美しいアンティークの服が人生を変えていく物語
物語が繰り広げられる主な舞台は、18世紀から現代まで1万点以上の洋服が眠る私設美術館だ。何かの研究所と勘違いしそうな無機質な建物の中には、高価な「身にまとう芸術品」ばかりが集められ、ごく限られた人々しか入ることはできない。主人公のひとり、芳かおるは普段は老舗百貨店のカフェで働くフリーター。幼い頃から美しい服を愛してきた彼は、子どものとき、水色のドレスを着て近所の男子に石を投げられた経験から、自分の心を押し殺し、きれいな顔を武器に、要領よく日々を過ごしている。だが、思わぬことで美術館に立ち入ることを許され、芳の人生は一変する。
もうひとりの主人公は、洋服補修士として働く纏子(まきこ)。彼女は子どもの頃、母が交際していた男に乱暴されて以来、男性という存在そのものに身体が拒否反応を起こすようになってしまった。高校時代からの親友、晶の養父が設立したこの美術館で、アンティークの服と向き合い、その服が実際に着られていた日々に想いを巡らせながら針を動かす時間は、彼女にとって何物にも代えがたい時間だ。
ふたりにとって服は単なるモノではなく、その服を着た人物が生きた証であり、その服をつくり上げた人々の情熱の結晶でもある。市場に出るほとんどの服が買われずに廃棄処分されていく中、空気にさらされるだけで劣化しかねない繊細な服を大切に守る美術館で、服を愛するということのほかは何一つ共通点がないふたりが、少しずつ人生を重ね合わせていく。登場人物のひとりが小説の中でこんなことをつぶやく。気に入った服を長く着続けたいと思ったら、自分の身体になじむまで手入れをしながら大切に扱うはず、人との関係も同じだ、と。精緻に綴られる美しい服にうっとりしながら、自分のクローゼット、そして人生を見直したくなる、そんな小説だ。
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『そして、バトンは渡された』
瀬尾まいこ ¥1600/藝春秋
もうすぐ高校3年生になる優子には父親が3 、母親が2人いる。名字は17年間の人生で4回変わり、今は血のつながりがない「森宮さん」が父親だ。よく「何か困ったことや辛いことはない?」と聞かれるが、全然不幸ではないので逆に困ってしまう……。優子を大切に愛する「家族」の優しさに何度も涙がこぼれる、心あたたまる異色の「家族小説」だ。
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田町譲は人材派遣会社に勤める27歳。万年人手不足と女性社員同士の軋轢が激しい職場に疲弊し、遠距離で交際する彼女との関係を真剣に考える余裕もない。そんな彼の心を支えるのは、小学校時代にいじめて泣かせてしまった、インパクトのある名字を持つ元同級生のブログだった。日常を巧みにすくい上げる表現力が光る、第30回小説すばる新人賞受賞作。
多様な文化と暮らしが入り混じる街で見つけた日用品
『週末香港、いいもの探し』
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著者は、LEEをはじめとする女性誌で活躍中のインテリア系スタイリスト。餅店(ベーカリー)のトングやラクダ印魔法瓶、ステンレスのポットなど、長年の香港通いで見つけた日用品たちはどれも素朴で、でも使い勝手がよさそうなものばかり。巻末には地図や覚えたい広東語のリストなども。
取材・原文/加藤裕子
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