今回のゲストは、小説家の新川帆立さんです。新川さんは、第19回『このミステリーがすごい!』 大賞を受賞し、2021年『元彼の遺言状』(宝島社)で作家デビュー。翌年には『競争の番人』(講談社)を出版、どちらの作品もドラマ化され話題になりました。新川さんの最新著書が『令和その他レイワにおける健全な反逆に関する架空六法』(集英社)です。架空の法律をテーマにしたSF短編集には、不安定な今の時代を映し出すような6編の物語が描かれています。
前半では、本作が生まれた背景から、弁護士の経歴を持つ新川さんが法律をテーマにした物語から伝えたいこと、またコロナ禍で起こっているさまざまな感情や書くことの楽しさについて話を聞きます。(この記事は全2回の1回目です)
異なる法律があれば、常識やルールも変わる
SF短編小説『令和その他レイワにおける健全な反逆に関する架空六法』。この長いタイトルには、あるメッセージが込められています。
「法律の名前って、とても長いじゃないですか。読む前から、“あ、これは法律の話だな”と分かるように、このタイトルをつけました。6つの話は、それぞれ異なるパラレルワールドを舞台に描いているのですが、それぞれに架空の法律があります。異なる法律があれば、常識やルールも変わる。それらに振り回されていることに気づくと、滑稽に思えてくるような物語を書いています。ひるがえって、私たちが生きる世の中にも、ちょっと変なルールや常識があるかもしれないと気づくきっかけになればいいなと思って書きました」
最初に書いたのは、月刊小説誌『小説すばる』のゲーム特集に寄稿した『接待麻雀士』。舞台は、賭け麻雀が合法化されている架空の世界です。高齢者が労働力の担い手とされる時代に、認知症予防から賭け麻雀が合法化。その背景にうごめく政治家の賄賂、賄賂を適法とするために生まれた接待麻雀士の世界を描いています。
「麻雀は、高校生のときから好きです。部活で囲碁部に入ったのですが、そこで麻雀も覚えました。囲碁は積み重ねの勉強が必要で、段位が上の人にはほぼ勝てない。だけど麻雀は、コンスタントに打ち続ければ勝てる場合もある。それが面白くてハマりましたね。そんな経験が役に立っている話です」
映像化するなら山田孝之さんにお願いしたい
その他にも、動物愛護、メタバース、手作り信仰、配送業者の過酷な労働、介護、キャッシュレスなど、時代のトピックを盛り込んだ全6編が収録されています。架空の法律がテーマとは言え、今の時代の“少し先”を想像させるようなエピソードが多く、身につまされながら、どんどん読み進んでいく面白さは新川作品の醍醐味のひとつ。
LEE世代に刺さりそうなのが、『自家醸造の女』と『健康なまま死んでくれ』。『自家醸造の女』では、家庭で酒を手作りするのが一般的になった時代、酒造りが下手な女性が追い込まれていく心理を描いた物語です。『健康なまま死んでくれ』は、巨大通販会社の配送センターが舞台。過酷な労働環境に置かれ親の介護も担う30代を主人公に、ある従業員の死から始まる物語をスリリングに描きます。どちらも「映像化が見たい」と思える作品でした。
「この6編を映像化するなら、キャストは山田孝之さんにお願いしたいですね。6編全てに山田さんに登場してもらい、演じ分けてもらうのも面白そう。配送業者の30代、酒造りをする嫁の夫。ぜひカメレオン俳優としてのさまざまな表情を見てみたいですね」
いつもとは違う視線で物事を見る面白さが伝わればいい
『元彼の遺言状』『競争の番人』と、作品が続々と映像化されてきたこともあり、執筆時から映像をイメージして書いているのかと思いきや、「私の中では、映像は浮かばないんですよ。出てくるのは文字だけです」と新川さん。巧みな表現と具体的で鮮やかな表現が、自然と映像を思い浮かばせているのかもしれません。
「架空の法律が成立している世界を想像してみる。その世界に身を置き、“こうなるかもしれない”と余波を想像して考えることが大事だと思うんです。ルール一つ取っても、“誰のためのルールなんだろう”“誰が得して損するんだろう”と考え直してみる。高校生のブラック校則もそうですよね。それがおかしいと気づき、声を上げる人が増えたり、見直されたりするのはいい動きだと思います。
一方で“ルールを守っていない奴はけしからん”的な風潮もコロナ禍では強くなっていると思って。守れない人には何か理由や事情があったりもしますから。視点が少し変わること、普通だと思っている世の中をちょっと批判的に見る。いつもとは違う視線で物事を見る面白さが伝わればいいなと思います」
海外生活やコロナ禍で見えた「ルール」に対する意識差
現在イギリスで執筆活動をする新川さん。住み始めてまだ3カ月ということもあり、現地のルールを知らずに困惑したことがあったと言います。
「イギリスのショッピングセンターで洋服を買ったんです。その時、レジの人に“買い物や試着の時に手伝ったスタッフはいるか”と聞かれました。その時、私は誰に接客してもらったか名前を覚えておらず、“ノー”と答えてしまったんです。買い物の後帰ろうとしたら、私を接客したと思われるスタッフの方が私をめちゃくちゃにらんでるんですよね。レジのスタッフに“これは私の売上なんだから”と言っているのが聞こえてきて。全く知りませんでしたから、驚きましたね」
海外では、接客時に世話をしたスタッフの名前を聞かれたり、飲食店でも接客するスタッフがテーブルごとに決められたりなど、日本とは違うルールがあるよう。コロナ禍で起きた社会状況の変化も、そんな意識の違いが顕著に現れるきっかけだったと感じています。
「どの程度ルールを守りたいか人によって感覚が違ったり、人と会う時にどの程度気をつけているかも違いますよね。政府がガイドラインとしてのルールは出しているものの、個人でそれぞれちょっとずつ調整しているじゃないですか。厳しい人もいるし、ゆるい人もいる。この作品に強いメッセージを打ち出したつもりはないですが、結果的に今の時代背景と重なり、何か響くものがあるのかなと思っています」
私にとって書く時間は“ご褒美の時間”
新川さんが小説家として日々続けていること。それは本を読んだり、映画を見たり、人の話やニュースを聞いたり。ひたすらインプットすることだと言います。「デビュー前は、1週間に5冊は読むと決めていました。小説を除いて5冊、ドキュメンタリーや新書、色々なジャンルですね」。インプットから蓄積されたものが血肉になり、書くことのモチベーションになっていると言います。
「書く時間は、全く苦じゃないんですよね。書くまでに資料を調べたり取材に行ったりする時間があって。2カ月以上かけて準備をし、やっと書き始められることもあります。蓄積していたものが一気に出ていく、その瞬間が一番気持ちがいいんです。私にとって書く時間は“ご褒美の時間”でもあるんですよ。といっても書き初めには、まだラストは見えていなんです。とりあえず書き出しの一歩が踏み出せたら幸せなんです」
今後書きたいテーマについて聞くと、「実は、あまり書きたいテーマってないんですよね」とあっさり。「ある程度、自分が切実に思えることしか書けないと思うんですけど、なんでもいいと言えばなんでもいいんです。いろいろな本を読んでいると、その時に書かねばと思うもの、面白いなと思うものに出会うこともあります。そういうものはストックしておいて、打ち合わせで提案することはありますが、同じ問題についてずっと書き続けたい、掘り続けたいということはないんです」
(後半では、新川さんがどのような経緯で小説家を目指すようになったのか、作家活動を陰ながら支える夫とのイギリスでの暮らしについてお聞きします。どうぞお楽しみに!)
新川帆立さんの年表
1991年 | アメリカ、テキサス州ダラスに生まれる。生後間も無く、宮崎県に引っ越す |
---|---|
15歳 | 父親の単身赴任先の茨城県立土浦第一高校に入学 |
18歳 | 東京大学文科一類に入学 |
22歳 | 東京大学法学部を卒業、同法科大学院へ |
24歳 | 東京大学法科大学院を卒業、司法試験に合格 |
25歳 | 司法修習中に最高位戦日本プロ麻雀協会プロテストに合格。弁護士登録。弁護士事務所で働き始める |
29歳 | 結婚。第19回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞。『元彼の遺言状』(宝島社)でデビュー |
30歳 | 夫の仕事の都合で海外に引っ越す |
31歳 | 『競争の番人』『競争の番人 内偵の王子』(講談社)を出版。『元彼の遺言状』及び『競争の番人』が2クール連続でテレビドラマ化される。『令和その他レイワにおける健全な反逆に関する架空六法』(集英社)を発売 |
撮影/高村瑞穂 取材・文/武田由紀子
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