母の子どもへの思いをやさしい言葉とみずみずしい絵で描いた絵本ができました
「あなたが はじめて めを あけたとき
このこを まもりたいと おもいました」
「あなたが はじめて あるいたとき
ずっと となりを あるいていたいと おもいました」
3月に発売になった『あなたがうまれたとき』は、我が子が生まれてからの母親の喜びやとまどい、折々の気持ちを、やさしい言葉とみずみずしい絵で描いた絵本。「生まれてきてくれてありがとう」という気持ちでいっぱいになる、愛にあふれた一冊です。
作家のくさかみなこさんと画家の横須賀香さんに、この絵本が生まれるまでのお話をうかがいました。
(右)●くさかみなこ/宮城県出身。上智大学英文学科卒業。絵本作品に『いちにちパンダ』『よるだけパンダ』『もうふちゃん』(小学館)、『もりねこ』(文研出版)、『ぺこぺこ ペコリン』『ちんあなごのちんちんでんしゃ』(講談社)などがある。東京都在住。
(左)●横須賀香 よこすかかおり/東京都出身。東京藝術大学日本画科卒業、同大学院絵画科修了。第32回日産 童話と絵本のグランプリで大賞を受賞した『ちかしつのなかで』(BL出版)でデビュー。絵本作品に『ぼく、こわかったんだ』(BL出版)、『インディゴをさがして』(小学館)などがある。埼玉県在住。
くさかさんが、挫折を経験した思春期の娘に伝えたいと思った言葉から生まれた作品
──この絵本は、くさかさんがお嬢さんに伝えたい思いから生まれたとうかがいました。そのいきさつをお聞かせいただけますか。
くさかみなこさん(以下くさか)「数年前、長女が思春期の頃に、挫折を経験して辛い日々を送っていました。その中で、『ママが私を産まなければ、こんなに辛い思いはしなかったのに』と言われたことがあったんです。本人としては勢いで言った、大きな意味はない言葉なのかもしれないけど、母親としては衝撃で。
母親として娘を見守ってきた気持ちとか、少なくとも私自身はすごく大事にしてきた時間を、『大事に過ごしてきた』というそのことだけでも、娘に伝えたいと思ったんです。その思いを文章につづっているうちに、これは絵本になるかもしれないと思い、編集者さんにすぐ送りました。
絵本って特別な媒体というか、すごい力があるものだと思うんです。絵と言葉が合わさることで、何かを伝える力、感情を動かすような力があると。親がそのまま言葉で伝えても、反抗期の娘は直接受け取ってくれないし、ちょっと照れるようなことでも、絵本にすれば伝えられるんじゃないかって思ったんですね」
──くさかさんは、他の作品では文章だけでなく絵も描かれる絵本作家さんですが、『あなたがうまれたとき』は、横須賀香さんが絵のご担当なんですね。
くさか「私の場合、文章から先に考えて、その文に合う絵は『自分じゃないな』と思ったら、すぐ編集者さんにそのようにお願いします。
『あなたがうまれたとき』は、子どもをしっかり描けて、でもリアルなだけでなく、文章の中から想像をふくらませてくれるような、世界観のある画家さんがいいなと。でもそうした方を探すこと自体が、難しいことでした。
編集者さんに相談して、横須賀さんにたどり着くまでが1年くらいかかったかもしれないですね。絵本の世界では、割とよくあることですが。
『横須賀香さんはどうでしょう?』とご提案があって、確かに子どもをリアルに描けて、個性的で、想像がふくらむような世界観があったので、『ぜひ聞いてみてください』とお返事しました」
「母親側の気持ちからポーズや構図を決めていくことを大事にしました」(横須賀)
──横須賀さんは最初に文章を受け取ったとき、どのような印象を受けましたか。
横須賀香さん(以下横須賀)「A4の紙2枚につづられたシンプルな文章は、まさに母親の気持ちの真ん中、直球のメッセージでした。
誰にでも共感してもらえる言葉であると同時に、当たりさわりのない絵を描いてしまったら、きっと素通りされてしまう。すごくシンプルなので誰にでも届き得る分、その穏やかなメッセージを生かすも生かさないもおそらく絵次第だろうと、絵の役割、責任の大きさをすごく感じました。
でも、4、5歳くらいまでの成長物語だということ以外は細かい指定はなく、自由に描かせてもらうことができたので、やりがいもあって楽しかったです。うちは男の子二人なのですが、くさかさんのお子さんは女の子、そのお嬢様に向けた手紙のような文章だとうかがったので、主人公は女の子にしました」
──実際に作画を進めるにあたって、大変だったこと、工夫したことなどはありますか?
横須賀「最初のラフ案を出した時に、『具体的な母親の姿をあまり描き込んだら、読者の子どもが自分のこととして受け取れず、共感しづらくなるのでは』と編集者さんに言われて、なるほど、と思いました。なので母親の顔は極力見せずに、ラストには出しましたが、それまでは後ろ姿だったりちょっと見切れたりという形にしました。
それから、母親の言葉で語られていく文章なので、母親側の気持ちからポーズや構図を決めていくことを大事にしました。
たとえば
『あなたが ころんだとき
『がんばれ つよくなって』と ねがいました』
の場面では、子どもは転んで痛いけど、お母さんは『がんばれ つよくなって』と思っている。
なので、痛々しい様子にするのでなく、少し引いて見守っている感じ、まわりの緑の木々や生き物、自然がみんなでこの子を応援しているような絵を考えました。実際に転んだ我が子が、どれくらいの傷だったら手を出さずに見守れる立場になるか、そうした場面の状況を決めるまでに案外試行錯誤しました。
『あなたが 『だいきらい』と いったとき
こころが きゅーっと いたくなりました』
の場面も、『だいきらい』って子どもがお母さんに言うって、どういうときだろう。原因によっては目のつむり方、口の結び方、ちょっとした表情が変わってくるはず、と、ある程度リアルに設定を考えていかないと描けないんですね。
ひとつひとつのシーンに嘘がないように、そういうところに結構時間をかけました」
「長女は号泣。次女はLINEのノートにすごく長い文章がきて『本当にありがとう』と」(くさか)「息子たちには、結婚式とかそういう節目で渡しますね」(横須賀)
──くさかさんのお嬢さんは、この絵本をもう読まれましたか。
くさか「はい。見本が来た時に、長女は今は離れて暮らしているので郵送し、次女には直接渡しました。きっかけは長女だけど、娘への思いは一緒だし、横須賀さんの描いた女の子が、不思議なことに次女に似ているんですね。小さい頃のおでこの感じとか。お会いしたことも、写真を見せたこともないんですけど。
長女からは、LINEで「見ました、号泣しちゃって」と感想が来ました。次女も見本を渡したら、「これ無理、タイトルからして無理、1人で読む」と(笑)。後からLINEのノートにすごく長い文章が来て、「本当にありがとう」と。できあがるまでずっと内緒にしていたので、ふたりともびっくりしていました。
ちなみに横須賀さんの息子さんたちは、これはご覧になりました?」
横須賀「ちゃんと見せてないの(笑)」
くさか「見せてないの?(笑)」
横須賀「制作中の絵を見ていたので、見ているんだろうけど、中学生と高校生の思春期男子だし。くさかさんのようにきちんとプレゼントとしては渡していないんです、照れがあるというか、恥ずかしくて。結婚式とか、そういう節目で渡しますね、きっと」
「自分が作った絵本を自分の子どもに読んでもらいたい、そう思いながら作ってきた」(くさか)
──お二人とも、お子さんとの生活の中で絵本の創作を続けるのは、大変なことと思われます。LEE読者世代のように、お子さんが小さいときは、どのように時間を捻出されていましたか?
くさか「私の場合、そもそも絵本を作りたいと思ったきっかけが子どもだったので。
絵はもともと描いていたけれど、すごく子どもが好きな大人というわけではなくて。自分に子どもが生まれて、子育てをしているうちに、子どもって面白いな、その子どもに影響を与える絵本ってすごいな、自分も作ってみたいな、と思ったんです。
自分が作った絵本を自分の子どもに読んでもらいたい、そう思いながら作ってきたというのがあるので、大変なことがあっても、両立で悩んだことはあまりないかもしれないですね。今は娘ふたりとも大きくなったので、逆に絵本を作ることそのものが、モチベーションに切り替わっている気もします。
自分が文も絵も担当してひとつの作品を作るよりも、文章を見ていただいて、横須賀さんがどんな絵で世界を作り上げてくださるかが、すごく楽しみで仕方なくて。自分でも他の作品では、別の方から文章をいただいて絵を描くことがとても楽しくて、どんどん作りたくなる感じです。
こうした絵本作りの場合、作家、画家、編集者さんも含めて、トータルで何年間という付き合いになるので、できあがったときの喜びは何とも言えないものがありますね」
「下の子が幼稚園に入ってちょっと時間ができたときに、すごく自然に自分でまた描き始めた」(横須賀)
──横須賀さんはいかがですか?
横須賀「うちの子ももう大きいので、自分の時間もつくれるようになりました。最初はアトリエもなかったので、子どもが幼稚園に行っている間に、リビングの一角に画材を広げて、帰る頃にはあわてて片付けて。
大学時代は日本画専攻でしたが、日本画はスペースもお金も時間もかかるので、子どもがまだ小さい頃、30代の内はほぼ絵を描いてません。兄弟が5歳差ということもあって育児のスパンが長くて、制作は全然できませんでした。大学時代の友人が活躍している様子に、うらやましいなと思うこともありましたけれど、ただ子育ての日々は充実していたので満足していたし、描きたいとも思わなかった。両立は、私には無理でした。
ただ、下の子が幼稚園に入ってちょっと時間ができたときに、すごく自然に自分でまた描き始めたので、心の奥底では、『描きたい』という気持ちをずっと持っていたのかな。その時に、日本画は難しかったので初めて水彩を使ってみたら、すごく面白い画材で。今はかなり水彩の方に興味が湧いています」
「母親の読者も、それぞれにご自身を投影できる作品です」(横須賀)「いろんな人の立場から、いろんな思いで読むことができるんじゃないかと思います」(くさか)
──LEE読者には、『あなたがうまれたとき』をどういうふうに読んでほしいですか?
横須賀「母親の姿をあまり出さなかったとお話ししましたが、きっとその分、母親の読者もそれぞれにご自身を投影できると思うんですよね。こんなことやあんなことが確かにあったと実感する、振り返るのに使ってほしいかなと。
私自身、今回絵を描くために子どもたちが小さい頃を振り返ったんですね。母子手帳や、昔のビデオや写真をあたってみたり。そうしたら、こんなことがあったんだ、こんな声をしてたんだと、結構たくさんのことを忘れていることに気がついて。こんなに愛おしい時間があったんだなと、描きながら実感しました。読者の方にも同じように、この絵本がきっかけになって、いいひとときがあったらいいなと思います」
くさか「この作品はもともとはお母さんに向けて書いたわけではなく、お母さんの気持ちを子どもに伝えられたらいいなと思って、できるだけ素直に、簡単でやさしい文章にしようというところから始めたんですが、いただく感想はお母さんからのものが多いことに驚いています。
『子どもたちが小さかった頃の自分の気持ちに重なって、読み聞かせしようとしたけれど号泣してできなかった』とか、そういう感想をたくさんいただいて。
きっといろんな人の立場から、いろんな思いで読むことができるんじゃないかと。子どもに読み聞かせをするのもいいし、まさに育児に追われているときに少し前の日々を振り返るのも、『自分の母親もこういうふうに育ててくれたんだろうな』と思いをはせるのも、それぞれに、好きなように受け取ってもらえればいいなと思います」
横須賀香さん絵本原画展『あなたがうまれたとき』+イベント・ワークショップ/神保町ブックハウスカフェ
【場所】ブックハウスカフェギャラリー「こまどり」
【会期】2022年4月27日(水)~2022年5月17日(火) ※期間中無休
【営業時間】11:00~18:00 ※初日は13時から、最終日は17時まで
【住所】〒101-0051 東京都千代田区神田神保町2-5 北沢ビル1F
【TEL】03-6261-6177
※入場無料。
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★4月29日(金・祝)に、店舗/オンラインイベント「絵本『あなたがうまれたとき』が生まれるまで~娘に送る応援歌!」(見逃し配信あり)を開催!
『あなたがうまれたとき』著者のお二人が、一冊の絵本をどのように作り上げていったのか、じっくりとお話をうかがいます。
見逃し配信も予定しておりますので、イベント終了後に何度もご覧いただけます。ぜひお申込みください。
■日時:4月29日(金・祝)14時から約60分(13:45開場)
■登壇者:くさかみなこさん(作)・横須賀香さん(絵)
■聞き手:喜入今日子さん(小学館編集者)■内容:『あなたがうまれたとき』制作秘話など
■定員:30名(店舗)・50名(オンライン)
■参加費:1,000円 ★絵本¥1,320(税込)を当店でご購入の方は参加費無料です!ご希望の方はご決済時にメモ欄にご記載ください。店舗参加の方は当日レジにて差額ご精算&絵本をお渡しいたします。
オンライン参加の方は追ってご案内いたします。
■お申込みはこちらから
※新型コロナウィルスの状況により、変更・中止となる場合があります。
※イベントご参加費の払い戻しはいたしません。
★5月7日(土)店舗イベント「母の日に贈るカードを作ろう!~横須賀香さんワークショップ」
「にじみ、ぼかし、マスキング」などなど、水彩画の簡単な技法を使ってステキなカードを作ります。母の日はもちろん、いろいろなカードに生かせる技法を、横須賀さんに教えていただく貴重な機会です。
■日時:5月7日(土) 14時から約120分(13:45開場)
■講師:横須賀香さん■内容:水彩画で「にじみ、ぼかし、マスキング」体験
■定員:15人程度(小学校2年生以下のお子さまは保護者のお付き添いをお願いいたします)
■持ち物:普段使い慣れている絵の具、筆、パレット、水洗、雑巾やティッシュなどあればお持ちください。
■服装:汚れてもよい服装でご参加ください。
■参加費:500円/1人 ※小学2年以下のお子さまお一人に、保護者一人まで無料でご参加いただけます。
■お申込みはこちらから
※新型コロナウィルスの状況により、変更・中止となる場合があります。
「くさかみなこ」公式ウェブサイト 「横須賀香」公式ウェブサイト 「ブックハウスカフェ」公式ウェブサイト
撮影/山崎ユミ 取材・文/原陽子
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