映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

フランスの元祖イケメン俳優ヴァンサン・ペレーズが監督!/『ヒトラーへの285枚の葉書』でメガホンを執った理由

 

ごく平凡な労働者階級の夫婦の驚くべき抵抗の手段とは――

第二次世界大戦下のベルリン。古いアパートで暮らすオットーとアンナのクヴァンゲル夫婦が、一人息子の戦死の知らせを受け取るところから物語は始まります。

当然ながらその残酷な知らせに、夫婦は絶望で沈み込んでしまいます。オットーは軍需工場で職工長を務める、いかにも昔気質の男。妻アンナはナチ党の国家社会主義女性同盟のメンバーでもある、実直を絵に描いたような夫婦であるようです。

そんな2人が喪失感の中で、「何のために息子は死んだのか?」という思いに身を焦がされます。それから暫くの後、オットーが“総統は私の息子を殺した。あなたの息子も殺されるだろう”と怒りのメッセージをポストカードに書き記します。それを見た妻は動揺して驚きますが、賛意を示した妻アンナと2人で、それを公共の目に触れる場所に置きに行くのです。

 

自信作を熱く語ってくれたヴァンサン・ペレーズ監督。もちろんかつての美貌も垣間見られます!

武器は万年筆とポストカード。ものすごい地味な抵抗ですが、互いが密告し合う監視社会や恐怖政治の下では、それは、すなわち死をも覚悟した行為でもあるのです。そうしてオットーは、ヒトラー政権に対して反対と抵抗を示す言葉をポストカードに書き記し、定期的に公共の場に置くようになるのです。その数、285枚!! 監督は、その行為をこう語ります。

「この映画の核にあるのは、元々距離ができてしまっている夫婦。その2人が息子を喪った後に、息子を想う気持ちや、レジスタンスという闘いを通して、再び関係性を再構築していく。その活動によって、自分たちが息子を生かし続けられるのではないか、と思っていたと僕も思いながら映画を作っていたよ。夫婦の姿をきちんと描くことで、僕は観客をエモーショナルに惹きつけられると思ったんだ」

夫婦が互いを信頼し、心配し合い、かばい合おうとする姿に、特に終盤は思わずグッと涙がせりあがってしまいます!!

 

一つ屋根の下に色んな人が住むアパートは、市井の人々の縮図

それにしても「映画として絵的には、えらく地味な抵抗ですよね」と思わず言うと、監督もつられて笑いながら、それこそが自分らしい演出だと自負を示しました。

「確かに葉書を置く瞬間というのは、命を賭しているわけだから毎回ドキドキするし、そこをもっと盛り上げるような演出をしようと思えばいくらでも出来たよね。そうした遊びは楽しい作業ではあるけれど、僕は過剰なドラマ性はいらないと思ったんだ。程よい距離感が必要であり、事実にしっかり迫ることこそが大事だと思った。僕が原作を読んで感じたとおりに観客に見せたい、という思いが一番大きかった」

二人は命の危険を冒しても、多くの人が目にするであろう公共の場にポストカードを置き続けるのです。すれ違う人がみな密告者に思えてくる緊張の瞬間!

この主人公の夫婦のみならず、夫婦が暮らすアパートが一つの世界、社会のようになっていて、そこで展開する物語も見逃せません! 堅物の元判事、ユダヤ人の老婦人、密告で儲けるようなコソ泥親子、そして主人公の夫婦。彼らの関係性や人間としての誇り、矜持やその人間性が、恐怖政治のもつ暗い空気の中だからこそ、余計に際立ってくるのです。

「彼らが住んでいる建物、一つ屋根の下に色んな人々が住んでいる、そうした市井の人々の目を通して映画を描くのは、なかなか新しいアングルの物語だと、そこにまず惹かれた。まさに原作のエッセンスが、この建物だと思ったんだよね」

「この映画には、独特のゆったりしたペースがあって、当時の普通のドイツの人々が感じていた“恐怖”をリアルに感じてもらえると思う。爆発で人が死ぬとかいうことではなく、その恐怖を感じて欲しいと思った。特に今言ったこの建物、一つ屋根の下で、ドア一つ隔てて聞き耳を立てている、誰かがスパイをしている、密告されるかもしれないという、とても身近な恐怖心、その感覚を伝えたかったんだ」

 

「当時のリアリティーをできるだけ表現することを、最も心がけた」と語る監督。「だからこそオールロケで、スタジオ撮影は一切ない。アパートも当時からある空き家を探し出して、それを再装飾して撮影に使うことができた。でもだからエレベータがなくて、ユダヤ人の老婦人を演じた女優さんは80歳を超えているのに、毎回、階段を上り下りしてもらわなければならなかったんだ(笑)。でも、そうしてみんなで作ったからこそ、建物に命が吹き込まれ、当時の空気感をリアルに再現できたと自負しているよ」

ユダヤ人である老婦人を密告する者、守ろうとする者……。アパート内で繰り広げられる物語も、衝撃的でもあり、そこには感動もあるのです。

「そうした社会の縮図を映像にするとき、イタリアのネオリアリズモを思い出し、それを取り入れてもいるんだ。エットーレ・スコーラ(『あんなに愛し合ったのに』(‘74)、『特別な一日』(‘77)の他、『星降る夜のリストランテ』(‘98)などで知られるイタリアの巨匠。16年に死去)や、昔のドイツのサイレント映画からのインスピレーションも取り入れた。また毎週木曜日、『ドイツ零年』(‘48)や『ブリキの太鼓』(‘79)などの上映会をスタッフの間でしながら、映画の方向性を共有しながら作っていったんだ!」

仲間内の機運を楽しみながら高め、一つの方向性を見出していく。そんなスマートな映画作りの現場にも、監督の人柄って現れますよね⁉

 

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