転院へ
2012年1月4日。
病院のお正月休みが明けてすぐ、私と夫2人で病院に行った。
担当の先生から「うさこさんの病状では大規模な病院への転院が必要なので紹介したいと思います」と、札幌のいくつかの病院の名前が挙がり、その中で担当の先生が繋がりがあり、信頼がおけるという病院を紹介される。
そこは事前に夫が調べてくれていた子宮頸がん治療に強い病院だったので、そのままそこを紹介してもらう事に。担当の先生がすぐに紹介する病院の先生へ電話をかけてくれて、その足で紹介先の病院に向かい診察を受けられる事になった。
最初にかかったこの病院での迅速な対応には本当に感謝している。のちのちわかる事だけれど、私の病気の進行はイレギュラーに早かったので、時間が無かった。
希望の光
お正月明けすぐの大病院は空いていた。これまでいた産科がある中規模病院とは明らかに雰囲気が違う。最初の病院から受け取った検査結果を提出し、診察を待つ時間が重苦しい。
もしも進行していて転移していたらどうしよう。呼ばれるのが怖い。知りたくない。
名前を呼ばれ、夫と診察室に入る。そこには背が高くて優しそうな先生が座っていて、私の検査結果を確認していた。
「まずは内診をさせて下さい」と言われ、診察へ。一度待合室に戻ったのち、内診結果と持参した検査結果を合わせて先生が確認。
再び診察室に呼ばれ先生から告げられたのは『子宮頸がんⅠb 1期』の診断。
「現状では手術のみで取りきれる可能性が高いと思います。おそらく抗がん剤などの追加治療も必要ないです。お子さんも一人いらっしゃるので子宮の全摘出をおすすめします」。心の準備は出来ていたから事実をそのまま受け止められた。
「完治の可能性が高いので頑張りましょう。小さなお子さんもいるので」と言われ、病気になってやっと安堵した。この時の診察で先生から言われた「完治の可能性が高い」という言葉がその後の私のお守りだった。
娘に兄弟を作ってあげることはできないけれど、生きることが出来るなら頑張ろう。
私の入院日が決まり、私の母とたまたま仕事を辞めたばかりだった妹がチビうさの面倒を見るために札幌の自宅に来てくれることになった。
新たな絶望
診察日から10日後ほどが経過し、手術の1週間前から入院した。入院してからは様々な検査予定がびっしり。それでもこの頃毎日1歳児の育児にてんてこ舞いで、自分の時間なんてほとんど無かったから、娘と離れ急に訪れた一人の時間に戸惑った。
術前に必要な更に詳しい検査結果が全て出揃い、入院中のある夜主治医に呼ばれた。
検査結果を見せられながら「実は…」と切り出される。
「うさこさんの腫瘍マーカーなんですが、今調べると実はSCCが7あります。これは〝リンパ節転移〟をしている可能性が高いです」
「え…」
胸がギュッとなる。その頃私はもう病気について色んな知識を得ていて、リンパ節転移がどのような状況かわかっていた。
「リンパ節転移をしていると完治の可能性が低くなります」
主治医は真っすぐ私を見たままそう告げる。こう書くと残酷なように聞こえるかもしれないけど、主治医は一貫して患者本人の私に事実をきちんと隠さず伝える、嘘やごまかしをしない先生だからとても信頼していた。
一度は手にした希望を一瞬で失う。
あぁ、やっぱりダメなのかな。私死んじゃうのかな。
呼ばれた面談室を出て、病室には戻らずデイルームに行った。
その日見た病院の高層階からの夜景を今でも覚えている。
街の灯りがキラキラしていて、沢山の家に灯りが付いて、車が行き来していた。私がよく行っていた系列のレンタルビデオ屋さんの看板が見えて
「あー私もほんの少し前まであの日常に当たり前にいたのになぁ」
って思った。
今、病院の中にいる私と、この夜景の中にいる人たちとの生活はあまりに遠くて。
私、小さな娘を残して死んじゃうくらい悪いことしたかな。なんでここにいるんだろ。
そんな事をぼーっと考えた。
消灯時間を過ぎても病室に帰らなかったから、部屋に戻ると同室で同病の優しいマダム達がすごく心配してくれて。あの夜景の中にもう病気をする前の自分はいないけど、同じ仲間の優しさにすごく救われたんだ。
今すぐ病気の自分の身体から離れられたらいいのに。
そんなことを考えながらその夜は仕方なくベッドに入った。
私の入院中、娘の様子
当時1歳ちょっとだったチビうさは毎日お見舞いに来ては、廊下をよちよち歩いてご機嫌で。
私の母と娘は病気になる前からちょくちょく会っていたから、私と離れて母と妹と夫と暮らしても号泣することもなく、そこはすごく助かった。
ただ、当時母乳で育てていた娘。検査の段階で突然断乳せざるを得なくなり、突然の断乳になった夜は一晩中断末魔の叫びで母乳を「飲ませて」とせがんだ。言葉を理解できず、ただただ泣く姿は胸が締め付けられるほどすごく可哀想だった。
術前診断
手術の日の数日前に病院に家族が呼ばれ、私の検査結果と術前の診断、決定した手術内容の説明があった。
《診断と手術内容》
- 子宮頸がん 扁平上皮癌
- Ⅰb2期(初見よりステージが上った)
- 腫瘍のサイズ 約5㎝
- 腫瘍マーカーSCC 7
- 広汎子宮全摘出(卵巣温存)+リンパ節郭清
「広汎子宮全摘出は婦人科で1番大きい手術です。身体に負担も大きく、回復にも時間がかかります。この手術は排尿の神経が近いので、術後に尿を自分で排出出来なくなる〝排尿障害〟が起こる可能性が高いので、リハビリが必要です。それから腹部のリンパ節を多く切除するので脚が腫れる〝リンパ浮腫〟を発症する可能性もあります」
事前にある程度調べてはいたけど、いざ主治医から説明されると、これまで大きな病気とは無縁だった自分が本当にそんな大変な手術を乗り越えられるのか不安になる。
だけど。
手術を受けないと私は確実に死ぬ。
選択の余地なんてない。「乗り越えられるのか?」じゃない「乗り越えるしかない」。
病は突然訪れ、時間の猶予は無く、発覚から1ヶ月も経たない間に私はずっと一緒にいた娘と離れ、大手術を受け子宮を失う事になった。
―――つづく
手術や術前の診断や治療内容は10年以上前のものです。現在は更に医療も進歩しているので、あくまで私の当時の場合です。
005*真面目かうさこ
TB - うさこ
パート事務員 / 北海道 / LEE100人隊トップブロガー
44歳/夫・娘(15歳)/料理部・美容部/ゴルフ大好き激務夫と、部活に燃えたアイドルオタクな娘と自然豊かな道央圏在住。子宮頸がん、抗がん剤経験者。数々の人生の修羅場をユーモアで潜り抜け、LEEを愛してここに辿り着く。自称明るい人見知り。カスタムした軽自動車で、推しのキンプリやJUMPを流しながら車中泊やドライブを楽しみ、カフェに行って読書や手帳を書くぼっち時間が幸せ。趣味はダイエット、特技はリバウンド。痩せた時だけ会える“幻の私”を日々追い求めている。週末おいしいビールを飲む為に働くマイペースな4年目隊員。160㎝に憧れるも、身長は何度測っても159㎝。
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TB うさこ