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LIFE

映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

監督・大森立嗣×俳優・永瀬正敏が『星の子』で強烈再タッグ!<信じるもの/信じること>を語る

  • 折田千鶴子

2020.10.06

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まさに“映画な2人”を前に超緊張…

映画監督・大森立嗣さん×俳優・永瀬正敏さん映画『星の子』の公開を前に、憧れの2人にまとめてお会いできてしまうという、超緊張、でも嬉しいインタビューをさせていただきました!

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大森監督と言うと、LEE読者にとっては、日々を丁寧に暮らしていきたいと思わせてくれる『日日是好日』(18)がパッと思い浮かぶかもしれません。でも実は私「え!?あの大森監督が!?」とひどく驚いたんです。勝手なイメージで、暴力的で男くさいハードな作品が多いと思い込んでいたので……。でも改めてフィルモグラフィを眺めてみると、『まほろ駅前』シリーズ(11、14)や『セトウツミ』(16)など、昔からクスッと笑わせるような絶妙な心のくすぐり方をされる監督だったなぁ、と気づかされます。

これまでLEE本誌でも、『さよなら渓谷』(13)で真木よう子さんを、『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』(18)では安田顕さんを、そして先日は『MOTHER マザー』(20)で長澤まさみさんをインタビューして来ました。また映画欄でも大森監督の作品をあれこれご紹介してきたので、実はず~っとラブコールを送って来た感覚があるのです。

だから今回はまさに、“遂に会えるぞ!”と前のめり気味で…。ちょっと怖い人かな!?と少々ビビリ気味でしたが、とっても穏やかで優しい雰囲気の監督でした。とはいえ時々フと考え込む眼光が鋭くて、縮み上がる瞬間は1、2度ありましたが(笑)。

そしてそして、“映画に愛され続ける男”永瀬正敏さん穏やかな口調、包容力のある空気、そして笑い上戸でもある楽しいお人柄に、心底惚れ惚れ~! 映画や俳優を志す人、みな一様に永瀬さん目指したものです。だって……というお話は後程、終盤で。

今回、ご登場いただく映画『星の子』に話を戻したいと思います。これがもう、色んな感情を抱かせて、複雑な境地にさせられ、とにかく面白いんです!

映画『星の子』

『星の子』
2020年/日本/1時間50分/配給:東京テアトル、ヨアケ
監督・脚本:大森立嗣
出演:芦田愛菜 岡⽥将⽣ ⼤友康平 ⾼良健吾 黒木華 蒔⽥彩珠 新⾳ 永瀬正敏 原⽥知世ほか
映画『星の子』公式サイト
(C) 2020「星の子」製作委員会
10月9日(金)全国ロードショー

既に“主演の芦田愛菜さんの「信じる」ことに対する解釈や発言が完璧すぎる!”と巷で話題の『星の子』ですが、彼女が演じる主人公のちひろは、怪しげな宗教をひたすら信じる両親(永瀬正敏/原田知世)に育てられた中学3年生。そんな多感な年代を生きる彼女が、新任のイケメン教師(岡田将生)に一目ぼれし、自分の家族や家族が信じるものに揺らぎ始めるのですが――。

『星の子』コメント付き予告

子供への愛から始まった“信じる”こと

――信じること、家族や宗教についてなど、いろんなことを考えさせられる映画でした。

永瀬「まず、宗教みたいなデカいものがありますが、ちひろの両親は、宗教そのものに感化されたというよりは、ちひろへの愛情から来ているんですよね。たまたまそれ(ある宗教団体が提供・販売する“奇跡の水”)によって、赤ちゃんの頃にちひろの病気が治ったので、もう信じざるを得ない。何とかちひろを助けたいという思いが、原田さん演じる母親と共にずっとあり、父親もそれに寄り添ってきたわけです。脚本を読んだとき、そうして信じていくんだろうな、という理解と同時に、危うさや狂気みたいなものも感じもしました。でもあくまで愛から良かれと思って信じ続けている。ですから僕の中では宗教というより、何かを“信じる”という気持ちの方が大事だと思って演じました

――もちろん、ちひろへの愛情は非常に深いと思いますが、もう少し娘が学校でどんな思いをしているのか、どんな立場に置かれているのかを分かってあげてよ~、と観ながら正直、思ってしまいました。

大森「う~ん……、ちひろが置かれた状況に、自分のことをちょっと照らしあわせて考えてみたんです。僕の父親(舞踏家・俳優・演出家の麿赤児さん)は宗教ではないにしろ、子供からすると、もっと分からないものだったんですよ。もちろん家で、白塗りをしていたわけじゃないですよ(笑)」

永瀬「ふふふ(笑)」

大森「でも、子供時代はずっと、自分の中で上手く理解できないところがあった。何をしているのか、なんの職業なのか分からなくて。でも、だからと言って子供はそれを“止めろ”とは思わないわけじゃないですか。それこそ、僕が生まれて来た中で受け止めていかなければいけない何かで、でも、受け止めるには僕もそこそこ時間がかかった。それと同じように、ちひろも受け止めていかなければ仕方がないんだな、と。そういうことで親を嫌いになるわけではなく、子供が折り合いをつけていかなければならない、という風に思いました」

●大森立嗣
1970年生まれ、東京都出身。 俳優として活動しながら助監督として数々の現場に参加。2005年『ゲルマニウムの夜』で監督デビュー。『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』(10)で第51回日本映画監督協会新人賞受賞。『さよなら渓谷』(13)がモスクワ国際映画祭・審査員特別賞を受賞。その他の監督作に『ぼっちゃん』(13)、『まほろ駅前多田便利軒』(11)、『まほろ駅前狂騒曲』(14)、『セトウツミ』(16)、『光』(17)、『日日是好日』(18)、『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』(18)、『タロウのバカ』(19)、『MOTHER マザー』(20)など。

永瀬「ちひろが置かれた状況は、もちろん脚本を読んでいますから僕も字面では知っていましたよ。でも映画を観て初めて“あ、そんなことがあったのか”と、確かに学校のことを全くわかっていなかったな、学校でのちひろを初めて知ったな、と思いました。ただ僕らはひたすら、ちひろを思い、まーちゃん(ちひろの姉)を思って、純粋にそれだけで演じようとしました。“子供を助けてくれたものが、いいものなんだ”ということだけを、ひたすら信じ続けて。演じているときは意識しませんでしたが、そこに狂気や危うさらしきものが漂うのだな、と映画を観て思いました」

緑のジャージ×頭に濡れタオル=河童!?

――日本人独特なのか、宗教にとても熱心な人や、何かを猛烈に信じて突き進む人に対して、恐怖を覚える感覚ってありませんか?

永瀬「確かに、日曜日に教会に行ったという日常会話が出るような、海外とは全く違う状況ではありますが……。監督や原田さんとは、“ちひろが赤ちゃんの頃は、あんなにいい家に住んでいたのにね”と話したこともありました。どんどん家が質素になり、ボロ屋になっていくな、と(笑)。でも、そういうものすべてを捧げてもいい、とまで両親は信じている。本作を通して、何かのきっかけで、そこまで信じるようになっていくことがある、ということを実感しました。また、反対する伯父がいて、伯父に協力して両親を止めようとしたまーちゃんが持つ罪悪感など、そういうものが物語をより複雑な味にしていますよね」

●永瀬正敏
1966年生まれ、宮崎県出身。1983年、映画『ションベン・ライダー』でデビュー。国境を超え、100本以上の作品に出演。近年の主な代表作に『光』(17)、『Vision』(18)、『パンク侍、斬られて候』(18)、『赤い雪 Red Snow』(19)、『カツベン!』(19)、『最初の晩餐』(19)、『ファンシー』(20)など。写真家としても多数の個展を開き、2018年芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。現在『ホテルニュームーン』が公開中、待機作に『空に住む』(10月23日公開)、『さくら』(11月13日公開)ほか。

――狂気と危うさとは紙一重で、“奇跡の水”が万能だと信じる両親、つまり永瀬さんと原田さんが頭に白い濡れタオルを載せている姿は、相当ショッキングというか、つい噴き出してしまったというか(笑)。

大森「その反応、期待通りですよ(笑)!」

永瀬「あれ、ね(笑)。でも自然と(頭に載せて)ないと、だんだんと物足りなくなっていくんですよ」

大森「(爆笑)!」

永瀬「衣装合わせのときから、監督や助監督らと、タオルのサイズ感、横置きか縦かなど、みんなで侃々諤々やりながら決めたんですよね(笑)。最初は僕も、ちょっと笑っちゃったり、思わず自撮りしちゃったりしましたが、段々とあることが自然になっていって、なくなると頭が寂しくなっていく感じでしたね。後半、バスに乗ってみんなで合宿所みたいなところに行くときなど、帽子をかぶっているのですが、“え、取っちゃうの?”と言ったりして(笑)。ないと少し寂しくなったりしました」

家の近くの公園で、タオルを頭に載せ“奇跡の水”を掛けている、ちひろの両親。こんなところ、好きな人に見られたら呆然としてしまいますよね!? 案の定、岡田将生さん演じる、ちひろの憧れのイケメン先生はちひろに対して……その場面もかなり衝撃的です!

――ちひろが恋するイケメン先生が友人と一緒に家まで送ってくれたとき、公園で緑のジャージを来て頭にタオルを載せている両親を目撃されてしまいます。その際、友人の男子が本気で、“俺、本物の河童かと思った。だって全身緑だし”というようなことをいう瞬間は、思わずブホッと噴き出してしまいました。

大森「ですよね(笑)。また、ちょっと舌ったらずで言うのが、“確かに、この彼ならそう思うだろうな”みたいなものを醸していて(笑)。実は田村飛呂人君はほぼ演技未経験で、もちろん僕としても笑いの方向にもっていきましたが、あれは彼の功績ですね。必死にやっているのがまたちょっと可愛くて、なかなか面白かったです」

永瀬「ジュースを買いに行くシーンも、“1分で帰ってくるから!!”とダッシュしていく姿とか、うわ本気だ、バカだなぁ~と(笑)。それがまた居がちな感じで(笑)」

大森「そうそう、居がちな感じ(笑)。彼はオーディションで選んだのですが、ちょっと下手過ぎて心配だったんです(笑)。でも、なんか可愛いなぁ、と思って選んだら、見事に良かったですよね」

永瀬「良かったです」



あのラストシーンがたまらない(永瀬)

――笑いあり、この先ちひろはどう生きていくんだろう……と熱くなって心配させられ、そして、あのラストです。原作よりは若干、柔らかな着地点のような気はしましたが、それでも“うわ~”とモヤモヤが絶妙に残るラストでした。

永瀬「僕はもう、あのラストがたまらなかったですすごく映画的で、ああいう風に終わるのが、さすが大森監督という感じがしました」

大森「原作のラストは、もう少し怖い感じですが、映画では、そこまではいらないかな、と。少し怖さも感じられるし、でも3人の姿から色々感じられもする。永瀬さん扮する父親が“瀬乃高校か、遠いな”と言った時点で、宗教のことを考えながら娘のことを思っているのも見えるし、まーちゃんのことを思っている気持ちも分かる。実はあのシーンを撮っていたとき、永瀬さんの言葉のニュアンスで初めて、“あ、この家族は大丈夫じゃないかな”と感じたんです。もちろん、これからも紆余曲折あるかもしれないけれど、でも、この人たちは大きくは間違わないで生きていけるんじゃないかな、と。でも、声を大にして言いたくないので、観客の方々に色んなことを発見して欲しい、掘って欲しいと思っています」

永瀬「ラストシーンを演じる際、僕が“ホープだけに向かうのか”とお聞きしたことがありましたよね。その時、監督から“いや、それだけじゃないかもしれない”という言葉をいただいたんです。ホープだけではない含みがある、というのをお聞きして、僕は何か相当ストンと落ちたんです。最初悩んだんですよね。ラストシーンの前のくだりでちひろの両親の存在が一旦消えるから。あの時両親は何を思い、何を決心したのか? 色々想像が膨らんで、余計なことまで考えていた。だから監督の言葉に救われました。あのラストは、本当にたまらなかったです」

永瀬さんの存在すべてが映画になっちゃう(大森)

――永瀬さんは、大森監督の『まほろ駅前狂騒曲』(14)にも出演されていました。その際、監督は永瀬さんについて「体が映画になっている感じがした」と語っていらっしゃいましたよね!?

大森「永瀬さんと言う存在は、すべて映画になっちゃう感じがあるんですよ。僕が映画を撮り始めた頃には、既に俳優として大活躍されていましたから、一緒に映画を撮るという空間を過ごせているだけで、もう楽しいというか、興奮するというか。憧れの世界の人と一緒にいる~、という感覚になってしまいますよ。面と向かって言うのは恥ずかしいですが」

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永瀬「いや、そんな、もう……」

大森「やっぱり映画に愛されていると、すごく感じます。実は本作の撮影前、『パターソン』(*)という映画を観て、すごく感動したんです。永瀬さんが出演されているシーンで、なにか愛が浮かび上がってくるような感覚を覚えて。“そういうのを、撮れたらいいなぁ”ってずっと思っていて。あ、思わず口にしたら、急に緊張してきました(笑)」

*) 『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(84)、『ダウン・バイ・ロー』(86)で一躍、シネフィルの間で神のような存在となったジム・ジャームッシュ監督の映画『パターソン』(16)のこと。永瀬さんは、ジャームッシュの『ミステリー・トレイン』(89)に主要キャストの一人として出演され、世界から注目されました。そして『パターソン』(16)で再起用されました!!

――では逆に、永瀬さんから見た大森監督って、どんな存在でしょうか?

永瀬「現場が、本当に早い。長くは撮らないし、何度もテイクを重ねることもないし。とても役者の心理を分かって下さっていて、気持ちがいい。と同時に常にチャレンジされている。『星の子』も、宗教が絡んでくるけれど、全世代の観客に響く作品にしようとチャレンジされていますから。とにかく大森監督は画も演出も、とにかく映画っぽいんですよ。例えば“普通は、このリアクションの顔を撮るだろうな”というところを、スパンと抜かず、引きで淡々と撮っていたり、ピントも来ていないぞ、みたいな。だから『星の子』を観たとき、本当に映画的な映画だなぁ、やっぱり分かっていらっしゃる、スゴイ、と心から思いました」

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信じるもの、信じ続けていくもの

――最後に、人生において信じているもの、信じて来たもの、そしてこれからも信じていくものを教えてください。

大森「僕は、“人”を信じることを、ずっとやってきたと思います。映画を作ること自体もそうで、俳優さんを信じ、スタッフを信じていくと、それが返ってきて一つの映画になっていく。とにかく疑わず、常に人を信じてきました。例えば今回も、ちひろのお父さんは永瀬さん以外絶対に居ない、他の誰とも取り換えがきかないと信じて現場に立つと、それまでと違う見え方をしてくるんです。永瀬さん自身の呼吸をしていれば、それがもうお父さんだと思えてくる。そこはもう、完全に信じています」

永瀬「僕は、映画を信じ続けています。観ることも、やる方も、映画に救われて来た人生ですから。デビューして1年経った後、実は4、5年は現場にいけないことがあったんです。めちゃくちゃ暇で、1日中、映画館に居たんですよ。当時は3本立てとか、1日中映画館に居ることが出来た時代で。そこで、本当に映画に救われて。以後も、映画に裏切られたという思いは、一度もしたことがないんです。だから今でも信じているし、これからも変わらないと思います。コロナの自粛期間中も、仕事がなかった昔のように、ひたすら映画を観ていましたよ(笑)。マンパワーで押し切った形で撮ってきた人たちは、これからどう作っていくのか大変だろうな、とは思いますが、映画は絶対になくならないと信じています」


撮影:菅原 有希子

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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