暮らし発見

【能登半島地震】B-SIDE⑫ 一番近くて、一番遠い。

  • 001 ミミ

2026.07.13

  • 1

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少し前の話ですが

GWの終盤頃、

娘が「優香のお参りに行きたい」と

初めて言いました。

娘のことについて書くことは

少し気が引けましたが

これも、娘の、そして親としての私の

大切な一歩だったので

少しだけログを残しておこうと思います。

あの日から、一度も。

バラ ジュリア ガーデニング

2024年1月1日の能登半島地震で

娘と私は

一番の親友と、一番のママ友を失いました

優香ちゃんという

娘の親友も含めた兄弟3人と母、

母方親族含め、計9人が

土砂崩れに巻き込まれ、亡くなりました。

震災後、娘は一度も

優香ちゃんの家を訪れていませんでした。

お友だちの中には

月命日におうちに行ってお花を渡したり、

優香ちゃんの誕生日に

プレゼントをあげたりする子も沢山いて。

でも、娘は違いました。

優香と一番の親友だったので

ショックが大きすぎて

そんなことすら出来ませんでした。

平然と過ぎていく毎日の中で

心の平穏を保つことすら

とても難しい状態でした。

私は大間家に時々訪れていましたが

娘の心の傷の大きさを分かっていたので

「一緒に行く?」と勧めることもせず、

ただ静観していました。

そうして

1年が過ぎ、

2年が過ぎたある日、

突然娘が

「優香のとこに、お参りに行きたい。

誕生日プレゼントあげたい。」

と言い出しました。

一瞬、

大丈夫かな?と思いながらも、

娘の中での気持ちの区切りというか

その時が来たのかもしれないなと思い

優香パパに連絡を取り、

大間家を訪れました。

震災後、初めて上がった家

4月 プラタナス 春

ピンポンして

優香への誕生日プレゼントを渡して、

優香パパと玄関先に座りながら

3人で話をして、

それでバイバイする予定だったのですが

「今ならお家の中、行けると思う」

と娘が言ったので、

そっか。大丈夫?と改めて確認し

2人でおうちにお邪魔しました。

わかっているけれども。

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何度も何度も遊びに行っていた

大間家のリビング。

でも今は

優香も、はる香さんも、

泰ちゃんも、湊ちゃんも、

そこにはいなくて

あるのは4つ並んだ骨壺と遺影と、

沢山の写真とプレゼント。

わかっているけれど、

何度来ても辛くなる。

大人の私ですらそうなのに

娘は震災後、

初めてこの空間に足を踏み入れ

どう感じただろうか。

一番近くにいた親友は

一番遠くに行ってしまいました。

そして、2年半経って、

親友と再会し、

ようやく彼女の仏前に、

手を合わせることが出来ました。

誰がすすめたわけでもなく、

娘の自発的な気持ちと行動でした。

こればっかりは、

娘の自然なタイミングでと思っていたので

遅いも早いも無いわけですが

優香、今日という日まで

娘を待っていてくれて、ありがとね。



2年経って表出した言葉

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この前後で、娘は

「優香が亡くなって辛いんだ」

と、初めて言葉にして伝え、

「私は優香がいなくなって悲しい」

と言って、母の前で泣きました。

震災から2年半ほど経ちますが、

そんな娘を見たのは初めてでした。

そして、

「優香のことを忘れた日は1日も無かった」

ということも、母に伝えてくれました。

それまで、辛いと思っていても

きっと親にも友達にも、

誰にも言えず

感情を外に出せず

一人で抱え込むしか無かった時期が

彼女の中にあったのだと思うと、

やりきれない気持ちになりました。

今は中学2年生になりますが

小5で親友を失ってから

自分を守るために

親友のいない世界で、学校で、環境で、

生きていくために

どれほど必死で

日々を送ってきたんだろうと思うと

改めて、娘の気持ちは

親になんて到底想像できないくらい、

辛かっただろうし

苦しかっただろう、と。

いや、過去形ではなくて

今でもそうなんだろうなと。

一番近くて、一番遠い。

こういうことに関しては

当然ですが

みんなが同じ温度で

歩んでいける訳なんてなくて。

この出来事と自分との間の距離感も

「うまく離して付き合う」なんてことは

絶対に無理だったくらい、

娘にとって優香は

大切な大切な親友なんだもんね。

ここであえて「親友だった」

とは書きたくないです。

今でも、娘は

「自分の中の親友と呼べる存在は

優香しかいない」

と断言しています。

それだけの関係であったが故に

一番近くにいた子ほど

一番遠くに行くことしか

できなくなることもあります。

優香に対して

一番気持ちが深かったからこそ

しばらくは

断絶するしか無い

離れるしか無い

そうならざるを得なかったのだと思います

誕生日プレゼントに思う事

能登半島地震 大間優香 大間家
優香パパが、この日のことをインスタにあげてくれた時に来た皆さんからの温かいコメントに、娘はとても励まされたと話していました。(掲載の許可をいただいています)

娘が優香にあげた誕生日プレゼントは

当時、優香が大大大好きだった

アイドルグループのCDでした。

こう言ってはなんだけれども

「故人にお供えする」

という目的でなく

優香が今も生きていたら

きっとすっごい喜んでくれただろうな

というチョイスを、娘はしていました。

それを見て、微笑ましく思うと共に

娘の中には

やっぱり、優香は

生きているんだと思いました。

二度と会えないことは

重々わかっているんだけれども

娘が買ったものを見て

娘の中には今でもちゃんと優香がいて

そして、このプレゼントは

喜んでくれる優香を想像して

買ったものだったんだなと思うと

親としても嬉しく、

涙ぐましく

感慨深い気持ちになりました。

こんな気持ちを

親友に対して持てる子で良かった、と

娘のことを、一層愛おしく感じました。

ずっと、続いていく。

ガブリエル バラ
はる香さんにも、お空を見上げ、報告した私でした。

彼女が11歳で負った深い心の傷は

これからも残り続けるだろうし

癒えるとか

乗り越えるとか

そういうものでは無いかもしれないけれど

最近は、

その気持ちをまるごと全て抱えて

前に進みつつある様子が見て取れます。

娘の、自然な心の動きを

親として

見守っていけたらと思います。

001 ミミ

001 - ミミ

専門職 / 石川県 / LEE100人隊

41歳/夫・娘(13歳)・息子(6歳・3歳)/料理部・美容部/旅、インテリア、ガーデニングなどが好きです。おいしいものも大好き。3人の育児と仕事で目が回りそうな毎日ですが、LEE100人隊の活動は自分の中の「好き」を再発見できる大切な場所です。気づけば2年目!いろんなことにチャレンジしながら、日々を楽しく過ごしていきたいです。

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