『お菓子の船』
上野 歩 ¥1925/講談社
祖父のどら焼きから始まる、過去や謎にくぎづけ!
おいしい和菓子を食べつつ、壮大な物語にどっぷりと入り込んでみたい……。今月の一冊は、ちょっと骨太な読書体験をしたいときに、ぴったりの作品。
1992年3月。製菓学校を卒業した和子(わこ)は、一人前の和菓子職人になる希望に燃えていた。夢は、亡き祖父が作ってくれた特別などら焼きを、自分の手で再現すること。祖父のどら焼きを食べたとき、和子の目の前にとある風景が広がったように感じられた。一人前になるための修行に励みながら、和子は祖父がどうやって和菓子職人になったのかを探っていく。その中で、彼が太平洋戦争へ出征中に、“お菓子の船”という給糧艦に乗っていたと知る――。
物語の中で祖父が働いていた食料の供給艦・間宮は、1920年代~1944年まで、実際に使われていたもの。戦地で戦う兵士のために食料を製造し、届ける船だったとか。レストランのような豪華な施設と、最先端の調理設備を備え、ここで作られている羊羹は格別な一品として人気があった。浮世離れした特別な空間。その描写も、好きな人にはたまらないかも。
都内の老舗和菓子店で修行を積み、成長していく和子の姿と並行して描かれる、給糧艦の中での人間ドラマ。和菓子を軸に、2つの異なる世界が進み、「おじいちゃんの運命や、おいしいどら焼きの秘密はどこに!?」と、気になってしまう。本の表紙から連想できるような“お菓子がつなぐ、祖父と孫の温かい思い出話”といったイメージは、いい意味で裏切られるのもおもしろい。信じた道をひたすら突き詰めていく、職人たちの姿が、時代や環境を超えて浮かび上がってくる。
また“女の和菓子職人”として、職場では異色な存在扱いされていた和子が、先輩や上司から一目置かれるようになっていく過程も痛快だ。家族にまつわる謎を追いながら、おいしいものを作ることに情熱を傾ける人たちの気持ちを想像し……と、読みどころはいっぱい。読み終えた後は脳内で、最高のどら焼きの味を想像してしまうこと間違いなし。
『楊花の歌』
青波 杏 ¥1760/集英社
1941年、大阪松島遊廓から逃走して、日本占領下の福建省廈門(アモイ)にたどり着いたリリー。抗日活動家のための諜報員として活動する中、暗殺者のヤンファを紹介される。徐々にヤンファの歌声や肉体に惹かれていくリリー、しかし彼女には非情なミッションが課せられていた……。女性同士の愛や葛藤、時代の波にあらがう彼女たちの姿に熱い思いがこみ上げてくる一冊。
『他人の家』
ソン・ウォンピョン(著) 吉原育子(訳) ¥1870/祥伝社
長編『アーモンド』で、日本でも多くのファンを獲得した韓国人作家の短編集。表題作は、ソウル市内の豪華マンションに住むことになった女性が主人公。賃料が格安だったのには理由があり――。現代人の心の奥底を描いたような物語が勢ぞろい。登場人物たちに共感、もしくは驚きを覚えずにはいられない!
『猫は毛色と模様で性格がわかる?』
監修 荒堀みのり 村山美穂 ¥1848/X-Knowledge
キジトラや三毛猫のような雑種から、スコティッシュフォールドのような純血種まで、猫の毛色と模様から、その性格を紹介する一冊。生き物の生態を知るために読むのもよし、これから猫を飼いたい人にとっては、「自分の暮らし方になじんでくれそうな子はどの種類?」と、よき参考にもなりそう。イラストもシンプルながら味わい深く、親子で読んでも楽しめます。
取材・原文/石井絵里
こちらは2023年LEE5月号(4/7発売)「カルチャーナビ」に掲載の記事です。
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