あの日から25年、今思うこと

2020年1月17日、
阪神淡路大震災から25年。

毎年この日を迎える度、小学校6年生だったあの日の記憶が
昨日のことのように鮮明によみがえります。

もう25年も経つのかと。
四半世紀という節目に改めて色々なことを考えます。

これまで、自分の経験から小学生という立場で震災というものを捉え記憶してきましたが
ここ最近、震災の特集をテレビで見たり、新聞記事を読んだりする中で、
自分が親となり、当時の自分の両親の気持ちを想像したり行動を振り返ることが多くなりました。

全てとは言えないけれど、この歳になり、
色々な立場や角度で物事を少しずつ理解できるようになったのかな、と。
表現できないくらいの辛い悲しみを抱えた方が沢山いることも忘れてはいけない、と。

25年前、私が小学6年生、妹が小学1年生。
今私の長男が小学1年生なので、
この年齢で息子たちがあの震災を経験していたらどうなるんだろう、
私はどう行動できるのだろう、と考えます。

そんな中、この1月16日に沖縄で揺れを感じました。
車に乗っていたり外にいると気づかなかったのではと思いますが
たまたま習い事がお休みの日で息子たちとゆっくり夕食を囲もうと椅子に座ったタイミング。
沖縄ではあまり強い地震がないので息子たちは怖がりました。
息子たちが揺れる電気を見て避難訓練で得た知識から
テーブルの下にもぐった方がいい?とか逃げる?と私に聞く中、揺れはおさまったので、
「もう大丈夫よ!」と声を掛け、私もどうにか平静を保つ感じ。
その日の夕食で25年前の震災の話をしようと思っていましたが、
怖がる様子に当時のことをあまり深くは伝えられませんでした。

もしもっと大きな地震だったらどうすれば良いかな、逃げる時にはどんなものが必要かな、
と防災の話をし、毎日元気に過ごせていることは本当に幸せなことだね、と話しました。

すぐわかるように防災リュックを買う必要があると息子たち。100円で手に入るんですね。

 

沖縄では昨年、首里城の火災というとても悲しい出来事があり、
自宅からも火の粉や赤くなった空が見え、本当に怖い思いをしました。
沖縄に移住した私ではくみ取りきれない沖縄の方の悲しみがあるはずで、
沖縄でこの出来事をどう捉え、相手の方とどう話すべきなのか悩みました。
子どもの心にもいつもと違う景色がどう映るのかとても心配だったし、
でも未来に向かって事実を伝えることも大切だし、学校の先生方もとても悩まれたと思います。

私に沢山の方々から心配だと連絡を頂き、
沖縄に住むお友達の中でも首里城から遠くにいるから何かできることがあったら連絡して、とか
何かあったら避難しに来てね、と声を掛けてもらい、優しさに感謝すると同時に
親としてどう動けばいいかを確認しなければならない出来事でした。
早朝の火災だったので震災の記憶と重なりました。

 

25年前のあの日、たまたま水道が使えた我が家にはたくさんの方が水を求めていらして、
ご近所の方が順番にお風呂に入りにいらっしゃいました。
当時沢山ストックしていた飲料水をバイクで配る父の様子も覚えています。
その年から父は仕事をしながら母とともにボランティア活動に奔走し、
そんな両親の姿を見て育ちました。

災害の恐ろしさ、大好きな街が一瞬で変わってしまうこと、普通の生活ができなくなること、
大切な友人と離れ離れになってしまうことなど、大きな困難というものが世の中には存在することを知りました。
でもそんな大きな困難に強く立ち向かう地域の方や関西の街から学んだことが沢山あります。

今この世の中で私に何ができるか、
困難な時にどう助け合うことができるか、自問自答の日々は続きます。

 

そう、先週、息子2人と私で大きな公園に行った時のこと。
長男に縄跳びを教えている一瞬の間にやんちゃな次男が坂をだーっと下っていき、そのまま沼へ。
私の頭は真っ白。一目散に次男に駆け寄ったと同時にその周辺にいらしたアメリカの方が
裸足になり息子を沼から出してくれました。
大泣きの次男と唖然とする長男。申し訳なさと親としての不甲斐なさに半泣きで謝る私。
同じグループのアメリカの方々が寄ってきてくださり私にさらにお水を手渡してくださったんです。


息子を着替えさせ、改めてお礼を伝えに行った私に、
「何も問題ない、お母さんみんな同じ経験をしている」とゆっくり英語で話してくださいました。
知らない私にすぐに手を差し伸べてくれる方々。
胸がいっぱいになる出来事でした。
その日帰ってから何かの時に誰かの役に立てたらと車にお水のストックを準備しました。

優しさは近くに、世界に、溢れています。

社会を大きく動かすようなことはできなくても、
頂く優しさに感謝し、私も優しさを与えられる存在になりたいと思っています。

生かされた命。懸命に生きなければ。

沖縄県 主婦

LEE100人隊

37歳/夫・息子(6歳・4歳)/手作り部・料理部・美容部/兵庫で生まれ育ち、東京生活を経て、現在子育てに全力の日々です。暮らしの中にちりばめられた小さな幸せと今という時間を大切に過ごしています。いつまでも夢を持ち続け、正しく強く優しい心を持って生きていきたいです!
Instagram:@ori__8746

この記事へのコメント (6)

  1. 056 ORI

    あやみおさん✨
    はじめまして!コメントありがとうございます❤️
    震災当時兵庫在住で5年生!わぁどこかでお会いしていないかなと思っちゃいます!
    お会いしてお話したいです!
    大阪北部地震の震度6、とても怖かっただろうと思います。私の妹も1歳の子と経験し、
    眠れない日々だったと話していました。
    阪神大震災の当時は小学生だったのでわからなかったことが沢山あって、
    今子育てをしている中で災害が起こったらどうなるのだろう、と考えます。
    日常で大変だ大変だと思っていることはあるけれど、日本や世界のどこかでは
    想像を越えた大変な状況があるんだと思うようになりました。
    小さなことから少しずつ、自分にできること、心がけること、その気持ちを持って
    感謝して進みたいですね!
    こちらこそ、今後ともどうぞよろしくお願い致します💓

  2. 056 ORI

    きなこさん✨
    コメントありがとうございます❤️
    仰るとおり!私がブログで伝えたいことがきなこさんのコメントに、感動です💓
    そうなんですよね、天災は避けて通れない、だからと天災の恐怖ばかりを抱えていては進まないこともあるし、日々の小さな出来事一つ一つも同じだと思うことがあります。
    ノートルダムの火災もつらかったです。若い頃にパリに行った時の写真を出してきて
    息子たちに伝えました。明るい未来のために何ができるか、大きすぎる課題だと思いがちですが、日常の小さなことが繋がると心がけて、息子たちに伝えていけたらと思う日々です。
    是非是非お会いしてゆっくりお話したいです❤️

  3. 056 ORI

    はなさん✨
    コメントありがとうございます❤️
    同い年!ますますお会いしてゆっくりお話したい!
    お祖母さんのおうちが…ニュースに出るくらい…つらい出来事でしたね…
    阪神高速のあの光景は目に焼き付いています。
    震災によって生活が一変すること。幸い命があり、家も住める状態で当時は小学生だったので目の前のことしか考えなかったのですが、この歳になってわかる痛みを
    知っておかないと、と思う日々です。
    神戸は復興し美しい街になり、沖縄から戻る度、やはり素敵な街だなぁと
    思うのですが、この間ドキュメンタリーを見ているとずっと神戸に住んでいる方々が
    まだまだ元気ない!と仰っているのを見ました。そこにいる方しかわからない
    苦労や不安が沢山あるんだなと。
    破天荒な次男に驚きの毎日ですが、要領がいいところもあって、もう、なんだか
    騙される…長男は可哀想に縄跳びの練習だけして帰るという結末で💦唖然笑
    でもこういう日常を送れていることが幸せなんですよね!
    またゆっくりお話したいです💓

  4. 007 あやみお

    ORIさん、はじめまして。あやみおです。
    私も阪神大震災のとき、兵庫在住で小学5年生でした。被害は大きくなかったですが長い期間、水道が止まったことを思い出します。そして、一昨年は大阪北部地震で震度6を経験しました。その頃、娘はまだ1歳半。とても強い揺れに一瞬頭が真っ白になり、でもとにかく娘を抱っこして…。しばらく自分のことでいっぱいいっぱいだったように思います。
    当たり前の毎日のようで、元気に過ごせることに改めて感謝の日々です🍀
    息子くん、無事で良かった☺️
    ORIさんの周りの温かい方々のように、私もなれたらなぁと思いました。
    長くなりましたが、これからもよろしくお願いします😊

  5. 075 きなこ

    ORIさん☺︎
    ゆっくり読ませて頂きました。天災は避けて通れないけれど、天災が起きないように環境に配慮した生活を送ったり、万が一のために準備したり。天命は変えられないけれど、毎日に感謝して生活したり。忙しいと全て忙殺されがちですけど、色々な節目をきっかけにまた原点に戻られていて、子ども達にも真摯に向き合っていて見習いたいです☺︎
    首里城の火災もパリのノートルダムの火災も胸が痛みました。でも本当に未来に向かって何が出来るかが1番大切なんですよね。そして次男くんのお話、ママも親である以前に1人の人間☺︎親としての責任はあるけれど、周りが子どもを育ててくれる部分もあるし、ママ頑張りましょうね♡沖縄に行った際は是非お会いしたいです☺︎

  6. TB はな

    ORIさん✨ 阪神大震災の当時、私も小学6年生でした!(同い年!)父の仕事でたまたま私達家族は東京でしたが、親戚は全員関西…😨 一人暮らしの祖母、伯父伯母、従兄弟達…安否を確認するまで、小6ながら生きた心地しなかったのを昨日のことのように憶えています😭 木造家屋に住んでいた祖母の家はぺちゃんこに、家を失い、阪神高速の真横みたいな場所に住んでいたので「一番被害が甚大なエリア」だからかTVニュースにも頻繁に祖母の家が…。そんな中ではORIさんのご両親がそんなボランティアをされていたなんて。素晴らしいご両親ですね…😭✨ 復興した神戸の街を見る度に、大きな災害から立ち直る人々の強さ逞しさが思い起こされ泣きそうになります😢 次男くんとアメリカの方の優しいエピソードにも心温まりました😌 (我が家もだいたい、池に落ちたり…は次男です😂長男は慎重で、そんな破天荒な次男を唖然と見ている側😂)私も優しさを与えられる側になりたいです…!

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