LIFE

CULTURE NAVI「BOOKS」

ある日「夫婦って、なんだろう?」という感情が生まれて来たとき、手にとってほしい1冊

2018.10.31 更新日:2019.03.13

この記事をクリップする

夫婦という関係の不思議に想いを巡らす
極上の結婚小説

『ふたりぐらし』 桜木紫乃 ¥1450/新潮社

結婚は、それまで別の場所で生きてきたふたりを、誰よりも深いつながりを持つ「夫婦」という家族にする。けれども、婚姻届は単なるスタートに過ぎない。甘い新婚時代が過ぎ、ともに過ごす日々を重ねたある日、ふと「夫婦って、なんだろう?」という、もやもやした感情が生まれてくることがある。そんなとき手にとってほしいのが、この『ふたりぐらし』という小説だ。

物語は、夫の信好と妻の紗弓を交互の語り手にして紡がれていく。北海道に暮らすふたりは結婚して数年たつが、元映写技師で脚本家を志す信好は40代になってもほとんど収入がなく、看護師として働く紗弓が生活を支えている。紗弓の母は甲斐性がない信好への不満を隠さず、以前から母との確執を抱える紗弓は実家から足が遠のきがちだ。そして信好自身、職を選ぶがゆえに稼ぎがないことに負い目を感じ、そんな信好の心中を気遣う紗弓もまた、自分が抱える不安に気づかないふりをしている。

ささやかなアパート暮らしを営むふたりの日常にも、さまざまな出来事が起こる。信好の母が突然亡くなり、空き家となった信好の実家にふたりは引っ越すことを決めるが、そうした目に見える変化以上に丹念に描かれるのは、見えや疑い、嫉妬のような、表には出ない心の揺れだ。一緒にいるからこそ相手に伝わることもあれば、一緒にいるのにわかり合えないやりきれなさにため息が出ることもある。ただひとつ確かなのは、体中を満たす幸福感も、胸に渦巻く激しい想いも、ふたりでいるからこそ生まれるということだ。

信好と紗弓のほかにも、いくつかの夫婦の形がさりげなく、しかし忘れられない重さで綴られていく。たぶん、どんな夫婦にもあてはまる「正解」はないのだろう。それでも、ふたりで人生を生きることの意味を確かめ続けることだけが、「他人」を「夫婦」にしていくのかもしれない、と思えてくる。ゆっくりと一編一編を味わいながら、夫婦という不思議な関係をみつめたくなる一冊だ。

RECOMMEND


『鏡の背面』
篠田節子 ¥2000/集英社
薬物依存症患者やDV被害者の女性たちがともに暮らすシェルターが火災に遭い、入居者を救おうとした主宰者の女性が亡くなった。だが、「先生」と慕われていた彼女の遺体は別人のものと判明、謎が謎を呼ぶ中、「聖母」のようだった「先生」が隠し続けてきたおぞましい秘密が明らかに。迫真のサスペンスは、人間の業の深さを浮き彫りにして目が離せない。


『未来職安』
柞刈湯葉 ¥1400/双葉社
平成が「昔」として語られる近未来の日本。多くの仕事がコンピューターやロボットに取って代わられ、国民の99%は政府から支給される生活基本金でつつましく暮らしている。そんな時代にレトロな事務所を構える「職安」の所長は機械音痴の変わり者で、仕事を求めに訪れる客を独特のセンスでさばいていくが……。想像力が刺激される、SFお仕事小説。


『チェンジの扉 ~児童労働に向き合って気づいたこと~
児童労働の撤廃を目指し、ガーナやインドで活動する認定NPO法人。彼らの活動を通して教育を受けられるようになった子どもたち、コミュニティを変革した大人たちのストーリーとともに語られる、スタッフ自身が体験したそれぞれの変化とは? 「私たちはどう生きるか」、考えるきっかけに。


取材・原文/加藤裕子

この記事へのコメント( 0 )

※ コメントにはメンバー登録が必要です。

LEE公式SNSをフォローする

閉じる

閉じる