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LIFE

映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

『燃えるドレスを紡いで』【関根光才監督×中里唯馬さん対談】パリコレ・オートクチュール招聘デザイナーが衣服の最終到達点で見つめたもの、その先へ――

  • 折田千鶴子

2024.03.28

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ファッションは“世界で2番目の環境汚染産業”!?

ファストファッションの大いなる恩恵に預かっている私たちにとって(LEEwebの人気記事ランキングも如実に示していますよね)ちょっと耳の痛い話でもありますが、皆さんもどこかで“ファッション産業が世界で2番目の環境汚染産業”だと聞いたことがあると思います。 そんな問題を扱う本作を、面白いと言ったら語弊がある!? いえいえ、私たちの生活や興味や幸福感に直結する“ファッション”だもの、観始めたら嫌でも目を逸らせません。そのドキュメンタリー映画『燃えるドレスを紡いで』が全国で順次公開が始まりました。

K’s cinema、シネクイント他、全国順次公開中

今や“大量生産・大量消費”が加速し続けるファッション業界のシステムに、どうにか内側から変革をもたらそうと試みているのが、森英恵さんに続き日本人として2人目、かつ現在唯一のパリ・オートクチュールウィークに参加している公式ゲストデザイナーの中里唯馬さん

中里さんが次なるパリ・コレクション(23年1月開催)に向け、“不都合な現実”からインスピレーションを得ようと新たな服作りに挑む姿、その軌跡をカメラに収めた関根光才監督。今回は、このお2人にお話しをうかがいました。

果たして迫りくるパリコレ初日までに、中里さんの革新的なチャレンジは間に合うのでしょうか。そして、どんなものが生まれて来るのでしょうか!? 驚きと衝撃とドキドキに満ちた本作にまつわる、真剣で楽しい2人の会話をお聞きください。

中里唯馬(左)
2008年ベルギー・アントワープ王立芸術アカデミーを卒業。2009年、「YUIMA NAKAZATO(ユイマ ナカザト)」を設立。2016年、パリ・オートクチュールコレクションの公式ゲストデザイナーに選ばれ、日本人として唯一、コレクションを発表し続けている。海外のオペラやコンテンポラリーバレエの舞台衣装なども手掛けるなど、活動は多岐にわたる。
関根光才(右)
映像作家としてキャリアをスタート。広告映像作品が国際的なクリエイティブアワードで多数受賞。映画、CM、ミュージックビデオ、アートインスタレーション作品など、多岐に渡る作品を発表。2018年、長編映画初監督作『生きてるだけで、愛。』で新藤兼人賞・銀賞を受賞。他にドキュメンタリー映画『太陽の塔』(18)など。杏主演の長編第2作目『かくしごと』(24)が6月7日に公開予定。

『燃えるドレスを紡いで』って、こんな映画

別の企画で意気投合した映画監督・関根光才とファッション・デザイナーの中里唯馬が、“生み出された大量の洋服たちが最終的に行きつく場所”、アフリカのケニアに向かう。そこから中里は何を見出し、何を思い、どんなインスピレーションを受けるのか。2023年1月に開催されたパリ・コレクションまでの約1年、カメラは中里に密着し、新たなデザインを求めて奮闘する姿、日本企業とタッグを組んで革新的な素材を生み出す様子、チームと共に作り上げていく過程、ショーの裏側を映し出す――。

ファッション業界が抱える環境汚染等々の問題を、いつ頃から認識し、仕事上でも意識し始めましたか。

中里「環境負荷や人権などについては10~15年以上前から大きな問題になっていましたし、それを変えていこうというアクションも世界中で起きてはいたんです。それが日本の一般の消費者に届くには少し時差があったように思います。感覚としてはですが、ここ5、6年で急速に意識が高まって来たのを感じます。同時に、衣服のゴミ山が出来ているというニュースを頻繁に目にするようになったのは、ここ2、3年でしょうか。やはりファストファッションが台頭したことで、一気に課題が肥大化したと言えるかもしれません。私にとって環境への課題は、両親共にとても意識が高かったこともあり、幼少期からとても身近なテーマでした。一方で、ファッションへの情熱が年を重なるごとに高まる中で、環境問題とファッションを楽しみたいという想いとの間に隔たりがあるように感じ、とてもモヤモヤした気持ち抱えながら向き合っていました。世の中の価値観の変化と共に、さまざまな解決策も出てきたことが後押しになって今の活動につながっていると思います」

関根「2013年に起きたバングラディッシュの縫製工場が崩壊した事件を扱ったドキュメンタリー映画『ザ・トゥルー・コスト ファストファッション 真の代償』(15/アメリカ)は、劣悪な労働環境で働かされる多数の人々がいるという労働搾取と、それが環境問題も繋がってるということを暴く、ファッション業界の闇を描いた初期の映画だと思います。強く認識したのは、その映画を観てから。僕自身もファストファッションが生まれてからこの大量の洋服は捨てられていく運命にあるのだろうなと不安に感じていましたが、唯馬さんと一緒にこのプロジェクトを機に実際にリサーチするまでは、そこまでとは知らなかったんです。具体的な数字を知って驚くばかりでした」

アフリカのケニアに行こうという話になったのは?

関根「僕が監督をした別の映像プロジェクトで、唯馬さんが被写体として初めてお会いしました。その時に自然とお互いに興味を持ち、このプロジェクトが生まれました。最初、チリの砂漠に衣服のゴミが遺棄されているとニュースで知り、その砂漠へ行く算段を付けているうちに、ゴミの山が忽然と消えてしまった。憶測ですが、不名誉なことだと隠されてしまったのかもしれません。そこでリサーチを続けると、他の国のいろんなところで同じ問題が存在していると分かって。中でも深刻化しているアフリカのケニアとガーナに絞り、唯馬さんと相談しケニアに行くことになりました」

関根監督の映画以外の映像作品を拝見した際、どこか中里さんのファッションと世界観が通じるものを感じました。

中里「それはその通りかもしれません。物事に対する感じ方や、美意識などがお互いに合わないと、双方にとってストレスとなってしまうでしょうし、出来上がるものに不協和音が生じてしまうでしょう。信頼関係を築くことができれば、密着取材で長時間一緒にいても、心を開けるという部分もあります。世界観の重なりという部分が、このプロジェクトが生まれた一つの理由かもしれません」

いざ、大量の洋服たちの最終地・ケニアへ

ケニアで目にしたのが、大量の中古服と衣類のゴミ山です。ただ、映画を観ながら“なんで必要以上に輸入しちゃうの!?”と思わなくもなくて……。

中里「そこが難しいところなんです」

関根「いわゆるグローバルサウスが引き受けているとも言えるし、押し付けられてるとも言える。関税を下げるから他のことで優遇する、みたいな政治的な問題が絡んでくるので。ケニアやガーナの状況を見て来たので、既にアフリカの他の国では中古服を一定量以上は輸入してはいけない、という法律ができ始めているんです」

中里「ただ、たとえ輸入を規制したとしても、世界中で衣服の生産数は増え続け、止まらない。そうした服たちは、様々な理由から燃やすことも出来ず、地球上に行き場がない。そんな時、どこかの貧しい国が受け入れることで、それがビジネスに、経済になっていくことが起きてしまうんです」

関根「元々ケニアは服飾産業が盛んでしたが、ファストファッションの中古服を安価で輸入し、売買するマーケットが生まれ、それが一つの産業として爆発的に成長しました。すると仲介業者が生まれ、中古服業者がケニアに集まり、市場で働く人やそこに依存する人が生まれ、どんどん複雑に総合的に結びついて拡大していったのです」

中里さんは、そういう状況も踏まえてファストファッションの台頭を苦々しく感じていたのでしょうか?

中里「安価で品質が良く、デザイン性のある服を、多くの人が受け取れる世の中のそれ自体は素晴らしいことだと思います。ただ一方で、大量に生産しなければ価格が下がらないという仕組みがあり、不必要なほどに大量に作り続けなければならないという負のシステムは問題だと感じています。人々は安くて良いものをどうしても求めてしまうでしょう。しかし、求めれば求めるほど様々な負荷がどんどん大きくなり、今もそれが加速して突き進んでいるのです」

関根「しかも元々欧米の先進国がファストファッションを生み出した頃は、いろいろな問題はもちろん抱えていたものの、服としてのクオリティが一定以上に保たれていた。ところが、そうしたファストファッションの爆発を見て、それをイミテーションした安価でロークオリティの後発品が次々に生まれ、総量が倍々に増え始めたんです。映画でも “ミツンバ”というケニアの中古服市場を訪ねますが、意外なほどメジャーなファストファッションブランドの中古品は少なく、実際にあったのは中国やトルコなど全く違う国のタグが付いた、あるいはタグさえついていない非常に質の悪い服ばかりでした」

どうしたら、そのシステムを止められるんでしょう?

関根「いや、そのシステム自体を止めることは非常に難しい。それに対してどうアクションし、それを生産している人々に理解してもらうしかないなと思います。だから例えば唯馬さんのように、作る材料そのものを変えることで、最終的に(作られた洋服が)どう処理されるべきかをハッキリさせる。あるいは循環するソリューションをはじめからデザインに内包する。そういう思想で唯馬さんが衣服を作られていることが多いので、僕もスゴイと興味を抱いたんです」

中里「まずは大量に生み出し続ける現状が、地球にいろんな負荷を与えていると知る必要があります。日本で普通に生活していると意識せずに過ごせてしまいますが、実は衣服の周辺にこんな世界があると知ってもらえれば、日々の暮らし方も少し変わるかもしれない。そしてもう一つ、この映画にはアフリカの悲惨な状況の先に、パリ・コレクションという大きな要素がありますよね。その意味や在り方を、多くの人に知っていただくのも重要だと思っています」

中里「“パリコレ”という言葉自体は多くの人が知っている認知度のある言葉なのではないかと思いますが、実際にそこで何が行われているのか、どんな意味や力があるのかについて知ってる人は意外と少ないのではないでしょうか。そこへ向き合うデザイナーの姿を知ってもらうことはとても重要なことだと思います。例えば、衣服を通じて現代アートのように、様々なメッセージを世界に向けて発信していく場がパリコレでもあると考えることもできるでしょう。パリという場から発信する影響力をどのように活用し、そして社会と対話していくか、そんなことを続けている人がいるということを知っていただけるだけでも、パリコレの見方だけでなく、衣服への眼差しがが変わっていくかもしれません」

いよいよパリ・コレクションへ

ケニアのゴミ山を見た後に、衝撃を受けて言葉を失う中里さんに、監督が「パリコレに出品する意味って何だろう」という質問をボソッと差し込んだりします。

中里「それも関根監督の手腕というか、質問を通じて様々な言葉を引き出していくんです。ある意味即興で物語が作り出されているという感じでしょうか。質問の内容によって、どのようなストーリーになっていくか変わっていきますから。そして私もその質問によって物事をより深く考えますし、言語化しようと努めていくことで理解が深まるという部分もありました。1人でケニアに行っていたら、あそこまで深まらなかったかもしれません」

関根「僕も、唯馬さんが何を作ろうとしているのか頭の中を覗けないからこそ、たとえ少し強めの刺激だとしても何か入れた方がいいというか、色んなインスピレーションを欲しているように感じたんです。自分でも撮っていて面白かったのは、ある種、自分が2つに分かれるような感覚だったこと。一方ではドキュメンタリー映画として成立させるために動いている。もう一方では、いや7割くらいは、ケニアの惨状を見た唯馬さんが何かを作ろうとしているのを、どうしたら手伝うことが出来るだろう、なにか自分に出来ることがあればいいな、みたいな感じで動いていたんです」

中里「これまでの取材と明らかに違ったのは、関根さんという一人のクリエイターが近くにいたこと。お互いに物作りへの葛藤や苦悩については、共感できる部分もあるからこそ、今はカメラを回さないでほしいというような瞬間を理解してくださったりして、そういう信頼関係が築かれていくほど、自分自身をオープンにしていくことができたように思います」

関根「精神的にも唯馬さん自身もとても大変だったと思うし、僕も撮りながら22年の年末くらいまでは、本当に(パリコレに出する作品が)出来るのかな、と思っていました。でも、そこからがスゴかった! いろんなことを克服し、最終的にああいうショーを作られた唯馬さんの手腕と表現力には、凄まじいものがありました」

ドキュメンタリーって、何かトラブルが起きた方が面白いというか、予想外のことが起きないと面白くない側面もありますよね。

関根「今回は予想外の出来事があり過ぎて、側で見ていても衝撃の連続でした。映画的にはもちろんそれがドラマティックさを生んでいるんですが、最終的に唯馬さんのショーがどういうインパクトがあるか、そこに全てが掛かっていたので、どうなるのか僕にも分からなくて」

“ミツンバ”で買って来た粗悪な中古品を、いかにしてパリコレに出品できる衣服に生まれ変わらせるか。その過程にビックリしました。EPSONをはじめとした企業と共に素材から開発するなんて、どれだけ労力もお金も掛けるのか、と。

中里「価値が0以下になってしまった服たちを材料として新しい衣服をデザインし、世界で最も高価な服を発表する場所に持っていくというのは、大きなチャレンジでした。パリで私の服を見た人々が、それらを美しいと本当に思えるのか、高付加価値を感じられるのか。もし、そう思えなかったら、いくら技術が素晴らしくても意味がない。ここが私にとって最も重要なところだったと思います」

関根「シェフだとしたら、最低基準を下回る素材を用いてフルコースを料理し、世界最高峰の一皿を振る舞う、というようなことに近い。そんな無茶な挑戦をしている唯馬さんを尊敬しています」

当たり前ですが、ちょっとしたハイライトとも言えるのが、こんなにも穏やかな中里さんがパリコレ本番を前に一瞬見せるピリッとした姿です。映画的にはドキドキして面白かったですが……。

関根「唯馬さんは、あんな状況の中で、驚くほどピりつかない人でした。僕らの世代は、粗暴さが許された上の世代の人々を見て来たから、そうはやらないぞ、やりたくないぞっていうのがあるのかもしれないですね」

中里「そうですね。チームが最大限頑張ってくれてることも分かっているので、これ以上プレッシャーをかけても状況が良くなるとも思えない。怒鳴り散らしても状況は改善しないでしょうから、1つ1つ向き合って解決策を考えるしかないという状況でした」

ケニアで受けたインスピレーションを注ぎ込んだコレクションとして、23年1月のパリコレで「INHERIT」を。その後にもう一度2023秋冬で「MAGMA」を発表されました。2つのショーを監督は、ケニアの影響も含めてどのようにご覧になられましたか。

関根「1つ目の「INHERIT」は、プロトタイプがしっかり映っていると感じました。それから2つ目の「MAGMA」では、さらに極みに達していると思いましたね。本当に素晴らしかったです。ただプロデューサーの鎌田雄介と一緒に見た後に、“ドキュメンタリー映画として撮るプロセスとしては、やっぱり「INHERIT」で良かったね”という話をしました。いかに壁を乗り越えるか、いかに状況を打破するかという面においては、ファッションがほとばしっていた、と思います」

中里「最初の「INHERIT」の時は本当に製作時間も限られていましたし、そもそも壮大なインスピレーションを1つのコレクションだけでは表現しきれないと考えていたので、2シーズンにわたってケニアの旅をテーマにしていくことで、ようやく一幕終えたという気持ちになることができました」

最後に映るショー「INHERIT」の様子は、そこまでの過程をつぶさに観て来ただけに感慨ひとしおです。もちろんオートクチュールという“特別なもの”ではありますが、衣服1枚生み出されるのに、こんなに強い想いや思想やメッセージが込められていたとは……と初めて知る驚きと興奮も感じさせてくれる作品です。

もちろん映像的な衝撃――次々に運び込まれる中古服のぶっ飛んだ量にも驚きますし、布の切れ端が落ちて地面が見えない市場の様子(しかも、こんもり!)、その後で捨てられるゴミ山の様子にも唖然とさせられます。その映像だけでも、一見の価値ありですよ!

中里さん曰く、「衣服というものは、政治的、民族的なものをはじめ様々な歴史や文化、社会課題等複雑にが絡み合ってできているものです。そのため、一歩発信の仕方を間違えれば炎上することも少なくない」のだそう。そういう状況を踏まえて、「クリエイター側も細心の注意を払わなければならないですし、だからと言ってより安全な表現にしすぎても世の中にメッセージは伝わらない。あらゆる方面に配慮しつつ、いかに鋭く突いていくかということが、今の時代だからこそより重要だと思います」と語ってくれました。

ネットですぐに見つかると思うので、この映画の終わりの先にある次なるショー「MAGMA」の様子も併せてご覧になることをおススメします。あのゴミ山から、こんなファッションが生まれて来るのか……と感嘆するハズです。

是非、私たちが生きている、でも知らないこの世界と触れてください!



『燃えるドレスを紡いで』

K’s cinema、シネクイントほか全国順次公開中

2023年/日本/89分/配給:ナカチカピクチャーズ

監督:関根光才 Sekine Kohsai

出演:中里唯馬 Nakazato Yuima

撮影/山崎ユミ

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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