少し前になりますが、LEE10月号に不登校の特集がありました。不登校の様子も年々変わってきているように感じ、とても興味深く拝見しました。
3年前のわが家は、まさにそのど真ん中にいて、この時は娘の希望もあり、匿名で企画に参加していました。
↑この「すぴかさん」は、私でした。
今でも思い出すとすぐに涙が浮かんでくるような切ない記憶。
不登校の子の親になると、学校に行けなくて一番辛いのは、子供本人だ、って分かっているけど、「どうしてうちの子が?」「何か理由があるの?」と思い悩んでしまって。
疲弊する子供を見ると、辛くて、歯痒くて、どうすることもできなくて。生活面では働き方を変えなくてはいけなくなったりと、問題が山積みになってしまう‥‥。
不登校の子どもとの距離感、働き方も見直して
娘は昼夜逆転の生活に。夜になると漫画を読んだり、YouTubeを観たり、絵を描いたり、と活動的に。昼間は起きているのか寝ているのか?のように、目の下を真っ青にして、食事もほとんど食べずに痩せてしまいました。「放っておいてほしい」と言われ、できるだけ干渉しないように努めました。
とはいえ心配なので、わたしは仕事をセーブして、家にいる時間を増やしました。飼ったばかりの猫が娘に寄り添ってくれたことは救いでした。娘も猫の世話だけは自分の仕事としてしてくれたので、そのひと時は笑顔を見る事もできました。
言葉に出さないイライラは「ブラックノート」に殴り書き。
また、娘とのやり取りでの言葉にならないイライラや不満をノートに書き殴って破り捨てるなどして、気持ちを溜めないようにしました。その名も「ブラックノート」。読めないような汚い字で走り書きして、ぐしゃぐしゃに読めなくしたり。言葉を残す、ではなく発散のためのノートに救われていました。
客観視してみる「きっといつか、笑い話になる。」
この時は自信がなかったけれど「いつか笑い話になる時がくる!」って言い聞かせたりもしていました。「経験値上がるなー!ネタにしてやるぞー!」なんて呟いてみたり。わたしまで落ち込んでなるものか!と鼓舞していたのかもしれません。
選択肢はたくさんある。学校に戻る、をゴールにしない
そして、学校に戻ることをゴールにすることをやめました。今は学び方にもいろいろな選択肢があるし、と通信制高校のことを調べたり、「この子の笑顔を最優先しよう!」と、切り替えて娘が興味を持ったイベントに一緒に参加したりもしました。
「眠れること、食べられること」=日常への近道
しばらくして娘に合う精神科の先生に出会え、合うお薬をいただいて、睡眠リズムが整ったことから回復に進み、娘の笑顔が戻ってきました。「眠れる」「食べられる」は、心の健康の基盤なんだな、と改めて知りました。
また、スクールカウンセラーの先生や学校がクラス外登校を推進してくれたこと、そこで同じように不登校に悩む友達が出来たこと、そのクラス外ルームの先生のフォローのおかげで、9ヶ月の不登校生活から、少しずつ学校にも自分の居場所を見出せるようになりました。
「青春を取り戻す!」

時が経って今、娘は高校生活で青春のど真ん中。部活動では全国大会も経験でき、中学校ではできなかったことを、たくさん経験できている毎日です。
「青春を取り戻す」は本人が学校へ行き始めた時に、力強く話してくれた言葉。青春を謳歌していた姉たちからの刺激、大好きな漫画「ハイキュー!」も心の道しるべになったようです。
どうしてあんなにも鬱々していたんだろう。
そして娘自身があの頃を思い出すと「何で自分があんなに鬱々と、悶々としていたのかがわからない」「何かに取り憑かれていたみたいだ」と言います。きっと今悩んでいる子供たち本人が、一番分からなくて、辛い状態だと思います。どうか親御さんだけで抱えずに、いろいろな方向からお子さんを見てあげてほしいです。今すぐに先のことは考えられなくても、この経験がどなたかの小さな支えになればと思います。
この経験は、子育て期のどの経験よりも辛く、でも学びばかりでした。3年弱経って、やっとこうして書く事もできるようになりました。
今悩んでいるご家庭とお子さんが、笑顔で過ごせる時間が増えますようにと、願いを込めて残します。
TB - なおっち
派遣社員 / 神奈川県 / LEE100人隊トップブロガー
48歳/夫・娘(21歳・19歳・16歳)・黒ラブ・保護猫3匹/料理部・美容部/長野県出身。夫と娘たち、やんちゃなワンコと個性豊かな保護猫3匹と賑やかに暮らしています。映えない料理とガーデニング、カジュアルな服が好き。夫と愛車でのドライブが楽しいこの頃。早いものであっという間のラストイヤーに!LEEへの感謝は募るばかりです。身長159cm。
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TB なおっち