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LIFE

映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

『空に住む』多部未華子さん×青山真治監督が語る、アラサー女子の“生きづらさ”と“心の再生”

  • 折田千鶴子

2020.10.22

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多部未華子さんがアラサー女子のリアルを体現

前クールでダントツの人気を誇ったドラマ「私の家政夫ナギサさん」でも28歳の等身大な女性を、生き生きと魅力的に演じていた多部未華子さん。個性的なファッションも女性たちの注目を集め、“家事は苦手だけど仕事はデキる”女性像が、広く女性たちの共感と支持を集めました。

男性のみならず、女性からも絶大な人気を誇る多部さんが、主演映画『空に住む』では、またまったく違う28歳の女性像を体現しています。今や、アラサー女子の息遣いや思うところは、その国の“今”のムードを最もよく映す鏡なのかもしれません。ハッキリとは言葉に表せないけれど、うまく飲み込めない不可解な気持ち、行き場のない悲しみが何となく心に広がったまま拭うことができない呆然……みたいな。そんな心模様を、「ナギサさん」とは別種の自然体で多部さんが演じています。

監督は、カンヌやヴェネチアなど海外でも高く評価されて来た、『EUREKAユリイカ』(00)、『共喰い』(13)などの青山真治監督。本作が初顔合わせとなったお2人にご登場いただき、今の世の女性の生きづらさ、どう生きていくかなどを語ってもらいました。興味深い話が盛りだくさんですよ!

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──映画は『共喰い』以来、7年ぶりですか!

青山 「そう言われていますが、僕自身はテレビをやったり、プロデューサーとして学生と一緒に色々やっていたので、現場自体に久しぶり感はないんですよ。ただ自分なりに、本作に関しては、今までとちょっと違うものを作るんだ、という気持ちで臨んだ作品ではありますね」

──その“新たなものを作ろう”とされた本作では、多部さんが主演を務めました。

青山 「実は、2人で何かを話すのは初めてなんですよ。リハーサルが必要だなぁ(笑)」

多部 「現場では、なかなかお話する機会がないままだったので、監督がどういう方なのか、まだよく分かっていないままなんです(笑)」

青山 「多部さんと言えば、そう簡単に話せるような方ではないのですが、監督の特権としてご一緒させていただいているわけで」

多部 「(笑)そんな」

青山 「僕が多部未華子という女優を“素晴らしい”と思ったのは、「デカワンコ」というドラマを観たときなんですよ」

多部 「うわ(笑)!! そこが来るとは思いませんでした

青山 「いやぁ、本当に素晴らしくて。家庭内で盛り上がったんですよ。うちの娘にどうかな、と。娘にしたい人No.1だ、という話が出たほどです(笑)」

どこかフワフワしたヒロイン

『空に住む』 ©2020 HIGH BROW CINEMA
2020年/日本/118分/配給:アスミック・エース
監督:青山真治
出演:多部未華子、岸井ゆきの、美村里江、岩田剛典、鶴見辰吾、大森南朋
公式サイト
10月23日(金)全国ロードショー

<こんな物語>

郊外の小さな出版社に勤める直実(多部未華子)は、両親の急死を受け止めきれないまま、叔父夫婦が部屋を持つ都心のタワーマンションの高層階で暮らすことに。まるで“空”に住んでいるかのような感覚の中、寄り添うのは長年の相棒の猫のハルだけ。そんなある日、同じマンションに住むスター俳優・時戸(岩田剛典)と知り合う。直実は喪失感を埋めるかのように、時戸との逢瀬に溺れていく。

──ヒロインの直実は両親の死を受け止めきれない状態にあり、でも悲しみに打ちひしがれるというよりは、どことなくフワフワしているイメージを受けます。多部さんは直実に対して、どんなことを感じましたか?

多部 直実は、本当につかみどころがない人でした。自分のことも本当に全部を喋っているかと言ったら、そうでもなさそうで。かといって周りのことにすごく共感して生きているかと言えば、そうでもない。周りの人たちとも、本当にその距離感で付き合っているのかな、とも感じて。真実がどこにあるのか分からないような女性、という印象でした」

青山 「直実は冒頭、両親を亡くした状態で登場しますが、それをどう自分の中で受け取るべきか、簡単には表現できないな、と思いました。というのも、僕も両親を亡くしていますが、だからと言ってグズグズ泣いたこともないんです。でも、たまに何かわからないことがあって両親に訊こうとすると「もう訊けないんだ、電話しても出ないんだ」という、2秒くらいのタイムラグがあるんです。そこが直実のテンションの低さというか、穏やかさに繋がったんじゃないかな、と」

青山真治
1964年福岡県北九州市出身。1996年、『Helpless』で長編映画デビュー。『EUREKA ユリイカ』(00)で第53回カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞、エキュメニック賞をW受賞。その他の代表作に、『月の砂漠』(01)、『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』(05)、『サッド ヴァケイション』(07)、『東京公園』(11)、『共喰い』(13)など。作家としても活躍し、05年には「ホテル・クロニクルズ」で第27回野間文芸新人賞候補にノミネート。「グレンギャリー・グレン・ロス」(11)をはじめ、数々の舞台演出も手掛ける。近作にドラマ「贖罪の奏鳴曲」(15)、「金魚姫」(20)など。

多部 「直実という役が難しかったというより、掴みどころがない人なので、掴みどころがないまま演じていた感じなんです。“これでいいのかな、でも監督がOKなのだから、いいんだろうな”という感覚でずっと現場にいました」

青山 「それで良かったです。多部さんとしても、もっと派手に演じることはできたと思いますが、僕が“OK”と思うテンションが、多部さんが演じてくれたそのものでした。直実という人に関しては、僕が何かを決めつけないでいたいな、と思っていたんです。何も決め付けずに“生きていくというのは、どういうことなんだろう”ということを、シチュエーションの中の人物として描きたいと思っていて。だから“何も分からないままやってみる”という進行が、この作品には相応しいと思えたんです」

30代になった方がやっぱり楽!?

──直実も“生き惑っている”ように見えますが、この国のアラサー女性の生きづらさを、どのように感じていますか? 監督も、本作を撮る動機の一つとして、実際に起きた、若く優秀な女性会社員の死にまつわる社会の反応に衝撃を受けられたことを挙げていらっしゃいます。

青山 「僕自身は50代中盤に入っていますが、とにかく近頃いろんなことが立て続けに起こったんですよ。親の死や友人の死、さらに猫の死など次から次へ酷いことばかりが起こって、もう頭を抱えちゃって。グダグダになっていた中、本作のお話をいただいたのですが、すごく助かったのが、直実のキャラクターでした。彼女、すごく落ち込んでいるようにも見えるけれど、なにかをすっ飛ばして、既にもう楽しんでいます、みたいな感じにも見える。そういう存在なんだな、と作っていて気が楽になるようなキャラクターでした。直実やその周辺の人たちに、気楽に接することが出来たというか。ある種、登場する3人の女性はみな、自分たちで歩いて行ける人たちだから。50代の俺だけが置いてけぼり、という(笑)」

多部 「(笑)私は直実と同じ20代後半のとき、周りの皆さんが“30代になっちゃった方が楽だよ、楽しいよ”と言うので、“そうなのか、だったら早く30代になりたいな”と思っていて、全力で楽しんだというよりも、あまり20代後半という時期を大切にしなかったんですよ。なのでパッと通り過ぎてしまったような感覚が残っているんです」

多部未華子
1989年1月25日、東京都生まれ。02年に女優デビュー。『HINOKIO』『青空のゆくえ』(05)でブルーリボン賞新人賞を受賞。NHK連続テレビ小説「つばさ」(09)でヒロインを務める。舞台「農業少女」(10)で読売演劇大賞女優賞・杉村春子賞、エランドール賞新人賞などを受賞。近年の主な出演作に映画『あやしい彼女』(16)、『日日是好日』(18)、『アイネクライネナハトムジーク』(19)、ドラマ「これは経費で落ちません!」(19)、「私の家政夫ナギサさん」(20)、ミュージカル「TOPHAT」(18)、舞台「ドクター・ホフマンのサナトリウム~カフカ第4の長編~」(19)など。

──多部さんの周りの、同年代の方たちはどんな風でしたか?

多部 「確かに周りの友達は、すごく悩んでいた時期かもしれません。その年代って、どちらにも転べるというか……この先、どうにでもなるという年代だと思うんです。いえ、30代でも40代でも、幾つになってもどうにでもできるとは思いますが(笑)、特に20代後半の女性は、これから自分はどうなるんだろうとか、このままの会社でいいのかとか、もう一度、人生何かの賭けに出てもいいんじゃないか、パッと別のことにチャレンジするのもアリじゃないか、別の世界で羽ばたけるかもしれない、と可能性をたくさん感じていい年代でもありますよね。だからこそ色々考える時期なんだと思います。私の周りには、結婚したいという友達もいましたし……。各々がそれぞれ悩みながら、どこかもどかしさを感じていたような気がします。何に対するもどかしさなのかな……自分に対するもどかしさ……なのかな。でも30代になると開き直れるんですよね。自分のレベルはこれくらいまでかな、とか自分の価値やレベルが分かってきて、そこで開き直ることも出来るから、楽しめるようになるんだ、と思いました」

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──さきほど監督は、本作に登場する女性3人が、みなそれぞれ自分の足で歩いて行ける人たちだから、とおっしゃっていました

青山 「僕が本作を作るにあたって、まず考えたのは“直実という主人公は、何をして生きているの?”ということでした。そこは、どうしても仕事をしている人にしたかったし、ひとりの女性がどうやって生きていくのかを大事にしたかった。そこから、“この人も欲しい、あの人も欲しい”という形で、女性キャラクター3人でお芝居を構成していくことになったんです。原作の直実は、少し弱さも見せますが、映画の直実はほぼ弱さを見せない。その代わり、周りの人間たちがちょっとずつ弱さを見せて、それに反応している主人公という構図を見せたかったんです。結局、僕が一番やろうとしていたことは、そこです。3人のアンサンブルが、お芝居でその空間をいかに魅力的にしていくか、ということに心を砕きました」

岸井ゆきのさん扮する愛子は、愛すべきちゃっかり屋さん、というイメージで、したたかな面も持ち合わせている現実派。なんか彼女の強さ、図太さが、クスリと笑えていいアクセントになっています。ほぉ~、なかなかお主やるのぉ、と言いたくなってしまう感じですよ。

■ここで、他の女性2人のご紹介を。

木下愛子(岸井ゆきの):直実の年下の同僚で、“できちゃった婚”を控えるワケあり妊婦。実は結婚直前まで婚約者とは別の人と付き合っていた。

明日子(美村里江):直実の叔父(鶴見辰吾)の年下妻。バブルを引きずっているようなセレブな暮らしに満足しつつ、専業主婦に虚しさを感じている。

人生における仕事の位置づけ

──直実は人生を、傷ついた心から立ち直る過程で、仕事に救われたという側面があるように感じました。仕事って、自分にとってどんな存在ですか?

多部 仕事は、自分にとっては都合のいいものと思うようにしています。そう捉えることで、プライベートで辛いことがあったら、毎日やるべき仕事があって良かったとなれますし、求められること、また1日こなさなければならないものがあって良かった、と。逆に仕事が辛くなると、プライベートを充実させたくなって、充実できて良かったと思えるようになりますよね(笑)」

青山 「まさに都合のいい世界だね(笑)!」

多部 「はい(笑)。でも、生活のためには仕事は必要なので、程よく頑張ろうと思っています。これまでも、何より必死に仕事を頑張らなければ、みたいな感覚もなかったですし。私は、いかに自分の心を安定させたまま生きられるか、が重要なんじゃないかと思っています。常にそればかり考えているわけではありませんが(笑)。言い方は悪いかもしれないけれど、色んなことを都合よく捉えることで、自分のバランスを保ってきた感じです」

青山 「本当に、多部さんのそういう風なところによって、僕は現場で助けられていましたよ」

──仕事の充実ぶりを観ていると、がむしゃら感がまったくないのが不思議でもあります。

多部 「そうですね…、何に対してもないんです、私(笑)。仕事に対してだけではなく、プライベートに対しても、趣味も極めたいものも、何に対してもなくて。でもそれが悩みでもあります。常に“これで良かった”と思える心の安定が、私には生きていく上で必要なタイプで、そこで乱されたり、自分の何かを左右されたりしそうだなと思う人とは、はじめから距離をとってしまいますね。対人関係しかり、仕事の現場しかり、現場での居方しかり、みんな居心地がいい、というのが一番です」

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ジャケット¥52000、スカート¥48000(共にBAUM UND PFERDGARTEN/UNIT&GUEST)、トップス¥28000(kotohayokozawa/kotohayokozawa)、右手中指リング¥10000、左手人差し指リング¥10000(共にNORTH WORKS/UTS PR)、その他スタイリスト私物

──最後に、今、生きづらさを感じている女性たちに、この映画に絡めてメッセージをお願いします!

青山 「今、多部さんがおっしゃったことに尽きますね。誰しも色々あるけれど、堂々として、自分に不利益なことはやらないでいい。それで進んでいきましょうよ。多分、この映画で僕は、そういうことを描いたつもりです。堂々と自分の好きに生きる、それに尽きると僕は思いますよ!

多部 「そうですよね。この映画が、誰かの何かに一つでも引っ掛かってくれればいいな、と思っています」

果たして直実は、どう喪失感を乗り越えてゆくのでしょうか。また時戸との関係の行方は!? そしてこれからの人生をどう歩んでいくのでしょうか!?

超豪華タワーマンションの内装を観るだけでも、お得感たっぷり。空に浮かんだような感覚に陥る直実の部屋と、直実が働く郊外の古民家のような編集プロダクション事務所が対照的で、自分の価値観を測られたりするのも、また乙な楽しみです。


撮影/藤澤由加 ヘアメイク/光野ひとみ(多部さん) スタイリスト/岡村春輝(多部さん)

【お問い合わせ先】
UNIT&GUEST:03-5725-1160
UTS PR:03-6427-1030
kotohayokozawa(コトハヨコザワ):http://kotohayokozawa.com/

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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