輝きと自信に満ちあふれたミラクルのんさんインタビュー。映画『さかなのこ』でさかなクンに【男か女かはどっちでもいい!】
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折田千鶴子
2022.09.01
こんな役、のんさんじゃなきゃ無理!!
だいぶ古い話で恐縮ですが、アニメーション映画『この世界の片隅に』(16)で、のんさんが主人公の“すずさん”を演じた時の衝撃を、覚えている方も多いと思います。ぼんやりしたすずさんの、強くしなやかで伸びやかな声が訴えてくる、あの時代に生きた庶民の生々しく圧倒的な感性や感覚。“この声、この表現力を無くして、こんな傑作にはなり得なかった”と思わされた衝撃――。
フワッとスゴイことを成し遂げちゃうのんさんが、またも私たちの度肝を抜いてくれました! 『南極料理人』(09)、『横道世之介』(13)、『子供はわかってあげない』(21)など、佳作をコンスタントに作り続ける沖田修一監督(『モリのいる場所』でのインタビュー)の、新作『さかなのこ』で、のんさんが演じたのは、なんと誰もがよく知る“さかなクン”!! まさに、ギョギョギョ!!ですよね。
でも、のんさんが演じると、あら不思議。男だろうが女だろうが、そんなこと、どうでも良くなってしまうのです。ただ好きなことを貫いて生きるステキさが、キラキラ輝いているのです。脱帽、本当にスゴイ! またもミラクルを起こしたのんさんに、絶品『さかなのこ』の興味深いお話を、あれこれ聞いちゃいました。
1993年7月13日、兵庫県生まれ。06年よりモデルとして活動を始め、映画『告白』(10)で女優デビュー。朝の連続テレビ小説「あまちゃん」(13)で、国民的女優に。16年より女優・創作あーちすと「のん」として活動。アニメーション映画『この世界の片隅に』(16)で多数の賞に輝く。近作に『星屑の町』(20)、『私をくいとめて』(20)など。『おちをつけなんせ』(19)で監督・脚本・撮影・主演を務める。自身初の劇場公開作となる『Ribbon』(22)でも、脚本・監督・主演。17年には自主レーベル「KAIWA(RE)CORD」を立ち上げ、音楽活動も開始。ライブ活動も旺盛に行う。アート作品の制作も手掛け、22年3月には2度目の個展を全国各地で開催。また主演映画『天間荘の三姉妹』の公開も控える(2022年10月28日公開予定)。
──今日ののんさん、とても生気と自信に満ち溢れていて、とても変わられた印象を受けます。自分でも変わったな、と思いませんか!?
「ですね。自分で映画(監督作)を作って来た中で、ちゃんとメッセージを伝えなければならないことを経験して、以前より言葉がいっぱい出てくるようになりました。自分の監督作では、撮影現場で自分が何をしたいのかを伝えなければならないので、そういう態勢が芽生えたようにも思います。初の劇場公開作『Ribbon』(22)を撮った後くらいから、“自分は作っていく人なんだ”という自覚がすごく芽生えたんです。それまでも実は、傲慢なくらいに自分の意志はあったのですが、人に強要してはいけないと思って表に出さないようにしていたんです。でも、それをどう上手く出せばいいかが分かってきた、というか……。こういったインタビューでも、ずっと生真面目に質問を捉えていたのですが、分からないときは聞き返してもいいのか、と要領が掴めてきたのもあります。求められている自分、自分がこういう人だと知ってほしい気持ちやビジョンなどを、今は考えるようになりました」
──声の張り、大きさからして全然違うのでビックリしました!
「この声は、つい先日まで(7月10日まで本多劇場で)渡辺えりさんと小日向文世さんとご一緒していた、『わたしの恋人』という舞台の影響です(笑)。2人とも普段から声が大きいので、おふたりと喋っていると、自然に声が大きくなってしまって(笑)。でも、そこで大きな声の威力というものを実感させられて、私も(声を)デッカくしていこうと思いました!」
『さかなのこ』ってこんな映画
さかなクン初の自叙伝『さかなクンの一魚一会 〜まいにち夢中な人生!〜』をベースに、子どもの頃から魚が大好きだったミー坊が、やがて、豊富な魚の知識を生かして“おさかな博士”になるまでの成長や人々との交流を描く。寝ても覚めても魚のことばかり考えているミー坊は、温かく見守る母親(井川遥)に支えられ、すくすく育つ。高校生になったミー坊(のん)は、異常なほどの魚への情熱と知識で一目置かれ、町の不良たち(磯村勇斗、岡山天音ら)とも仲良くやっている。やがて一人暮らしを始めたミー坊は、幼馴染の不良ヒヨ(柳楽優弥)や、娘を連れて現れた幼馴染のモモコ(夏帆)らと絆を深めながら、好きなことをして生きる道を模索するが……。
──まず、さかなクンが書かれた原作『さかなクンの一魚一会 〜まいにち夢中な人生!〜』を読んだ感想を教えてください。
「映画では、三宅弘城さんが楽しいお父さんを演じていますが、実際のお父さんは棋士をされている方なんですよね。メチャクチャ厳格だけれど、ちょっと突飛なところのあるお父さん、というのがとても面白くて、印象に残っています。そして映画同様、実際のお母さんも、さかなクンのことをすごく肯定して、魚が好きなことを尊重しているのが、素晴らしいな、と思いました」
──確かに映画でも、お母さんが背中を押す姿勢とか、また手を差し伸べてくれる幼馴染や仲間がいたり、そういう関係性が素敵ですよね。
「原作を読んでも、さかなクン自身がそういうパワーを持っているのを感じました。映画でも、ミー坊の“好きのパワー”で周りのみんながポカポカしたり、ミー坊のお陰でみんなが幸せになったり、自分の未来を決めていったりしていて。すれ違いもあったりするけれど、ミー坊の“魚が好き”という明るいパワーが、みんなに伝わっていくのが本当にステキだな、と思いました」
──ミー坊自身、本当に魅力的ですよね。
「好きなことに真っ直ぐ突き進むエネルギーが、ステキですよね。仕事が上手くいかなかったり、落ち込んだりしても、“自分には魚しかないんだ”と思っているし、魚好きなことを諦めないところに、とても共感しました。私にもそういうところがあるので、そういう共通項から役を広げていった感じです。そんなミー坊を演じたのは、面白かったですし、幸せでした」
──ミー坊やその周りの人間関係に、のんさんが共感したところはありますか?
「私のお母さんも、ミー坊のお母さんとまではいかないけれど、テストの点数がいいことより、楽しいことをしていて欲しいと考える方なので、あんまり勉強についてうるさく言われた覚えはないです。女優になりたい、だから上京したい、と言った時も、最終的には送り出してくれました。また、私は褒められたいので、褒めてくれる人や自分の才能を面白いと思ってくれる人に、話を聞いたり、アドバイスをしてもらったりしています。そこは感知できるので、そういう人たちのそばに行くようにしています」
男か女かはどっちでもいい!
──ミー坊は性別を超えた役でもあります。演じるにあたって、何か準備されたことはありましたか?
「確かに最初は、私がミー坊を演じると聞いて、とてもビックリしました。観る方がそれを受け入れてくれるのかとドキドキしましたし、最初は、どうなのかなと緊張感もありました。でも本読みの時に、沖田監督の直筆で“男か女かはどっちでもいい”という張り紙があって、それを読んだとき、すごく勇気が湧いたんです。“あ、お魚好きのミー坊という人を演じればいいんだ”と定まったので、自信を持ってできました。それからは、自分自身はそんなに違和感はありませんでしたね。準備と言えば、衣装合わせでスタイリストさんやヘアメイクさんたちと、サイズ感を見ながら見た目を作っていったこと。そしてさかなクンのYoutube『さかなクンちゃんねる』を見て、動きや声のトーンを研究したり、昔テレビチャンピオンに出ていた頃の、学ラン姿の映像を見つけ出して、そこから掴んでいったりしました」
──撮影に入った時には、もう性別を意識せずに演じられた?
「とはいえ、ミー坊は学ランを着ているので、そこは見せなければいけないわけですが……。でも、男か女かはどっちでも良くて、女らしいわけでも男らしいわけでもなく、ミー坊という唯一のジャンルを成立させる、ということだったと思います」
──そんなミー坊と地元の不良たちの交流、ちぐはぐなやりとりが最高に面白かったです。ついプッと吹き出してしまう笑いは、さすが沖田監督でもありますが、ああいった笑いは現場でどのように生まれていくのですか?
「監督の“ツボ”というのが、明確にありました。リハーサルをやって、テストがあって、本番に行くので、その間に監督が修正をかけたり、演出をして調整していく感じです。ガチでヤンキーをやっていながら、どこかほっこりするシーンじゃなければいけない、と。“え、その塩梅がすごく難しくない⁉”なんて言い合いながら、皆さん、大変なことを実現されていて、すごいな、と思っていました。リハでやったものがそのまま使われていたこともありますが、ほとんどは監督の強いこだわりで、ああいう塩梅になっています。監督は、(ヤンキーを)マジでやっている真剣度も欲しいし、可愛くもありたい、ということだったので」
──妙に可笑しなあのリズムは、即興の賜物なのかと思ったら、全く違うのですね!
「違います。脚本通りですし、ニュアンスや解釈は、すごく監督がこだわっていました。とはいえ、それを体現するのは役者であり、演技は心を使うものだから、その時々で違うものでもあるので、みんな瞬発力に関しては自分たちの瞬発力を使っています。その上で監督が演出をされると、“え!?どういうこと!?どうやればいい!?”みたいに、みんなザワつくんですよ(笑)。でもみんな誠実な方たちで、不良(役)の方たちみんなで、“次はこうしてみよう、ああしてみよう”みたいに、すごい話し合っていらっしゃいました。みんなキャラが違うので、“だったら、俺はこう出るよ”みたいなことを話していましたね。みんな演技に対して真剣に取り組んでいて、刺激を受けましたし、あの一連のシーンは私も本当に楽しくて、すごく面白かったです」
──しかも演じるのが、柳楽優弥さん、磯村勇斗さん、岡山天音さんなど、豪華なキャストが揃っていて、すごくいい味を出しているんですよね。
「例えばカブトガニを迎えるシーンなどでも、“え?なんなんだコレ?”みたいに、ハッキリとは聞き取れないくらいコショコショ話をしているのですが、そこも監督が滅茶苦茶こだわっていた点で(笑)、目指しているものが明確にあって、演じる磯村さんは動揺していました(笑)。“何が正しいんだ?とりあえずやってみよう”という感じで、みなさんやられていました」
「柳楽さんとのシーンで思い出すのは、(恋人役の)島崎遥香さんと3人で食事をするシーンです。久しぶりにミー坊がヒヨに会ってご飯を食べるという設定なのですが、リハーサルで合わせた時に、監督と話しました。ミー坊は久しぶりにヒヨに会えるから嬉しくて来たけれど、そこに知らない人がいるから“うん!?”とちょっと警戒していて。私は、ミー坊がヒヨを友人としてすごく好きだから、知らない人を連れているのにちょっと嫉妬しちゃう、という解釈でやっていたんです。それが、どこか恋愛的な意味にも見える、そこはどうなんだろう、と監督も悩んでいて、柳楽さんと話されていた気がします」
そんなシーンも、どんな塩梅になっているのか、観てのお楽しみです!
さかなクンも登場!
──ミー坊の町に住むギョギョおじさん役で、さかなクンが出演されています。そのギョギョおじさんという役が、映画的にとても効いていましたよね。
「私も、すごく好きなシーンです。それまでミー坊にとって、お母さんは(お魚好きであることを)全面的に肯定してくれていましたが、幼馴染のモモコもヒヨも、そこまで全肯定してくれていたわけではない。だからギョギョおじさんは、他人で初めて自分のことを受け入れてくれた人だと思うんです。その存在は、すごく大きかっただろうと思うし、自分よりもっと魚のことを知っている人がいるという、そういう高揚感や興奮って、子供にとってすごく大切なことだと思いました。そういう意味で、ミー坊はギョギョおじさんが居たから、ずっとお魚好きでいられたのかもしれない、という気がしました」
──でも、そのギョギョおじさんは周りから変わり者扱いされ、あらぬ疑いを掛けられたりして……。それが切なくて。
「でも、最後に登場するシーンに救いがあるというか、ある種ハッピーエンドにしてくれているのが、私は好きでした。またハコフグ帽をミー坊に渡すのも、滅茶苦茶カッコイイな、と思って。ミー坊がそれを受け継いで、お魚の夢を叶える、実現する。ギョギョおじさんの前に現れてくれた君、ミー坊に託すよ、という気持ちが純粋に見えました」
──冒頭、ミー坊がド派手なウェットスーツで海に歩いていくシーンも可笑しくて、思わず目を奪われました(笑)。
「あれ、さかなクンのウェットスーツを、私のサイズにしたものなんです。そのウェットスーツを着たまま歩いていくというのも、沖田監督のこだわりです(笑)。海に着いてから(フィンを)履くのではなく、家から準備万端でペンギンみたいに海に向かって歩いて行って欲しい、と。さかなクンとして覚醒し、セレブになってあんなお屋敷に住んでいても、ミー坊のキャラクターはそうなんだ、と。それにもこだわっていました」
ミー坊とのんさん
──周りの人が大人になって変化していく中でも、ミー坊は何も変わらないような印象を受けました。
「そこが本当に素晴らしいと思いました。ミー坊が変わらないことで、ヒヨもすごく救われている。ヒヨは、“ミー坊のことをみんなに伝えたい”ということで助けてくれたりしますが、そう思わせるくらい、威力がある人ですよね。この映画を観てくれた人にも、そういう威力やパワーが沸いて欲しいな、と思います」
──何も変わりたくないと思いつつ、同時に大人にならなければならない局面もありますよね。
「でも私は“大人になる”というよりも、“仕事人でいたいな”と思っているんですよね。そのためにも、自分の感情優先にならないようにしなければ、とは思いますが」
──なるほど。ミー坊のブレない人というイメージは、のんさんにも共通します。
「確かに私には、自己肯定感というか、根拠もなく自分のことをいい、と思っているような自信があるんですよね。まだ何者にもなれず、誰も自分のことを知らないときから、“いい役者になるんだ”と信じ切っていました。オーディションに落ちても、“あぁ、今回はダメだったな”くらいに思っていましたから(笑)。でも、そこが大事かな、と。役者の仕事って、いいところだけが生かされるわけではないので、自分の好きなところを見つけるのが大事だと思うんです。ミー坊も上手くいかなかったり、勉強が出来なかったり、世間的にはダメダメなところがあるけれど、そういうところが面白い部分で、こうして映画になると惹き付けられる魅力になる。自分のウィークポイントやダメなところが生かされるので、(役者はやっていて)すごく気持ちがいいですね。だから全部好きになる!」
──そういう自己肯定力は、役者以外の音楽や創作活動にも生きていますか?
「アートもやっぱり、ネガティブなところとポジティブなところが同居しているので、すごく相乗効果になっている——アートを創るのと演技者の部分が、切磋琢磨している気がします。全く表現のベクトルが違うので。演技は監督が伝えたいことや脚本に書かれていることを体現するのが大前提。アートや音楽は、自分自身の中からメッセージを創り出していく、発信していくもの。受け身である演技と違って、『のん』になって以降、主体性のあるそういう活動をするようになって、すごく変わりました。それまでは、自分は役者だから、自分のパーソナルな部分は置いておいて、役で見てもらえればいい、作品がいいと言ってもらえればいいと思っていましたが、今は自分自身が発信したいメッセージを主体的に考えるようになりました」
──それが逆に、役者にとってもプラスなフィードバックになったりしませんか!?
「演出に対して、自分がどう返していくかと考える時の、瞬発力がすごくよくなったと思います。監督がこういったことに対して、どんな解釈でもできるな、という幅がすごく広がりましたね」
──最後に、ミー坊のように貫くことの大切さ、でもその大変さを、どのように感じているか教えてください。
「好きなことをやるというのは、好きなことだけをやるわけにはいかないから、大変なことだと思います。すべて流れ作業でやっていられないし、決まったマニュアルみたいなものは、あんまり使えない。自分が想像したことや思いついたことを実現させていくのは、それを人に伝えなければならないし、でも仲間がいるから実現できること。人に伝えることが大変だけれど、でも最も大切なことでもあるな、と感じています」
映画『さかなのこ』
2022年/日本/配給:東京テアトル
監督・脚本:沖田修一 脚本:前田司郎
原作:さかなクン「さかなクンの一魚一会 〜まいにち夢中な人生!〜」(講談社刊)
出演:のん、柳楽優弥、夏帆、磯村勇斗、岡山天音、さかなクン、三宅弘城、井川遥ほか
(C)2022「さかなのこ」製作委員会
映画『さかなのこ』公式サイト 公式Twitter撮影/藤澤 由加
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折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。
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