して先生に怒られているようなタイプだった」と言います。高校生になり、初めて哲学に出会います。

「17歳の時、ジャン=ポール・サルトルの本を通じて初めて哲学というものがあると知りました。大学に行く予定もなかったのですが、“じゃあ哲学科に行かねば”という感じで進学を決めました。将来が一切思い描けなかったので、飛びついたのに近い感じだと思います。藁にもすがるような気持ちでした」
対話中に起こる信じられない瞬間やシンクロニシティに、人間の普遍性や信頼を感じる
学生時代は「他者が怖かった。人前で話すこと。他者、見知らぬひとの意見をじっと聞くこと。他者に質問されること。ひとと一緒に考えること」と『水中の哲学者たち』(晶文社)で書いていた永井さんですが、その後なぜ人と関わることを生業にしているのか聞いてみました。
「哲学者って、昆虫好きの子どものような“宇宙は不思議”“世界は面白い”みたいな知的好奇心たっぷりな人が多いんです。私はそんな感じではないんですが、対話を開いていく中で、痛みや深い悲しみ、ささやかなものに立ち会ってしまった時、すごく大切なものを聞かせてもらったという感覚になります。“よくぞ惜しみなくあなたのとても柔らかい部分のことを話してくれた”と思う。そこに宿る切実さや大切さを感じて“これが誰にも聞かれていないなんてやばい!”と思ってしまうんです。人が好きとか嫌いとかと別の感覚で、逃げられなくなってきたという感覚が一番近いですね」

対話中に起こる信じられない瞬間やシンクロニシティに、人間の普遍性や信頼を感じると言います。
「例えば、震災でものすごく苦しい思いをしている人が避難所で語る言葉と、大企業のキラキラの会議室で大人が泣きながら語る言葉と、北海道の山奥に住んでいるおばあちゃんが語る言葉が重なることがあるんです。え、重なるんだ! とびっくりするのですが、対話を通じて取り替えの効かない凄まじい人のあり方を体現していると感じます。一方でなぜ言葉が重なるのか、それが成り立つのかわからないのですが、そこに普遍性を感じるんです。人間って怖いとか、そう簡単なことじゃない。ある種の世界に対する信頼のようなものが生まれることはあるかもしれません」

『水中の哲学者たち』に収録されている「わたしたちのちょっとした病」では、永井さんの独特な感覚について触れています。何か物を選ぶ時に、“私は宇宙のバランスを心配して選ぶ”“どちらかに偏りすぎないようにバランスを保つ”“バランスが保たれるように価値をその場に見出す”という話です。
「例えば、みんなが“チョコミントアイス好きじゃない”と言うと私が“チョコミントアイス好きだよ”と言う。誰かの気を遣うとか道徳的な行為とかではないんです。たとえば3つ椅子があって、1つだけ飛び出しているとバランスが崩れるみたいな感覚です。誰かのためでも遠慮してやっているわけでもなく、考え方の変なくせ、こだわりみたいなものだと思います。誰にも聞かれていない声を聞く、声を聞かなくてはいけないと感じる。それはある意味、今の活動にもつながっている感覚かもしれません」
ロシアのウクライナ侵攻をきっかけに「せんそうってプロジェクト」を開始
戦争について表現を通して対話する写真家・八木咲さんとのユニット「せんそうってプロジェクト」でも対話の場を作っています。今年は戦後80年を迎える年であり、戦争を振り返るイベントや展示なども増えています。永井さんらの活動は、2022年のウクライナ侵攻をきっかけにスタートしました。
「2022年2月にロシアのウクライナ侵攻が始まり、とてもショックを受けました。その時“戦争反対なんて私が言っちゃいけない”“戦争のことを考える資格がない”“不勉強だから”という語りをたくさん聞きました。当事者ではないから語れない、という声はよく聞きます。とはいえ私たちはこれまで何かしら見たり聞いたりしてきている。それは戦争を知っているということで、その触れた断片を集めて語り直す試みです。そういう場がないから作らなくては、という思いから始まったプロジェクトです」



戦争にまつわる詩や証言を読んだり、“誰かの戦争”というテーマで自分が知っている戦争の断片や記憶を話したり。参加者は子どもからお年寄りまで、原爆の被爆者の方もいたそうです。
「今まで戦争について話したことがないと言う人もたくさん参加します。この活動を通じて、暴力ではない力でどうやって人と一緒いられるかを考えたいんです。暴力の極致が戦争だと思います。対話の活動をしている以上、戦争には抗っていかねばならないという思いがあります」
趣味は「念入りな散歩」。自分のことを考えなくていい、休み時間みたいなもの
永井さんは2冊目の著書として2022年に『世界の適切な保存』(講談社)を、今年3月には3冊目の著書『さみしくてごめん』(大和書房)を出版しました。今後やりたいことを聞いてみました。

「もっといろいろな人の話を聞きたいし、話し手の言葉を書き起こして文にする“聞き書き”もしたいです。例えば対話に参加してくれた方と約束をして、じっくり話を掘り下げて聞く。どんな人の語りも自分にとってすごく大事です。なかったことにしたくないのに、どんどん忘れてしまうから記録として残したい。たとえば、子育てしている人の苦しみは普遍化・一般化されがちですが、それをよくある悩みではなくその人の語りとしてどうやって残せるのか。記録継承のようなものに興味があります」
永井さんの趣味は「念入りな散歩」。家のそばでも対話を行う旅先でもよく行っています。
「その場に集う地域の人たちが、どんなふうにこの町を歩いてるのかを体を通して見ることがすごく好きです。この木陰で休んだりするのかな、この山が見えるところにみんな住んでるんだな、とか。私の散歩はものすごいスピードで歩くのですが、見ることに集中しています。看板や貼り紙、路肩の植物。散歩の時間は、自分のことを考えなくていい休み時間みたいなものです。自分が風景になる、みたいな。



歩きながら考え事をしている時もありますし、過去に見たものを再生している時もあります。“録画モード”と呼んでいますが、いい看板を見つけたり、いい犬を見つけると、集中してそれを目で記録します。録画モード再生中の時は、テレビで映すようにそれを選んで見る、みたいな感じ。その時は周りが全然見えていなくて、うっかり門松に刺さったりしています(笑)」
一日の中で好きな時間は「朝」。エネルギーが沸く朝にいろいろなことをやっておきたいタイプだと言います。

「夕方に西陽を見ると絶望しちゃうくせがあって。大晦日、お正月が嫌いなのと同じで、おしまいって感じがするからです。夜になると無の時間になるので、ボーナスタイムみたいで気が楽になるんですけど。夜は書き物ができないので原稿や読書は朝にやることが多いです。朝だと“なんとかなる”と思えるから」
My wellness journey
永井玲衣さんに聞きました
心と体のウェルネスのためにしていること
「やはり対話です。わかる・わからない、怖い・怖くない、嬉しい・嬉しくない、みたいな単純な二項対立を超えていく時に、すごく自由になれると思います。あの瞬間が好きで、自分の心と体のウェルネスにつながると思います」
インタビュー前編はこちらから読めます

Staff Credit
撮影/高村瑞穂 取材・文/武田由紀子
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