今月のお題は「新生活準備」!
我が家のひとり娘はこの春、特別支援学校の小学部の1年生になるということで、わたしは制服に名前をつけたり、学校生活で必要なあれこれを買ったり、まさに新生活準備の真っただ中です。
そして「こころの新生活準備」として、「娘の乳幼児期を振り返って文章にする」ということをしました。
これに取り組んだきっかけは、娘の通う園では卒園にあたって、保護者がこれまでの育児を振り返り、30分間の持ち時間でスピーチのようなものをするという(なかなかハードな(笑))慣例があり、そのための台本を作る必要があったことです。
書き始めるまではなかなか腰が重かったのですが、いざ「当時の気持ちを思い出して、ことばにする」「文章を書く」(そして人前で話す)ということをしてみると、心の中が整理されるような、新生活に対して抱いていたモヤっとした不安が少し薄れるような、そんな気がしました。
せっかく長文を書いたので、ブログ向けに少し手直しして、こちらにも載せさせていただきたいと思います。
かつての私と同じように「自分の子どもには障がいがあるかもしれない」と悩んでいる方や、発達障がい、自閉スペクトラム症、知的障がい、特別支援教育などに関心のある方がもしいらっしゃったら、少しでもお役に立てたら嬉しいです。
わたしの子育てについて
それでは時系列に沿って振り返っていきたいと思います。
娘は妊娠中からずっと平均よりも体がやや小さいと言われており、妊娠38週に入ったら計画分娩で出産する予定でした。
しかしその日を待たずに前期破水のために入院することとなり、促進剤を使って、またへその緒が首に巻き付いていたために吸引分娩で出産しました。
産まれてはじめて娘を見たときの感想は「小さい!」でした。
出生時の体重は2015gで、その後の経過次第ではNICUに入るかも?という状況でしたが、幸いにも食欲とガッツのあるタイプだったようで、順調に体重を増やし、予定通りの日数で退院することができました。
とはいえ、その後の発達はすべてが平均よりもゆっくりすすんでいきました。
首がすわったのは5か月の頃だったため、3か月健診にも6か月健診にもばっちり引っ掛かり、いつもお医者さんや保健師さんから「ようすを見ていきましょうね、でも心配しすぎなくて大丈夫ですよ」と言われていました。
わたしは昔からいわゆる優等生で、なにごとも真面目に事前準備をするタイプでしたので、子育てにあたっても、妊娠中から育児書を購入してしっかり読み込み、理想の育て方や、子どもの発達の経過についてもまじめに勉強をしてからいざ出産!というような具合だったのですが、娘の発達はまったく育児書どおりにはいきませんでした。
ただ単にできるようになるのがゆっくり、というだけではなく、なんとなく目があいにくい気がする、なんとなく気持ちが通っていないような違和感がある、というふうに感じており、
また娘は3か月ごろから(昆虫がひっくりかえって暴れるような動きの)常同行動がとても激しかったため、わりと早い時期から自分の子どもの状態をネットで検索して「自閉症」という情報がヒットしていました。
もしかしてうちの子障がい児なの?と不安に感じつつ、でもまわりからは「心配しすぎなくても大丈夫だよ」と言われ…。
わたしがふだん自宅でひとりで子育てしているから、声掛けや愛情が足りなくて、ちゃんと向き合えていなくて、それで表情が乏しいのかな?と自分を責めたり、
吸引分娩で予定日よりもかなり早く生まれたのがよくなかったかな?もっと妊娠期の自分がしっかりしていたら違う結果だったかな?と今さら振り返ってもどうしようもないことを悩んだり、
なんとなくもやもやする状態で0歳の間は過ごしていました。
転機(保育園入園)
少し気持ちが切り替わったのは、娘が1歳になると同時にわたしが復職し、娘を保育園に預け始めたころです。
就学前まで通える認可保育園には全落ちしてしまったのですが、2歳児クラスまでの小規模型の保育園に入ることができました。
わたしは通勤時間というひとりの時間を手に入れたこと、職場でいろんな方と育児に関係のない世間話ができること、そして保育園の先生という、育児のサポーターを得たことがとてもうれしかったです。
とくに保育園で娘を自分以外の誰かが育ててくれる、というのは、これまで「わたしが親じゃなかったら、育てているのが自分じゃなかったら、娘はもっとふつうに成長していたかもしれない」とうっすら感じていたわたしにとって、とても心強いことでした。
さて、1歳半のころ(おむつかぶれかあせもか何かで)近所の小児科を受診しました。
その際に先生から「娘ちゃんがまだ一人歩きできないのは、頭のサイズが大きいことと関係があるかもしれない。一度紹介状を書くので大きい病院を受診してください」とふいに言われました。
(先生ははっきりとは言わなかったのですが、おそらく水頭症を疑ったのでは?と思います)
総合病院を受診した結果、大きな問題はなかったのですが、そこから外来で発達を診てもらったり、発達検査を受けたりできることになりました。
これもまたわたしにとっては「心配しているのはわたしだけじゃない」とか「大きい病院で定期的に診てもらえたら安心」という気持ちにつながり、少しずつ頼れる場所が増えていくようなありがたい気持ちになりました。
この発達の外来に通う中で「療育」というものを勧められるのですが、「りょういく???」と全く聞きなれない単語に戸惑ったことを思い出します。
ちなみに療育とは、障がいのある子ども(やその可能性がある子ども)の発達を支援する取り組みのことです。
病院受診のきっかけが「歩き始めが遅い」という運動面の発達がメインだったため、とりあえず作業療法・運動療法からゆっくりはじめてみようと考え、週1回1時間、マンツーマンの個別療育に通いはじめました。
ちなみに歩きはじめについては、「なかなか歩かないな~」と思っていたある日、会社から保育園にお迎えに行くと、「いままでもずっと歩けたんですけどね、やる気出なかっただけなんですわ」とでも言いたげなかんじで、ひとりですたすた歩きまわっていてめちゃくちゃびっくりしました。
もしかすると「未知のこと、未経験のことを極端にいやがる」という自閉症の特性が強く出て、とっくに歩ける能力はあったのに歩かなかったのかもしれません。
長くなりますので次回へ続きます!
フジコ
058 - フジコ
主婦 / 東京都 / LEE100人隊
33歳/夫・娘(6歳)/料理部・美容部/大阪出身、かに座のAB型、身長165cm。会社員の夫、特別支援学校に通う娘、専業主婦の私の3人家族です。趣味はヨガ、ピラティス、アーユルヴェーダ、読書、民藝。マイブームは和菓子、座右の銘は「健康第一」と「8時間睡眠」です。3年目もマイペースに楽しく活動したいと思っています。よろしくお願いします。
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