人生の岐路を繊細にすくう『午前4時にパリの夜は明ける』。ミカエル・アース監督に聞く、シャルロット・ゲンズブールとの撮影
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折田千鶴子
2023.04.20
ちょっと悲しくて、たまらなく愛しい。自分だけの親密で愛すべき映画
人生思い通りにいかなくて、途方に暮れそうになったり、泣きたくなったりすることもあるけれど、でも後から振り返ると、その一瞬一瞬がたまらなく愛しくてジワジワ来てしまう……。まさに、そんな映画が、この『午前4時にパリの夜は明ける』です。フランス映画界の次世代を担うミカエル・アース監督が、フランス映画祭で来日。早速、お話をうかがいました。
1975年2月6日、フランス・パリ生まれ。映画学校FEMISで製作を学ぶ。短編『Charell』(06)や『Primrose Hill』(07)が連続してカンヌ国際映画祭批評家週間に選出される。3本目の中編「Montparnasse』(09)がカンヌ国際映画祭監督週間賞、ジャン・ヴィゴ賞を受賞。初の長編作品『Memory Lane』(10)がロカルノ国際映画祭に出品される長編第2作『サマーフィーリング』(15)がロッテルダム国際映画祭で賞を受賞。『アマンダと僕』(18)がヴェネツィア国際映画祭に正式出品、東京国際映画祭で東京グランプリ/最優秀脚本賞受賞の他、セザール賞2部門にノミネートされた。
日本での公開は逆になりましたが、『サマーフィーリング』(15)や『アマンダと僕』(18)の監督と聞いて、ピンと来る映画ファンも多いのでは!? 第75回ヴェネツィア国際映画祭「オリゾンティ」部門に選出<マジック・ランタン賞>を受賞した長編3作目の『アマンダと僕』が日本で初めて紹介された際は、未知なる監督の才に映画ファンは熱狂。第31回東京国際映画祭で<東京グランプリ>&<最優秀脚本賞>をW受賞しました。その後、『アマンダ~』人気で公開された『サマーフィーリング』も、ミカエル・アース監督の人気をより高めることに。
長編4作目の『午前4時にパリの夜は明ける』も、ベルリン国際映画祭コンペティション部門に正式出品され、まさに世界的監督に駆け上がった感があります。
──すごく親密で“自分だけの映画”みたいな手触りの作品でした。そんな感覚を覚える人は多いだろうなぁ、と思いながら観ました。
「そうですよ、だって僕はあなたのために撮ったのだから。あれ、知らなかった(笑)!?」
──え……すみません。予期せぬ攻めでリアクションが出来ませんでした(笑)。
「ハハハ、冗談で返しちゃいましたが、実は“私のための映画”という感想は、僕にとって最高に嬉しい誉め言葉なんです。というのも僕は常に、いかに親密な映画を撮るかを考えているからです。いわば、それが目的でもあるんですよ」
『午前4時にパリの夜は明ける』ってこんな映画
1981年、パリの街は選挙の祝賀ムード(ミッテラン大統領の誕生)に包まれているが、離婚が決定的になったエリザベート(シャルロット・ゲンズブール)は打ちひしがれている。専業主婦を長くしてきた彼女は、大学生の娘と高校生の息子を養うため仕事を探しを始めるが、うまくいかない。遂にラジオ・フランスのベテランパーソナリティ、ヴァンダ(エマニュエル・ベアール)から仕事を得たエリザベートは、深夜放送のラジオ番組で働き始める。ある夜ふけ、ラジオに出演した家出少女タルラが局の外で煙草を吸っているのを見かけたエリザベートは、自宅へ連れて帰る。子供たちも戸惑いながら受け入れ、しばらく部屋を提供することに。タルラの境遇を知るうち、自分の人生を悲観していたエリザベートの心に変化が訪れる。一方で息子マチアスはタルラに恋心を抱き……。別れと出会い、子供の成長など、色んなことが変化していく一家の7年を描く。
──とっても親密な映画ですが、同時にシャルロット・ゲンズブール、エマニュエル・ベアールと、かなりの豪華キャストです。最初から2人を想定して書きましたか?
「今後は分かりませんが、僕はこれまで1度もアテ書きをしたことがありません。本作も脚本を書き終えてから、キャストを決めました。2人とも第一希望の女優さんだったので、心の中で“他の人は考えられない!”と思いながらオファーしました。そんな2人に受け入れてもらえて、とても幸せでした」
──演技力や人気を兼ね備えた大スターというだけでなく、2人とも“声”が素敵です。声音や喋り方に特徴があり、誰もがすぐに分かります。深夜ラジオが一つのモチーフですし、“声”もオファーの理由でしたか?
「実は僕、そのことに後から気付いたんですよ(笑)。2人はもちろんですが、タルラ役のノエ・アビタもそうなんです。3人とも個性的な女優であり、とても独特な声で、他の俳優とは聞き間違えることが絶対にない。ノエはいつの時代の声か分からないような音楽性があり、エマニュエルはラジオ・パーソナリティーにピッタリの声。シャルロットの声はか細いけれど、メロディーがあるんです」
──見ず知らずの家出少女を家に泊めるエリザベート一家のいい人ぶりにも驚きますが、タルラの存在なくしてはエリザベートには変化が訪れなかったかもしれない。いわばタルラは起爆剤のような存在ですね。
「確かに起爆材というか、触媒のような存在です。エリザベートを中心とした家族は、ごく普通の人間で、その営みに珍しさはありません。でもタルラの周りで起こることは、ジャンル映画にも匹敵するような部分があります。タルラの出現により、家族が動揺させられる。マチアスの恋も含めて。でも、夫が出て行って既に問題を抱えていたエリザベートは、タルラを助けることによって逆に力を与えられるのです。そういう意味でもタルラは触媒の役割を果たしています」
80年代や、居心地の良いアパルトマン、窓外の眺望はこうして作られた!
──監督が憧れ、“ティーン・エイジャー期を過ごしたかった”と思われてきた80年代を描いてみて、新たな発見はありましたか?!
「僕が幼少期を過ごして記憶していたもの、僕が考えていた80年代と、実際には“色”が違いました。80年代って今よりずっと煌びやかで、ハッキリした色合いが多いと思っていたんです。当時のファッションや広告の影響でしょうが、それこそ蛍光色のような煌びやかなイメージがあった。でも実際にアーカイブ映像を見ると、オークルやオレンジなど茶系の、もっとくすんだ色味だったと気付きました」
──エリザベートのアパルトマンは、その面白い構造や温もりに満ちたリビング、角部屋の素晴らしい眺望など、本当に素敵です。主要キャストの一つのような魅力です。
「その通り、この住居は登場人物の1人と言える存在感があります。実際には、グルネルというパリ15区の高層タワーの中のアパルトマンです。このグルネルという地域は、高層タワーもあれば、眼下にはセーヌ川が流れ、対岸にはラジオ・フランスがあり、少し歩くと高級住宅街もある。色んなものが集まっていて、様々な性質を持った地区で、とても映画映りのいい場所だと思いました」
──実際、そのタワーの中で撮影されたのですか!?
「実際のアパルトマンで撮影したかったですが、残念ながらバルコニーがないのでそこにプロジェクターを据えて撮ることが不可能でした。だから仕方なく、そのアパルトマンの部屋をそのままセットで作り、スタジオで撮りました。セット内は80年代の空気を俳優たちが味わえるように、スクリーンには映らないような通路や場所にも、当時使われていた家具やオブジェを置いて完璧に作り込みました。窓から見える景色は、セットの向こう側に10~15mの布を置いてそこに眺望を映し、リアルに見えるように工夫して撮影したんですよ!」
──なんと、あの眺望が白い布に映されたものだったとは!!
「表が昼で、裏が夜の眺望を白い布に印刷しました。現場では、それが実際の風景に見えるように光を当てたり、車が通ったように見せたり、信号の光や薬局のネオンが反射してるようにする等々、色んな工夫しました。もちろん後処理として、編集段階で多少は技術的な特写を加えましたが、ほとんどはスタジオで撮った映像のまま仕上げています。映画のマジックですね(笑)!」
歩くシーンが多い理由は!?
──『アマンダと僕』も『サマーフィーリング』も本作も、劇中で人物が歩く姿、歩きながら喋る姿などが印象的ですね。
「歩いているシーンは、とても重要です。歩行だけでなく、自転車やバイクに乗って移動するシーンも重要です。それらのシーンで、音楽とリズムを与えることができるのです。僕自身、屋外撮影がとても好きですが、人が移動するカットの中には、風景をたくさん盛り込むことができます。決して重要なドラマがあるわけではないですが、そういうカットを繋ぐことで、視覚的にも聴覚的にも、音楽やリズムが生まれるのです。例えば、2人が一定の場所に座ったまま話をする内容、向かい合って話す内容、移動しながら話す内容って、やっぱり違ってくると思うんです」
──前2作は陽光が印象的でしたが、本作は圧倒的に夜のシーンが多い印象があります。でも夜ならではの、これまでとは別種の“親密さ”が醸されたと感じました。
「技術的なことを言うと、これまで多かった日中の撮影と異なり、夜は照明を当てなければならないので予算も膨らむんです。僕自身は重い機材をあまり好まないので、照明を使う撮影はあまり好きではないんです。ただ今回は夜に撮影したことで、より深みのある親密さを表現することができたと思います。夜歩いているからこそ、身の上話を正直に言えることがあるな、と。エリザベートが色々と考えることがあって眠れなくて、ラジオの深夜放送を聞いているということから、夜の映画になるのは必然でした。ただ実は、初期の短編で結構、夜も撮っていたんです。そして今回やって、やっぱり夜の撮影は難易度が高いと感じました(笑)」
──後半、エリザベート一家とタルラの4人が、みんなで踊るシーンが大好きです。結構、難しい撮影だったのでは!? 撮影エピソードがたくさんありそうですが……。
「はい、最も難しいシーンの1つで、何度もリハーサルを行いました。というのも、あのシーンは下手すると、メチャクチャ甘ったるいシーンになる危険性があったんです。上手く撮れば美しい感動を与えることができますが、下手したら観ていて気持ちの悪いシーンになってしまうというか。絶対そうしたくなかったので、本当に難しかったですね」
「技術的にも、4人でグルグル回っていますが、本当に音楽に合わせてダンスをしてしまうと、みんなの顔を上手くカメラに収めることが出来なくなってしまう。だから4人には、動いているように見せながら、実際にはあまり動かないで、とお願いしました(笑)。いかにも踊っているように踊るフリをして、と。しかも、そういう動作をしながら、彼らも心情的には感動しているような、ちょっとぎこちない感覚のシーンにしなければならなかったので、役者さんたちにとって本当に難しいシーンだったと思います」
シャルロットの素晴らしさを改めて実感
──シャルロットは元々大好きですし日本での人気も高いですが、本作で改めてこんな素敵な女優さんだったと実感しました。エリザベートが他人に思えないほど、ずっと見ていたいし、映画が終わるのが寂しくなって。実際に一緒に仕事をして、彼女の魅力をどう肌で感じましたか。
「もちろん女優としての彼女を知ってはいましたが、個人的には知り合いではありませんでしたし、実は彼女の出演作をあまり見ていませんでした。多分2作くらい(笑)。だから今回は本当に多くの発見と、多くの感動をもらいました。頭脳明晰ということではなく、ものすごい知性を持っていて、素晴らしい直感で役を理解して演じることが出来る人。もちろん彼女自身、とても繊細な人です。その上で、緻密さを持っている演技にも驚かされましたし、こちらに素晴らしいインスピレーションを与えてくれました」
「ただ一作一緒に仕事をしたからといって、彼女がどういう人か分かるほど知り合っていません。お互い開放的な性格ではなく、互いに内気なので、あまり話も出来ませんでした(笑)。それでもまた、できたら一緒に仕事をしたいです」
──最後に、監督は脚本を書く際、その内容に合う音楽を聴いてると読んだことあります。今回はどんな音楽を!? やっぱり80年代の音楽でしたか。
「その通り。背景である80年代に再び飛び込むために、シンセサイザーを使った電子音楽など、80年代の音楽をたくさん聴いていました。加えてフランスの映画音楽を作っていたフランソワ・ド・ルーベの音楽をたくさん聴いていましたね」
フランソワ・ド・ルーベさんとは、『冒険者たち』(67)や『サムライ』(67)などの音楽を手掛けた方。ジャン=ポール・ベルモンドやアラン・ドロンなどが主役を務めていた、フレンチノワールなどのジャンル映画が多い…ような印象もあります。なるほど、そこは“夜の映画”ということに繋がっていくのでしょうか。時間切れで、その点は深追いが出来ませんでしたが、撮影裏が少しだけ覗けた気がして、もう一度観たくなりました!
悲しいことがあると、そんな直ぐに立ち直ることは出来ないけれど、少しずつ、少しずつ。そうしたら、こんな風に笑えたり、いつの間にか新しい人生のページを開くことが出来る……と、スーッと心に入り込んでくるような再生の物語。
ささやかながらとっても優しく、瑞々しく“これぞ人生!”と思わせてくれるような心が満たされる感覚を、是非、劇場で味わってください!
映画『午前4時にパリの夜は明ける』
2022年/フランス/111分/配給:ビターズ・エンド
監督・脚本:ミカエル・アース
出演:シャルロット・ゲンズブール、キト・レイヨン=リシュテル、ノエ・アビタ、メーガン・ノータム、エマニュエル・ベアール
4月21日(金)より、シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館、渋谷シネクイントほか全国順次公開
© 2021 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA
映画『午前4時にパリの夜は明ける』公式サイト 公式Twitter 公式Facebook写真:山崎ユミ
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折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。
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