100年の時を超えてつながる人の願いが胸に響く物語
1世紀前といえば、だいたい自分たちの曽祖父母が若かった頃の時代だろうか。祖父母ならまだ生きていたり、身近な人たちから思い出話を聞く機会もあったりするが、1世代上がるだけで、距離感はぐんと遠くなる。『おれのおばさん』シリーズなどで知られる著者の最新作は、そんな近いようで遠い「先祖」の時代と今とをつなげる意欲作だ。
主人公のひとり、清作の物語は日露戦争の余韻がまだ生々しい時期に始まる。兵役に赴いた清作の父は心身に傷を負い、帰国直後に命を落としてしまった。もともとおとなしい性格だった清作はそんな父の姿を見て、「戦争に行きたくない」と強く思うようになるが、徴兵の年頃になれば、自分を嫌う₆歳上の兄・栄作に「家のために兵隊になれ」と命じられることは確実だった。父の死後、病気の母は実家で静養しており、家長となった兄には逆らえない。徴兵から逃れるため、13歳の清作は思いきって故郷を飛び出し、鍛冶の技を修業しつつ身を隠す。腕のよい職人として生きる場所をつかみ取る清作だったが、当時、徴兵逃れは捕まれば監獄行きであり、「家の名誉」にかけて追手を差し向ける兄の執拗さに怯えながら、清作は北陸から岡山、九州、横浜へと逃避行を続けていく。
もうひとりの主人公のあさひは清作のひ孫にあたり、教員になるべく猛勉強中だ。ある朝の食卓で話題に上った「先祖について調べるテレビ番組」をきっかけに、あさひは清作の名前を知るが、彼女が教員を目指した理由が清作の人生の大事なところとつながっていることが読者に次第に明らかにされていく。
ふたりの主人公はお互いを知らない。だが、試練に立ち向かうあさひを支えるのは、不器用なほどまっすぐな誠実さ、そして人としての矜持を貫く芯の強さであり、それは清作の生き方が時を超えて手渡されているようにも思える。波瀾万丈、骨太なストーリーでありつつ、人間のあたたかさや強さが胸にしみわたる魅力的な小説だ。
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取材・原文/加藤裕子
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