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映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

高橋大輔さん『蔵のある街』出演記念インタビュー

【高橋大輔さん】『蔵のある街』で映画初出演とは思えぬ名演技と、意外なイケボを披露。「難しくて大変でしたが、僕は演技というものが好きなんだ、と思いました」

  • 折田千鶴子

2025.08.09

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高橋大輔さん

初出演映画の舞台は、出身地・倉敷

五輪メダル獲得、世界選手権優勝etc.…華々しく活躍していたフィギュアスケートの現役引退も衝撃的でしたが、それから4年後に現役復帰。全日本選手権で2位等々の記録を残し、今度はアイスダンスに転向、全日本選手権優勝など、またまた驚嘆させられて……。

思い起こせば、その一挙手一投足すべてがセンセーションを巻き起こして来た高橋大輔さん。何をしても注目を集めてしまうのは、収めた成績の素晴らしさはもちろんのこと、やっぱりご本人に“華がある”から――と、お会いして実感しました! と同時に、とっても気さくでチャーミングな空気感に魅せられました。

そんな高橋さんが、『蔵のある街』で映画初出演されました。とても素晴らしい形でスクリーンデビューを飾った高橋さんに、本作の魅力について、撮影裏話、そして高橋さん自身についてなど、色々とお聞きしました。

滑って踊れて演技もできる。だけじゃなく、実はかなりの「イケボ」

高橋大輔

Daisuke Takahashi

1986年3月16日、岡山県倉敷市生まれ。7歳でスケートを始め、02年に世界ジュニア選手権優勝、06年トリノ、10年バンクーバー(銅メダルを獲得)、14年ソチと3大会連続で五輪に出場。14年に引退後、18年に現役復帰。20年アイスダンスに転向、四大陸選手権銀メダル、全日本選手権優勝。競技と並行し、アイスショー『氷艶』など多方面で表現活動を展開。23年に競技より引退し、プロスケーターとして活動中。今年もシリーズ第4弾『氷艶 hyoen 2025-鏡紋の夜叉-』が好評を博した。

素晴らしいスクリーンデビューをされましたね!

高橋 元々スケート以外の“表現”に、とても興味がありました。とはいえ競技を引退するまでは時間的にも物理的にも、スケート以外のことにはなかなか打ち込めませんでした。だから今回お話しをいただき、最初こそ「いきなり映画に!?」と驚きつつも、「挑戦したい!」とすぐに思いました。ただ「僕で大丈夫かな?」「素人が出ていいのかな?」と、少し考えましたが……。でも倉敷を舞台にした作品とお聞きして、初めての映像作品で地元を舞台にした作品に関われるなんてチャンス、もう二度とないかもしれない、と。あとはもう「これで失敗したら監督のせいだー!」と思うことにして、勢いでお受けしました(笑)。冗談ですよ!

『蔵のある街』ってこんな映画

『蔵のある街』8月22日(金)より全国ロードショー

倉敷市に住む高校生の蒼(山時聡真)と祈一(櫻井健人)は、幼なじみの紅子(中島瑠菜)の兄で自閉スペクトラム症のきょんくん(堀家一希)が神社の大木に登って叫んでいるところに遭遇する。蒼はとっさにきょんくんをなだめようと「花火を打ち上げる」と約束してしまう。しかし、それを知った紅子から「後で(兄を)ガッカリさせるような嘘を吐くな」と責められる。涙ながらに訴える紅子の想いを知った蒼は、きょんくんへの約束を守ろうと、街で花火を打ち上げるべく奔走し始めるが――。監督・脚本は『あの日のオルガン』などの倉敷市出身・平松恵美子。

美術館の学芸員・古城を演じられましたが、スケジュール的にはどれくらい準備期間がありましたか?

高橋 半年くらい前にお話しをいただき、台本をいただいて1ヶ月くらい後でクランクイン、という感じでした。ただ、学芸員という役どころだから何か準備をする、ということは特にしていません。監督からも「古城というキャラクターに、とても(僕が)ハマっている」と言っていただけたので、“学芸員っぽさ”を深く考えたり意識したりすることはなく、よりプライベートなところでの自分自身を出すようにした、という感じでした。

『蔵のある街』 高橋大輔さん
©2025 つなぐ映画「蔵のある街」実行委員会

紅子の母親と深くかかわって来る古城という人物像については、どんなことを考えましたか。

高橋 とても強くて大きな情熱を持っていたけれど、色んなことを諦めている……(身を)引いてきた人なのか、と思いました。自分が引くことによって周りが上手くいくのであれば、引いてしまうタイプというか。気持ちも情熱も強いけれど、行動としてはガッと自我を出せない人なんだろうな、と。僕自身もプライベートでは、上手くまとまらないなら自分が引いた方がいいと思うタイプなので、そこは共通しているものがありました。仕事になれば、ガッと出したりもするのですが……。

なるほど。特に素晴らしいと思ったのが、古城さんの声のトーンや喋り方です。とても落ち着いていて、困った高校生たちの力になってくれる不思議な安心感がありました。 

高橋 スケートでは身体で表現してきましたが、映画でのお芝居はあまり大きく体を動かすということはなく、“声”や“声色”あるいは“表情”で感情を表現するものですよね。そうしたテクニック――特に僕には“声”のテクニックが全然ないので、そこは色々とアドバイスをいただきながら精一杯やりました。これまでの表現方法とは全く異なるので大変でしたが、自分なりには精一杯できたかなと思っています。

『蔵のある街』 高橋大輔さん
©2025 つなぐ映画「蔵のある街」実行委員会

声の落ち着き方をはじめ、地に足が着いて堂に入っていると感じられたので、やっぱり世界で闘ってきた人は肝の据わり方が違うと思わされました。

高橋 いえいえ、古城という人がとても落ち着いたキャラクターだと思ったので、そのように演じようとしただけなんです。心の中は、ものすごいドキドキ状態で、心臓もバクバクしながらやっていました。ビビリも緊張も100%ありましたよ!



演技が好き。作品作りが好き

資料によると、以前、アイスショーの演出・宮本亞門さんに、「自分の殻の破り方を教わった」そうですね。その“殻の破り方”を少し詳しく知りたいです。

高橋 当時(『氷艶hyoen2019 -月光りの如く-』)、僕にとって初めての「お芝居」でしたが、“自分がお芝居をする恥ずかしさ”みたいなのが、どうしてもあったんです。お稽古が10日くらい過ぎた頃、全員の士気を上げる目的もあったのかもしれませんが、宮本さんから全員に向けて発せられた言葉に対して、「多分、これは僕に言ってるんだろうな」と感じたんです。それまでスケートをはじめ色んなことに全力でぶつかって来ましたが、その時「今、自分は相当ヤバい状況なんだな」と思いました。だから、具体的な指導や指示があったわけではないのですが自分で頑張って切り替えていこうと、その場その場で全力を出し切るようにしていきました。

そこから段々、変わっていった感じですか?

高橋 それまでは「これで正解なのかな」「あっているかな」ということばかり先走って考えていたのですが、たとえ正解じゃなくても、とりあえず全力でやる方へと切り替えていきました。そうしたら、やっぱり反応もまったく違いました。そこで何かをハッキリ掴めたわけではないですが、徐々に声が出るようになっていって。そして本番に入った時、「貴様!」というセリフを発した時に、「おぉ、こんなに声が出るんだ!」と自分でもビックリしました(笑)。

そういう経験を経ての映画初出演でしたが、今回はどんなことを思いましたか?

高橋 率直な感想としては、よくぞ俳優経験のない僕に映画作品をやらせていただいたな、と。難しくて大変でしたが、やってみて僕は演技というものが好きなんだ、と思いました。また今後もこういう現場をやらせていただきたい、という思いが残りました。演じること自体もそうですが、他の方々の(思いや作業)全てが合わさっていく「作品を共に作り上げる」ということが本当に好きですね。

高校生たちが本気になって走り回る

本作は、高校生の蒼や友人らが、紅子の自閉症の兄に対する「でっかくて綺麗な花火を打ち上げる」という口約束を実現しようと奔走します。その頑張りや必死さが、本当に眩しいですよね。

高橋 あそこまで真っ直ぐ情熱を向けて突っ走れるって、本当に素晴らしいですよね。若い時って、思ったことは絶対に何だってできるし、誰しもにチャンスがあると思うんです。そこで全力で何かが出来るか出来ないかによっても、その子の将来が変わって来るとも思います。もちろん大人になっても出来ないことはないけれど、色んなしがらみがあって難しくなっていきますから。ただ本作を観ながら思ったのは、子どもたちが一歩踏み出せる勇気を持てるか持てないかは、大人に掛かっている、ということ。大人のサポートがあるかないかで、だいぶ違うと思います。

『蔵のある街』
©2025 つなぐ映画「蔵のある街」実行委員会

それなのに、なかなか大人たちが手を差し伸べないどころか、反対ばかりする展開に、思わずイラッとしました。はなから「(花火を打ち上げるなんて)無理、無理」とみんなで否定して……。

高橋 大人たちは色んな経験をしてきたからこそ、そうなってしまうんですよね。僕自身もきっと、そんな風に言ってしまっていることがあるんだろうな、とも思ったり……。両面を自分は持っているという感覚で観ていたので、僕はイラっとしませんでしたよ(笑)! そこから(反対されて)どうやっていくかが面白いし、本作はそれを見せてくれる。僕は年齢的には大人ですが、心の中ではメチャクチャ突っ走りたい気持ちがありますし、きっと多くの大人の皆さんも本当は(そういう気持ちを)持っている。それを本作で形にして見せてもらえた感覚があります。古城という役も、そこを意識しながら演じました。若者が全力でぶつかって、失敗して、そこから学ぶことがたくさんある。それがすごくいいなと観て思いました。

特に印象に残ってるシーンはありますか?

高橋 公民館で(高校生の蒼が町内の大人たちに)説明するシーンです。そのシーンの前、紅子の兄きょんくんが「ワーっ!!」となって、紅子ちゃんが泣きながら話すシーンがあるのですが、それに圧倒されてしまって、つい素で泣きそうになっちゃいました(笑)。泣いたらダメだ、でもヤバい、と思ったくらいグッときました。きょんくんも紅子ちゃんも蒼君も友人の祈一君も、全員から一気にブワ―っと食らった感じで。撮影も長くかかりましたが、役者ってスゴイなと強烈に感じました。

『蔵のある街』 
©2025 つなぐ映画「蔵のある街」実行委員会

無理無理と否定していた大人たちの変化が、感動を深いものにしてくれます。最初は蒼をはじめ高校生の戯言と相手にしてくれなかった街の大人たちも、「この子たちは本気なんだ」と分かった瞬間、応援に転じてくれる展開が熱いですね。

高橋 そう、それぞれの大人たちが若い時に思っていたであろう気持ち、いろんな責任と引き換えに我慢してフタをした部分であろう気持ちを、ちょっとこじ開けた、みたいなのが本当に素敵で。それだけ真剣に人と向き合うことでしか伝わらないもの、面と向き合うからこそ伝わるものって、やっぱりありますよね。だから、そういうシーンは、本当に気持ち良かったですね!

高橋さん自身、“応援”のパワーを、競技人生を通して色々と感じられたのではないですか? 逆に高橋さんが思わず応援したくなる人って、どんな人ですか?

高橋 やっぱり素直で一生懸命な人って、自分と関係のない人だとしても、見ていてとても気持ちがいい。もし頼られるようなことがあれば、助けてあげたいと思わされます。でも同時に、理解がない人や反対されるというプレッシャーがあるからこそ、そういうものを乗り越えるモチベーションになるとも思うんです。プラスの応援ばかりがいいかというと、そうではない。ストップされる圧力があることによって、視点を変えることも出来るし、愛があるからこそストップをかける応援もあると思うんです。反対を受けながら、それを動かした時の方が相乗効果も働いて、もっと強くなると思う。それに全員が同じ方を向き過ぎているのって、ちょっと気持ち悪くないですか(笑)? 「反対の力もある」という状況も、とても大事だなと僕は思います。

高橋大輔さん

故郷・倉敷が育ててくれたもの

故郷の倉敷で撮影して、何か新たな発見はありましたか。

高橋 倉敷出身とはいえ幼少期からスケートリンクと家と学校との往復だけで、自分の街をほとんど知らない状態でした。だから今回の舞台・美観地区にも、これまで数回程度しか行ったことがなくて。でも撮影を通して喫茶店や居酒屋、神社のお宮など、本当に素敵なところがたくさんあるんだなと、改めて知ることができました。倉敷は「晴れの国」というだけあり、本当に天候や気候がいい。その影響もあるからか、大らかな人柄の方が多いんですよ。だから昔から知り合いでなくとも、皆さんに「大ちゃん、頑張ってね」と声を掛けていただくことが多かった。とても楽しい思い出です。

ご自身の人柄にも影響を与えたと思いますか?

高橋 そう思います。もし都会で生まれていたら、多分こういう人間には育っていなかったかもしれないな、と。性格や人間って、そこに住む人たちに触れながら形成されていくとも思いました。今回の映画制作に関わってくださった地元の方々も、本当に皆さん気さくで親戚のおじちゃん・おばちゃんみたいな感じがして、とても懐かしかったです。

高橋大輔さん

確かに高橋さんの印象も、とても気さくでフレンドリーで、心を開いてくれている印象ですね。

高橋 僕、本来は心を開けないタイプだと思うのですが、母が大きい人というか何でもウェルカムな人で、家に帰ると知らない人がよく家に居たり、親戚のお婆ちゃんの知り合いや近所のおばちゃんたちが常に声を掛けてくれて。元々は「俺といても楽しくないよな」なんて思うタイプでしたが、常にオープンな母を見ていて、素敵だなという憧れもありました。さらにスケートのコーチが本当にいい方で、自分の子どもでもないのに懐に入れてくださって。そういう素敵な人が周りにいた積み重ねで、今の自分になったのだと思います。

先ほど、撮影で心臓バクバクだったとおっしゃっていましたが、競技人生を送られていた時は、比べ物にならないほどの緊張があったと思います。それを克服したり、気持を落ち着かせるルーティーンはありますか。

高橋 それが、ないんですよ! それを乗り越えられたら、本当に最強ですよね(笑)。毎回ぶつかっていって、あんまり乗り越えられないというか、それが自分の弱い部分だと思っているのですが……。でも、だからこそ感じるものもある、と考えています。もちろん、緊張をほぐすにはどうしたらいいか考えていた時期もありました。でも今は、ほぐそうなんて思わないようにしています。「緊張してる自分を楽しむ」方へと変換し、「緊張している俺、楽しいぞ」と自分をマインドコントロールしています。どうしても気持ちが乗らないこともありますが、そういう時も「それはそれで経験かな」と自分を持っていく。どんなことでも「経験になる」と自分に言っておけば、一応なんとかなる気がします(笑)。

最後に、本作は“絵画”が大きなモチーフ、かつ美術の学芸員という役です。高橋さんは、例えば海外に行かれると必ず美術館に行ったりされますか?

高橋 僕は、絵画よりも建築・建造物が好きですね。特にヨーロッパに行くと街並みや石畳の道、家屋やタイルを見ては「素敵だな」と感動します。照明器具などのインテリアも好きで。今、お気に入りの街はフランスのリヨン。美味しいレストランが一杯あって、街並みも素晴らしくて。僕は基本的にフランスが好きなんです。男性のコートの着方が綺麗な人が本当に多いし、女性も派手ではないのに、ちょっとした色遣いが本当に素敵な人が多い。さらっとカジュアルな服装の着方も上手いし。耳ざわりのいいフランス語も聞いていて気持ちがいいし、街並みも人も眺めているだけで楽しくなってくるんです。

高橋大輔さん

これまで高橋さんがお話をされる姿は、何度もテレビなどで拝見してきましたが、今回、映画を通して「こんなイケボだったのか!!」という嬉しい驚きもありました。そして高橋さんご本人は、リンクで放つカリスマとはまた違う、笑い上戸な人がまとう“思わずみんなを笑顔にしてしまう”ポジティブな明るさに満ちた、とてもチャーミングな方でした。と同時に、今ハマっているというドラマ、日本版の『コールドケース』を観ては、毎エピソード泣いている、それこそ「あの音楽が流れてくるだけで泣きそうになる」という感受性がとても豊かな横顔も覗かせてくれました。

さて映画『蔵のある街』は、倉敷に旅をしたくなる魅力が詰まっているのはもちろん、そこで暮らす人々の息遣い、その温かさが全編に流れ、人と人の繋がりが大きな夢実現へと繋がっていく感動の物語です。是非、劇場で胸を熱くしてください。

『蔵のある街』

2025年/日本/103分/配給:マジックアワー

『蔵のある街』

監督・脚本:平松恵美
出演:山時聡真 中島瑠菜 / 高橋大輔 MEGUMI 林家正蔵 橋爪 功 
© 2025 つなぐ映画「蔵のある街」実行委員会
8月22日(金)新宿ピカデリーほか全国公開


Staff Credit

撮影/山崎ユミ スタイリング/折原美奈子 ヘアメイク/宇田川恵司 衣装:CULLNI(クルニ)  問合せ:CULLNI FLAGSHIP STORE(クルニ フラッグシップ ストア)TEL:03-6416-1056

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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