『砂嵐に星屑』
一穂ミチ ¥1650/幻冬舎
普通の毎日にも意味がある! 心がふわっと上向く短編集
「私の人生ってこのまま低空飛行で終わっていくのかも」。そんなモヤモヤにとらわれているときに読みたいのが、今月の一冊。著者の一穂(いちほ)ミチさんは、BLものを中心に物語を書いてきた小説家で、初の文芸作品『スモールワールズ』が、2021年上半期の、直木賞の候補にも選ばれている。最新刊『砂嵐に星屑』は、大阪のテレビ局を舞台に、そこで働く人たちのささやかな日常や葛藤を描く、連作短編小説。
第一話の主人公になるのは、局のアナウンサーの邑子(ゆうこ)。周りからは「キリっとした大人」だと思われているが、20代の頃に社内不倫が原因で左遷を経験。40代前半の今は、アナウンサーのキャリアでこの先もいいのかと悩みを感じている。そんな邑子に絡むのが、クールな新人アナの雪乃。「社内に幽霊が出るらしい」という雪乃の話に半信半疑だった邑子だが、現場を見に行って現れたのは、邑子の不倫相手で、今は亡き村雲だった――。「一緒に幽霊退治をしよう」という雪乃の提案に戸惑いながら、村雲との過去を思い出すことで、邑子は自分の生き方にもう一度目を向け直す。
アイドル的なアナウンサーにも、報道の中心的な存在にもなれなかった。恋愛でも予想外の展開となり、職場でも学生時代の友達の間でも窮屈な思いをすることもいっぱい。そんな自分が、「今の居場所」でできることとはなんだろう……。将来に関して思い悩むこともある読者ならば、彼女の揺れる心に共感できる部分は多いはず。
そのほか、実らない片想いにイラ立ちを募らせる、番組の進行管理担当の20代女子。セミリタイアした同僚の姿に悶々とし、さらに娘とは冷戦状態になっている50代の報道デスクなど、“普通の人の、普通の悩み”が読み手の心に響く。登場人物同士が交わす関西弁も、どこかほがらかで切ない展開もやわらげてくれる。
日常の中でギスギスしたり、疲れたときにページをめくり、ともにへこんだり喜んだりするうちに、読後はふわっと前向きな気持ちに。明日からもマイペースに生きていく力をもらえます。
『ガールズ・ビー・アンビシャス』
集英社インターナショナル[編] ¥1430/集英社インターナショナル
アート、学問、ビジネスなど各界で活躍する、世界中の女性19人のメッセージをまとめた一冊。自分らしく生きる、持続可能な世界を作る、学びや働くことの充実感を得るためにはなど、その分野で切磋琢磨する人々の言葉はリアル。30代・40代の指南にもなるし、子どもと読み、感想を話し合うのもおすすめ。
『少女を埋める』
桜庭一樹 ¥1650/文藝春秋
『ゴシック』や『私の男』で知られる小説家・初の自伝的小説集。表題作は、父の看取りのため7年ぶりに故郷へ戻った「私」が主人公。肉親の死にショックを受けながら、一方で家族や育った地域からの決めつけ、無意識の抑圧も再確認することに――。コロナ禍での生活、文学への思いを主題にした「キメラ」「夏の終わり」も著者の今の感性が生々しく伝わる物語。
『名著の話 僕とカフカのひきこもり』
伊集院光 ¥1650/KADOKAWA
NHK Eテレの番組『100分de名著』の出演者の伊集院光さんが出会った作品の中から、放送後に名著を熟読し、あらためて解説者に思いや疑問をぶつけた対談集。取り上げられた名著はフランツ・カフカ『変身』、柳田国男『遠野物語』そして神谷美恵子『生きがいについて』の3冊。刊行から長い歳月を経ても輝きを失わず、私たちの心に刺さる名著の魅力に触れるきっかけに。
取材・原文/石井絵里
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