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谷口真由美さんが語る、あなたの隣の『おっさんの掟』【職場にも、あなたのなかにも! ラグビー協会だけじゃない】

2022.03.22

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効率的とは思えない謎のルール、「昔からこうだから」と押しつけられた意味不明な決まり。会社や学校などさまざまな組織でそういったモヤモヤや憤りを感じたことがあると思います。2019年『ハッキリ言わせていただきます! 黙って見過ごすわけにはいかない日本の問題』(集英社)で、LEE WEBに登場した大阪芸術大学准教授の谷口真由美さんが新刊『おっさんの掟: 「大阪のおばちゃん」が見た日本ラグビー協会「失敗の本質」』を出版されました。

この本は、2019年6月から21年6月まで谷口さんが理事を務めた、日本ラグビー協会で起こった出来事を記録した一冊です。出来事は時系列でまとめられ、登場人物はすべて実名表記。谷口さんの心情が丁寧に描かれるとともに、ラグビー協会の実態や内部で起こった様々なトラブルが詳しく綴られていました。

谷口真由美さん:1975年大阪府生まれ。法学者。大阪芸術大学客員准教授。専門は国際人権法、ジェンダー法など。「全日本おばちゃん党」を立ち上げ、テレビやラジオのコメンテーターとしても活躍。 2019年6月、日本ラグビーフットボール協会理事に就任。2020年1月にラグビー新リーグ法人準備室長に就任。その後新リーグ審査委員長も兼任するが、2021年2月に法人準備室長を退任。6月に協会理事、新リーグ審査委員長も退任。著書に『日本国憲法 大阪おばちゃん語訳』(文藝春秋)、『ハッキリ言わせていただきます! 黙って見過ごすわけにはいかない日本の問題』(集英社)ほか

そんな谷口さんにオンラインでインタビューしました。編集担当の小学館・山内さんも同席し、出版までの経緯、おっさんの掟とは何か、伝えたいラグビー愛について聞きました。また、家族のおっさん化、子どもの反抗期への対処法についても教えてもらいました。

本のタイトルから、「ラグビーのことは分からない」「私には関係ない世界」と思っているLEE読者の皆さん! 実はラグビー協会で起こった出来事は、私たちの身近でも起きている出来事です。「“おっさんの掟”は、あなたのすぐそばにあるんですよ」(谷口さん)。

個人的な経験が普遍的な意味を持つ。私の経験が後々誰かの役に立つかもしれない

本書は、JリーグやBリーグの創設にかかわった川淵三郎さん(日本サッカー協会キャプテン)と谷口さんの対談から始まり、5章に渡って谷口さんのラグビー協会での体験が綴られています。6章は“日本社会を蝕む「おっさん」たちの正体”と題し、組織をダメにする「おっさん」の定義として、「口癖は『みんなそう言っている』『昔からそうだ』」「ムラの長には絶対服従、部下や下請けには高圧的」「退職の日まで『勝ち逃げ』できれば、が本音」「部下の功績は自分の手柄、『アレオレ詐欺』の常習犯」などを挙げています。

――この本はラグビー協会で起こった出来事が細かく記録されていたのがとても印象的でした。いつ出版を決意されたのですか?

谷口:私は学者という職業柄、そもそも記録やデータをきちんと残しておくことが習慣になっているのですが、コロナ禍で会議がほとんどオンラインになったことで、より詳しく出席者や会議の内容などを記録できたのが大きいですね。それに、私が理事になってから執筆を決意するまで、2年ほどしか経っていない。だから記憶も鮮明でした。

なぜ本を出そうと思ったかといえば、私の個人的な経験が日本社会にとって普遍的な意味を持つのではないかと思ったからです。

ラグビー協会の理事を退任してから、組織のなかで働く女性や若者たちとさまざまな情報交換をしてきました。そのなかで多く聞かれたのは、「谷口さんの経験は特殊なものじゃない。私も同じような悔しい目に遭ってきた」という意見でした。

私がラグビー協会で示した改革案やアイディアは、ことごとく古株の幹部やスタッフたちに否定され、反発されてきましたが、実はさまざまな組織で同じようなことが起こっている。組織内で若手や外部の人間が改革を志しても、中間管理職以上の「おっさん」たちによって、実のある議論は封じられ、出る杭は打たれてしまうというのです。

ちょうどラグビ一協会の仕事から外れた頃、中根千枝先生の『タテ社会の人間関係』や、『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』を読み直していたんですが、「これと一緒やん!」と思って。私のラグビー協会での苦労や失敗も、記録として残せば後の誰かに役立つかもしれない、と。どうしても閉鎖的な部分がある日本の組織に一石を投じることは、今後の若い世代のためには絶対に避けてはならないことだと思ったんです。

――本を読んでみると、「谷口さんと似たような経験をしたことがある!」と共感する点がずいぶんありました。

谷口:私が定義する「おっさん」は、中高年男性だけに限りません。おっさん的体質の人は、若い人にも女性にもいます。なので「おっさんの掟」って、実は普通の会社とか学校とか、LEE読者の皆さんの周りにも良くあることなんです。これは何の意味があるんですか? 必要なんですか? と言うことがいっぱいありますよね。

「当たり前」「昔からそうだった」は危険ワード。常に「これでいいのか」を問い続けることが大切

本書の中で伝えていることは、おっさん=年齢や性別関係なく、それぞれの心に存在しているもの。自分自身にもそんな一面があるかも知れず、「当たり前」「昔からそうだった」という言葉が出てくるようであれば、気をつけたほうがいいと谷口さんは言います。

谷口:おっさん村の中で起きたことを疑問にも思わず、無意識にただ引き継いでいるおっさんチェーンみたいなところにいると、自分の振る舞いが正しいかどうかが分からなくなる。そこに新しい人が加わって「ここではなぜこんなことを続けているんですか?」「この祭りは何ですか?」と聞くと、「うちではこうなんです」と言う。実は嫁姑問題も同じなんですよね。

――自分自身がおっさんにならないようにすること、おっさんが見つかり次第消していくことも必要ですね。

谷口:「当たり前」「昔からそうだった」というワードが出てくると思考が停止してしまいます。村の掟としては通用するけれど、外の人間からしたら「なんで」「どうして」でしかない、合理的な考えが出来ないんですよね。大多数の人が分からないことになってしまうんですよ。例えばラグビーはボールを後ろに回すルールがありますが、それは歴史の中で生まれたもので、体系立てて説明しないといけないし、プロフェッショナルならそれができないといけない。それを一言「そういうルールだから」で終わらせるようでは、言葉の重みも立体感もなく、何も伝わらないんですよ。分からない人にとことん付き合う態度は、必要だと思うんですよね。

自らを問う、ということなんだと思います。私もある時から、1+1=2という説明をしなくなったんです。コンピューターの世界は二進法で、0と1しかないと聞き、1+1=0になることもあるということを知って、「確かに!」と思って。自明なことでも突っ込まれたたら、「ああ、なるほど」と受け入れられる柔軟さも必要。間違いは間違いとして、今はそうなんだと認められること。常に自らを問うていないと、大人として調子に乗り過ぎてしまうと思うんですよね。

花園ラグビー場での一枚

「あなたのためを思って」はクソバイス。反抗期こそ親は過ちを認め、理不尽なルールを作らない

おっさんの掟、実は子育てにも通じるものがあります。誰もが子どもの反抗期を不安に思っていると思いますが、谷口さんは子どもの反抗期に「間違っていたらきちんと謝る」「理不尽なルールを作らない」だけを守っていたことで、親子の関係性が非常にスムーズだったと振り返ります。

――子どもに「決まっているから」「うちのルールはそうだから」と決めつけて、つい大声で注意したり、怒ってしまうことはありますよね。

谷口:合理的に説明できない、分からないとなると、大人は急所をつかれて痛い。分からない、間違ったことを言ってしまったら、カッコつけずに素直に謝るべきだと思います。謝るときとか叱るときに、カッコつけようとするとダメなんです。怒りって、相手を思って怒ってるんなら別ですけど、自分が怒っているだけ、自分の軸と合わないから腹が立っているだけ、ってこともありますからね。それを他者にぶつけるのは最悪です。「あなたのためを思って」と怒っているのは、一番のクソバイスです。確実に自分が言いたいだけで、自分が満足したいからなんですよね。本当に相手のことを思ってくれているなら、押し付けてこないですからね。

――「あなたのためを思って」は、つい言ってしまいますね。

谷口:私は子どもに、「あなたのためを思って」と絶対言わないように気を付けています。なぜかと言えば、私の人生ではないから。私なら「お母ちゃんは、ここで辛い思いをしたから、今やっておいたら楽ちんやと思うよ」という言い方をします。子どもに夢があって、明確に本人も言語化しているなら、「だったらこれはやったほうがいいね」とか。明確な目標もなく、自分の人生でもないのに「あなたの人生を思って」なんて、押し付けでしかない。それこそ、面倒くさい、誰がその責任を取らされるんや、って。それよりも、サバイブする力をつけさせることが大切ですよね。開発途上国で鉄塔をさっさと建ててしまったり、井戸をただ作ってもダメですよね。一緒に掘る、建てる、使い方やメンテナンスのやり方を教えるなど、大変なところも一緒に経験しないといけないのではないかと。

『ハッキリ言わせていただきます!~』でも書きましたが、娘が中学生で反抗期の時に、学校では反抗していたけど、家ではそうでもなくて。理由を探ってみると、子供がなぜ反抗するかと言えば、大人は「ごめんさない」と言わない、過ちを認めないんですよね。娘は「お母ちゃんは間違えるとすぐ謝るし、分からんことは分からんと言う。一緒に調べたほうがいいときは一緒に調べるし。だからキレる場所がないから」と。でも学校に行けば、ああしなさい・こうしなさいと理不尽なことばかりで。なぜ置き勉がダメなのか聞いても、「そういうもんや」と答えるだけ。そうなると、そんなルール誰が作ったん?となる。改めて、きちんと理由を説明すること、分からない時は分からないと伝えることが大事だと思いました。

小学2年生のころの谷口さん。ラグビー場で迎えたお正月



女性は後から入る組、だから自制してきた。結果、わきまえる女が増えてしまった

バブル崩壊後、平成時代の停滞した日本経済は「失われた30年」とも言われいます。谷口さんは、この時代は女性の活躍においても「失われた30年」だったと言います。働く女性は増えたものの、“おっさん中心主義”の社会は、根本的に改善はされていません。

――谷口さんはこの30年をどう見てらっしゃいますか。

谷口:政府や経団連は女性管理職30%を目標にしていますが、まだその実現にはほど遠いというのが現実です。男性の中には女性の社会進出で自分たちのパイが奪われると思っている人もいるようです。女性の活躍が大事だと思っている男性も多い一方で、「女なら誰でもいいのか」「逆差別だ」と防衛本能からワーワー言ってくる人も非常に多いんですね。

ジェンダー問題に限らず、社会の平等を実現しようとすると、救われる人が増える一方で、これまでよりしんどくなる人も増えます。

人口における男女比率はほとんど半々なのに、会社や学校など多くの組織で男性がほとんどを占めている。「男性だから優遇されている」という事実に、無自覚な男性があまりに多いのです。自分たちが「マジョリティ(大多数)の論理」でしか考えられていないことに、気がついていない。女性たちの多くは「男性と同じラインに立てていない」と感じているのに、それにすら気がつかない男性もいるわけです。

――女性が進出する時は、家事や子育てを完璧にこなしてから、やっと出る資格をもらう。それが暗黙のルールのようにもなっていますよね。

谷口:これまで日本社会は、女性の社会進出を「経済」の目線で論じてきました。女性を起爆剤にとか、女性の取締役が多い会社は投資が集まるとか。女の人を入れると、損か得かという話ばかりになってしまったんです。

その結果、女性の社会進出が進んだ面はあるのですが、男性社会で生き残るために「おっさんの掟」に合わせる「わきまえる女性」を大量生産してしまったという問題があると思います。私は、最近「ジェンダーウォッシュ」という言葉で表現しているのですが、女性登用で組織をクリーンにしたり、で投資を呼び込もうという考え方では危険。それが本当の意味でのジェンダー平等や男女の相互理解を妨げているというのが、いまの日本の問題点だと思います。

――谷口さんが退任されて、ラグビー協会は変革の貴重な機会を失ったのではと思います。

谷口:基本は構造の話なんですよね。ルール、政策、施策。それを変えることで、人の意識が変わっていくんです。私がラグビー協会でやろうとしたこともそれでした。2015年に女性活躍推進法ができた時も、意識が変わりました。そうであれば、設計すべきルール、制度がきっちりしていないと後が持たないんですよね。それは歴史から分かっていることで、次世代のために踏ん張らないといけないんですよ。

最後に知っておいて欲しいのが、谷口さんのラグビー愛についてです。

「この本の出版前後、ラグビー協会から『内部で起こったことを口外するな』という主旨の3通の内容証明が谷口さん宛てに届きました。一部のラグビーファンからも、『ラグビー界に文句をつけるな』という声が上がっています。谷口さんがまるで『ラグビー界の敵』のような扱いです。ですが、批判というのも愛のかたちの一つ。正直、この本を出すことは谷口さんにとって得なことばかりでないんですよ。でも、今後のラグビー界をいい方向に導くために、谷口さんは組織のあり方にあえて苦言を呈しているんです。最後まで読んでいただければ、谷口さんのラグビーへの思いがいかに深いかわかっていただけると思います」(編集担当・山内さん)

 『おっさんの掟: 「大阪のおばちゃん」が見た日本ラグビー協会「失敗の本質』(小学館) 

取材・文/武田由紀子

 

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