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丘田ミイ子

続編の連載もスタート! 最終話目前のドラマ「だから私はメイクする」原作者シバタヒカリさんインタビュー

  • 丘田ミイ子

2020.11.10

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突然ですが、私はもう何年も同じリップを使っています。
ADDICTIONのリップスティック シアー001、その名も「Super Woman」
第一子を妊娠したばかりの頃、その名に励まされるように新宿伊勢丹でそれを手にした時、BA(ビューティーアドバイザー)さんはこんなことを言ってくれました。

「ピュアだけど、芯の強いお色ですよ」

そして、別のシリーズのものも「この色がお好きなら…」と出してくれました。

目の前に並ぶ2本のリップ、「Super Woman」と「Tokyo Story」。
どちらの色も名前も気に入ったけれど、その時の私には、心を駆け抜けるような強さを秘めた赤が必要でした。
「こっちにします」と指差す私の「SuperなWomanになりたいから」という心の声が聞こえたかの様にBAさんはこう言って笑ってくれました。
「とてもお似合いだと思います」
その帰り道から、私は自分の薄い唇を少しだけ好きになれたような気がしています。

Ⓒ「だから私はメイクする」製作委員会

放送中のドラマ『だから私はメイクする』は、そんな風に自分の顔だけでなく心にフィットするメイクに出会う人々の物語が点在するオムニバスドラマ。
15人の女性がメイクする理由を綴った劇団雌猫さん編著の『だから私はメイクする 悪友たちの美意識調査』を原案に、漫画家のシバタヒカリさんが愛とユーモアたっぷりにフィクションストーリーとしてコミカライズ化したものが、この秋ドラマ化となったという流れです。

劇団雌猫編著「だから私はメイクする 悪友たちの美意識調査」(柏書房)

ドラマでは毎回登場する個性豊かなゲストへの期待感はもちろん、BA熊谷さん役を演じる主演の神崎恵さんがたまらなく素敵で、見終わったその足で思わずコスメカウンターに走り出したくなる気持ちになります。

初めて漫画を読んだ時もそうでした。優しい笑顔と一人ひとりに寄り添ったあたたかくまるい言葉は、どうしてもあの日のBAさんを思い出させました。

「だから私はメイクする」©️シバタヒカリ・劇団雌猫/祥伝社フィールコミックス

──それぞれのメイクする理由が、個々の生き方へと繋がっていく。
今日は、ドラマの放送とタイミングを同じくして『フィール・ヤング』で続編の連載がスタートしたばかりのシバタヒカリさんへのインタビューとともに、『だから私はメイクする』という作品に込められた思いとその魅力を伝えたいと思います。

コミカライズの反響とドラマ化への想い

──最初に、コミカライズのお話を聞いた時のお気持ちを聞かせていただきたいのですが…。

シバタ:元々女の人やそのファッションを描くことが好きで、それを評価してくださった上でお声かけをしてもらえたことが純粋に嬉しかったです。同時に、描くことは好きでも「人の装いにどんなモチベーションが込められているか」ということにはこれまであまり興味を持ってこなかったんだと感じました。原案の劇団雌猫さんの本には、メイクをする上での多様な理由が溢れていて、それがすごく新鮮で興味深かったです。

──原案からのコミカライズ化はどういった流れで行われたんでしょうか?

シバタ:まずは、どのお話をモチーフにコミックを描いていくかというのを編集さんと話し合いました。使ったアイテムやその時の気持ちなど、大切なところはそのままに残しつつ、肉饅の饅の部分をどうやって柔らかくこねていけるか。そういう作業に時間をかけました。原案が実話だからこその難しさもあったのですが、初めての経験でとても重要な時間でした。

──コミックは大重版も話題になっていましたね。シバタさんに届いた反響はどんなものでしたか?印象的なエピソードがあれば教えてください。

シバタ:忘れられないのは、中学2年生の女の子からもらったファンレターです。「今は校則があってネイルはできないけど、推しのグループがいるのでいつか(漫画に出てきた)推しネイルをやってみたいです」「まだメイクをしたことはないけど、これからが楽しみになりました」と書いてあって…。同世代の方にリーチする喜びはもちろんありますが、これからメイクを始める人たちの楽しみの幅が広がることが一番嬉しいって思っていたので、その手紙を胸においおい泣いてしまいました(笑)。

Ⓒ「だから私はメイクする」製作委員会

──素敵なエピソードですね! エッセイをベースにコミカライズ、さらにはそれがドラマ化へ。それぞれに多くの共感が寄せられていると感じます。ドラマのオープニングはコミック本の表紙が見事に踏襲されていて思わず胸が躍りました。

シバタ:メディアミックスは、漫画家としての一つの夢でした! ドラマの制作スタッフさんに女性が多かったこともあり、共感しながら作っていただいている様子も含めてとても嬉しかったです。コミカライズ本に寄せられた反応の中には、「ここがこうだったらよかったのに」という意見もありました。できるだけポジティブに!と描いたものが、ネガティブに受けとられてしまうこともあったり…。そういった意味でもどかしい気持ちもあったのですが、ドラマで丁寧に拾い上げて補完してもらえたことで、より気持ちの高まるものになっていたのが嬉しかったです。

──漫画とドラマを見比べるというのも楽しみ方の一つなのかなと思っています。

シバタ:ドラマオリジナルのセリフや展開があったりもするので、また別の物語が拡がっていていいなあと思います。例えば、私が恋愛的な展開を描いたエピソードが男女の友情という新たな展開になっていたり…。いろんな方向からアレンジや工夫をされているのを感じると、原作者としては「く、悔しい!」って気持ちにも正直なりました。自分の引き出しが足りていなかった感じがして、「私ももっとびっくりさせたかった!」と思ったり(笑)。自分の中にはまだいろんな固定概念があって、ものの見方や自分の気持ちを少しずつ広げて行きたいと改めて感じました。

Ⓒ「だから私はメイクする」製作委員会



作品を通して「あなたはあなたでいいんだよ」って伝えたい

──作品の紐解き方におけるとても貴重なお話ですね。漫画の中でそれぞれが選ぶアイテムやその裏に流れるストーリーや心の動きなど、細やかな描写がとても印象的でした。シバタさんが創作にあたり大切にしていたことはどんなことですか?

シバタ:うまく言えないんですけど、1つのものを立てるために、その対にあるものを引き合いに出すことはしたくないと思っていました。例えば、メイクが好きな人を描くために、メイクに対して消極的な人を出したり、ある種の対立関係みたいなものを生んでしまうこと。「人それぞれの理由」がテーマの作品だからこそ、そこは今でもずっと気をつけているところです。

──確かに、メイクをする人に理由があるように、しない人にもきっとその人にとっての理由がありますよね。現在連載中の続編では、こういう変化を付けたいなど新たな構想はありますか?

シバタ:より多くの人へ「あなたはあなたでいい」っていうことを伝えられたらと思っています。コミカライズ本は、メイクをする上での自分のためのモチベーションを、言ってしまえばあらゆる自己満足の形を切り取った作品だと思っているんですが、続編ではそのあたりをもう一歩深堀りをしていけたらと思っています。自己満足と一口に言っても、必ずしもその全てが対自分だけで完結するものじゃないなって思っていて…。「他者や周りからの見え方を踏まえたい」という自己満足だってあると思うんです。例えば、男性によく思われたい、とか、他人に可愛いって思われたい、とか。

──なるほど。

シバタ:そういうものも含めて“自分の幸せ”なのであれば、それはそれでいいじゃないかって。どういうものがその人にとって幸せに当たるのかっていうことをもう少し深く探っていきたいと思っています。メイクを扱う作品を描く中で、フェミニズムといった観点からもインタビューを受けたりもしたのですが、そのあたりも改めて向き合いたいと考えているところです。

──たしかに、そういった記事を目にすることも増えました。SNSの普及に伴って人の意見から新たな発見をもらえる反面、自分の考えに立ち返ることも大切だと感じます。

シバタ:そうなんですよね。意見を持っていることはすごく素敵なことだけど、思想を巡って対立や攻撃が生まれてしまうことには時々ネガティブな気持ちになってしまったり。例えば、フェミニズムや女性が抱える生きづらさにはすごく関心があるんだけど、夫の姓を選びたい。そんな私はフェミニストと名乗るには間違った選択をとってしまっているのかな?とか…。でも、今回の原案を読んで、1本の口紅を選ぶにも全員別々の理由があるということを知って、いろんなことがそうなんじゃないかって思うようになりました。

自分のための素直な選択を祝福できるように

──今の時代を生きるにおいて、とても興味深いお話ですね。メイクにおいてもそれ以外でも多様な選択があるのだということを改めて感じます。

シバタ:この作品を通して、共感はみんなが一つのことに頷くことじゃないんだなって痛感しています。「それぞれの生き方で楽しくやっている」ということ自体に共感が集まったことが嬉しかったし、そう考えると色んなことをポジティブに考えられるようになりました。私がいいなと思う身近な人は、<自分>として素直な選択をしている人。どんなメイクをするのか、もっと言ったらしていなくても、自分で選択して人生を生きている人を尊敬しています。だから、自分自身のこれからの選択についても、もっと向き合って行きたいと思っています。

──今日のお話を聞いて、今作はシバタさんにとって1つのターニングポイントのような作品にも感じました。

シバタ:そうかもしれません。何人ものキャラクターを描き分けていく中で、彼女たちは時々鏡になっていました。「で、結局あなたはどうなの?」って聞かれているような…。この作品で私が描きたいものって何だろうって改めて考えた時、「いい笑顔の大人を描きたい」と思いました。コミカライズ本にはメンズメイクをする吉成さんという登場人物が出てくるのですが、そのキャラクターの基盤になったのは私の兄だったんです。

──そうだったのですね! 具体的にはお兄さんのどんな部分を投影されたんですか?

シバタ:兄の感情のコントロールの取り方や強さの在り方みたいなものをいいなって感じていて…。メイクにまつわる具体的なエピソードがあるわけではないのですが、そんな風に自分の周りの尊敬する人や、その人のスタンスや生き様みたいなものを思い出して作品に還元することはよくあります。人の強さって、外に出て見えているものだけじゃない。今回の作品を通してそんなことを実感しました。力をいなして凛と立つような人もいたら、内に抱きしめて生きている人もいます。同時に、楽な気持ちで生きていける方を選ぶことは、全然悪いことじゃないとも感じています。

──メイクという目に見える変化と、その内に秘めた見えない気持ち。そんな部分にもつながるお話ですね。

シバタ:作品の中で、周囲から色々言われるから装うことをやめるという選択をとった主人公を描いた時に「私はこの子が周りに負けじとおしゃれを貫く方がいいと思う」という意見もいただきました。でも、全てを面に出して生きていくのがしんどい時もあると思うんです。自分が楽しく楽に生きていくためにとる選択があってもいいんじゃないかなって。そんな風に人の強さや生き方のいろんな形が見えてくることが「だから私はメイクする」という作品の素敵なところなんじゃないかなと最近は感じています。

──リップ1つで自分が好きになれることがあるように、自分の生き方をどう選択してメイクしていくのか。そんな大きなテーマに通じるようなお話を伺えた気がします。最後に、今後のシバタさんの展望をお聞かせください。

シバタ:デビューした時に、漫画家人生をかけてどんなものを描いていきたいかというテーマで書き初めをしたんです。そこに書いたのは、「幸せで涙が出るような豊かな物語」。現実にありそうでなさそうなこと。なさそうだけど、起こるかもしれない素敵なこと。そんな理想を描いていくことをやりたいなって思っています。

シバタ:あとはやっぱりロマンスが大好きだから恋愛についても描きたいです。同世代の男性を描いたことがあまりないので、描ける人間の幅を増やしたいですね。今作で「かわいい」って言葉ひとつにも決まった形がないことを知って、一つのものへの眼差しを増やしていきたいとも思いました。そして、いつかは大長編とかやりたいな。キャラクターのいろんな表情が長く愛されて、この人たちをずっと見ていたいって思わせるようなことができたらと思います。

「私に似合うものたちが
当たり前になったルーティーンが
今日も私の背すじを伸ばす」

これは、漫画に出てくる私の大好きな一節です。
漫画やドラマの中で、鏡の向こうの自分とともに悩んだり、笑ったりする人たちを見ながら思います。この中には、あの頃の私も、そして、これからの私も多分いるはずだ、と。

リップ一つにも意味が欲しかったあの頃。お守りのように、あの赤を何度も薄い唇に重ねた日々。とびきりのおしゃれに身を包んだ日はもちろん、時間に追われてアイメイクをする時間がなかった日も、肌が荒れて気持ちが落ち込んだ日も、あのリップがあるだけで心強い気持ちになれました。“重ねるほど、ピュアなカラーに”という商品に添えられた言葉はそのまま、日々歳を重ねていく私から私へのおまじないの言葉になっていきました。

そして今でもそれを買い換えるたびに、心をきゅっと結び直すような、そんな気持ちになるのです。強くなりたい日も、強くはいられない日だって。だから、私はメイクをしているんだと、そう思います。東京も10年目、この街で少しはSuperになれたから、そろそろ新しい“Tokyo Story”を始めてもいいかもしれないなんて思ったりしている今日この頃。

きっとそこには、あの日より背筋の伸びた私が待っている。そんな気がしています。

シバタヒカリ/埼玉県出身。2016年「FEEL YOUNG(フィール・ヤング)」(祥伝社)にてデビュー。同誌にて『5分間のサムウェア』、『ハニーマスタードチキン』、『プライマル』などの読み切り作品を発表。その後、コミカライズを手掛けた初単行本『だから私はメイクする』(祥伝社)が話題に。2020年7月に刊行された新作単行本『おじさん、ドル活はじめました』(祥伝社)も大きな注目を集める。他の著作に『ナツメくんなんか好きじゃない』(リイド社)など。

──INFOMATION──

*シバタヒカリ「だから私はメイクする」
続編が連載中の「フィール・ヤング」12月号は11月7日(土)より発売中!
*ドラマパラビ「だから私はメイクする」
11月11日(水)0:58〜いよいよ最終話放送!
毎週水曜深夜0時58分〜テレビ東京・TVO・テレビ愛知より放送
Paraviにて毎話独占先行配信


取材・文/丘田ミイ子 取材写真/うきたにこ

丘田ミイ子 Miiko Okada

ライター

文筆業10年目。6歳と2歳の姉弟を育てる2児の母。滋賀県にて四人姉妹の三女として程よく奔放に育つ。得意ジャンルは演劇・映画・読書。雑誌、WEBでカルチャーにまつわるインタビューやレビューを多数担当、ショートストーリー、エッセイの寄稿も。ライフワークとして、ことばを使った展示(『こゝろは、家なき子』(2015)、『寫眞とことば きみが春をきらいでも』(2020)も不定期開催。目下人生のスローガンは“家庭と自分の両立”。大の銭湯・サウナ好き。

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