【映画『蛇の道』柴咲コウさんインタビュー】流暢なフランス語で熱演! 習得のコツは……「ひたすら千本ノック!」
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折田千鶴子
2024.06.12
前のめりで出演を引き受けた理由はーー
俳優、歌手のみならず、近年は環境に配慮したブランドを立ち上げるなど、実業家としても活躍。また北海道にも拠点をもち生活を送るなど、LEE世代にとって“憧れのライフスタイル”でも注目される柴咲コウさん。とはいえ本業において“ここぞ!”という作品には、どんな労力も惜しまずに全霊を傾ける姿勢がステキです。
その、“ここぞ!”という作品こそ、オールフランスロケで臨んだ主演作『蛇の道』。なんと『CURE』で世界的に注目を集め、『岸辺の旅』『スパイの妻』他、世界三大映画祭でも高く評価される黒沢清監督が、かなり昔(98年)に撮った『蛇の道』をセルフリメイクしたのが本作です。
“なぜ自分のところにオファーが来たのか!?”と思いつつ、前のめりで引き受けたという本作で柴咲さんがどんな経験をされたのか、いかに単身フランスロケに挑んだのか。興味津々でお話をうかがいました。
柴咲 コウ
8月5日、東京都出身。映画『バトル・ロワイアル』(00)や『GO』(01)で注目され、数々のドラマや映画で活躍。シングル「Trust my feelings」で02年に歌手デビュー。RUI名義のシングル「月のしずく」(03)が特大ヒットに。昨年11月にアルバム「ACTOR’S THE BEST ~Melodies of Screens~」を発売、12月にライブツアー「柴咲コウ CONCERT TOUR 2023 ACTOR’S THE BEST」を開催した。近年のドラマの代表作に、大河ドラマ『おんな城主 直虎』(17)の他、『35歳の少女』(00)、『インビジブル』(22)。映画に『Dr.コトー診療所』(22)、『ミステリと言う勿れ』(23)など。2016年に設立したレトロワグラースを通し、持続可能な社会を目指す活動も行う。
資料によると、“フランス語が話せるわけでもないのに、なぜ私に?”と思いつつ、前のめりで出演を引き受けたそうですね。
「これまで黒沢さんとお仕事をしたことがなかったので、単純に好奇心でご一緒したいなと。完全に初対面でした」
好奇心があったということは、これまでの黒沢作品に魅力を感じていたということですよね!?
「はい。機械的というか無機質な感じと、人間の生の肌感とか不器用さや滑稽さなど肉質的なものが対比されていて、それがいい違和感になっていて。勝手にこちらが何か想起してしまうような、余白がある作品が多いなと思っていました。でも根幹には、やっぱり人が居て、人と人の織りなす物語があって、それを観客がどう汲み取るか、そこに余白がたっぷりある作品が多いな、という印象を受けていました」
「特に私が好きなのは、監督が以前フランスで撮られた『タゲレオタイプの女』(16)です。なんの前情報もなく粗筋も知らずに観たのですが、かなり深く感動しました。ミステリアスな雰囲気や、ホラーっぽいテイストもありつつ、それ以上に人間の心情が迫ってきて。主役を務めたタハール・ラヒムさんが、とても素晴らしくて。またラストシーンが、本当に素晴らしかったです」
『蛇の道』ってこんな映画
何者かに8歳の娘を殺されたアルベール(ダミアン・ボナール)は、偶然出会った心療内科医の小夜子(柴咲コウ)に協力してもらいながら、犯人を突き止めて復讐しようと燃えている。2人は、ある財団の関係者を拉致し、その証言から別の関係者を芋づる式に拉致、口を割らせようとする。そうして少しずつ真相に近づいていくがーー。アルベールは真相にたどり着けるのか、そして復讐を果たせるのか。また小夜子はなぜ彼に協力しているのかーー。
黒沢監督が、26年前の自作をリメイクするという試みに驚きました。そのリメイク作品への出演オファーを受け、どんなことを感じましたか?
「私自身は、お声掛けいただいてから98年版の『蛇の道』を拝見したので、リメイクという意識は全くなかったです。もし前々から知っていた作品だったら、少し違ったのかもしれないですが、そういうバイアスがほぼなかったんです。しかも監督が一度描いたものを、ご自身でまた描き直したいと思ったからには、当然なにか意図があるはずですから。新たな要素を描こうとされている作品にお声がけいただき、とても光栄に思いました」
前作を意識せずに臨めたというのは、余計なプレッシャーも感じずに済んだわけですね。
「監督が新たな意義を見出して取り組むわけですから、私は完全に別物として臨みました。ただ単純に大きな懸案だったのは、やっぱり言葉ですよね。そこで本作の良し悪しが大きく決まってしまうな、というプレッシャーはありました。でもフランス語の勉強もしたかったので、丁度それが出来て良かったなと(笑)。それが撮影本番の瞬間に表現できるか、というのは常にドキドキはしていました」
柴咲さんが演じた心療内科医の小夜子については、監督と何かお話をされましたか?
「全てを提示される方ではないので、それこそ黒沢監督が(小夜子を)どう思い描いているのか、その人物像についても探り探り作っていった感じです。ただ、ヘアメイクや衣装などから感じ取って人物の軸が出来ていくものでもあるんですね。今回もそうでしたが、それらは私が予想していたものとは、かなり違っていました」
「私は小夜子って“奇をてらう”まではいかずとも、もっとミステリアスさをまとった象徴的な人物かと思っていました。そうしたら、とにかくパリの風景に馴染むような人物というか。ただすれ違っただけだと何の記憶にも残らなそうな異邦人、という線を目指していらっしゃるのだと感じました」
行間の「……」を拾っていく
なるほど。確かに小夜子からは“生活者”の風情を感じます。地味目というか……。
「私が現場に入る前にうっすら予想していたのは、ボブカットの心療内科医でバリッと自立した女性、みたいな感じだったんです。そうしたら髪の毛も無頓着なくらいフワ~っとしていて、シャツの襟元がくたびれて伸びている感じで。そのジャケットは何年着てるんだ、みたいな。そういうところから“なるほどな”と、人物像が少しずつ見えてきたところがありました」
確かに異国に住む日本人というと、日本人形的なボブカットでエキゾチックな面を強調されることが多いですね。むしろ、その方が演じやすかったり、分かり易かったりする気がしますね。
「そう、だから小夜子がこういうビジュアルになったことによって、より一層、何を考えているのか分からない印象は増幅したかもしれないです」
黒沢監督作の面白さって、常に無表情で何を考えているのか分からない人物がゴロゴロ出てくるところにもあると思いますが、表情に関した指示は何かありましたか。表情を消せ、出すな、みたいな。
「いえ、表情に関しては何も言われませんでした。立ち位置や動きに関しては、“こういう風に、なんか思考してここに座る”という説明はありますが、それ以上のことはないんですよ。こわ張った顔をしていた時は、“それはあんまりなくていいです”程度はあったかな。でも、感情を抑えて出すな、といった指示はあまりなかったですね」
拉致してきた男に小夜子が食事を出して上げるのかと思ったら、表情を変えずに目の前で落とすシーンは、ビックリして二度見しましたもん(笑)。
「動きに関してはト書きに、“立ち上がって何々をする”と書かれているので、そのままを体現しただけなんです。同時に、台詞やト書きの“……”部分、つまり行間を拾っていくというか。ただ、あのトレーの落とし方については、何か少し指示があったような覚えがあります。“激しく”ではないけれど、“ヌメ~ッとおもむろに”みたいな方が嫌な感じが出るという線を、ちょっと狙っていたとは思います」
そもそも、なぜアルベールに協力しているのか、という話ですよね。あの表情の奥にあるものは最後までみないと分からないわけですが、演じた柴咲さんの全身には色んな思いが錯綜していたわけですよね。どんな感じでした?
「それを言ったらネタバレになっちゃうじゃないですか(笑)。でも、人って誰しも演じながら生きているところがあると思うんです。腹の底では違うことを思っていても、表面上では気さくにナイスな人を装っていたりする人って、一杯いますよね。小夜子は心療内科医ですから、それぐらいは身につけてますよね」
ひたすら“千本ノック”するのみ
小夜子の前に患者として現れる吉村が、またイヤ~な圧迫感を与えますね。観客にもですが、小夜子にも。
「猜疑心が強い吉村は、ある意味、小夜子が秘めているものを言い当てていたりもするんですよね。(渡した薬を)“毒じゃないですよね、これ”みたいな(笑)。でも小夜子にとっては単に患者の一人なので、特に嫌な感情を抱いているわけではないんですよ」
演じる西島秀俊さんは黒沢作品の常連俳優ですが、やっぱり黒沢作品の中では“イヤ~な味”を放っています。何度か共演されていますが、今回の西島さんはイヤでした(笑)!?
「単に小夜子としてそこに居るので、イヤとは思わないですよ(笑)。というか吉村は逆に小夜子の懐に入り込んでいるから、ああいう風になっているわけでもあるんです。吉村とのシーンともう一人、泣き崩れている女性に寄り添うシーンがありますが、そこが最も小夜子の感情が表に出るシーンでもあって。女神や菩薩のような雰囲気がそこで出ているのが逆に怖いな、と。毒を吐くように小夜子に迫る吉村に対しても、優しく柔和な感じで接しながら、実は結構な誘導をしてないか、ということを言ったりもしていて……」
西島さんが“現場で監督と(吉村を)作り上げていった”と発言されていますが、小夜子に関しても現場で生まれていく感覚がありましたか?
「私の場合は、やっぱり台詞がフランス語というところに囚われてしまう部分が大きかったので、現場で監督とというよりは、フランス語のレッスンの中で作られていったところがありました。例えば小夜子の声のトーンなどに関しても、レッスンの中で“小夜子はそんな言い方をしないと思う”等々、指導してくださる方々の意見を取り入れながら作っていった感じです」
そのフランス語、本当にビックリしました。最初こそ“喋ってる!”みたいに注目しましたが、途中から全く意識せず普通に字幕を追っていましたから。あのレベルまで、どう持っていったんですか?
「それはもう千本ノックしかないです。半年前から準備期間をいただいて、撮影の1ヶ月前に現地入りしてレッスンしながら生活し、暮らしながらパリに馴染んでいく、ということをさせていただいて。音で暗記するところは英語の習得と同じですが、フランス語には日本人には発音しにくい音があるので、千本ノックが大変でした」
「日本語にはない声帯の使い方をしないと出ない音――全てに母音が入る日本語と違って、子音同士がくっついている音がとにかく難しい。それをひたすら繰り返し練習しました。しかも単音ではなく、セリフの中で滑らかに出てこないといけないので、ただもうひたすら。そういう音で引っかかると、お芝居としても不自然になってしまうので、その違和感をなくすのは本当に大変でした」
そうして本番までには、言葉と感情が一体となって出て来たわけですよね。
「そこは日本語のセリフと一緒でした。長回しが多かったので、いろんな緊張感はありましたし、言葉の心配は、どこかにずっと付きまとってはいましたね」
フランスの現場や街の居心地の良さ
スタッフはフランス人の方が当然、多かったわけですよね?
「全員、フランス人でした」
全員ですか! 柴咲さんにとっては、どんな現場でしたか?
「監督だけではなく、全スタッフが“小夜子としてOKかどうか”を見ているんです。“その言い方は小夜子っぽくない”とか、例えば録音部がダメ出ししてくれる。もちろん発音の問題の時もありましたが、キャラクターにも寄った良し悪しやニュアンスに関しても、“こういう言い回しの方がいいんじゃないか”などキチッと言ってくれる。そういう現場全体のグルーブ感は、とても撮影しやすかったです」
元々フランスに憧れもあったそうですが、数ヵ月暮らしてみて余計に好きになったところ、予想と異なっていたところはありましたか?
「たった2ヶ月半程度なので、私の中での切り抜き的な印象にはなりますが、やっぱり居心地がいいなと思ったのは、タクシーに乗っても店員さんと話しても、誰もが言うべきことをズバッと言うんですよね。無駄がなくスッキリしていて、過ごしやすいと思いました。だからこそこっちも、例えばレストランで“これは嫌だ”とか言いやすい。それが自分の気質にすごく合っていると感じました。そこに滞在しながらの仕事は、すごくやりやすかったです。撮影現場でスタッフさんと話してても、助監督と話していてもそうでした」
そういうことも日本にも持って帰ろうかな、と思われた?
「いや、とはいえ私は日本人気質なんですよ(笑)。今の日本の体制の中で、それが出来るかと言ったら、割に主張するタイプの私でも難しいと思います。フランスでの体験は居心地が良かったですが、どうしても空気を読んでしまう癖は、もはや国民性としか言えないですね(笑)。染みついてる。また監督との相性という面もありますし」
アルベール役に『レ・ミゼラブル』のダミアン・ボナールさん、拉致される役に監督もされる名優マチュー・アマルリックさんなど錚々たる俳優が出演されています。現場ではどんな感じでしたか?
「やはり皆さん監督に、積極的に発案されていました。“これはどうだ?”と自分が思ってるものや抱いてる疑問など、主張や提案をされていましたね。日本人のように空気を読むということがないので、“これくらいやってもいいか?”と提案し、監督は“どうぞどうぞ”みたいな。監督は謙虚なので、そこで成立してどんどん作られていった感じがありました」
ちなみにマチュー・アマルリックさんって、どんな方でしたか? こっちが構えてしまうほど知的に違いない…という印象があります。
「色んなプライベートの写真を見せてくれたりして、とても気さくでフレンドリーで少年のような方でしたよ!」
最後にインテリア大好きな柴咲さんは、フランスで何か手に入れましたか?
「蚤の市で胸の高さくらいあるチェストを買いました! 激安で手に入れましたが、本当に物が良すぎて気に入って使っています。蚤の市は本当に楽しかったですね。他にもパーテションみたいなものなど、ちょこちょこ買いましたよ!」
26年ぶりに生まれ変わった『蛇の道』。前の作品を未見の方は、“なぜ?なぜ?”と思いながらハラハラすること必至ですし、観たことがある方は、舞台が日本からフランスへ、主人公が男性から女性へと変わったことによる、大きな世界観の違いにワクワクされるハズです。私の個人的な感覚からすると、剥き出しのギザギザな刃から、秘めたる鋭利な刃へ、みたいな。
黒沢監督作品の“え、え、どういうこと!?”と混乱させられる快感が本作もたまらないリベンジ・サスペンス映画。黒沢監督をして“野獣のような身のこなし”と言わしめた柴咲さんの放つ妖しげな魅力と怖さを、とくと味わってください!
映画『蛇の道』
6 月14 日(金)全国劇場公開
© 2024 CINÉFRANCE STUDIOS – KADOKAWA CORPORATION – TARANTULA
2024/フランス・日本・ベルギー・ルクセンブルク合作/113分/配給:KADOKAWA
監督・脚本:黒沢 清
出演:柴咲コウ、ダミアン・ボナール、西島秀俊、青木崇高ほか
原案:『蛇の道』(1998年大映作品)
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写真:菅原有希子
ヘアメイク : 川添カユミ Kayumi Kawazoe
スタイリスト: 柴田 圭 (tsujimanagement)
【衣装】
シャツ ¥231,000- スカート ¥442,200- Bottega Veneta (Bottega Veneta Japan)
ネックレス ¥528,000 ピアス ¥1,001,000 バングル ¥539,000 リング(右手) ¥220,000
リング(左手) ¥385,000 MESSIKA (メシカジャパン)
サンダル ¥214,500- Gianvito Rossi (Gianvito Rossi Japan)
※全て税込価格
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◯問い合わせ先◯
Bottega Veneta Japan tel:0210-60-1966
メシカジャパン tel:03-5946-8299
Gianvito Rossi Japan tel:03-3403-5564
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折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。