私のウェルネスを探して/吉田恵里香さんインタビュー前編
吉田恵里香さんが「生きづらさを感じている人やマイノリティの声をすくい上げる脚本家」になるまで
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LEE編集部
2025.03.15

今回のゲストは、小説家で脚本家の吉田恵里香さんです。吉田さんはドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』『恋せぬふたり』『生理のおじさんとその娘』など数々の脚本を手がけ、NHK連続テレビ小説『虎に翼』で話題の人に。2024年の紅白歌合戦には審査員として出場し、『虎に翼』特別ドラマの脚本も手がけました。
前半では、吉田さんが脚本家を始めたきっかけや脚本家業で大変なこと、“生きづらさ”を描き続けるためのパッション、突き動かされているものについて聞きました。また今後書きたいテーマや伝えたいメッセージについても教えてくれました。(この記事は全2回の第1回目です)
『虎に翼』を単に“楽しい”“間口が広い”作品にしたくなかった理由
吉田さんといえば『虎に翼』。日本初の女性弁護士となった実在の女性、三淵嘉子をモデルにした物語では、一人の女性が人生を切り拓くために法律を学び、弁護士、裁判官になる姿を描きました。この作品に関わったことで新たに感じたことがあったそうです。
「『虎に翼』以前はアニメやティーン向けの作品が多かったのですが、以降は幅広い年代の方から声をかけてもらえるようになって、改めて作品の影響力・テレビの影響力を感じました。一方で、放送直後の観ている人の感想や声から、“ここが伝わりにくいんだな”“ここに偏見があるんだな”というのがリアルタイムで分かって、後半や終盤に補足をしたり、言葉を足したりすることはありました。

とはいえ、生の声を反映しすぎてしまうと作品がぶれてしまうので、いい感想も含め、あまり気にしすぎないように心がけました。観てもらう人にとって、楽しい・間口が広いことは大事なのですが、そればかりだと消費するだけで終わってしまうので、そうではなくしたい気持ちが常にあります。どうせ見るなら、何かが残るものにしたい。自分の中でたわいもないこと、あえて心を鈍感にしていることがあると思うんですけど、それが“おかしい”“しんどい”“言葉にしていい”“わがままじゃない”と気づいてもらうことに意味があると思っています」
大学1年で初めて脚本を書き、2年で仕事として脚本を手がける
吉田さんが脚本家になったのは、舞台や演劇が好きだったことがきっかけです。小劇場によく足を運んでいた時に、今所属している事務所の仲間と出会ったことから、脚本家の道が始まります。
「大学1年の頃、当時小劇場で活動されている劇団の多くに“当日制作”という役割があり、親しい間柄になると、その劇団のチケットのもぎりや舞台のセッティングを手伝い、報酬のかわりに講演を無料で見られました。学生時代はお金がないので、私はよくやっていたんですよね。その時に今の事務所の仲間と出会いました。私がまだ18歳だったこともあり“脚本や企画制作のため、若い子の声を聞きたいんだけど”という理由でした。当時はまだ脚本家になるかどうか決めていませんでしたから、社会経験としていいかなと軽く関わるようになったのですが、今に至ります(笑)。まさかそのままいて、脚本家になるとは当時は思いませんでしたよ」

初めて脚本を書いたのも大学1年の時。「『ラゾーナ川崎プラザソル』のこけら落としの前座のようなものでした。ワンシチュエーションでいろいろな人が舞台をやるのですが、その1人として私も書きました。それを事務所の人に見せたんです」。仕事として始めて脚本を手がけたのは大学2年。「『FMヨコハマ』のラジオドラマのコンペがあり、多分ビギナーズラックで通過したんですよね。それが多分初めての仕事ですね。その時に“私、行けるんじゃない?”となり、そこからズルズルと脚本家の仕事が始まりました」。
脚本が自分の手から離れた後を見守りながら反省や後悔をし、いずれはそれが楽しめるように
脚本家の一番大変なところは「最初に仕事が終わるところ」と吉田さん。自分の手から離れた後を見守りながら反省や後悔を経験することが学びになり、いずれは楽しめるようになると言います。
「私が書き終えると、そこから監督やプロデューサー、スタッフに演者さんが作品づくりを始めるのですが、私はそこで終わってしまうので、ある意味ずっと作品を俯瞰で見続けることになります。自分の手を離れた後、すごく良くなる時もあるし思ったのと違う形になることもある。それを見ているから、もちろん後悔が出てきますよね。“こうした方が良かったかも”“私の設計図が伝わっていなかったのかも”と。そういう時はしんどいなと思うし、落ち込むこともあります。ただ、全てを完璧に伝えることは難しいので、そのハーモニーをどう楽しめるかだと思っていて。

あとは自分の想像を超えた120%になる作品もあるので、そういったことを達観できるようになるまでは大変かもしれません。120%になった作品は、世間的に評価されているもので言えば、『恋せぬふたり』『虎に翼』、アニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』でしょうか。それらの作品はみんな同じ気持ちで見れている、同じ方向を見れていたことになるので、より多くの人の感情を引き上げられたことになるのかなと思います」
生きづらさを抱える人の多さ、世の中を変えようと動いている人を嗤うことに対する怒りが、エンタメに繋がることも
『虎に翼』では女性、『恋せぬふたり』ではアセクシャル・アロマンティック、と生きづらさを感じている人やマイノリティの声をすくい上げる脚本家=吉田さんというイメージもあります。自身の日常の小さな出来事に怒りを持つことが、そんな思いに寄り添うきっかけになっているそうです。
「基本、私はニュースを見て怒ってるんです。生きづらさを抱える人の多さにもですし、世の中を変えようと動いている人を鼻で笑うことも。綺麗事だと言われて片付けられることの大半は、誰かが努力していない証拠だと思います。実は簡単に良くなることっていっぱいありますが、そうならないのはそれが居心地が悪い人・面倒くさい人がいるから。そういうことに日々怒りを覚えるので、結果的に熟成された怒りが、ぽんとエンタメにつながることがあるかもしれないと思っています」

例えば、ある女性が女性向け商品開発を行い、SNSで発信をする。それに対して、男性があれこれと指摘をしたり文句を言ってきたりする。そんな様子を見ながら「なぜそう言ってしまうのか」「なぜそんなに気に入らないんだろう」と疑問に思うと言います。
「私自身も『虎に翼』のシナリオ集出します! と言うと、“朝ドラで金儲けするな”と言われて。女はこうあれ、脚本家はこうあれ、ファッションを作る人はこうあれという決めつけが多い。あとは地位の高い女性ほど首を垂れろ、とか。女性は“やめろ”じゃなくて“やめて”でしょ? といったトーンポリシングをする人もいて。女性が何かすると怒る人っているんですよね。性別が関係ないことなのに。先日、子どものお迎えがありちょっと急いでいて、良くないと分かりながらエスカレーターを歩いて上っていたんです。すると中年の男性から“エスカレーターを歩くな!”と怒鳴られて、もちろん私が悪いので謝ったんですけど、これは私だから言ったんだよなと思って。なぜかというと、私の前後にも別の男性がエスカレーターを歩いて上がっていたのですが怒鳴られていなかったからです。明らかに私にだけでした。正義感を弱者にだけ振りかざすってどういうこと? みたいな怒りを日々感じて生きてるからだと思います」
日本のドラマや映画、アニメーションでは“女性と弱者”が虐げられがち
ドラマや映画、アニメーション。日本にあるエンターテインメントには、それが明確に具体化されていることにも違和感を覚えるそうです。
「例えば、ハキハキした積極的な主人公の女性が結局おしとやかだったり、自己犠牲の塊だったり。1人孤独だけど、とても丁寧な暮らしをしていたり。“こうあっていいけど、実はこう”みたいな理想が苦手です。別に1人で生きていても全ての人が、何もかも手作りしなくていいし、古民家に住まなくていいし、ナチュラルな服は着なくていい。“1人で生きてるけど、こんな素敵な生活をしてるんですよ”という言い訳をしなくてはいけない感じが苦手なんです。袋ごとウインナーをレンジでチンして、ケチャップをかけて食べる人がいたっていい。全部お惣菜やウーバーイーツでもいい。その人が幸せならいいんですよね。

あと男性主人公の方が“頑張って働いているけど実はこんなに大変で辛いんだよ”と身を粉にすることの肯定や、深掘りされやすかったりするのも気になります。どれも性別は関係ないことなんですけどね。いろいろなことを美化する時に、それによって虐げられる人がいて、それが割と女性、弱い立場の人がなりやすいと思っていて。ここ数年は特にそれを気をつけています」
これから書きたいテーマは“中年女性”と“地方”
これから書きたいテーマを聞くと2つのキーワードを挙げてくれました。“中年女性”と“地方”、吉田さんから見るその世界には、きっと新しい気づきや視点が広がっているはずです。
「中年女性、50代60代の人の話や地方女性の話を書きたいですね。私が関東圏出身なこともあり、スタッフやテレビ局の人も首都圏だと、都内住みの人の話がつい多くなってしまう。地方の話にすると、ただ舞台にしているだけのことが多いので、ちゃんと地方や地域に根付いた人の話が書きたいです。

以前生理にまつわる対談をした時に、産婦人科の方からリモートでのネット受診が多いという話を聞き、実際に旭川から参加してくれる人もいました。地元の産婦人科に行くと“おめでたなの?”と言われてしまうから行きにくいとか。そういう言葉を聞くと、生理の時に“産婦人科を受診しましょう”と言っても、行けない人もいるだろうなと思って。そういうところに思いを馳せてしまいますし、チャレンジというかメスを入れる意味を込めて、きちんと書けたらと思います」
平和、反戦のことをもっとみんな恥ずかしがらずに言っていこうぜ!
答えがあるのにいつまでも変わらないこと。その中で最も気になっているのが“平和”について。世界が同じ場所を目指していたはずが、いつしかずれ始めた今、世界の指導者たちの動きを見守りながら抗うことを続けていきたいと言います。
「この数日だけでも、世界大戦が起きるのかもしれないと強く感じました。分かりやすく反戦とか戦争をしないということは、もっと世の中で言っていいんじゃないかなと思います。以前にある俳優さんが映画の舞台挨拶で“夢は世界平和です”と答えてどっと笑いが起きたというニュースを見て、世の中が良くない方向に動いているなと思ったんです。笑った人は、絶対戦争は起きないし、自分が血を流すことはないし、自分は絶対死なないと思っているような人。そういうところから差別、格差の問題も起きると思っています。

子どもには戦争を知らないで生涯を全うしてほしいし、若い人たちにも行ってほしくない。だから平和、反戦のことをもっとみんな恥ずかしがらずに言っていこうぜ! みたいな気持ちがあります。他国の大統領や首相が代わり、差別や格差のより戻しが起こると思います。この数年をただ耐えるのではなく、抗わなくてはいけないのかな思います。いつも“抗う”みたいなテーマの人と思われがちですが、今こそやる意味があると思っています」
(後編につづく)
My wellness journey
私のウェルネスを探して
吉田恵里香さんの年表
1987
神奈川県生まれ
2005
日本大学芸術学部文芸学科入学、大学在学中に現在の事務所に所属
2010
大学を卒業
2013
ドラマ『恋するイヴ』脚本を担当
2015
映画『ヒロイン失格』脚本を担当
2018
ドラマ『花のち晴れ〜花男 Next Season〜』脚本を担当。映画『センセイ君主』脚本を担当
2019
『Heaven? 〜ご苦楽レストラン〜』脚本を担当
2020
ドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(チェリまほ)脚本を担当
2021
ABEMAドラマ『ブラックシンデレラ』の脚本を担当
2022
ドラマ『恋せぬふたり』脚本を担当、第40回向田邦子賞受賞。 ドラマ『君の花になる』脚本を担当。アニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』脚本を担当
2023
ドラマ『生理のおじさんとその娘』脚本を担当
2024
連続テレビ小説『虎に翼』脚本を担当
2025
『にじゅうよんのひとみ』(文庫版、ハーパーコリンズジャパン)を出版。脚本を担当した『前橋ウィッチーズ』が4月より放送開始

Staff Credit
撮影/高村瑞穂 取材・文/武田由紀子
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