子供の知恵と健気さに絶句する『存在のない子供たち』 ついでに『ハッパGoGo大統領極秘指令』も必見!
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折田千鶴子
2019.07.20
心の揺れが止まらない『存在のない子供たち』
夏休みを前に、これから大作が続々と公開されていきますが、ちょっと待って!! その前に、どうしても観て欲しい作品があるのです。
まず、この『存在のない子供たち』というレバノン映画(フランス合作)は、LEE読者の方々にとって、心臓ド真ん中にヒット間違いなしの作品です。カンヌ国際映画祭でコンペティション部門審査員賞、及びエキュメニカル審査員賞をW受賞し、米アカデミー賞外国語映画賞、ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞にもノミネートされた逸品でもあります。
子供の健気さ、可愛さにはもちろんキュンキュンしちゃうのですが、そんな子供たちが実際に世界のどこかで、こんな目にあっているなんて……と心がガクガク。とはいえ暗い映画では決してありません。
なぜなら予想をはるかに上回って、主人公の少年が賢く、強く、優しいから。彼の言動に驚かされながら、でもだからこそ余計に、こんなに将来性のある子供たちのために、私たちは“何かできないのだろうか”と真剣に煩悶してしまいます。
でも、終わり方にも希望がどことなく差し込み、清々しさも覚えさせてくれる後味です。それでいて、いつまでも心の揺れが止まらない、そんな素晴らしい作品なんです!!
冒頭、いきなり少年が“自分を生んだ罪”で両親を告訴するという、仰天裁判から幕を開けます。彼が傷つけたらしき男性に対し、反省しているか問われても、“あんな奴、やられて当然だ~”と罵倒する少年に、最初は思わず“うわ、なんだこの荒んだ少年は!!”と目を丸くしてしまうかもしれません。
ところが、国中が見守るその裁判に至るまでに、彼が辿ってきた紆余曲折が映し出されると、ただもうビックリ。ガツンと脳天を直撃され、最後まで一気見必至で、一瞬たりとも目が離せません!!
彼の名は、ゼイン。まだあどけなさ残る12歳の彼は、学校に通う子供たちを羨ましそうに横目で見ながら、朝から大人と同じように働いています。狭い家には両親、そして兄弟姉妹がわんさか。
ある日、一番仲の良い11歳の妹が強制結婚させられそうになり、ゼインは必死で両親に抵抗します。しかし妹は力づくで連れ去られ、怒り狂ったゼインは遂に家出。でも、両親が出生届を出さなかったために、身分証を持たないゼインは、生まれたスラム街を離れると職にありつくことができません。
空腹でトボトボ歩く彼に手を差し伸べたのは、赤ん坊を抱えながら必死で働くエチオピア移民の黒人女性ラヒルでした。ラヒルが働きに出ている間、ゼインが赤ん坊の面倒を見て、つかの間、3人は非常に倹しいながら穏やかに暮らします。ところがそのラヒルまでも、不法労働で捕まってしまうのです。
ボロボロの家に残された、ゼインと赤ん坊のヨナス。え、小さな子供と赤ん坊で、これからどうするんだろう……と息を詰めて見つめるしかない私たちの心配をよそに、途方に暮れながらもゼインは、ヨナスを守り抜こうと知恵を絞り、食べ物を探しに出かけ、稼ぐ方法を見出し、どうにか生き抜こうとします。そして、ささやかに暮らしていけるかに見えたのですが……。所詮は小さな子供、社会はあまりに冷たく、厳しいのです。
胸はガクガク揺れ続けますが、こんな貧しい中にあっても失われないゼインの純粋無垢さ、小さな身体で必死に妹や、何の血のつながりもない赤ん坊を守り抜こうと運命や大人に抗う姿に、信じ難い思いで感動してしまいます。その姿は、まさに小さな騎士(ナイト)。ゼインの健気な勇敢さに、目を見開きながら半泣き状態になってします!!
驚きのキャスティング
栄養状態が悪いからか、私たちの身の回りの12歳よりもずっと小さく見えるゼインですが、こんな小さな子供のどこに、身を挺して赤ん坊を守り抜く力があるのか……と考えると、それはもうゼインの持つ優しさと勇気と愛、それしかないですよね。それはもう衝撃的なほどです。
大好きな妹のその後の運命にも……いえ、書くのは留めておきますが、それはもう本当に……劇場で確かめてください!!
これって、フィクション映画よね!? これって演技よね!? と、フと思わず疑いたくなってしまうほどの緊迫感ですが、それもそのはず。なんと、ゼインをはじめ出演者の多くは、役と同じような境遇にある素人を集めた、というから驚きです。
監督は、監督・脚本・主演を務めたデビュー作『キャラメル』(07)がいきなりカンヌ国際映画祭監督週間で上映されたナディーン・ラバキーさん。レバノン生まれの彼女は、前頁の写真にありますが、裁判所のシーンで弁護士として出演しています。
そして本作はカンヌでW受賞云々も前頁に書いた通りですが、プロの俳優を起用せず、彼らの感情をありのままに生で出してもらうという手法を取りながら、観客の感情を引き込む強い物語を紡いでいく手腕には、本当に脱帽です。
小さな体で澄んだ瞳に怒りをたぎらせ、「こんな世の中に僕を生んだから」と両親を訴えるゼインの気持ちに、心がキリキリ痛んでしまいますが、実は日本にも“戸籍を持たない子供”がいるという記事を読んだことがあると思いますし、連日、子供への虐待報道に胸を痛めている方は大勢いると思います。
監督は本作を「現代のシステムについての問いかけ」と位置づけ、「たとえこの映画が何かを変えることはできないとしても、何かの話し合いのきっかけ、人々が何かを考えるきっかけになると確信している」と語っています。ゼインの想像を絶する旅にあまりに強い衝撃を受けながら、当然私たちは、“存在なき者”として無視される子供や弱者について考えずにはいられないと思います。
中東だけではなく他国でもよく聞きますが、ゼインの妹のように、幼くして結婚させられる女の子の運命にも、女性としてはとても無関心ではいられません。
健康で文化的な最低限の生活はおろか、その存在価値さえ保障されていない子供、貧困層、移民、女性たちなど、この世界の色んな問題が浮かび上がってくる本作。
でも、まずは本作を観ていただくこと、“きゃー、この子可愛い~”という入り口でいいと全然、思いますので、可愛くて頬が緩んでしまうような写真を最後に。
そう、ゼインも知的な美少年ですが、この黒人の赤ちゃんヨナス君がもう可愛くてたまらないのですっ!! ヨチヨチ歩く姿や、ママのおっぱいを求めて、ゼインのか細い胸をちゅぱちゅぱしようとする姿など、心を痛めつつ悶絶ものの可愛さです。
是非、劇場でキュートな子供たちにメロメロになりつつ、激しく感情を揺り動かされてください!
噴き出し必至!『ハッパGoGo大統領極秘指令』
アルゼンチンとブラジルに挟まれた、ウルグアイという小さな国をご存知ですか。もちろん国名はご存知でしょうが、世界で初めて“大麻を合法化”した国、ということは知らない方が多いかもしれません。
日本では、大麻所持で有名人の逮捕が相次いでいますが、その大麻を国が合法化したというのだから、ちょっとと言うか…かなりビックリなスキャンダルに感じますよね(笑)!
その、2013年に可決された“大麻合法化”を題材にしたフィクション・コメディ映画が本作です。
誰しもにおススメというわけではありませんが、ブラックジョークや洒落が好きな大人の方には、是非、おススメしたい作品です。例えば、ジェイソン・ライトマン監督(あの『JUNO/ジュノ』の監督)の『サンキュー・スモーキング』(06)あたりを大いに楽しんだ方は、絶対に好きなハズだと思います。
しかも大麻合法化を進めた、“世界一貧しい大統領”として知られ、世界的にも人気の高いホセ・ムヒカ元大統領も友情出演(というか、想像以上に出ています(笑)!!)というから、さすがです。
ホセ・ムヒカ元大統領によると、大麻を禁止し、麻薬密売を必死で摘発しても増え続けてきたのだから、国民の健康維持と密売業者と闘うためには、合法化して売買利益を減らし、価格や質を国が統制・維持した方がいい、ということから踏み切ったそうですが……。
合法化したはいいけどブツがない(笑)?!
物語の主人公は、町で薬局を経営するアルフレドという男性。
悪化する経営状況を打開するため、早速マリファナ入りのブラウニーを売り始めます。すると噂が噂を呼び、薬局の前に長蛇の列ができるまでに。ところが実は密売業者から大麻を入手したことがバレ、逮捕されてしまうのです。
そんな彼が、大統領から極秘で密命を受けます。というのも、合法化したはいいけれどブツがない! すぐに栽培して供給できるわけもなく、各地で抗議運動が勃発し、困った大統領がアルフレドに“釈放してやるから、大麻の供給ルートを探せ~!”と大国アメリカに送り込むのですが――。
もう、なんともトホホで可笑しい物語。一緒に薬局を営む母親に、大麻のあれこれ情報を教え込み、母と息子2人でアメリカに乗り込むのですが、その珍道中たるや、爆笑の連続です!! はてさて、親子は供給ルートを確保できるのでしょうか!?
珍道中の間で、母と息子それぞれに色恋が絡んできたりするのも笑えるし、助っ人としてウルグアイからやってきた元麻薬捜査官が、警官の制服を来ているのに、必死で麻薬を求めて彷徨ってドラッグディーラー的な人たちと繰り広げるトンチンカンなやり取りなども笑えます。
ウルグアイでは薬局で、1グラム1ドルで販売予定という破格の価格を聞いて、アメリカ人が“ウルグアイ最高~!!”と礼賛したり。色んな皮肉やブラックジョークで横っ腹が痛くなる面白さです。
ちなみに監督が3人で資金調達し、そのうちの一人がアルフレドを演じるなど(母親役も監督の本当の母親が出演とか)、かなりのローバジェットで製作しながら、世界の色んな映画祭で賞を受賞しています。
軽~い気持ちで楽しむと、知らなかった世界や国の情勢も知れてお得感たっぷりの、魅力の1作です。是非!!
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折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。