”書いて自分と周りの機嫌をよくする。”
私の生存戦略【作家・岸田奈美さんの書くことを続ける理由】「自分で考え、書いたことは決して忘れない」
2025.02.17
書いてわかった、自分のこと――話題の本の著者に聞く
私が“書く”ことを続ける理由
自分らしく思ったことを表現する……それを実践し、道を切り拓いた人の発見とは? あなただけの言葉を記す意味とヒントが、ここにあります。今回は、岸田奈美さんにインタビューしました。
INTERVIEW
書いて自分と周りの機嫌をよくする。それが、私の生存戦略
岸田奈美さん


岸田奈美さん
作家
1991年兵庫県生まれ。近著に『国道沿いで、だいじょうぶ100回』(小学館)、脚本を手がけたラジオドラマに『春山家サミット』(NHK FM・2024年11月放送)がある。noteで「岸田奈美のキナリ★マガジン」を連載中。『もうあかんわ日記』文庫版(小学館)も発売。
父は若くして急逝。自分とダウン症の弟を育ててくれた母は病気で車椅子生活になり、やがて祖母にも認知症の症状が……。文字にするとかなりシビアな状況にありながら、その日々を綴る岸田奈美さんのエッセイは生き生きとしていて底抜けに明るく、私たちを笑わせ、心を温めてくれます。昨年、ドラマ化でも好評を博した『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)をはじめ、読むたびに驚かされるのが描写とディテールの細かさ。これは相当、記憶力がいいのでは?と尋ねると、岸田さんは「ぜんっぜん!」と笑います。
「私、記憶のキャパ(シティ)がすごく小さいのか、すぐ忘れるんですよ。それなのに、普通の人なら年に一度とか一生に一度しか体験しないようなことが週1くらいで起こってて(笑)。だから、メモは必須。思ったこと、忘れちゃいけないことは、とにかく書いて残してます」
自分で考え、書いたことは決して忘れない
見聞きしたことを記すメモだけでも、手帳とノート、スマホのメモアプリの3種を駆使。さらに、創作のノウハウを記した「創作ノート」と、絵入り図入りの「読書ノート」が1冊ずつと、かなり筆まめな様子。もともと「書くことは苦手」だった岸田さんを変えたのは、高校時代に経験した、ひとつの成功体験でした。
「小中学生の頃は授業の板書のような、皆と同じものを書くのが大っ嫌いでした。でも、大学受験のとき、塾の無料体験講習で見た世界史のビデオ授業がすごくおもしろくて。先生の話に出てくることをもっと知りたくて、地名や出来事をメモして自分で調べてノートをつくったら、そのことだけは覚えていられた。そうか、自分で考えて書いたことなら忘れないんだ!ってわかったんです」
読書感想文や夏休みの日記の宿題も苦手だった岸田さんにとって、学生時代に書く場所といえば、もっぱらネットの掲示板。書くことは表現というより、切実なコミュニケーションの手段でした。
「頭の回転が早すぎるのか、子どもの頃から周囲に比べて常に1・5倍速か2倍速でしゃべる感じで、友達から『奈美ちゃん、しゃべりすぎやし』と悪口を言われるのがつらかった。でも、父がパソコンを買ってきて、『お前の友達はこの箱の向こうになんぼでもおる。友達はインターネットでつくれ』と。それで、学校に行く以外は朝から晩まで掲示板漬けになりました。あの頃のネットにはちょっと寂しいけどおもしろくて、人の話を聞きたがる人が多かったんですよ。父が危篤のときも、掲示板に書いたらすぐ『がんがれ(頑張れ)』『祈るわ』って書き込みが来て……救われましたね」
書けば、つらい思いも共有できる。のちにデビューのきっかけになるエッセイを書き始めたのも、「完全にメンタルがダウンしていたとき」だったといいます。
「家族のエッセイを最初に書いたのは、会社を休職していた2019年。自分に自信がまったく持てなかったけど『いやいや、私の中にはきっとまだ私の好きな部分があるし、誇らしい部分もあるはず』と考えて、最初に出てきたのが家族との思い出だったんです。それを書いて自分を励ましたかったし、笑わせたかった。そして、読む誰かにも笑ってほしかった。エッセイには、『わかってほしい』という気持ちと『そう簡単にわかられてたまるかよ』という思いの両方が込められていて、その葛藤のハイブリッドの結果が『できるだけ、おもしろおかしく書く』になったんじゃないかと思います」
忘れないために始めた「書く」こと。エッセイという対象に出会い、それは「書いて忘れる」手段へと変わりました。
「エッセイは、起こった出来事を手放すために書いているようなもの。そのときの自分の生の気持ちを全力で書いたから、もう忘れてもいいよね?って。たとえ忘れてしまっても、書いたものが残っていれば、いつでも振り返って読めますから」
「今、書かなきゃ!」は誰にも、きっと来る
そして振り返ったとき、その記憶は自分にとって優しく、温かいものになっている――5年間、エッセイを書き続けてきたことで、視野が広がり見えてきたものがあると、岸田さんはいいます。
「人から助けてもらうことが多い家族なので、たとえ私が急にいなくなったとしても、家族にとって優しい世の中であってほしいなぁと……。だから、自分も含めて、人の機嫌をよくしていくことが私の仕事であり、生存戦略。私にとって『書く』ことの根底には、悲しみか怒りといったネガティブな感情がありますが、それを『これ、1回まわっておもろいよね?』にしたい。どんなにつらい状況でも、おもしろいことを書くことは、私にとっても周りにとっても大事なんです」
そんなふうに、自分も書いてみたい。でも何を書けばいいのか……岸田さんは「急ぐこと、ないですよ」とほほえみます。
「ワインのボジョレー・ヌーボー、あれって、いつまでに出荷するものと決まってるわけじゃなくて、おいしくなったら出荷されるんです。だから、誰にもいつか『書かにゃいかんで、これは』というときが来ますよ。必ず。『今だ!』って思うときに、全力で書けばいいんです」
どんなことをどうやって書いてますか?

1
見聞きし、考えたらすぐ! メモは今も必須です
日々の出来事から取材内容、エッセイや配信のネタなど、とにかくまめに記録。スマホのメモのほか、対面取材などスマホを取り出せない場面では紙のノートを活用。よく見ると、手帳のフリー欄には「なぜか『しいたけ占い』を写経してたり……何なんでしょうね(笑)」と岸田さん。筆記具は3色ボールペンを愛用
2
小説、脚本に挑戦中。㊙︎ノウハウを創作ノートに
「最近、エッセイだけでは書ききれないことがあって」ラジオドラマの脚本や小説執筆に挑戦中。ドラマプロデューサーや他ジャンルの文筆家に取材し、その方法論やノウハウを記した「創作ノート」は、「スマホと違って、紙に書くときはやっぱり気合が入ります」と岸田さん。書いて覚え、身につける手法は変わらず継続
3
図解、絵入り、切り貼り。いつか必ず役立つ読書ノート
本も「読んだ端から忘れる」ので、読んだ感想や心を動かされたフレーズなどを、図や絵を入れながら細かく記載。「これをやっておくと、後で書評を書いたり著者の方と対談したりするときに使えるんです」と岸田さん。小説から実用書までジャンルは幅広く、その時々の自分の興味や心境を振り返るのにも役立つ
まだまだこれも知りたい!
三日坊主にならないためには?
筋トレと同じく「週1で書く」など課題化して
何を書けばいいかわからないときは?
おすすめは、目の前に話しやすい人をイメージして「実は……」と書き出す方法。うまくいきますよ
書いたことを振り返りますか?
はい。悩みが解決していたことに気づいたりします
書くことでどんないいことが?
どんなにつらい経験も書いて共有できるし、書けば忘れられます!
Staff Credit
撮影/砂原 文 ヘア&メイク/木下 優(ロッセット) 取材・原文/大谷道子
こちらは2025年LEE3月号(2/7発売)「なりたい自分をつくる”書く”力」に掲載の記事です。
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