「結婚なんかしちゃったらマジ人生終わりだし」(モテ英国詩人バイロン♂)
「モテ」や「愛され」の恋愛必勝指南が花盛りだけど、そもそも「これであなたも連戦連勝、モテまくり!」と言わんがばかりのイケイケな売り文句に、ふと疑問を持った人も多くはないだろうか。「それって、一つ一つの関係が短いってことじゃないの?」
受験社会の延長なのか、目標突破や対象獲得のためには「ナントカ活」と称して懇切丁寧な方法論がちまたにあふれる。けれど、一度結んだ関係の継続や成長や成熟に関しては甚だ手薄なのが不思議だ。日本人って、石の上にも三年とかなんとか言ってやたらと継続を尊ぶわりには、その方法論は「忍耐」一本槍なのである。
忍耐でしか継続できない結婚の、どこに夢なんてあるだろうか。いみじくも、遠く19世紀初頭英国のイケメン貴族詩人バイロンは、とかくいろんな女性とくっついたり離れたり、奔放な恋愛ぶりで社交界の寵児だったらしいが、こんな言葉を残している。
「すべての悲劇というものは死によって終わり、すべての人生劇は結婚をもって終わる」
もー結婚なんかしたらマジ人生終わりだわー、的な男のボヤキをロマン派詩人が格調高く言うとこうなる。裏を返せば、情熱的な恋愛に興じ、浸り、溺れ、百戦錬磨の格調高い詩人は、結局は生涯通して安定した結婚の奥義秘訣を手にし得なかったということだ。
どうやら、結婚は情熱や恋愛技術だけでできるものじゃないらしい。では「墓場」じゃない結婚、色褪せてしまわない結婚、人生を預けて悔いのない結婚って、どうしたら実現できるんだろう。
「文句はあるけど、いつまでも二人で」退屈しない夫婦
熊谷守一という画家が没して40年。明るい色彩と単純化されたかたちを持つ作風で知られ、晩年は花や虫や鳥など、身近なものをモチーフに描いたたくさんの作品を生み出した。対象の本質を捉えた絵や、力みのない自然な書には、いまでも多くのファンがいる。晩年のポップとも呼べる色使いや大胆な輪郭には北欧テキスタイルにも一脈通じるものがあり、LEE読者にもモリカズさんファンがいらっしゃるかもしれない。
ところが彼は、その高い名声と人気とにもかかわらず、晩年の30年間を豊島区の自宅とその庭からほとんど出ずに過ごした。その日常を淡々と、だがユーモラスに切り取ったのが映画『モリのいる場所』(沖田修一監督)である。
94歳の熊谷守一は76歳の妻・秀子とその姪の美恵との3人で築40年の木造一軒家に暮らすが、親しみを込めて「モリ」と呼ばれる彼は朝食を終えると毎日庭へ「出かける」。下駄を履き、両手に杖を握って、庭先で洗濯物を干す秀子に「いってきます」と声をかけ、秀子は「はい、いってらっしゃい、お気をつけて」と返すのが日々の日課だ。草木が生い茂り、虫や花や生き物があちこちに顔をのぞかせる小さな庭は彼のワンダーランドであり、インスピレーションの泉であり、無限に広がる小宇宙なのだ。地面に寝そべって日がな蟻の歩みを見つめるモリ。彼にとってその日常は、毎日ひたすら観察と発見と思考と創作の連続で、飽くことなどない。
妻の秀子はそれを十分に理解していて、庭へ出かけるモリを「お気をつけて」と見送り、発見し考えたことを嬉しそうに語るモリを「ああ、そうですか」と受け流しつつも、近隣にマンション建設が始まって庭に危機が及ぶと「あの庭は、主人のすべてやからね」と建設反対運動を支持する。
静かさの中に創作への激しい希求を秘めたモリという芸術家を山崎努さんが、飄々と受け流しながらモリという人格個性をすっぽりと受け入れ見守る秀子を樹木希林さんが、穏やかに演じている。けれど夫婦の結婚52年目の平和な平衡に、かつて深く大きな悲しみが存在したことを一瞬だけ鋭く知らせるのは、終盤で秀子が碁を打ちながら呟く「うちの子たちは早く死んじゃって」との台詞だ。
それは元々の脚本にはない台詞で、5人の子どものうち3人を赤貧で亡くした熊谷守一の歴史を知る樹木希林さんのアドリブだったこと、そして沖田監督にその台詞を即採用されたとのエピソードに、樹木希林さんの母としての、女性としての凄みを感じて肌が粟立った。
母親は、子どもの死を忘れることなど絶対にない。ましてそれが戦時の芸術家家庭の貧しさゆえだったならなおさらだ。この夫婦はそれをも含めて乗り越えた先に、結婚52年目の平衡を迎えていたのだ。
結婚の向こう側にある、悲喜こもごもを二人で経験し、二人で乗り越える。結婚とは、ロマンスの先で「二人を続けること」だ。
結婚はゴールじゃない、むしろそこから始まる
「萌え」や「好き」止まりで「愛」なんて仰々しいものに腰が引けがちな日本では、情熱だけじゃ夫婦ではいられないよ、と大人たちが言う。情熱? そんなものは子どもの遊びだ、早く忘れなさい、とでも諭(さと)さんばかりに。
熱が冷めて「情」だけとなり、枯れた関係をこれぞ成熟、と呼んで尊ぶけれど、それでもただ美しく枯れるのはとても難しい。結婚生活のどこかに大小の違和感や不信や憎しみを育て、陰で悩み、迷子になる大人たちがたくさんいるのを、私たちは充分に見てきた。
お互いが心地よくいられなければ、人生は共にできない。夫婦とは、厳密に他人同士の二人の関係だ。「些細なことには目をつぶって」我慢して添い遂げればそれでいいという時代でもない。
それでも私たちは、結婚という関係性に安らぎ、夢を持つ。二人にとって心地よい「平衡状態」を手探りする。結婚はゴールじゃない、むしろそこから始まる、と、結婚してから知る。
ときめきは「もって3〜6ヶ月」という事実
LEE本誌6月号特集「もう一度、夫にときめきたい!」では、わりと衝撃的な事実が判明している。
脳科学的に「ときめき」とは、「”新奇”の刺激や対象に対して期待感を持つとき、ドーパミンが過剰放出され抱く感情」なのだとか。ところが、ときめきの主要物質であるドーパミンは、3〜6ヶ月で出なくなるという。ドーパミンは、あくまでも新しい刺激に対しての物質なので、目が慣れると分泌がストップするのだ。
男女の関係が進行するにつれて、ドーパミンの代わりに分泌が始まるのが、愛情や愛着のホルモンと呼ばれるオキシトシンや、多幸感・安心感をもたらす幸せホルモンのセロトニン。「ときめきが落ち着き、だんだんと愛情に変わるのは、脳内物質的にも自然な流れなのです」(脳科学者・塩田久嗣さん LEE本誌6月号より)
まさにかつて大人たちが言っていた「情熱」から「情」への感情の移行は、こうして脳内物質によってつかさどられているのだ。少し前に、海外ドラマの恋愛を語る場面なんかで相性の良さやときめきを表すのに多用されていた「ケミストリー(化学反応)」なんて言葉は、このへんを絶妙に指している。ニヒリスティックに極言するなら、恋愛なんてしょせんお互いのホルモンの分泌反応に過ぎない。
そこでみんな、ふと思い至るだろう。「……じゃあ、ホルモンの分泌を制するものは恋愛や結婚を制するんじゃない?」。個人的な期待を込めて、それってたぶん”当たり”。本誌ではドーパミンを放出させてときめきを維持し、オキシトシンを出して愛着を強化する方法も紹介されているので、ぜひ戦略立案の参考としてご覧いただきたい。
退屈しない夫婦に学ぶ合言葉は「いつも新鮮」かつ「いつも安心」。女も男も、私たちはいつだって幸せを手探りしている。
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映画『モリのいる場所』予告編
(c)2017「モリのいる場所」製作委員会
5月19日(土)シネスイッチ銀座、ユーロスペース、
シネ・リーブル池袋、イオンシネマほか全国ロードショー
監督 /脚本:沖田修一
出演:山﨑努、樹木希林
加瀬亮 吉村界人 光石研 青木崇高 吹越満 池谷のぶえ きたろう 林与一 三上博史
2018年/日本/99分/ビスタサイズ/5.1ch/カラー
配給:日活
製作:日活 バンダイビジュアル イオンエンターテイメント ベンチャーバンク 朝日新聞社 ダブ
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河崎環 Tamaki Kawasaki
コラムニスト
1973年、京都生まれ神奈川育ち。22歳女子と13歳男子の母。欧州2カ国(スイス、英国)での暮らしを経て帰国後、子育て、政治経済、時事、カルチャーなど多岐に渡る分野での記事・コラム執筆を続ける。2019秋学期は立教大学社会学部にてライティング講座を担当。著書に『女子の生き様は顔に出る』(プレジデント社)。