ママの詫び状

イクメンの終わりの始まり【ママの詫び状 第5回】

 

イクメンビギナーの皆さん、いいよ、いい感じ!

世間で「イクメン」という言葉がわっともてはやされたと思ったら、今度は「イクメンという言葉で男の子育てを特別視するから、男の子育てが常識にならないんだ」なんて意見も出てきて、ブームが下火になってきているのだとか。いや、それはイクメンという言葉が「育児する男なんて当然のこと。イクメンなんて呼んで褒める考え方はもうそろそろアウト」と死語になってきているだけで、自分の子育てに積極的なパパは、むしろどんどん増えてきている印象。

「自分の子供を自分で育てるのは、当たり前でしょ?」と、”新しい男”たちが家庭を持ち、子供を持ち、どんどん子育て層に流れ込んできてくれている。多くのLEE読者のパパたちも、そう。イクメンじゃなくて、本来あるべき姿としての「父親」が増えてきたんだなぁ、なんて、町なかでひとりベビーカーを押したり、抱っこ紐で赤ちゃんを抱えてぷらーっとお散歩しているパパを見かけては、心の中の「いいね!」ボタンを連打する私だ。

 

「イクメン」さえいなかった、あの頃

20年以上前。あの頃、イクメンなんて言葉はなかったし、イクメンアピールどころか子育てアピールする男性さえ奇特な存在だった。「男の子育て」という言葉が十中八九「『男の』子育て」でなく「『男の子』育て」と受け取られたほど、世間がそんな概念に耳慣れていない時代、子育てしていますと公言するような男性は妻に先立たれたやもめか、妻に逃げられたか、あるいはリストラされて妻が代わりに働きに出たか、百歩譲って暇を持て余したカタギじゃない自営の閑職か、とにかくフツーじゃない変わり者だと、ものすごい偏見で勝手に決めつけられていた。

しっかりした職についている”まともな男”は子育てなんてする暇はない。子育ては女の仕事だろう。子どもの面倒を見させられている、だって? 女の尻に敷かれて情けない! 「稼いでるのは誰だと思ってんだ」って、調子に乗った女房にガツンと言ってやれ!

コメディでなくわりと真剣に、そう世間が信じていた。専業主婦率が高く、女性の就業率が低く、女性の収入が相対的に低く、なんだか社会が「あらかじめ与えられた構図」の中にすっぽりはまったまま、経済が急冷して自分たちの体温が奪われていくのにいら立ちながらも、だんだん寒さで思考能力を失っていくような時代だった。その後、ITバブル崩壊にリーマンショックと、経済の底と思ったものが次々パカパカ割れて、ようやく日本人も自分たちが変わらなきゃダメだと目が覚めるけれど、それも2010年代まで待たなきゃならなかった。

 

「子育てなんて、オトコは苦痛だよ」

私が上の子を出産したのは20年以上前(それでも1990年代後半)だけど、出産後2ヶ月間あまりに自分に手をかけられず、髪がボサボサに伸びてしまって、とにかく近いところでササっと髪を切ってこよう、と夫に娘を託し、初めて行く駅前の美容室を訪れた。すると私にシャンプーをしながら、男性の店長が軽い調子でこう言ったのだ。「ええ〜っ、旦那さんに子ども預けてきたの? ダメだよそれは。そういう時はウチに子連れで来ていいよ。その辺にソファもあるし、寝かせときゃいいよ。赤ちゃん預けられて、子育てなんかオトコは苦痛だよ。旦那さんかわいそうだよ」

「旦那さんかわいそう」との言葉に、ちくっとした違和感があった。たとえ髪を切るだけの1時間も、ダメなのかぁ。その間ただベビーベッドで寝ているだけだとしても、赤ちゃん預けちゃダメかぁ、オトコは子育てが苦痛かぁ、だから旦那さんがかわいそうかぁ。「ウチに子連れで来ていいんだよ」って、多分どちらかと言えばいい人なんだろうな、でもなぁ……と、シャンプーの香りに時折挟まってプーンと香るその店長の独特な脇の匂いに、ちょっと困りながら考えていた。

黙って困惑しているうちに、そのままその人に髪を切られることで、私は「生後2ヶ月の赤ん坊を旦那に預けて自分は髪を切る”非常識な”若い母親」となり、それを自分で受け入れてしまうような気がしてきた。私も夫も親歴2ヶ月なのは同じなのに、「夫に苦痛な時間を過ごしていただき、多大なるご迷惑をおかけしている」という非対称な罪悪感を甘んじて受け入れることになる気がしてきた。私は非常識なの? 母親は子供と一瞬でも離れないのが当たり前なの? 私の夫は、父親なのに1時間も自分の子供を見ることができないの? それが常識なの? 世の中ってそういうものなの?

違和感が、どうしようもない嫌悪感へとむくむく育っていって、白いケープを身につけたままでいいから走って店を出たくなった。一見(いちげん)で行ったその店には、その後足を向けることはなかった。

「オトコは子育てが苦痛だから、自分の赤ん坊を預かることができない」。これを耳にした男性が、瞬時に「そんな馬鹿な」と笑い飛ばしてくれるか、それとも「わかるわかる」とうなずくかで、その人の中の決定的な何かがあぶり出されるような気がしている。世代とか草食だ肉食だとかそんなので言い訳にならない、何かだ。(そもそも、自分の子を『預かる』とはこれいかに?)

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Writer Profile

河崎環

コラムニスト

Tamaki Kawasaki

1973年、京都生まれ神奈川育ち。22歳女子と13歳男子の母。欧州2カ国(スイス、英国)での暮らしを経て帰国後、子育て、政治経済、時事、カルチャーなど多岐に渡る分野での記事・コラム執筆を続ける。2019秋学期は立教大学社会学部にてライティング講座を担当。著書に『女子の生き様は顔に出る』(プレジデント社)。

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