ママの詫び状

帝王切開や無痛分娩では「良い母親」にはなれませんか?【ママの詫び状 第4回】

無痛分娩や帝王切開は「母として邪道」ですか?

 

産科医療の現場を描き共感を集めるドラマ『コウノドリ』で、TOLAC(帝王切開後に経膣分娩を試みること)の妊婦が扱われ、大きな反響を呼んだ。帝王切開で産んだ一人目の子を「かわいいと思えない」と悩み、それは帝王切開だったからではないかと考える母親が、第二子は自然分娩で産みたいと命を賭けた自己犠牲をもって願うエピソードに、LEE読者の皆さんが流した涙は相当な量にのぼったんじゃないかな、なんて思っている。

一度帝王切開をした子宮には、当たり前だけれど切開創が残る。すると出産レベルの圧をかけた時に、その傷跡から子宮が破裂する可能性が高いため、それを避けるために一度帝王切開をした女性は次の出産以降も帝王切開となることが多い。でも、「上の子をかわいいと思えないのは、私が帝王切開で産んでしまったからではないか」と、次は「お腹を痛めて、下から」産みたいと望む女性が、少なくないのだという。

ドラマで印象的だったのは、その母親が繰り返す、「今度は下から、お腹を痛めて産みたいの。いいお母さんになりたいの」との言葉。「いいお母さん」という漠然とした、しかも誰もその基準やものさしを示すことなんて不可能な概念に祈りを捧げるかのような姿に、私は「いいお母さん」ってなんのことを指しているんだろうなぁ、と天を仰いだ。

「いいお母さん」に実体なんかない。それは不透明でもやっとした霞のような概念に過ぎない。でも、そのもやっとした偶像を私たちは老いも若きも男も女も崇拝し、「母たるもの、そうあらねば」と信じる。ドラマで、TOLACの妊婦は陣痛に耐えながらも最終的に子宮破裂の危険性が高まり、帝王切開を受け入れるのだけれど、でもそのきっかけは夫と子供が「ママは、(こんなに頑張ったんだから)いい母親だよ」と言った、外部からの「承認」だったのだ。

彼女の中では、いいお母さんであるかどうかが自分の納得感や自信ではなく、他者からの承認で決まった。ドラマはハッピーエンドだったけれど、母親の承認欲求や現代女性の自己肯定感といったところへ、そっと問題提起もしていたように思う。

私たちはロボットでもクローンでもないから、100人いれば100通りの個性ある体を持っているのに、ましてその個性が母体だけでなく赤ちゃんの側にもある出産という、何一つ予想通りにいくとは保証できない場面で、「ちゃんと」って何だろう。

「昔から」の方法で「自然に」産むのが正統な出産で、そうでない人工的な力を借りたような方法は「邪道」、「母親の怠慢」、「母性の欠如」なの?

それは出産法によって母親を差別しているようなもので、浅はかで無神経なだけでなく深刻な問題発言であることに、社会(男性も、出産を経験した女性でさえも)はわりと無自覚なのではないかな。ううん、そんなあからさまな発言などしなくても、心のどこかでそう信じてしまっている、あるいはその考え方に「疑問を持ったことがない」人は、もっといるのではないか、と思う。

暮らしのヒント/子育て 最新の記事

子育てをもっと見る

Writer Profile

河崎環

フリーライター/コラムニスト

Tamaki Kawasaki

慶應義塾大学在学中に子供を授かり学生結婚後、子育てに従事。夫の海外駐在による欧州暮らしを経て帰国後、Webメディア、新聞雑誌、テレビ・ラジオなどに寄稿・出演多数。政府広報誌や行政白書にも参加する。子どもは、21歳の長女、11歳の長男の2人。著書に『女子の生き様は顔に出る』。

“最新”の記事

LEE100人隊をもっと見る

LEEメンバーになって
お気に入りの記事をCLIPしましょう!

CLIPすると何ができるの?
あなただけのお気に入り記事リストが作れます
時間がなくて後で読もう、という時にも便利!

メンバー登録はこちら

すでにメンバーの方はこちら

ログイン

LEEメンバーになって
お気に入りの記事をCLIPしましょう!

CLIPすると何ができるの?
あなただけのお気に入り記事リストが作れます
時間がなくて後で読もう、という時にも便利!

メンバー登録はこちら

すでにメンバーの方はこちら

ログイン