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LIFE

緒川たまきさんが語る、舞台『砂の女』がニューノーマルの時代にぴったりな理由とは?

  • 中沢明子

2021.07.17

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おがわ・たまき●映画『PUプ』で女優デビュー。’97年には、舞台『広島に原爆を落とす日』でゴールデン・アロー賞演劇新人賞を受賞。舞台、映画、ドラマで活躍する一方で、カメラやエッセイ執筆など、多彩な才能を活かした活動で知られる。2020年に劇作家・演出家のケラリーノ・サンドロヴィッチさんと演劇ユニット「ケムリ研究室」を旗揚げ。

 

昨年9月、劇作家のケラリーノ・サンドロヴィッチさん(通称・KERAさん)と演劇ユニット「ケムリ研究室」を立ち上げた、緒川たまきさん。旗揚げ公演『ベイジルタウンの女神』はユーモラスな明るい舞台で大好評でした。そして、ユニット2作目に選んだ題材は、KERAさんのオリジナル作品だった前作と打って変わり、日本が世界に誇る名作にして怪作(!)、作家・安部公房による『砂の女』。前作に引き続き、緒川さんと仲村トオルさんが出演します。

『砂の女』は、ある地方の砂に埋もれた家で暮らしていた女と、そこに突然閉じ込められた男の不思議な暮らしを描く物語、といったらいいでしょうか。不条理な設定ながら、だからこそ、そこに浮かび上がる人間のありかたや心情の普遍性が、時を経ても色あせないのが、この作品の大きな魅力です。

KERAさんは、緒川さんについて「創作のパートナー」と公言しています。数々の演劇賞を受賞し、また音楽家、映画監督としてKERAさんと公私を共に歩んできた緒川さんが、若い頃にとても衝撃を受けた作品が『砂の女』だったそう。今回、思い入れの深い題材を舞台化・主演することになった緒川さんに、じっくりお話を聞いてきました。

 

「いつか『砂の女」を舞台化したい」と思っていました。

——昨年、KERAさんとスタートした演劇ユニット「ケムリ研究室」。これまでも、KERAさんが創る舞台に多く出演されてきましたが、なぜ今、新たなプロジェクトをスタートされたのでしょうか。

「5年ほど前から、おぼろげながら計画はしていたんです。というのも、私が出演していない作品であっても、KERAさんが作品を創作する姿をずっと近くで見ていましたし、その都度、いろいろと相談にも乗っていたので、そうした創り方を全面に出していこう、ということになって」

——KERAさんは緒川さんについて「創作のパートナー」「優秀な秘書」と公言されていますよね。

「ええ、そう言ってくれていますね(笑)。ですから、出演者としてだけではなく創作過程においても、このユニットでさまざまな挑戦をしてみたい、と思っています」

——今回、安部公房の『砂の女』を題材にしたのはなぜですか?

「実はユニットを起ち上げる当初からラインナップには入っていたんです。文学や日本の映画の舞台化は、ぜひやりたい企画でした。ただ、とても好きな作品ですが、ユニットの旗揚げ公演にするには、ちょっとどうかな、と思うところもあって。何しろ、ほとんどの場面が男女二人の閉じた世界観を表現することになる作品です。役者も会場で観てくださるお客様も緊張感が張り詰めると思うので、最初の作品は華やかでにぎやかな新作にしましょう、と『ベイジルタウンの女神』で旗揚げしました」

——緒川さんが『砂の女』という物語に惹かれる理由を教えてください。

「若い頃、岡田英次さんと岸田今日子さんが出演されていた勅使河原宏監督の映画版を観て、衝撃を受けました。岸田さん演じる女は、来る日も来る日も村の仕事として砂をかき出しています。そうしなければ、水も食料も手に入らないからです。だから、彼女にとって砂をかき出す行為は生きることと同義なんですね。だけど、女ひとりの力では限界がある。そこで、あるきっかけで村の人々にハメられた男が”砂かきの労働力”としてやってくる。簡単には逃げられない二人の生活が始まります。最初は抵抗していた男も、女との日常に慣れていくと、その暮らしがまるでユートピアのように見えてくるんです。生きるために、二人で力を合わせて砂をかく。とてもシンプルな暮らしです。男は脱出しようとしたし、やろうと思えばできそうな機会もあったにもかかわらず、天国と地獄、表裏一体のような暮らしにハマっていく。ジリジリとした緊張感の中にも不思議な甘美感があり、いつか舞台化したいと、ずっと思っていました」

 

当たり前が当たり前でなくなった今だからこそ、やれることを。

——昨年来のコロナ禍で日常の小さな幸せの尊さに、改めて気づいた人も多いと思います。『砂の女』には、そうした今という時代とのリンクを感じました。昨年は誰もが右往左往していて、どうしていいかわからない状況でしたが、1年以上にわたる非常事態の中で、少し落ち着いて社会や自分自身を見渡せるようになったのが、ここ数か月、という気がしますから。

「本当にそうですね。企画としては、まだコロナ禍になる前の2019年に、2年後は『砂の女』にしよう、と決めていました。だから、KERAさんの鋭い嗅覚が今というタイミングと巡り合わせたんだろうと思います。コロナ禍でベーシックと信じていたものが、できなくなることがある、という体験を誰しもがしましたよね。これまでの当たり前が当たり前でなくなり、新しい当たり前も今までと同じではないですし。なんだか心や感情と現実が釣り合わない感覚があります。だけど、そんな今だからこそ、生まれるものもあるはず。ベーシックを疑い、チャレンジしてみる。実験して、失敗して、もちろん、結果的に元のベーシックに戻ってもいいと思うんですよ。ただ、志半ばで夢が閉じられることがあるんだ……と学んだ人にしか生み出せない創作が今後たくさん生まれるに違いない、と思っています」

——確かに、緒川さんがおっしゃるように、今、心と現実が釣り合わない感覚があります。

「脳の中のシニカルな部分が刺激されやすくなっていませんか? これまで平穏なモノの見方をしていた人でさえ、ちょっとシニカルな気持ちが芽生えていると思います。そうした尖った心、やわらかな心に『砂の女』は響くと思います。おひとりでご覧になっても、誰かといらしても、観る人はきっと、極限の男女をじっと見つめることになると思います。ひそやかにそっと見つめる感じ。観終わって、喫茶店でワイワイと感想を披露し合うタイプの作品ではないと思います(笑)。良い意味で閉じた作品ですから、“自分だけの楽しみ”として観ていただけたらうれしいです」

——仲村トオルさんは前作に引き続いての出演です。

「トオルさんには、ケムリ研究室の結成を最初にご報告、出演のお願いをしました。なぜかというと、ご本人とマネージャーさんが”本当にやりたい作品か”を丁寧にすり合わせて出演するか否かをお決めになるからです。もしOKなら、必ず一緒に苦労を共にしてくださる。良い信頼関係を築けていると思います。とても得がたい方なんです。ですから、ぜひ今回もご一緒したかったし、引き受けてくださってありがたいです。書き手のKERAさんにとっても、トオルさんはひとつの色に染まっていない、かけがえのない役者だそうで、トオルさんのセリフを書く時は、ひとりでニヤニヤしているんですよ(笑)」

——ニヤニヤしながら執筆しているKERAさん! その光景を想像するだけで、面白い脚本に間違いない、という感じがします。さて、最後の質問です。多彩な趣味をお持ちの緒川さんが今、興味のあるものを教えていただけますか。

「ここ4~5年はウクレレにハマっています。実はずっと昔、ウクレレをやってみようと思って、楽器を持ってはいました。ただ、そのままにしていて……。それが、舞台『キネマの恋人』でウクレレを弾く必要が出た時に、改めてやってみたら、すっごく楽しくて! 以来、続けていて、舞台が終わってからのほうがうまくなっています(笑)。ウクレレって、本当にいろいろな奏法があるんですよ。最近はYouTubeなどを観ながら、自分の好きな奏者や奏法を探すのが面白いんですが、どうやら私は1930年代のハリウッドで流行した楽曲が好きみたいです。ウクレレを弾いていると夢心地になれて、幸せです」

——夢心地でウクレレを弾いている緒川さんを見たら、こちらも夢心地になれそうです。本日はお忙しいなか、ありがとうございました。舞台の成功を心から祈っています。

「こちらこそ、ありがとうございました」

 

公演情報

ケムリ研究室no.2『砂の女』

■原作:安部公房

■上演台本・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ

■音楽・演奏:上野洋子

■振付:小野寺修二

■出演:
緒川たまき、仲村トオル
オクイシュージ、武谷公雄、吉増裕士、廣川三憲


■公演期間・会場:
<東京公演>
2021年8月22日(日)~9月5日(日)
会場:シアタートラム

<兵庫公演>
2021年9月9日(木)~9月10日(金)
会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール

 

ケムリ研究室no.2「砂の女」詳細はキューブHP


取材・文/中沢明子 撮影/yoshimi

中沢明子 Akiko Nakazawa

ライター・出版ディレクター

1969年、東京都生まれ。女性誌からビジネス誌まで幅広い媒体で執筆。LEE本誌では主にインタビュー記事を担当。著書に『埼玉化する日本』(イースト・プレス)『遠足型消費の時代』(朝日新聞出版)など。

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