マケドニア出身の女性監督
ヒロイン、ペトルーニャのとんでもない受難に、共感でつい鼻息を荒くしてしまう快作『ペトルーニャに祝福を』が、5月22日(土)、遂に公開になります。この作品も例に漏れずコロナで公開が1年も延期され、バイタリティに溢れたステキな女性、テオナ・ストゥルガル・ミテフスカ監督にスカイプでインタビューしたのは、なんと昨年の4月!
それから1年以上、ずっと公開を心待ちにしていました。でもむしろ、巷を嘆息させた“わきまえない”発言などで、根強い女性差別に社会全体がようやく気付き、ほんの少しずつ動き始めた日本の、まさに今、本作を公開するのに機が熟したといえるかもしれません。
『ペトルーニャに祝福を』は、こんな映画
舞台は、北マケドニアの小さな町、32歳のペトルーニャは、幼少時代から成績優秀、大学では歴史を専攻しましたが、地元では望むような職場もなく、いまだ職歴はウェイトレスのバイトだけ。そんな彼女が、母親から無理やり仕事の面接を受けさせられることになります。ところが面接ではセクハラにあった挙句、「お前にはソソられない」と容姿を蔑まれて不採用に。クサクサMAXの帰路、地元の伝統儀式“十字架投げ”に出くわします。
司祭が川に投げ入れた十字架を取った者は、“その年、一番の幸せを手にする”と言われる儀式に、次々と裸で飛び込む男たちに混じって、勢いで飛び込んだペトルーニャは十字架をゲット。すると「女が十字架を取るのは禁止だ!」と男たちから猛反発され、奪われてしまうのですが……。
いつも憮然としたペトルーニャの存在感が絶妙!
──最初、髪もボサボサ、母親に叱咤されようやく布団からはい出し、しぶしぶ面接に行くペトルーニャが、“超イケてない女子”そのもので戸惑いました。ところが段々、そのふてぶてしさがユーモラスに思え、どんどん好きになっていきます。監督の狙いに、まんまとハマりました(笑)。
「キャラクターのビジュアル的な造作は、まるで教会を建立していくかのような行為なんです。衣装を含め、視覚的な要素はすべてパズルのピースのようなもの。もちろん全ては脚本から始まりますが、私の映画に“たまたま”は皆無。細部まで時間をかけ、一つ一つ選択していきます。ペトルーニャの造形も、彼女の部屋の壁紙も服装も、観客がより強く個性を感じられるようにするためのピースです」
「例えば冒頭、パンタロンを履いている彼女から、パンクカルチャー的な反骨精神を感じると思います。その後、(面接のため)落ち葉模様のドレスに着替えます。それは警察に捕らわれた時、後ろの緑の森のような壁紙の前で、彼女がまるで怯える小動物みたいに見えるように(上の写真のシーン)するためでした。イノセンスを象徴したドレスなんです」
──彼女の憮然とした表情も妙に可笑しくて、クスクス笑ってしまうシーンが多くありました。
「まさにバスター・キートンよね(笑)。コメディを経験している役者と仕事をすると、やっぱりタイミングの素晴らしさに感心させられます。ペトルーニャを演じたゾリツァ・ヌシェヴァも、コメディ的なタイミングがすごく得意で、逆に私が学んだくらいです。ただ本作における笑いは、脚本から来ている、つまり状況の可笑しさです。十字架を取って(警察に)捕らわれた状況は、むしろ悲劇的ですが、バカバカしいほど不条理過ぎて、思わず可笑しくなってしまうのです。それが本作の強みじゃないかな、と私は思っています」
感じて来たフラストレーションを爆発!
法律を侵したわけでも、まして十字架を盗んだわけではないからこそ、警察も「逮捕ではないが……お前が悪い!」と矛盾だらけ。司祭もまた「彼女が一番に取った」と所有権を認めながら、暴徒化した男たちを鎮められず……。そこに渦巻くのは、「女のくせに」「イカれてる!」という怒りと蔑みの感情。“わきまえない女は悪だ!”と排除しようとする、昔から続く“世間的”常識です。
──ペトルーニャと同じようにマケドニアで生まれ育って来た監督自身、これまで理不尽な扱いや立場に不満や怒りを抱えて来たのですか?
「もちろんよ(笑)!! 本作は、一人の女性が川に飛び込んで十字架を取った実話がモデルですが、それを映画化しようと思い立ったのは、女として育ってくる中で感じてきた様々なフラストレーションを一気に爆発させることができる、と思ったからでもあって(笑)。残念ながら、それが私たちの現実の一部です。もちろん国や地方に限らず世界中に存在する不平等だし、女性はみな日々経験し続けている、と言いたくて」
──ペトルーニャがどつかれ、水を掛けられ、唾を吐かれたりするシーンは、熱くなるくらい怒りを感じました。ただ一方で、本作はユーモアが漂う軽やかさがあります。ゴリゴリに誰かを突きあげることなく非常に見やすい。だからこそ“好き”と言いたくなる映画でした。
「なにもジェンダーにかかわる問題だけでなく、すべての意味においての不平等と私は闘っているつもりです。本作もフェミニズムについて語っているわけではなく、自分をきちんと表現・理解されて来なかった人全員が、等しく表現・理解されるようになるための闘いだと思っています。そもそも資本主義というシステム自体、みんなに平等な権利を与えていないしね」
「ただ“軽やかさ”については、脚本執筆時も撮影時も常に考えていました。私は、真実というのは白黒ハッキリ分けられるものではなく、その間にあるものだと思っています。意見も、リアリティーも、まさに正誤の狭間にある、と。本作はパーソナルなメッセージを孕んではいるけれど、観客に“こう感じて、考えて”と絶対、押し付けたくなかった。ただ映画的なフォルムを通して“現実”を見せ、観客に人生の中で経験したことがないことを経験してもらいたかった。映画を通して新しいアイディアへの扉が開かれる――そう、きっと私は、その扉を開きたいから映画を作っているのかもしれないわ!」
父権社会を後押しするのは、半分は女性
──実際に川に飛び込んで十字架をゲットした女性は、ペトルーニャと同じように衝動的に飛び込んだのでしょうか。それとも、なにか目的を持って行動したのでしょうか。
「モデルの女性は問題提起をしようと、意識的に計画して飛び込んだようです。実はそれが脚本執筆の段階で、一番悩んだ点です。ペトルーニャを、最初からフェミニズム的な意識を持っている女性にするか、それとも衝動的に飛び込んだ設定にするか。悩みましたがドラマツルギー的に、最初はアンチヒーローだったヒロインが段々と成長し、最終的になにか変化を起こすきっかけとなる存在の方がいいと、脚本家のエルと決めました。その方が、観客にとって得るものが大きいと思ったんです。世界のどこにいようと、誰もが変化を起こす力を持っている。革命はジェンダーに関係なく、ペトルーニャのような市井の人が起こし得るのだ、と感じてもらえると思いました」
──幼少期からペトルーニャを理解しようとしない母親に対し、父親は十字架を取った娘をも肯定する柔軟な人物であることに驚きました。そんな両親の設定には、どんな意図が?
「家父長制度や父権が強い社会制度における女性たちって、実は男性たちと同じくらい、その制度に貢献しているものです。そう、半数は女性が後押ししている。男性も女性も同じくらい、そうしたルールを他人に押し付ける人がいるものです。でも中には、ペトルーニャや彼女の父親のように、それを否定する人がいる。私たちにとって重要だったのは、男がみんなダメで女がみないい、という描き方を決してしないことでした」
──宗教的なタイトルにして(原題は『神は存在する、彼女の名はペトルーニャ』)、いきなり冒頭で激しいメタル音楽が流れることに驚きました。その直後、民謡のようなエキゾチックで古典的な音楽に変わって……。
「全てはコントラストなのよ。最初にショックを与え、観客に“これからすごく面白い道のりになるからついてきてね”と伝えたくて(笑)。その対比で、宗教音楽に切り替えました。西洋では“神” という存在は、常に男です。そう教えられてきたから、それが女性の名前だというだけでショックを与えられるな、とタイトルにもコントラスト(対比)を付けました。ファーストカットは、水が抜かれたプールにペトルーニャが立っているシーンですが、それも同じこと。水の上に立てる人物は、本来はイエス様ですが、私たちの水の上に立ちうる人物はペトルーニャだ、と言っているのです」
果たして十字架の行方は、そしてペトルーニャはどうなってしまうのでしょう――。
私たちが感じてきた日々の鬱憤や受難を、ペトルーニャが代わってすべて引き受けてくれたかのように、観る私たちはペトルーニャの勇敢さに救われるのです。
ラスト、彼女が悠然と微笑みながら放つ一言に、ぜひ耳を澄ましてください!
映画『ペトルーニャに祝福を』
- 監督:テオナ・ストゥルガル・ミテフスカ
- 出演:ゾリツァ・ヌシェヴァ、ラビナ・ミテフスカ、シメオン・モニ・ダメフスキ
- 2019年製作/北マケドニア・ベルギー・スロベニア・クロアチア・フランス合作
- 配給:アルバトロス・フィルム
- 映画『ペトルーニャに祝福を』公式サイト
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折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。
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