ほっこり可愛い「絵」を描くモード・ルイスの半生 映画『しあわせの絵の具』には愛と感動が一杯!
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折田千鶴子
2018.02.27
アシュリング・ウォルシュ監督が来日!
みなさんは、モード・ルイスという画家をご存知ですか? 実は私も彼女の名前を知ったのは、映画『しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス』きっかけですが、絶対にどこかで見たことがある、可愛い~と手に取ったことがある、そんな気がしてならないのです。本当にそうなのか自信はありませんが、とっても懐かしいような親密さを感じずにはいられない…。あぁ、彼女の絵でお部屋を満たしたい!! きっと女性なら、そう感じずにはいられないハズです。
そんな画家の半生を描いた映画『しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス』も、彼女が描く絵同様に、小さいけれど大切な幸せ、愛と感動と発見が詰まった、心の宝物にしたくなるような素敵な作品です。
公開を前に、監督のアシュリング・ウォルシュさんが来日されました。
素朴派画家モード・ルイスと夫エベレット、不器用ながら誠実な優しさに満ちた2人の愛の軌跡を、瑞々しく描き出した監督に色々聞いてみました!
ユーモラスで温かな優しさに包まれた映画のトーン
カナダの小さな港町。子供の頃からリウマチを患い、両親の他界以来、一族から厄介者扱いされてきたモードは、自立しようと、町のはみだし者エベレットの家政婦として住み込みで働くことになります。孤独だった2人の共同生活は、当然ながらトラブル続き。しかし互いの存在に、少しずつ心が温かくなるのを感じ始めていくのです。
――モード・ルイスさんが描く絵のように、映画自体がとても柔らかな優しさ、慎ましく誠実な空気に包まれていました。心にすうっと入ってきて感動しましたが、そんなトーンを保つのに、どんな点にこだわりましたか?
「彼女たちが住み続けたわずが4メートル四方の小さな家(電気も水道も通っていない!)が、現在、ハリファックスの美術館に永久保存されているのですが、それを実際に見たときに反応するフィーリングが生まれました」
「彼女が描く作品はとてもカラフルなので、絵が登場しない部分、冒頭の方はとてもシンプルに、少し冷たいくらいの感じ、暗めのトーンで行こうと思いました。孤独なエベレットの世界に彼女が色をもたらした、と感じられるように。そのトーンに合わせて衣装をはじめ色彩設計をしていきました。彼女たちの家はあまりに小さいので、とても親密な空間になってしまう。だから逆に家の外は、大きな風景を意識的に取り入れていきました」
わずかな手掛かりから想像を膨らませた
――彼女のドキュメンタリーを見ただけでは、夫婦の不器用な愛の育み方までは分からなかったと思いますが、どのようにフィクションを組み込んでいったのでしょうか?
「事実と想像、ノンフィクションとフィクション、2つの要素はダンスのようにバランスを取らなければなりません。モードは人生の最後の4、5年で初めて多くの人に知られた画家なので、写真も少ししか残っていないし、若い頃のことはほとんど誰も知りませんでした」
「数少ない手掛かりを出発点に、私たちは色々と考えて「きっとこうだった」というものを作りだしていきました。映画作品として、観客にきちんとしたドラマを見てもらう必要がありますから」
「ただ今回、家をディテールに至るまで完全に再現できたのは、大きかったですね。彼女がこの家で、最初に何の絵をどこに描いたのか、壁なのかドアなのか、何色のペンキを使ったのか、誰も知らないわけです。何だったらみんな合点がいくだろう、何だったら自然かと、話し合いながら作りました」
「もちろん彼女の絵を初めて見たエベレットの反応や表情、何を言ったのかも想像です。分かっているのは、彼女がクリスマス用のカードに絵ハガキを書き始めた、ということだけ。彼女の才能を認めるサンドラという人物は、実在するアメリカ人女性2人を合体させて生み出しました」
愛すべきモードのパーソナリティ
――モードは一見、小さくて無力なように見え、とても逞しかったり、とてもユーモアラスだったりします。彼女のそんなユニークな可愛さは、監督がドキュメンタリーから感じ取ったものをキャラクター化したのでしょうか。
「晩年のドキュメンタリーなので、リウマチの上に肺気腫を患い呼吸が辛そうでしたが、とてもポジティブに世界を見ている、目を向けている様子が伝わってきました。色んな質問に対しても、常にユーモアを交えて応えている姿も印象的で」
「一人の男性と人里離れた場所で生活をしながら、それを幸せだと感じられるのも、彼女がとても強い人間だからだと思います。若い頃、2人共とても孤独な時間を過ごしましたが、自分の求めているものに対しては、決然と闘う力や、生き抜く強さを持っていたのです。そんな彼女の明るさやポジティブさ、世界の見方や捉え方、強さやユーモラスさが描く絵に現れているからこそ、こんなにも彼女の絵が広く愛されるのだと思います」
――映画の中でモードの絵を数々見られたというのも、とってもステキなことでした。ただモチーフとドラマの関係性、何をどこまで見せるか、というのは非常に重要なバランスを要しますよね。
「本当に微妙です。今回も、映画の中で絵を必要な量、見せられているかは常々考えした。今回はモチーフが絵であり画家なので、初めて彼女が絵を描く瞬間を観客は観たいと考えました」
「エベレットが彼女に手を上げ、彼女が家の中に入って、傷ついた心を癒すために絵を初めて描く。そうして絵は彼女を癒し続けるものになった、という部分を描きたかったのです。色んなものにどんどん絵を描いていくモードを私は追っていった結果、絵を描くこと自体が彼女の人生になる――自然とそう流れていきました」
不器用な2人の愛の軌跡に胸キュン!
――孤独で不器用な2人が少しずつ近づいていく、その様がとてもすうっと心に入ってきました。
「エベレットについては、冒頭で家政婦募集の貼り紙をしに来た彼に、まさかモードが恋に落ちるなんて、と思うような人物を目指しました。元々エベレットは寡黙で少し気難しく、気分屋だったそうなんです。でもモードは彼のハートに響く何かを感じたわけですよね」
「モードがそんな彼に恋をして夫婦になる、その気持ちと同じような経験を観客にもしてもらえるように腐心しました。終盤では、彼はきちんとティーカップでお茶を飲む。モードによってもたらされた小さな彼の変化も、所々でさりげなく描き込んだつもりです」
――「そんなもの必要ねぇ!」と言っていたエベレットが、玄関ドアに網戸を取り付けてくれるシーンは、ちょっと胸キュンでした。そういう場面を想像し、作り出していく楽しさを監督も感じたのでは?
「そう、イーサン(・ホーク)とサリー(・ホーキンス)と、そういうものを作り上げるのが、すごく楽しくて(笑)! しかもあれは、実は10分くらいでパパッと撮っちゃったシーンなの、スゴイでしょ!? それが出来るのも、彼らレベルの役者だから、ですけどね(笑)」
「無骨なエベレットの心優しい瞬間を何カ所かで見せていきたくて、網戸のシーンは私もすごくこだわりました。でもなぜか製作チームは懐疑的で、脚本から何度も入れたり外したりしたんです。でも絶対に私は撮りたかった。だって40年間続いた2人の関係性を覗き見できる瞬間でもあるわけだから」
2人に見る、真の夫婦像
――2人がなかなか性交できない、というのもリアルで良かったです!
「でしょ、いいでしょ? そもそも彼は35年一人で生きて来て、モードと暮らすことはすごく難しいことだったと思うのです。だから声を荒げて追い出してしまうんだけど、彼女は戻って来る。そして少しずつ家の中に自分の居場所を作り、絵を描いて自分の棚を作っていく。お互いにぎこちないけれど、いかに助け合ったかというのも本作で描いているつもりです。結果的には、彼女をケアするのも彼だし、彼が家事をやっているわけで。その<40年にわたる結婚の肖像>を描くことも、本作に私が関わりたかった理由なんです」
――彼らの夫婦関係を通して、監督が感じ取ったもの、感銘を受けたのはどんな点でしたか。
「生きていれば葛藤も、辛いこともあるし、つまりは生活だもの、夫婦って色んなことが上手くいかないことがありますよね。でもエベレットの存在なくしては、彼女もあんな風に絵を描くことができなかったし、モードなくしてはエベレットもあんな素敵な一生を経験することもなかった。“決して楽ではなかった”ということにも意味があって、そのこと自体もすごく素敵だと思うんです」
世間的には無力な2人が、肩を寄せ合って生きていく。そんな姿に胸を打たれると同時に、結びつきの強さ、絆に「こんな2人、いいな、いいな」と心がホクホクしてくるようです。
映画『しあわせの絵の具』は3月3日(土)より公開が始まります! ぜひ、モード・ルイスが教えてくれる、大切な人生の慈しみや喜びを、劇場で体感してください!
折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。